再生と共生の基本原理を求めて 令和元年12月5日更新

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 東京都の多摩には立川市と昭島市にまたがる昭和記念公園という国営の公園がある。

 緑の回復と人間性の向上」をテーマに昭和の末期に建設された公園である。自然的な環境の中で、国民が健全な心身を育み、英知を養う場として提供されている。散策して気づくことは、180ヘクタールの広大な公園の中で「うごめいている自然界の神秘的な現象」の素晴らしさである。

 それは、「再生」と「共生」という自然界の現象である。

 公園の樹木は四季の変化につれて、芽を出し蕾を育て花を咲かせる。花が散ると青々と葉を茂らせて、幹を太らせ枝を伸ばす。紅葉を過ぎると葉を落とし、再び、次の四季の変化に備える。この過程で、樹木の生き方と人間の生活は深く関わりを持っている。

 人は、花咲く季節や落葉の季節には自然のもたらす美に癒やされ、緑茂る季節には新鮮な空気が供給され、やり甲斐と活動の闘志を与えられる。公園の自然は、1年を通してわれわれに多くの恩恵をもたらしてくれる。しかも、この恩恵を毎年繰り返してくれる。

 昭和の末期に提供された昭和記念公園も30年を超える歳月にわたり、多くの人々に親しまれて、テーマである「緑の回復と人間性の向上」に寄与してきた。人工的につくられた公園であるが、古い時代の武蔵野の自然を存分に取り入れ、自然につくられた公園のごとく演出している仕組みが公園を訪れる人を満足させ、楽しませてくれる。

 そこには、自然界の基本原理である「再生の原理」と「共生の原理」が満ちあふれている。戦後の日本や世界が、成長という言葉のもとに「置き去りにした基本原理」を、そこに見つけることができる。自然界における「再生の原理」「共生の原理」を具体的な現象を通して観察し、体験すると、戦後の日本社会の構築プロセスで行った多くの行為の中にも多くの間違いがあったことを教えられる。更に、最近の日本社会で行われている行為や考え方の間違いについても気づかされ、今後、どのように修正していくべきかが悩ましくなる。

 現在と将来の生」に備えて、自然界に存在するすべての生き物が、絶えず環境に対応しながら、最適化と合理性を追求し、更に、「持続可能な環境の維持」を求めて、世代を超えて永遠に生き続けるために、その基本原理の下に活動し続ける。人類もその生き物に属し、その一部として活動している。しかも、その原理が不変の基本原理でない」ということをも認めながら。

 公園の生きものや樹木、草花などの自然界の現象を観察していると、のどかな「平和」と合理的、効率的な自然界の現象に支えられた「豊かさ」を感じ取ることができ、些細な争いや略奪があるにもかかわらず、生きる喜びと楽しみ、将来への夢を教えてくれる。

 しかし、地球上の人間社会に目を向けると、きな臭い戦争や事件、見苦しい利権や自己欲の話に変わり、自然を含む社会全体に暗雲が垂れ込めるのはどうしてだろうか。しかも、多くの局面で、多面的な思考の展開ができないまま、多様化されている社会を、誤った方向に導いてしまう現象が多発するようになっている。適切な管理サイクルを回せない指導者が、チェックを怠り、アクションのみを先行させる。いくつかのサイクルを回したあとで、とんでもない局面にたどり着いたことに気づいても、その場をごまかすことで切り抜けようとして、どんどん泥沼に入ってしまう。何とかしようとする焦燥感からか、または、他人や国民にかっこ良く見せようとする野心からか、事実関係や真実を確かめないで、深く検討もせずに、スローガンや言葉だけが先走る。このことにSNSの仕組みが協力してしまう。当然、時間が経過してもよい結果は現れない。そのうち忘れてしまい、すべてが曖昧になる。これでは、次第に社会全体が草臥れて、腐敗してしまう。まさに、これが日本や世界の現状の姿である。

 地球温暖化問題も、このような裁きの中で進んでいないだろうか。16歳の少女の叫びを耳にしたけれど、どうにもならない状態になっていないだろうか。トランプも、習近平も、安倍も、その他の世界のリーダ達も何の役にも立っていない。東アジアの情勢も、中国大陸の発展につれて地球温暖化の影響を受けて、日本列島も世界一の自然災害被災大国になり、やがて大洋に沈没してしまうのではないだろうか。北朝鮮のミサイル開発で、誤射によって日本の原発が破壊され日本海や日本列島が汚染されないだろうか。心配の種は尽きない。これも、自然現象を軽視した日本人やその周辺の国々の自己欲や思い上がりの結果ではないだろうか。考えさせられる。

 他国と戦争することや隣人と争うことを世界中の庶民は望んでいない。庶民は、戦争のない世界や平和な世界、隣人と仲良くすることを当たり前と考えている。しかし、多くの国のリーダ達は、今にも、ミサイルが庶民の頭上に飛来するかのように宣伝し、敵対感情を煽り続ける。「軍備力の強化」、「抑止力の強化」、「平和維持のため」などの言葉を声高に叫ぶ。その結果、毎年、巨額の軍事費が年度の予算に計上され、無駄な施設が国内に眠るようになる。新しい武器が次々と購入されると、毎年多額の維持費が必要となり、世界の軍需産業が健全な庶民の生活費を強奪していく。このようにして、社会福祉の向上のために調達された税が戦争準備費に充当されることが正当化される。更に、これらの行動が庶民を不安に導き、隣人を嫌悪する感情に駆り立てる。

 トランプはこれを利用して、「アメリカファースト」を発し、商売に専念している。戦闘機やその他の武器、ジェット機を売っている。日本政府は巧みに騙されて武器調達を手助けし、日本の国民に負担をかけている。習は覇権の確立を目指し軍備の強化を進めるために、市場規模を活用して世界に投資を促し、それに釣られた世界の企業も目先の金儲けを狙って、中国に協力している。金は自国防衛を掲げてミサイル開発を継続している。このように、世界の一部のリーダ達の好ましくない言動や行動が世界の庶民の中に多くの不安の種をまき散らし続けている。リーダ達の欲望に乱される世界は、これからどうなっていくのであろうか。自然や地球環境は、地球温暖化に関連する自然災害を含めた自然現象でこれに対抗している。しかし、人類は、その組織も個人の能力も無能化し、なすがままに任せてしまっている。このままでは、リーダ達の欲望が地球を破壊してしまうことになる。

 昔は、戦争に勝つことによって戦勝国には多大の利益がもたらされた。しかし、21世紀の戦争は、戦勝国にも敗戦国と同様な悲惨さをもたらすことになる。だから、各国のリーダ達は容易に戦争に突入することができないし、その結果にも恐れている。であるのに、各国のリーダ達は戦争準備を着々と進めていく言動と行動を繰り返す。「抑止力強化」の言葉の下に、他の手段がないかのように戦争準備を進める。その目的は、国内における自分の権力を維持するための自己欲の達成であるに過ぎない。

 戦後が遠くなり、戦争を知らない世代が多くなってきている日本や世界で、リーダ達は身近な自分たちの利権を確保するために、世界の軍需産業を活性化させ、平和産業よりも安易な利益を得る手段として、世界の経済を偽装させようとしていないだろうか。軍需産業で偽装された世界の経済は、世界の庶民の豊かさを増すことなく、格差を助長し、やがて、その先で、一瞬の恐怖の忘れに乗じて、庶民の上に恐ろしい不幸な結果もたらすこととなる。過去の不幸もそうであった。最近、騒がれている米中経済戦争や米国とイランの紛争、米朝問題、日韓問題、中東の問題など、すべてこの類いのものでないだろうか。要検討事項である。

 地球温暖化の問題はスポーツ大会の開催にも影響を与えるようになってきている。オリンピックのマラソンや競歩の競技が、気候条件から東京では不可能という話になり、札幌に移すことを決めたようだ。しかし、この結論がやがてオリンピック不要論に発展することになると考えいる人が、現在何人いるのだろうか。このような問題点が計画当初に十分検討されたのだろうか。当初の検討では、コンパクトな競技環境が東京大会の一つの特徴であったが、この特徴も物理的にも、コスト的にも、次第に無意味なものになってきている。地球温暖化の問題を考えると、現在のオリンピック競技事業そのものが将来的に害あって益なしという答えになる。世界平和にも役立たなくなっている。関連する機関や事業者も目先の利益を追求するのに必死で、本来の目的を忘れて検討内容が不十分になっている。競技を動かすアスリート達も、当時の社会の雰囲気や流れに酔ってしまって、スポーツの本質や地球環境との関係などの十分な検討を忘れてしまったのではないだろうか。多くの課題を抱えている。

 21世紀の世界は多様化している。それぞれの国の歴史的なプロセスから、隣人や隣国が全く異なる考え方や生活様式をもって行動していても不思議ではない。問題は隣人同士や隣国同士がそれぞれをお互いに認め合い、許し合って、その上に立って、将来的な隣人関係や隣国関係を一段高いレベルに押し上げる努力をする覚悟があるかどうかである。「自己主張ありき」や「自国ファースト」、「覇権主義」の考え方、「制裁優先」の考え方では、隣人関係や隣国関係の正常な確立は不可能であり、人間社会に無駄が生じるのみである。自分たちの基盤をしっかりと固め、それをベースに隣人や隣国と相手の立場に立って話しあう姿勢がまず必要である。そのためには、自分たちの環境だけではない、一回り大きな共通の環境に立脚した考え方が必要となる。そのような考え方に立てるなら、最近の新しい考え方のAIやディープラーニング革命の考え方も役立ち、さらに、一段と進んだ世界や社会に成長していくことも期待できるようになると信じる。

 一回り大きな自然界の基本原理である「再生の原理」や「共生の原理」にならって、健全な社会、平和な生活環境を目指して、どの国の国民も、未来に夢を求める活動を正常化させることができれば、戦争も核も考える必要のない世界になると信じる。自然界のすべての生命を含めた理想的な環境の構築が可能になる。ディープラーニング革命が示しているように、21世紀の人間の脳は、それ以前とは異なる機能が発揮できるように変革されようとしている。ものの見方、捉え方、考え方、論理の展開要領など、多くの面で過去になかった変革をもたらそうとしている。その先には、すべての生き物を含めて、新しい世紀が期待できる現象が起きる可能性が含まれている。人間そのものが大きく変革される時代が迫ってきつつあるようだ。人間が革新されるのだ。

 地球上に新しい世紀を期待するためにも、世界のリーダ達は、隣人のリーダ達、隣国のリーダ達と話し合う努力をまず進めるべきである。世界のリーダ達が21世紀の偉大な大人になることによって、地球上に新しい革新の時代を生まれさせることができ、AIの考え方に支えられた新しい時代の構築が可能になる。そして、人も生物も、すべてのものが大きく変化する。

 この変革を実現させるための賢明な努力を、世界のリーダ達や日本のリーダ達に期待したい。これは、リーダ達の大切な課題である。この課題を解決することによって、地球温暖化問題も、世界の平和と豊かさの向上も期待できるようになる。