愛甲会 活動の歴史

| 1996.3 | 長良川球場オープン戦「中日×オリックス」にて愛甲会結成 | |
| 結果 ?×? ●(←たしか負けた) | ||
| 1996.5.21 | 長良川球場「広島×中日」 | |
| 結果 雨天ノーゲーム | ||
| 初回いきなりにっくき緒方にホームランを打たれ、やばい雰囲気が立ち込めた。 しかし、このころスタメンレフト出場の愛甲の逆転3ランで盛り上がるレフトスタンドだったが、無常にも降り出した雨によりノーゲーム。愛甲のホームランは幻と消えたのだった... | ||
| 1996.8.22 | ナゴヤ球場「中日×広島戦」 | |
| 結果 5×10 ● | ||
| 先発佐藤(秀)が初回5失点では、歯が立たず。代打愛甲のヒット性の打球も緒方に好捕されてしまう。このとき正式に、緒方を敵と認識し、我々との戦いが始まる。 | ||
| 1996.10.6 | ナゴヤ球場最終戦で、ドラゴンズは散った。 | |
| 1997.3.14 | 長良川球場オープン戦「中日×日本ハム」 | |
| 結果 7×5 ○ | ||
| あまり記憶にない。 | ||
| 1997.3.14 | 長良川球場オープン戦「中日×日本ハム」 | |
| 結果 7×5 ○ | ||
| あまり記憶にない。 | ||
| 1997.3.18 | ナゴヤド−ムこけら落とし「中日×オリックス」 | |
| 結果 1×1 | ||
| 母親が応募していたナゴヤドームのこけら落しのチケットが当たり、郭源治の引退試合も兼ねているという一戦を観戦することができた。真新しいナゴヤドームに胸躍らせ観戦することができた。郭の最後の姿&今シーズンの宣の活躍を予感させる快投を見ることができ、大満足の試合だった。 | ||
| 1997.4.19 | 長良川球場「広島×中日」 | |
| 結果 9×13 ● | ||
| 1、2回に大量点を入れて、勝てるかと思いきや先発井手元では赤ヘル打線は抑えきれず、大逆転負け。ここから、連敗伝説が始まる。 | ||
| 1997.4.20 | 長良川球場「広島×中日」 | |
| 結果 3×9 ● | ||
| 2日続けて通った長良川球場。しかし、門倉がピリッとせず、連敗。 | ||
| 1997.6.5 | 長良川球場「中日×横浜」 | |
| 結果 3×6 ● | ||
| 長良川第3ラウンド。ノーコン門倉の四球病に泣いて3連敗。これにより、翌年から、岐阜では1試合になってしまう。 | ||
| 1997 | ドラゴンズは最下位。ツライ1年だった。 | |
| 1998.3.27 | 長良川球場オープン戦「中日×オリックス」 | |
| 結果 雨天中止 | ||
| 今年こその岐阜で1勝に意気込んで、大弾幕に「李鍾範」を作成。しかし、無常にも雨。不発に終わる。 | ||
| 1998.5.2 | 長良川球場「中日×横浜」 | |
| 結果 雨天中止 | ||
| 今度こそと思って望んだ唯一の岐阜での戦い。しかし、またもや雨。前売りの払い戻しも忘れ、2重のダメージをくらう。 | ||
| 1998.5.3 | ナゴヤドーム「中日×横浜」 | |
| 結果 0×4 ● | ||
| 愛好会とは別にお忍びで行ったナゴヤドームの内野。先発ジャービスでは荷が重く、完封負け。天皇賞も外れ、良い事無し。 | ||
| 1998.6.26 | ナゴヤドーム「中日×広島」 | |
| 結果 1×2 ● | ||
| 復活にかける今中とミンチーとの投げあい。しかし、貧打ドラゴンズは伏兵種田の1発のみ。あっさり負けてしまう。 | ||
| 1998.7.31 | 広島市民球場「広島×中日」 | |
| 結果 8×6 ● | ||
| 初敵地侵入。内部破壊を試み、緒方殲滅を最優先事項に任務を敢行。しかし、先発山田洋では歯が立たず、初回大量失点。ゴメスの満塁弾でミンチーは殲滅したものの、最後は小林幹に抑えられ、返り討ちに合う。ぷよまんを買ったのが悪かったか。 | ||
| 1998.8.30 | ナゴヤドーム「中日×ヤクルト」 | |
| 結果 3×5 ● | ||
| 夏休み最後の戦い。珍しくプライムツインで見ていたが、いてもたってもいられなくなり、終盤ライトスタンドへ。しかし、先発野口の延長1?回200球以上にわたる完投むなしく散る。 | ||
| 1998.10.2 | ナゴヤドーム「中日×横浜」 | |
| 結果 2×5 ● | ||
| 逆転優勝に盛り上がるナゴヤドーム。愛甲会の連敗記録をとめるべく、サムソンの快投試合を見た友人を引き連れ、挑んだが結果は●。とうとう2年間勝てないままシーズンを終わる。 | ||
| 1998 | 惜しくも2位。 | |
| 1999.3.6 | 長良川球場「中日×西武」 | |
| 結果 4×5 ● | ||
| 2年ぶりの岐阜での戦いに、連敗記録を止めるようと挑んだが、松坂にやられ、またも負け。連敗記録は9にのびる。 | ||
| 1999.3.10 | 小牧市民球場「中日×日本ハム」 | |
| 結果 5×3 ○ | ||
| シーズンに入る前に連敗記録を止めるべく、小牧まで足を伸ばした。すると、名古 屋龍心会の大応援に押され、ライトのフランクリンがエラー気味に落としてくれて、 勝ち。見事に連敗を止めてくれたのであった。 | ||
| 1999.4.27 | 長良川球場「中日×阪神」 | |
| 結果 13×5 ○ | ||
| 長良川での公式戦初勝利を得るべく、望んだ試合。しかし、移籍の矢野の2ランでやばい雰囲気が漂った。しかし、負け運メイの能力が発揮され、打者一巡の猛攻で大逆転。愛甲や音のタイムリーも飛び出し、かつてない大勝で美酒に酔いしれたのだった。 | ||
| 1999.5.11 | 浜松市営球場「中日×横浜」 | |
| 結果 4×7 ● | ||
| 岐阜での大勝に調子に乗って平日に浜松まで激走。しかし、ライトスタンドのお客さんが中根を怒らせ、中継ぎに門倉では役不足。非常につらい敗戦を喫してしまったのだった。 | ||
| 1999.6.25 | ナゴヤドーム「中日×横浜」 | |
| 結果 6×0 ○ | ||
| 急遽挑んだナゴヤドーム。悪夢の北海道決戦後の横浜戦だったが、武田の快投。かつてない早い試合展開で愛好会史上、最も安心して見られた試合で快勝の試合。 | ||
| 1999.7.9 | ナゴヤドーム「中日×阪神」 | |
| 結果 7×0 ○ | ||
| 2試合連続の完封勝ち。野口の余裕のピッチングで快勝。 | ||
| 1999.7.13 | ナゴヤドーム「中日×広島」 | |
| 結果 4×3 ○ | ||
| ボクは行ってないが、他のメンバーが見てきた試合。ノーヒットノーランをやられた佐々岡に選手会長立浪が燃え、逆転タイムリー。見事に対広島戦の初勝利をあげる。 | ||
| 1999.7.16 | ナゴヤドーム「中日×横浜」 | |
| 結果 2×1 ○ | ||
| 野口VS阿波野で、今回も楽勝と思いきやドラゴンズ打線では安心できるわけもなく、苦戦を強いられる。しかし、ドラゴンズ必勝リレーにより、シビレる接戦勝ち。 | ||
| 1999.8.8 | 横浜スタジアム「横浜×中日」 | |
| 結果 16×4 ● | ||
| 敵地潜入第2弾。しかし、先発武田がダメで、記録的な大敗。ビジターでの戦いはここまで勝ちなし。横浜の海に散った。 | ||
| 1999.9.30 | 明治神宮球場「ヤクルト×中日」 | |
| 結果 4×5 ○ | ||
| マジック1で望んだ神宮球場。4時に名古屋を出発し、新幹線で駆けつけた。山崎タケシの途中退場もあったが、途中出場の久慈が大活躍。素晴らしい逆転勝利での胴上げ。あの場にいられた感激は今でも記憶に残っている。敵地での初勝利も収め、愛好会はまた1つ成長したのだった。 | ||
| 2000.3.7 | 豊橋市営球場「中日×西武」 | |
| 結果 雨天中止 | ||
| ミレニアムドラゴンズ地元初見山ということで朝早く岐阜を出発。天気予報は雨だったが、降っていなかったので強行した。しかし、名古屋市を過ぎた辺りで降り始め、岡崎辺りでは大雨。ここで、引き返して大須で遊ぼうと思っていたのに、東海ラジオが中止を渋って球場前(開始30分前)にて中止。ただ、ただ、豊橋の雨に濡れて帰るしかなかった。 | ||
| 2000.3.7 | 小牧市民球場「中日×ロッテ」 | |
| 結果 4×2 ○ | ||
| 連敗を止めたあの小牧で2000年のスタートを切ろうと急遽参戦を決意。ブルペンが外から見えるということで、先発山本昌を間近で見ることができた。昌を継いだのは野口という豪華リレーで、寒い小牧から大きな1勝を得ることができた。 | ||
| 2000.3.13 | 長良川球場「中日×大阪近鉄」 | |
| 結果 13×10 ○ | ||
| 学校の卒業で、とりあえず愛甲会の旅立ちの一戦となった思い出深い試合。門倉を拝めるかと期待していたのに、「岐阜は寒いから」と前日のドームに逃げた。そこで初回恐竜打線爆発。初回いきなり4点という猛攻で今日も勝ちと思っていたら、鶴田、山北が打たれ一時6点差。もうダメかと思ったら、愛甲のタイムリーも絡み、最後には福留の逆転満塁ホームランという壮絶な試合で勝利の美酒に酔いしれた。非常に楽しい試合であった。 | ||
| 2000.5.3 | 東京ドーム「巨人×中日」 | |
| 結果 9×4 ● | ||
| ゴールデンウィークによる休みを利用して、再び集った愛甲会。それに、初のG戦を敵地にて迎えた。しかも、先発に桑田、復活の清原とGの中でも今年不安定な二人の登場。これでいけると思ったのはスタメン発表まで。敵地遠征では初回に大量失点のジンクスはここでも生きていた。復活の日は打つという清原の能力が発揮され、大活躍を見せ付けられ、ドラ打線も終盤にソロHRを1,2本見せただけ。朝4時出発に加え、昼間のビッグサイト〜秋葉原激走が響き、気力も尽き果てた。 | ||
| 2000.5.5 | ナゴヤドーム「中日×横浜」 | |
| 結果 5×3 ○ | ||
| ゴールデンウィーク強行日程第2弾。愛甲会に新メンバーを加えて望んだナゴヤドーム。このころは、なんかのらりくらり交わせていた小池が好投。打線も病み上がりで調子のでない野村くらいなら打ちますよ。ってカンジで快勝!仙ちゃんの継投宣告の間違いもあって最後にギャラードも打たれたけど、楽しい試合だった。 | ||
| 2000東京の陣 | 明治神宮球場「ヤクルト×中日」 | |
| 番外編 | 4.25 | 結果 5 ×1 ○ |
| 雨中の死闘 | 6.6 | 結果 5 ×1 ○ |
| 6.7 | 結果 13 ×7 ○ | |
| 6.8 | 結果 7 ×4 ○ | |
| 東京に就職した愛甲会員による死闘劇。去年の優勝決定の試合から引き続き、神宮不敗記録を更新中。中でも、6月の頭の3連戦の最後は雨の中で大変だっだらしい。 | ||
| 2000.7.2 | 浜松市営球場「中日×ヤクルト」 | |
| 結果 5 ×10 ● | ||
| 愛甲会史上最多の5人を集めて挑んだ2度目の浜松。今回は余裕を持って行き、うなぎも食べてスタミナをつけて挑んだ。しかし、今年から1度しかなくなってしまった浜松での試合ということで、チケットの当日発売はなしということ。絶望の危機に瀕したが、こころある方のお慈悲を頂き、なんとか観戦ができた。しかし、結果は川上が暑さにやられたのかピリッとしない内容。立浪の満塁HRで多少は盛り上がったが焼け石に水。浜松の試合は来年も1試合だろう。 | ||
| 2000.7.9 | 東京ドーム「巨人×中日」 | |
| 結果 1×2 ○ | ||
| 季節はずれの台風を心配しながら、乗り込んだ東京。今回は、アキバめぐりもほどほどにし、ドームに乗り込んだ。前回知り合った人と合流し、山本昌に運命をかけることにした。すると、初回江藤にソロを浴びるも、自ら2点タイムリーを放ち、一時は逆転する。その後は何とか抑えていたが、打たれてはならん下位打線につかまり、同点に。この息詰る展開に、終盤G球団の攻撃を見ることもできないくらいしんどかったが、延長10回の表に勝ち越し、最後はギャラードがあのクリーンアップを三者三振にしとめるという快投によりG球団殲滅をなしたのだった。 | ||
| 2000.9.30 | ナゴヤドーム「中日×ヤクルト」 | |
| 結果 4×0 ○ | ||
| すべてが終わったはずのナゴヤドーム。金沢の振り替え試合ということで、外野は全席自由。そのせいか、外野のゲートの前には長い列が。試合が始まると、外野席の8割は立っての応援。試合もバンチの最多勝確実となる勝利をあげ、ナゴヤ球場の雰囲気を残す大盛り上がりの試合だった。しかし、盛り上がっていたのはここだけらしく、ナゴヤドーム最低の入りだったそうだ。 | ||
通算成績 14勝15敗1分(勝率.483)
対横浜戦 4勝5敗
対広島戦 1勝5敗
対阪神戦 2勝0敗
対ヤクルト戦 2勝2敗
対日本ハム戦 2勝0敗
対ロッテ戦 1勝0敗
対(大阪)近鉄戦 1勝0敗
対オリックス戦 0勝1敗1分
対西武戦 0勝1敗
対巨人戦 1勝1敗
(この成績にはオープン戦も含みます)
(勝率は、引き分けを除いています)
(雨中の神宮番外編は除いています)