カーチス式C-46A-50-CU型 #91-1138 USAAF 42-101098

 

1955年、発足まもない航空自衛隊の空中輸送の核として米軍よりカーチスC-46が供与されました。1957年までにC-46D型が合計36機供与されましたが、その拡充のため1960年に台湾空軍から中古のC-46A12機追加購入、新明和重工業でこのうち10機が整備され就役しました。

 

当時の自衛隊にはさまざまな旧式機がありました:

TBMアベンジャーPBY-6カタリナPV-2ハープーン などなど

C-46はそれらのなかでも長命をたもち、1970年の末期まで現役にありました。その割と軽やかな爆音は、今も私の耳に残っています。

 

浜松広報館の屋外に展示してあるのはあとから勢力に加わったC-46A型です。米軍のシリアル上もそれまでの機体より旧い42-101098ですので、1942年度の発注であろう事がわかります。展示機は入間の保安管制気象団飛行点検隊で長年飛んでいたもので、各航空基地の無線施設の精度確認、点検に用いられていました。ちなみに発足当初に供与されたC-46Dのシリアルはみな44-で始まっています。

 

C-46Dモデルは胴体後部右側面にもドアーのようなハッチがありますが、Aモデルにはそれがないので識別点となっています。航空自衛隊でカーチス式電動定速プロペラをきちんと整備して使用していたことも瞠目すべきと思います。

 

要目:

全長:23.27m

全幅:32.92m

高さ: 6.63m/3点姿勢で

主翼面積:126.3m2

水平尾翼幅/面積:11.08m/14.73m2

垂直尾翼高さ/面積:4.27m/10.72m2

 

エンジン:P&W R-2800-75  12速過給機つき2

離陸最大出力:2000hp、標準大気

 

胴体有効容積:65.13m3

 

自重:13385kg

最大離陸重量:21800kg

差し引き:8400kgあまり 

燃料搭載量:最大で3800kg

 

性能

最大速度:378km/h

上昇限度:6700m

航続距離:2900km

 

機体の規模は当時の4発重爆とさほど変わりません。主翼面積もB-17と同等で、B-24100m2ですので、これよりも大きな翼です。重量はB-17の初期型に比率が近く、逆に実戦機はその後の重量増加が著しかったことが分かります。R-2800エンジン双発で当時としては画期的な輸送機だったのでしょう。

 

この機体はそもそも民間旅客機カーチスCW-20として構想されましたが、折からの世界情勢でダグラスC-47とともに軍用輸送機として開発が進められました。本機の眼目は大きな胴体容積と当時として先進であった大馬力R-2800エンジンの装備であり技術的にC-47より高いものでしたが、機体サイズも大きく重量も増加したため、キャビン容積の大きさがそのまま搭載量の増大には結びつきませんでした。

 

大戦中本機はとくにインド-中国奥地の高山越え輸送飛行「ハンプ」で重用されました。ですが山越えの高度は最大量の搭載を許さず、非戦闘任務ながら損耗も多かったようです。航空自衛隊においても、特に就役末期には夏の高温多湿時にはエンジンの性能が低下して、ほとんど貨物を搭載できなかったとも伝えられています。そのような場合は燃料搭載量を減らすなどして貨物を積んだのでしょう。

 

考察として、仮に出力が同じであるならば、4発より双発のほうが一般的に重量を小さくでき構造上も有利であり、なおかつ抵抗も少なく、また燃費も向上するでしょう。その点で本機はあるレベルまでは輸送機として効率が高かったと思われます。エンジンを含めて、機体の信頼性が重要であったことでしょう。

 

その考えの線上に現代の大型双発機ボーイング777などがあると思っています。なお本機の性能は簡便に記しましたが、各種状態により異なるのが普通です。

 

ともかく本機は、民間、軍も含め実用機として世界各地で戦後も長く使用され実績を残しています。この浜松基地の機体も外見上保存状態はよく、ウォーバードとして飛行状態への修復は充分可能と見ますが、現在でさえ実用機として扱われるかもしれません。

 

感想:こんな大きい機体は飛ばすのが大変そう。個人の手には余る。

 

記述参考:「世界の傑作機#11 特集 カーチスC-46コマンド」文林堂1980111日発行、通巻122号より

 

back

 

Top