| 思い出の世界へ |
| いらっしゃい |
| 「笹川流れ」なんとも旅情をそそるこの言葉を初めて耳にしたのは、69年に発売された「鉄道ファン 12月号」でした。この号は撮影地特集で、ダイヤグラムも記載されており、当時、撮影には必携でした。中学三年だった私には、まだまだ未知の撮影地が沢山掲載されていて、読んでいるだけでも楽しめました。そのなかでも「笹川流れ」と題した羽越本線は、その美しい響きと、まだ見た事のない日本海、そこを背景に走る蒸気機関車たちと、とても魅力的な場所に思えました。
翌年のゴールデンウイーク、仲の良い友人と二人で米坂線と羽越本線を撮影する旅に出ました。上野を夜行で出発、翌朝米坂線を撮影、天気が悪く、伊佐領のメガネ橋を撮影後、ヒッチハイクで坂町に行き、夕方坂町機関区を撮影、ここで一泊したと記憶しています。翌日は笹川流れの桑川に行きました。この日も天気が悪く雨が降ったりやんだりでした。予定では、その日の夜には、夜行で東京に戻らなければならず、写真の手応えのないままに、時間だけが過ぎました。夕方になり、そろそろ帰りの列車が気になりだした頃、今までどんよりとしていた雲の合間から、青空が覗き始めました。急速に回復する天気に、今まで視界が悪かった海原に島影がくっきりと見えてきました。私と友人は時計を気にしながらも、とにかく俯瞰撮影をしたくて山を登りました。もちろん道などは無く、かなり険しい急斜面を必至に登りました。そして、見晴らしの良いポジションを見つけて、カメラを構えて待つ事しばし、蒸気機関車が白煙をたなびかせてやってきました。いつのまにか空は晴れ渡り、海は光耀いていました。 この美しい風景に感動をしたのもつかの間、帰りの列車に間に合うように、転がるように山を降りました。 羽越本線も、この時の一日だけしか行っていません。しかし、あの山の上から見た美しい日本海は、一生忘れられない思い出となりました。 |
| 坂町機関区と新津機関区 |
| D51498の現役時代、まさか、20数年後に再び逢えるとは・・・ |
| 初めて見たC57型1号機 |
| 新潟県の最北端に位置する山北町、ここに景勝地として名高い笹川流れがあります。笹川流れとは、日本海の侵食により作り出された奇岩の続く海岸線で、中心地、笹川集落の名を冠して呼んだと言われています。昭和二年に国の名勝天然記念物に指定されました。 |
| 帰京直前に雲が切れ、夕暮れの太陽が日本海を照らした。蒼く輝く海原に粟島がその姿を現した。 |
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