| 19世紀 | アンリ・ジファール、動力飛行船での初飛行に成功 |
| 1900年 | ツェッペリン伯爵。LZ1の飛行に成功 |
| 1904年 | ライト兄弟による動力飛行機の初飛行成功 |
| 1906年 | ツェッペリン・コーポレーション設立 |
| 1908年 |
いわゆる「飛行機裁判」に、ライト兄弟勝訴 世界の各航空機メーカーは航空機の生産に当たりライセンス料をライト社に支払う旨判決が下る。 ヴィルヘルムスハーフェン(ドイツ)・ベルリン(ドイツ)間に初の飛行船民間航路設置 |
| 1909年 |
ツェッペリン社、ドイツ海軍との飛行船納入契約 。 ライト社、アメリカ陸軍に初の戦闘機納入契約。 |
| 1910年 | デ・ハビラント社、イギリス陸軍に初の偵察用飛行船を納入 |
| 1911年 | いわゆる「サンディエゴ事件」。陸軍戦闘機隊の大規模空中衝突により戦闘機5機が墜落、10人以上が死傷。 |
| 1912年 | ベルリン大学・ワイゼッカー教授、人造ヘリウムの開発に成功 |
| 1913年 |
フォッカー社、戦闘用小型飛行船の製造開始。ドイツ軍と大量納入計画を結ぶ ドイツ海軍・空中第1騎兵団を創設。 アメリカ海軍、デ・ハビラント社から飛行船10隻を購入。 |
| 1914年 |
カーチス社、航空機産業からの撤退を発表。同時に戦闘用飛行船の開発を表明 同年、アメリカ海軍と納入契約。 |
| 1915年 |
ドイツ軍空中第1騎兵団によるパリ空襲開始。 ドイツ軍空中第1騎兵団によるロンドン爆撃開始。 英空軍、戦闘飛行船による第1空中騎兵団の迎撃体勢を構築。仏軍、これに追随。 アメリカ海軍、戦闘用飛行船による第1航空団を創設。同時に保有する全ての戦闘機を予備役に。 |
| 1916年 | ローゼンラント公国、連合軍飛行船部隊の進駐を受け入れる。同盟軍、これを激しく攻撃。いわゆる「ローゼンラント消耗戦」の開始 |
| 1917年 |
連合国軍飛行戦艦隊によるベルリン爆撃開始。 ドイツ空軍、いわゆる「レッドバロン戦隊」を創設し、これに激しく抵抗。 |
| 1918年 | 合衆国、ドイツ軍に対して宣戦布告 。同時に同国航空団、ローゼンラント進駐。 |
| 1918年末 | <西の暴風:ヴェストシュトゥルム>作戦。北海における最後の大規模航空戦。 |
| 1919年 | ドイツ降伏。コペンハーゲン協定に基づき、各飛行船メーカーの技術情報がドイツから戦勝国へ譲渡される。 |
| 1920年〜 | 第一次大戦終結により、民間航空路の開発が急速に進む |
| 1923年 |
レイクハースト(アメリカ)〜ロンドン(イギリス)〜パリ(フランス)間に大西洋横断航路開設 オックスフォード大学・シュペングラー研究室、スーパーヘリウムの製造に成功。 |
| 1924年 |
ライト社、ボーイング社に吸収合併 ストックホルム(スウェーデン)〜ベルリン(ドイツ)〜ローマ(イタリア)〜カイロ(エジプト)〜ケープタウン(英領南アフリカ)間に大陸縦断航路開設 |
| 1925年 |
上海(中華民国)〜霞ヶ浦(日本)〜サンフランシスコ(アメリカ合衆国)間に太平洋横断航路開設 ボーイング社、大陸間横断航空機計画を発表するも、同年中に計画は凍結。試験機1機のみがロールアウト。 |
| 1928年 | ツェッペリン社、『グラーフ・ツェッペリン』号による初の世界一周航路開設 |
| 1930年 | シドニー(オーストラリア)に飛行船運用施設完成。世界最大規模の運用規模を誇る。同時に世界各所〜シドニー間の航路開設 |
| 1933年 | ローゼンラント公国にて新国王即位。それに伴い慶賀祝典が行われ、史上最多の150隻飛行船による観艦式が行われる |