スーパーマリンのテスパイだったジェフェリー・クゥイル氏の著作「Spitfire」では、本人の経歴も絡めて、原型機Mk I K5054号機のテスト飛行から、はてはシーファイアの着艦法指南作成まで、ともかく面白く、また各種データも記載されていて興味が尽きません。例として次の記述があります:

 

1)グリフォン・スピットには、最初マーリン搭載型と同じスロットル・クォードラント(ボックス)がついていて、同じストロークで大馬力をマネージするのはやや困難であった。それで一回り大きなスロットル・クォードラントを試作し、離陸時パーシャル・スロットルで上がるために、そのストロークの中途に「ディテント(レバーがいったん止まるところ。ノッチ)」を設けた。

 

2)で、1942年の7月のある日、ファーンバラ基地(RAFのテスト部隊所在地)で、そのとき英空軍が入手していたFW190Aとホーカー・タイフーンIBとの「低空レース」が行われ、それらとの比較(つまり当て馬)として、スピットファイアMk XII試作機DP845を持ち込むようにジェフェリー・クゥイルは要請された。以下はその要約:

 

「ともかく要請の内容が良く分からない。おそらくレースのようなものだということで、当日ファーンバラに着陸後、VIPが群れているFW190とタイフーンから離れた場所にスピットをそっと駐機した」

 

「そこでスーパーマリンの主任テストパイロットのマット・サマーズに電話して「たぶんフォッケもタイフーンもゴボウ抜きにできると思うけど、それやったら大騒ぎになるよね」。

 

サマーズ:「そりゃまず間違いない。いいからやっちまえ」

 

「観戦に集まったVIPも最初私のスピットファイアにはほとんど関心を示さなかった。で、私のスピットを含めた3機が離陸し、打ち合わせてあったスタートポイントに高度300メートルで横一線に整列、FW190をセンターに据えヨーイドンでスロットルを全開にした。飛行場への中間点でまずFW190の排気管から火花が散り、エンジンを絞って脱落、次にタイフーンも簡単に抜き去った」

 

「ファーンバラに着陸し、タクシーしてゆくといっぺんにVIPが集まった。そこで「これはグリフォン・エンジンを搭載した新型機です」と宣告したが、まさにセンセーショナルなデビューだった」