再生と共生の基本原理を求めて 令和2年7月18日更新

 ようこそ 老後と公園 のホームページへ。

  昭和記念公園は、東京都の立川市と昭島市にまたがる多摩地区にある国営の公園である。

 緑の回復と人間性の向上をテーマに昭和の末期に建設された公園で、自然的な環境の中で、国民が健全な心身を育み、英知を養う場として提供されている。散策して気づくことは、180ヘクタールの広大な公園の中で「うごめいている自然界の神秘的な現象」の素晴らしさである。

 そこには、「再生と共」という自然界の素晴らしい現象が満ち溢れている。

 公園の樹木は、四季の変化につれて芽を出し蕾を育て花を咲かせる。花が散ると青々と葉を茂らせて、幹を太らせ枝を伸ばす。やがて、紅葉し葉を落すと、再び、次の四季の変化の準備を始める。この四季の変化の過程で、樹木の生き方と人間の生活は深く関わりを持っている。

 人は、花咲く季節や落葉の季節には自然のもたらす美に癒やされ、緑茂る季節には新鮮な空気が供給され、やり甲斐と活動への闘志を与えられる。公園の自然は、1年を通してわれわれに多くの恩恵をもたらしてくれ、しかも、この恩恵を毎年繰り返してくれる。

 昭和の末期に提供された昭和記念公園も、30年を超える平成の歳月にわたり、多くの人々に親しまれて、テーマである緑の回復と人間性の向上に寄与してきた。人工的につくられた公園であるが、古い時代の武蔵野の自然を存分に取り入れ、自然につくられた公園のごとく演出している仕組みが公園を訪れる人々を満足させ、楽しませてくれる。

 そこには、自然界の基本原理である「再生の原理」と「共生の原理」が満ちあふれている。戦後の日本や世界が、成長という言葉のもとに置き去りにした基本原理を、そこに見つけることができる。自然界における再生の原理や共生の原理を具体的な現象を通して観察し、体験すると、戦後の日本社会の構築プロセスで行った多くの考え方や行為の中にも多くの間違いがあったことを教えられる。更に、最近の日本社会で行われている考え方や行為の間違いについても気づかされ、今後、どのように修正していくべきかが悩ましくなる。

 現在と将来の生に備えて、自然界に存在するすべての生き物が、絶えず種々の環境に対応しながら、 合理性と最適化を飽くことなく追求し、持続可能な環境の維持を求めて、世代を超えて永遠に生き続けるために、それらの基本原理の下に活動し続けている。 人類もその生き物に所属し、その一部の役割を担い活動している。しかも、その原理が不変の基本原理ではないということをも認めながら活動を続けている。

 公園の生きものや樹木、草花などの自然界の現象を観察していると、のどかな平和と合理的、効率的な自然界の現象に支えられた豊かさを感じ取ることができ、些細な争いや略奪があるにもかかわらず、生きる喜びと楽しみ、将来への夢を教えてくれる。

 人間の社会に限定して考えても、一回り大きな自然界の基本原理である再生の原理や共生の原理の教えにならって、健全な社会、平和な生活環境を目指し、どの国の国民もみんなが一体になって未来に夢を求める活動を正常化させることができれば、戦争も核も考える必要のない世界、自然災害の少ない社会をもたらすことができると信じる。そして、自然界のすべての生命を含めた理想的な環境の構築が可能になる。

 最近の考え方の一つである「ディープラーニング革命」が示しているように、21世紀の人間の脳は、それ以前とは異なる機能が発揮できるように変革されようとしている。ものの見方、捉え方、考え方、論理の展開要領、イメージの構築の仕方、その内容など、多くの面で過去に経験できなかった変化が期待できそうである。機械の力を利用できると、現実と仮想が同じ空間に同居できる社会の構築も可能になるようだ。未来の変化を仮想しながら、現在から未来への道筋を探索し、試しながら日々の行動のあり方を決め、それを確認しながらその先を考えことが可能になる。そうすると、すべての生き物を含めて、新しい世紀が見える形で期待できる現象が起きる可能性が含まれるようになる。今打つ一手が従来の思考法では考えられなかった素晴らしい一手になる。しかも、その一手が我々の生活やすべての環境を変えていく。人間の生活そのものを大きく変えられる時代が迫って来るのだ。人間そのものが革新されようとしている。現在の人と異なる明日の人が生まれる可能性が高まっている。

 この革新へ進もうとしている直前にコロナ危機が発生した。世界中がこの危機に直面し、破壊されようとしている。世界中に拡散されたコロナウィルスの脅威に世界中の国々が対応に困惑している。感染者数は日々増加し、死者も増加している。適切な治療法の確立も定まらず、ワクチンの開発も短期的に期待される状態ではない。これらの問題はいずれ時間とともに解決していく問題かも知れないが、どの程度の時間が必要なのかは、現時点では未知である。長引けば、犠牲者も多くなり、世界の経済も悪化し、世界不況につながる恐れがある。特に、平成の時代に産業力が低下した日本の国力では、短期間に成長を期待することが困難になるかも知れない。コロナクライシスを契機に、日本国民は我慢することを覚悟しなければならない事態に発展する可能性が大である。第二次大戦後の驚異的な日本経済のような発展は、現在の世界の環境や日本人の能力を考えると期待することはできない。アベノミクスのような安易な経済政策を採用し、産業政策に失敗し、日本の国力を低下させた愚かさの付けがコロナ危機で表面化してしまった。このことを率直に認め反省し、再建に取り組む覚悟が求められる。

 ただ、この機会を利用して、共生の原理、再生の原理に基づいた新しい日本の社会の再構築を考えることが可能になるであろう。そのためにも、まず、緊急の課題である「コロン危機」からの脱出を早急に実現し、その後に、21世紀の人間社会のあり方を見直し、日本の世界における立つ位置を考慮して、産業構造、生活環境、人材育成のための教育環境、5GやAIを活用した社会構造などの目指す方向を明確に定め、その考えに基づいて、国民が一丸となって、一歩一歩着実に、企画・設計を推進する必要がある。エネルギー政策や環境問題、自然災害対策、原子力問題、グローバリゼーションのあり方も当然検討対象になる。日本人の能力を活用した新しい日本人のための日本の社会が構築されることであろう。大切なことは、現政権のような政治主導の失敗を犯さない社会のしくみを構築することが重要な課題になるという意識をもつことだ。場当たり的な愚かな行動を繰り返すようでは、それこそ日本沈没を招くことになる。

 この変革を実現させるための賢明な努力を、日本や世界のリーダ達に期待したい。これは、リーダ達の重要な課題であり、責任だと考える。そのためには、日本や世界の指導層の刷新が必要かも知れない。いや、必ず必要だ。国家間の駆け引きや個人間の策略、覇権欲や権力欲、利益欲など、国や政党、個人のエゴを捨て、新しい観点に立って、この課題に向かって、しっかり考えて、行動することだ。そうすれば、地球温暖化の問題も、核廃絶の問題も、世界の平和と豊かさの向上も期待できるようになると信じる。そのことを喜ぶのは世界に住んでいる生き物達、すべてである。当然、人類も最高の幸せを感じ取れることとなるであろう。もしそうならなければ、人類も、地球も滅亡してしまう。日本列島は当然沈没する。コロナ危機はこのことの前触れである。