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特別転載 テクノプロデュ−ス入門



技術プロデュ−スと技術プロデュ−サ−

――大会社からスピンオフ、ベンチャー会社設立の事例を通して――

(C) 後藤和弘 (国際大学グロコム フェロー

後藤先生略歴: 
1558年東北大学工学部卒業、1962年オハイオ州立大学PHD、東京大学助教授を経て東京工業大学助教授、教授。1990年退官。ドイツ、マックスプランク研究所客員研究員、スウェーデン王立工科大学、オハイオ州立大学など客員教授。退官後は各種団体の顧問。


はじめに:

大会社からスピンオフしてベンチャー会社を設立する場合は国際競争力の強い特殊な要素技術を持ち出して新製品を作るのが一般である。しかしその技術に関連する特許の所有権は会社が有するのでその使用権許諾の交渉は容易ではない。これが日本における大会社からの技術者のスピンオフを 阻止している最大の障害であるとよく言われている。

今日ご紹介する志村則彰氏のベンチャー会社はご本人が個人の才能として持っている「技術プロデユース能力」を活用してこの能力を新製品を開発しようとする複数の会社に販売する会社を創設した。

新商品開発はどの会社でも努力しているが、志村氏の説明する「技術プロデユース」 とは会社に死蔵されている特許や発明を掘り出してそれから売れる新商品を多量生産するまでの全ての成功/失敗因子を詳細且つ戦略的に解析検討し その企画を実行するプロセスのことである。

このような精緻な戦略的企画能力は志村氏がカシオという会社に勤務していた間に自然と身につたものではあるが、会社の所有物ではない。 この様な抽象的な能力をもってスピンオフしてベンチャー会社を創業すれば何の問題も起きない。 

この投稿は志村氏へのインタビューに基いて簡略に纏めたものである。


1.志村氏のベンチャー会社の性質:

志村氏はカシオに1964年に入社、1979年39歳で常務取締役になりその後 技術開発と新商品開発のリーダーとして55歳で専務を止めるまで活躍した。 自分の活動を振り返って、自分のしたことは「技術プロデユース」につきることに 気が付いた。その仕事は自社内の発見や特許に基いてカシオ独特のLSI設計 技術を育て上げそれをコア技術にしてカシオの種々の新製品を作って来た。 カシオの新商品は衆知の通り、各種電卓、デジタル時計、電子楽器、デジタル液晶T V、 デジタルカメラ、などなどであった。

その全てに独特のLSI設計技術がコア技術として用いられている。 技術プロデユースとはこのコア技術を育て、その周辺をサポートする種々の技術を 過不足なく組み合わせ、絶対的競争力を誇る新商品の性能と価格を戦略的に 企画する事であり、そのためにはマーケットのニーズの性格、また製造、販売に関す るもろもろの規制や法律にいたるまでをその戦略的企画に含めて考慮しなければ ならない。

単にコア技術から新商品製造に至るまでの技術的諸問題の解決方法の提案に とどまるものではない。 志村氏はこのような新商品開発の戦略的方法はある特定の技術分野にのみ 有効ではなく、製造業である限り、あらゆる分野に普遍的に通用する 方法であるという確信に到達した。

そこで55歳でカシオを辞め、その戦略的方法を売り物にするベンチャー会社を 2000年7月に創設した。それが立川市にある株式会社ビー・ストームである。 尚、ビー・ストームとはBrainStorm の略であり「技術プロデユース」に はまずBrain Storm が必要ですよという志村氏のメッセージが込められ ている ような気がするネーミングである。

2.「技術プロデユース」事業は売り物になるか?

志村氏の開発した独特の新商品開発方法は、通常の大会社では多数の社員が 新商品開発の諸問題を分担するやり方と異なっている。この志村氏の提案する 独特の戦略的企画方法を習得して身に付ければ一人でも実行可能であるという 点が斬新な考え方である。従来の経営コンサルタントや技術コンサルタント、あるい は法務コンサルタントが別々に分担していた仕事を一人の「技術プロデユーサー」が 担当して新商品を開発しようとするものである。

そんな事出来ますか? 誰でもそう思うに違いない。

そこで志村氏は株式会社オプトエレクトロニクスの依頼を受け上記のような考え方を バーコード読み取りシステムの製造、販売の過程で実証する事にした。 この会社の2001年までの年間総売上高は約60億円で足踏み状態であったが、 3年後の2004年には倍増し約120億円の売上にする戦略的企画を作成し その推進を「技術プロデユーサー」として担当している。

このバーコード読み取りのコアー技術はこの会社の場合、モジュール設計作製 技術であることを判断しその改良と読み取り機の軽量小型化で他社製品との 差別化に成功している。事業はちゃくちゃく進展しているようである。 この成功のきざしに自信がでて志村氏はもう一社と契約し電気スクーターの開発も 始めている。そのコア技術はパワーエレクトロニックス技術だそうで軽量小型かつ 強力なモーターと軽量小型の電池材料の開発や高度な実装技術が重要である。

3.研究開発担当技術者と「技術プロデユーサー」に要求される素質の相違:

発明家に要求される素質は独創性、執着心、芸術的センスであり、開発担当 技術者に要求される素質は重要なテーマが出せて計画・実行・管理のマネー ジメント能力である。これに対して「技術プロデユーサー」に要求される素質はもっ と 広範な素質が要求され、技術力、論理思考能力、などの他、達成目標の設定が 的確であり、目標達成能力が大でなければならない。また未知のマーケットの真の ニーズを分析する能力や特定の商品に関する規制や法律を解明する力も 必要である。 その他に強い向上心と非常に明るい性格と謙虚な態度が決定的に重要に なってくる。

今回ノーベル賞を貰った島津製作所の田中耕一氏は上記の発明家の代表で あり、大会社の技術開発部に所属している技術者は上記の開発担当技術者の 素質を有していると考えられる。 志村氏は若いとき自分は発明家にはなれない。ほかのタイプの技術者に なろうと決心したそうである。

一生懸命、カシオの新製品の開発をつぎからつぎへと進めてきた。自分の 半生を振り返って「自分のしてきたことを一言で表現するなら技術プロデユースの 仕事であった」と気が付いた。その次の瞬間「技術プロデユース」の仕事の 出来る人をもっと沢山育てないと日本の技術の国際競争力が低下する一方で あるという確信をもった。

しかしこの考えは仮説に過ぎないかもしれない。そこで他の工業分野で 実証してみよう。これをバーコード読み取り技術で実証してみよう。 こんな勢いで志村氏のベンチャー企業が成長しつつある。 目下6人の社員に給料を支給して余りある利潤を上げている様子である。 他のベンチャー会社とは随分とビジネス内容の異なる会社ではありませんか?



投稿者による蛇足:

志村氏は本当に明るい性格でとても謙虚な方である。話しをしているだけで 気持ちが爽快になる。「技術プロデユーサー」は志村氏のように優れた素質を 沢山持った人だけがなれるものであろう。

従って「技術プロデユーサー養成講座」などのような企画をして聴衆が沢山 集まっても一朝一夕でなれるものではない。 しかしこのような考え方は日本の技術者の戦略的企画力、あるいは 戦略的思考能力の向上に寄与し国際競争力の増大に大きな貢献を することは明快な事実であろう。

志村氏が今からでもこのような「技術プロデユーサー養成講座」の企画と実行に着手されることを祈ってこの稿の終わりとする。




転載・編者: 本稿は後藤先生が2002年10月23日に デジタルニューディ−ル(DND) で発表された御投稿であり、後藤先生からのご快諾を頂きまして転載させて頂いた次第でございます。後藤先生が昨年10月に本稿を含むご執筆された、産学官連携推進、TLOの苦悩と成功の方法など10本を越える論文が反響を呼び続けており、是非そちらも合わせてお読み頂ければと思っております。後藤先生、転載に関するご快諾、心よりありがとうございました。

個人的には、後藤先生が書かれた最後のコメント「・・・技術プロデュ−サ−養成講座の企画と実行・・・」にも強く共感しております。このような考え方が最も重要であり、さもなければ、知的財産戦略も、技術開発戦略も、基礎研究の深化などがいくら強調されても、熟睡になった休眠特許が増えるだけのようなことになってしまうのではないか、と痛感している1人でございます。

ある意味では、技術経営の根本また原点の1つは「テクノプロデュ−ス」または「テクノビジネスプロデュ−ス」に帰着するものであり、技術の戦略的な「プロデュ−ス」がなければ技術の戦略的「経営」にはなり難い、と言ってもよろしいでありましょうか。 いま、「ビジネスプロデュ−サ−」という職役は1部の大手企業の中で用いられていますが、しかし、さまざまの面で色々な特質を有する「テクノビジネス」は「テクノビジネスプロデュ−サ−」を必要とする時代になってきたのではないかと思っております。

テクノビジネスデザイン編著責任者