書評:Stranger to the Ground リチャード・バック著 

 

「カモメのジョナサン」という、カモメの編隊長があたかもパイロットのようにふるまう小説が紹介されたのは1970年初頭、当時有名だったリーダーズ・ダイジェストという雑誌上でした。この米国刊行の翻訳雑誌は新刊本の抄訳ばかりを集めたもので、比較的安価な宅配本でした。「ジョナサン」は米国ですでにベストセラーになっていて、そのある一種特異な書き方に「けっこう面白そうだな」と高校生だった私は感じたものでしたが、まだ操縦については何ぞや?皆目分かりませんでした。

 

その後五木寛之氏によるという翻訳本が出回り日本でもベストセラーになりました。その他のバック本も数多く出版されブームとなりましたが、ほとんど注目を浴びなかったものがひとつありました。それがリチャード・バック氏の最初の作品、この「Stranger to the Ground」です。

http://www.amazon.com/gp/product/0440206588/qid=1141413662/sr=2-1/ref=pd_bbs_b_2_1/002-7922977-3332066?s=books&v=glance&n=283155

 

 

本書は初出が1963年、もう40年以上前のジェット機パイロットの話です。あらすじは:

 

1960年ごろのフランス、冷戦の緊張が極限にまで高まった状況下で、いささか旧型のリパブリックF-84Fサンダーストリーク攻撃機を装備したある州空軍の部隊が現役復帰の上でフランス中部のショーモン空軍基地に派遣されている。当初31名のパイロットは少し前までみな市井人であり週末だけ飛行訓練を楽しんでいたのだが、召集を受け真顔になって核攻撃のアラートについていた。

 

とある午後、重要な作戦書類を英国ウェザースフィールド基地に受領に向かったのが主人公すなわちバック中尉であり、午後遅くイギリス南部のその基地に到着、帰途は夜間飛行それも悪天候が見込まれていたが、書類運搬は優先任務であった。フライトは計器飛行であり、基地で飛行計画をファイルした主人公が寒風のなか列線に向かうところから物語は始まる。すでに夜の帳が下りている。

 

外部点検をサッと済ませ操縦席に座ると、主人公の眼の奥のもう一人の観察者がコックピットチェックを行うパイロットの指先を追いかける。点検を終えてエンジンを始動し、キャノピーを閉じると主人公は機体といわゆる一心同体となり、滑走路に向かう。

 

離陸し上昇してゆくが、その空域はかつてスピットファイアとメッサーシュミットが乱舞した場所、さかのぼればブレリオ、さらにはフランス人のモンゴルフィエが最初に熱気球で上空に上がったところにも近い。ストーリーは計器飛行の飛行区間をたどりながら、主人公のそれまでの経験や思索に展開してゆく。その第2章の一節;

 

The eternal sky, the dreaming man

The river flows

The eternal sky, the striving man

The river flows

The eternal sky, the conquering man

 

悪天候のため、英国からフランスに入っていったん東に針路をとり、ドイツに入ってから南下して嵐のエリアを迂回するコースであったが、途中で気象状況をチェックするとどうやら悪天候を回避するのは難しい。であるが任務上書類はぜひ届けなくてはならない。最初は静穏な雲上飛行であったが、とうとう雲に入り計器飛行となる。極力乱気流を回避するも、とうとう積乱雲に突入、重たいジェット戦闘機も悪気流にもまれて稲妻がコックピットを包み、機体は恐ろしい着氷でついに操縦を失ってしまう・・・・

 

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本書はすべてにわたってパイロットの視点から描かれています。搭乗前に「スパッツをつけた登山者は頂上を目指すが、僕にとっての頂上はF-84Fのコックピットだ」と言う主人公は、フライトスーツにパラシュートを装着し、そのアルミの金具が風にゆられて音を発しているという、きわめて写実的な描写でページが進みます。チェックリストをたどりつつエンジンを始動し、キャノピーをロックすると外界から遮断されてパイロットと機体はひとつの存在となり、漆黒の闇に立ち向かう小さな意思を持った存在となります。

 

離陸の場面の描写が迫力あるもので、滑走路上でエンジンをフルパワーとし、ブレーキを解除してから原文で20行、ひとつのパラグラフが離陸滑走の加速感プラスどんどん早くなる時間の推移を見事に描写しています;

 

「最初はさほど背中に加速を感じない。滑走路の標識も最初はゆっくりと流れ去るが、全開のエンジンの振動と轟音の中、滑走路灯の光芒も徐々に連なり光の線となってゆき、速度50ノット、80ノット、さらに加速して120ノット(離陸断念速度チェックOK)に達すると2本の光条の収束するところすなわち滑走路エンドのオーバーラン・バリアーが見えてくるが、そこで操縦かんをていねいに引き付けると速度は160ノット(300キロメートル)、首車輪がまず上がり主車輪も地面を離れすなわち浮揚し、この世界には私と飛行機が生を得て冷たい空気に支えられその懐に飛び込み漆黒と風に同化し、もう滑走路とバリヤーは後方に残るだけ、脚をサッと引っ込めて速度190ノット、フラップアップ、200ノットに加速すると僕の世界にいる僕自身を見出す。僕は飛んでいる、飛んでいるんだ」

 

とてもその時間の流れの速さを包含した原文を適切に翻訳できません。操縦する際にいちばん緊張するのが離陸のときです。滑走路で加速してゆきますが、浮揚したときにはまだ速度がぎりぎりであり重たい飛行機はそれこそ失速する要素を含んでいます。エンジンは全開で負荷がかかっていますので故障にも備えなくてはなりません。飛行機が浮き上がってフラップを引っ込めて上昇に移り、すべての状況が順調であることを確認するまでがいちばん緊張します。

 

その後は航空交通管制の指示により区間を飛行してゆきます。その途上でいくつもの回想や思索をたどりながら主人公はフライトを続けます。空軍勤務とはいえ少し前までは普通の社会人であり、特に筆者は雑誌のライターという面白い職業を中断して故国から遠いフランスで核攻撃任務に就いています。週末だけ飛ぶ州空軍部隊が空軍の現役として召集されたときにはいちおう選択の機会が与えられましたが、部隊全員が召集に応じてフランスに赴任しています。

 

市民の義務としての軍務ですが、鉄のカーテンの反対側にも同じような境遇の、自分に似た人物すなわち飛行を愛するパイロットがいることを確信し「猫はカーテンによじ登るから注意したほうがいい」と心の中でその未知の相棒に告げるシーンが印象的です。

 

本書の書き方で想起されるのが有名なサン・テグジュペリに例をとる回想をたどってゆくものですが、ペーパーバックで180ページたらずの本書では適切な章分けにより、フライトの各フェーズをテンポよく記述しています。初級の飛行訓練で必死になっていたときの描写や、地上攻撃演習で射撃訓練を行うときに機銃弾で地上の小枝が宙に舞う、その小枝が何を考えるのだろうかと言うような微細な思考など、即物的とはいえそののちのバック作品での精神世界描写の萌芽が随所に見出せます。

 

それに、パイロットとしての心構えと心情描写、とくに必然的な「死」に臨んでの覚悟をモチーフにした解析はほかに比較できるものを見出せません。私は一アマチュアパイロットで、若い頃に飛び始めたときにはそのように考えたことはほとんどなかったのですが、経験と難数を経るにつれてそのような考え方が自然と自分の中に形成されてきたことを実感しています。その点で飛行というものはきわめて正直なものといえます。

 

バックは自分の搭乗する戦闘爆撃機を「単発単座」と強調しています。すなわちエンジンはひとつだけ、判断するのも自分だけ、行動するのも自分、そして死ぬときは一人で死ぬという観念をこの職業が形成するのが如実に示されています。ただ、仲間の間ではそのことは敢えて口に出しません。

 

乱気流からからくも脱出し、悪天候の基地にGCA(地上誘導着陸方式)で着陸、パーキングに駐機させてエンジンを停止する手順で、エンジンスイッチをオフにしてからタービンが止まるまでの秒数を記録するというきわめてオーセンティックな記述が本書の実感を最高度に高め、締めくくっています。

 

というわけで、全編航空用語の羅列で、パイロットでなくては理解できないような独りよがり気味の小説ではありますが、米国いや世界中で、本書を通じてどれほど多くの人間が操縦を志望するきっかけとなったか計り知れません。その意味合いでも重要な図書であると評価できます。

 

評価:相当の航空マニアむけ。いかにもパイロットが書いたという感じを与える(一般読者にどれだけ理解されるか??)

 

つい先日西荻のナカマ模型で銀色バージョン入手しました。核爆弾(シェイプ)が入っています。

 

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