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日本最古の駅弁屋の隣は・・・
(C) 張 輝




 


東京から自動車を高速道路に乗って2時間余り走れば、群馬県碓氷郡辺りに着くはず。 いつものように風まかせで二時間ぐらい運転したら、少々疲れて来たしお腹も空いてきたので、何かを食べようと思ってお食事処を探し始めた。細い道に入って他の一切とぶつからないようにバックし、車を止めて、降りて、歩いてみたら、「日本最古の駅弁屋」という一目で分かる看板が目に入ってきた(上記写真)。ある意味では「最」に弱い私がこの意外な発見で食欲も一層上昇気流へと・・・。

お店に入って注文し、900円で頂いた釜飯を味わおうと思ったら、ご丁寧な紹介文に目が止まった。「おかげさまで創業115年。信越本線横川駅、峠の釜めし本舗おぎのや、商標登録第1731043号、実新登録第3033977号、宮内庁御用達・・・」。これは凄いご飯でしょう。釜飯自体は東京品川のあるお店でも何回か味わったことはあるが、今日は115年前の味を感じることができるんだ、いいえ、これだけではなく、その味等を保つ知的手段?の効果を感じることもできるんだ。手の動きはゆっくりとなった。

お昼の後はいつも少々散歩する。駅弁屋の隣は「碓氷峠鉄道文化村」という綺麗な娯楽地があって、「見て、触れて、体験できる峠と鉄道の歴史」が提示されている。私は下り坂に沿って歩き、思わずにある「招魂碑」に注目した。

太平洋と日本海を結ぶ鉄道としてのこの碓氷鉄道は日本初のアプト式鉄道である。明治26年4月1日に開通した路線は11.2キロの区間にトンネルは26箇所で橋梁は大小18箇所ある、極めて特異なものであった。このため、1年9ヶ月の工事期間中は500人余りの命が失った・・・。

26箇所のトンネル、当時の人海戦術ではどのように進められたのかを想像し得ないのである。今日だったら、川崎重工業が作られた世界最大で直径14.14メ−トルの「トンネル掘削機」 (その一部左記写真)を使えば、多分想像以上に簡単化になるのではないかと思ってもよかろう。

川崎重工業のトンネル掘削機等の魔法のような力で、東京湾の海底には明治時代なら考えられない素晴らしい通路が開かれた。東京湾アクアラインは川崎と木更津とを近くにしただけではなく、 また一つ新たな観光点を人々に提供しただけではなく、現代的技術の凄さも強く物語っているのである。

もう1回東京湾アクアラインに行きたいね。そこで、碓氷峠鉄道のことを思い出しながら、未来は何が現れてきそうかを空想したい。空想ってよくない表現だって?そうだね。もしよかったら、貴方が適切だと思われる表現を入れ替えて頂けるのであろうか・・・。