デ・ハビランドDH82タイガーモス操縦記

最近ある航空雑誌をめくっていて、英国の複葉機「デ・ハビランドDH82タイガーモス」が記事になっているのを目にして、「そういえば私もそれで飛んだことがあるな」と思い出しました。2000年に英国を訪問したときのことでしたが、まだ昨日の出来事のように覚えています。

タイガーモスのような複葉、オープンコックピットの機体を操縦することは夢のようなものでしたが、英国ロンドン近郊に「タイガークラブ」という、タイガーモスの飛行クラブがあるのを当時ネットで見つけて体験飛行を申し込みました。先方は私の飛行経験を勘案して「適切なインストラクターを手配します」との返事でした。

 

ヘッドコーン飛行場

その年6月中旬のイギリス訪問の主目的は、私が翻訳して出版された図書の著者とのミーティングでした。その用事は2日間で済ませてあとは航空博物館などを巡っていて、タイガークラブの本拠地ヘッドコーン飛行場(Headcorn Aerodrome)に到着したのは旅行の後半でした。場所はロンドンの東南で、都心からは車で2時間ぐらいのところです。この空域は戦時中スピットファイア、ハリケーンならびにメッサーシュミットが飛び交ったことでしょう。6月の中旬うららかな陽のもと、ヘッドコーンの街でガソリンスタンドに寄ると軽やかな爆音で複葉機がタッチアンドゴーしているのが目に入ります。

 

飛行場は全面グリーンの草地で、滑走路は11-29、長さは2600フィート(800m)くらいです。パーキングに車を停めて目的の「タイガークラブ」のクラブハウスを目指します。写真を撮影するマニア(スポッター)が柵の手前にたむろしているところを「すみません」といって抜け、簡素なゲートを通って看板のあるクラブルームのドアを開けます。黄色いTシャツに長髪の人物が「よく来ましたね。マネジャーのジェリーです」と手を差し出します。握手して「こんにちは。本来の予約は明日でしたが、着いちゃったので来てしまいました」というと、「ではインストラクターに連絡するから、1時間くらいそこいらで遊んでいてくださいよ」と言われました。

 

と、クラブハウスの前にはタイガーモスが停めてあって、体験飛行志望の年配の一般人を乗せて出発準備しています。ジェリーが手伝いをしていて、いよいよエンジン始動です。「チョーク確認、ガス「オン」、スイッチオフ」と発唱すると、後席のパイロットが復唱します。機首左側のパネルをいったん開いて、プライマーを作動させて、パネルを閉じロックします。

ペラの手回しを2-3回、そして「コンタクト」と声を上げます。パイロットは頷いて復唱し、ジェリーが比較的ゆっくりとペラをまわします。2回目までは何も起こりませんが、そのあと「次で来るぜ」とペラを軽く振るとエンジンは轟然と点火しました。すでにエンジンは暖まっているらしく、パイロットによる「チョークはずせ」の合図でジェリーさんがチョークのロープを引っ張ってはずし、機体はタクシーしてゆきました。

 

やわらかい陽光のもと、クラブハウスの前のベンチに座ってのんびりしていました。体験飛行待ちのご婦人と「そうですか。日本からねえ」などと話しているうちに、相当旧い車が来て、飛行服を着た人がかばんを持って降りてきました。「あなたが日本から来られたのですか。わたしはキースといいます。よろしく」と自己紹介を交わします。相当の経験者のようで、いまはたまにロシアのチャーター会社からの依頼で大型機を飛ばしているだけだそうです。

 

まずチェックフライト

「まずパイパー・スーパーカブL-18Cでチェックさせてもらいますよ」とのこと。私の場合は操縦練習ですので、すぐにはお宝飛行機には触らせてもらえないようです。このスーパーカブは95馬力で、フラップはありません。ちょうどJ-3カブとの中間のような印象を持ちました。いろいろな機種がごっそり入っている大型格納庫から黄色がよく似合うカブを引き出しプリフライトします。

 

「では行きましょうか」私はスーパーカブには慣れているので始動までのチェックも手際よく済ませます。「教官、通信は宜しく願います」と言い、エンジンを始動しますが、このカブも手回しによるスタートであり古典機飛行クラブとして徹底したものです。最初の着陸は久方ぶりのノーフラップランディングでしたが思ったほど違和感もなく、続いて左右のフォワードスリップを1発ずつ決め、合計20分ぐらい、3回サーキットを回ってチェックは終了。「じゃあタイガーモス行きましょう」どうやら最低限の信用は得られたようです。

 

いよいよ本番 念願のタイガーモス

デハビランド・タイガーモス、登録記号G-ASKPの外部点検を行います。遠目には繊細そうな機体ですが、さすが練習機だけあって着陸装置やストラットなどかなり頑丈に出来ています。簡素ながらもテールスキッドはステアラブルになっています。水平尾翼付け根前縁から胴体に沿って伸びている「スピン・ストレーキ」が目に付きます。と、驚いたことに、車輪ブレーキが付いていません。第一次大戦の頃の複葉機とほとんど同じレベルの飛行機であり、いやも応もなく雰囲気プラス緊張感が盛り上がります。

 

「じゃあ飛行準備します」と言われ、持参した飛行ジャンパーを羽織り、昔ながらの革製のヘルメットとゴーグルを貸してもらいます。さらにマイクロフォンの代用として空軍用の酸素マスクを装着しますが、マイクロフォンのプラグが大戦当時そのままに大きなものだったのにもびっくりしました。操縦練習の場合は後席に搭乗します。これも昔ながらのサットン式座席ベルト・ハーネス(スピットファイアと同じもの)を装着しますが、腰ベルトで締め付けるものではなく、4本のストラップを上下からクロスさせ、ほぼ胸の前で合わせてピンで固定するタイプで多少変な感じです。

 

操縦席の説明を受けますが、これまで見たこともない英空軍独特の旋回傾斜計(ボールの代わりに針があるもの)と磁気コンパス(船舶と同じに水平面で見るタイプ)に瞠目、さらに驚いたことに「油温計がない」。エンジン計器は回転計とノギス型の簡素な油圧計だけです。上翼にはスラットが装備されていますがガタピシ振動すると壊れるとの事で、地上滑走中は右側のレバーを操作してロックするように言われます。

 

インストラクターのキース氏も搭乗し、いよいよエンジンを始動します。ジェリー氏がプライミングを済ませカバーを閉じて「コンタクト」。イグニッションスイッチは胴体の外部、風防のガラスの左下にあり2組のトグルスイッチを両方ともオンにしてプロペラを手回ししてもらいます。手回し3回目ぐらいで「この次来ます」と軽くクランクするとエンジンは生命を得ました。本機の装備するデハビランド・メージャーエンジンは空冷式倒立直列4気筒で、アイドリングでも振動の具合が通常のエンジンとは違います。「この場所でマグネトーチェックしましょう」すなわちブレーキがないので、チョークを入れた状態でランナップを実施します。

 

「では行きましょう」航空映画で見るような「チョーク外せ」のサインを得意げに行いました。「通信は教官願います」「了解」。そもそもエンジンの音とプロペラの後流で無線の声はよく聞き取れません。教官ドノ「じゃあタクシーです。左右に90度ずつ蛇行して前方を確認しながら行ってください」これも大昔の尾輪式機の方式ですが、ブレーキがないので最初は恐る恐るパワーを加えます。その前のスーパーカブのフライトでは気になりませんでしたが、草地のきれいなグリーンでも路面は結構凹凸があり気を使います。滑走路に沿って機体を転がして行き、ようやく滑走路エンドにたどりつきます。後席から「いまクリアランス取りますからね」、続いて「じゃあランウェイに入ってセットしましょう」。着陸進入機がないことを確認して滑走路にポジションさせます。「では行きましょう。スラットロックを解除してください。パワー入れてください」。

 

離陸、エアワーク

スロットルレバーは非常に小さなもので、まるで農耕器具用エンジンのそれと同じようなものです。エンジンは左回転なのでトルクを打ち消すには左足を踏むのを忘れないようにします。直列式エンジンの回転はお世辞にもスムーズとはいえません。「ブバブバブバ」という感じですが作動に支障はないようです。「スティックを前に突っ込んで」と言われ、相当程度前方に押すとテールが上がり前方の目標も取れるようになります。それにしてもオープンコックピットの素晴らしいこと。プロップウォッシュも予想以上に強く、それまでに味わったことのない経験です。後席からは上翼が水平の目安になり、自然と視野も広がるので姿勢の把握は非常に楽です。1000フィートぐらいの滑走でかるく浮揚し、若干パワーを絞りつつノーズを押さえて上昇速度60ノットまで加速します。小さなエンジンですが、プロップウォッシュが思いのほか強烈です。

 

「訓練空域に向かいます。1000フィートでレベルオフして左に90度旋回してください」。その日は視程が3マイルぎりぎりで地平線もはっきりしていません。その上コンパスの見方も分からず、飛行場も視界から消えてしまいました。すこし飛ぶと前方に海岸線が見えます。「エアワークしましょう。まず360度旋回してみてください」とのキース氏の指示で左右にシュッシュッと切り返してみますが、非常に素直でクイックで気に入りました。ともかく外気をさえぎるものがないのは最高です。

 

ストールを行います。エンジンを絞ってノーズを上げてゆくと明確にストールに入ります。キース氏の指示で2回目のストールのときに放っておきましたが、機体はスピンのような挙動でくるくる回り出します。「これはスピンじゃなくスパイラル。タイガーモスの特性です」とのこと、その次にはスラットを固定してスピンを行いました。よく回るのですが不安は感じられません。通常の回復操作で元に戻ります。私も初めてのオープンコックピットの複葉機であり、実際は状況にほとんど圧倒されていました。

 

タッチアンドゴー

「では飛行場に戻ってタッチアンドゴーやりましょう。飛行場に向かってください」と言われてドッキリ、コンパスの見方もよく分からずにいましたが、時刻と太陽の位置ならびに海岸線の方角を勘案して定針します。しばらくすると飛行場が視界に入ってきました。そのまま45度のアングルでダウンウインドに入れます。「アプローチは57ノットですからね」とのことで速度が大きめと感じますが、アプローチ中に機首を通して滑走路が見えます。それまで私が飛ばしていた尾輪式機は高翼タイプばかりであり、接地間際には地面の迫り方をモニターしつつ引き起こす方式が身についていたのですが、複葉機の後席から手前の地面はさほど良く見えません。着陸時に地平線を良く見て引き起こすのは基本といわれていますが、そのとき私は変に「狎れて」いたのだと思います。

 

滑走路のフェンスを越えて適当にパワーを絞って探りながら引き起こしてゆくと、自分の感覚とそうとう異なるタイミングで接地します。いくらかバタバタするのを収めてからパワーを入れて再び上がります。2度目の着陸はまあまあ、3回目はほぼ決まってジェントルな接地でしたが、4回目には高度とタイミングを完全に間違え、教官殿の手を煩わせてしまいました。その後滑走路を反対にして3度ほどサーキットをまわり、そこで切り上げとしました。クラブハウスの前まで地上滑走でもってきて、「あとはお願いします」とインストラクターに操縦を渡します。キース氏は手馴れた感じでパワーを使って、狭い場所で機体をターンして停めました。

 

ポストフライト

「燃料を入れましょう」と、ほかのメンバーも加わって少し離れた給油ポンプまで機体を押してゆきます。ポンプは塔型で、さらに燃料ホースが長いアームに吊るされていてタイガーモスの上翼中央部の燃料タンクに給油しやすくなっています。この機体の燃料タンクはその部分(19英ガロン)だけですが、タンクはまるで湯たんぽみたいな形状であり、ねじ込み式のタンクキャップにはパッキングらしきものは付いていません。

 

訓練終了後はクラブハウスでお茶を飲みながらデブリーフィングと会計の精算を行います。飛行料金はタイガーモスが130ポンド/時間、スーパーカブが同じく95ポンドで、ほかに入会金を100ポンド支払いました。というか、そこで入会が認められたということになります。私から見れば国宝のような航空機で別に無理してソロに出るつもりなどありませんでしたが、受け取った会員証にはスーパーカブのチェックアウトのサインが記入されていました。

 

1930時ごろフライトを終え、みんなで格納庫に機体を収めて帰り際に、出口のところに焦げた木の塊が転がっています。「あれはデ・ハビランド・モスキートの主桁」、さらにその戸口の外に置いてある錆付いた電柱のようなものは「あれはB-17のメインギア」とキース氏が説明してくれます。キースさんは前年くらいまでB-17も操縦していたとのことで「B-17ってどいういう感じですか?」と聞くとただひとこと「とっても重たーい」。

 

翌日もフライトを予約しておきましたが、風が変わって早朝から強いクロスウインドとなってしまい、クラブのすべてのフライトはキャンセルとなりました。

 

タイガークラブについて

 

英国では飛行クラブは多いのですが、タイガーモスなどの特別な飛行機を保有するところは珍しいと思います。何よりも古典機での飛行を提供しているのは特別であり、ありがたいことです。設立は1956年、非舗装の飛行場を求めて現在はヘッドコーン飛行場を本拠とし、保有機はタイガーモス2機、スーパーカブ1機、CAP10、ジョーデル各1機ずつ、それに小型機のタービュレントをいくつか保有しています。クラブの売り物はパイパーカブによる尾輪式機の操縦訓練で、曲技飛行訓練もメニューに入っていて、それぞれクラブ認定のパイロットならびにインストラクターがボランティアで操縦指導を行っており、シンプルで開放的なクラブハウスにはマネジャーが1名常駐しています。クラブのインストラクターでもあるマネジャーのジェリー・ナイト氏は英国の古典航空機界では著名人です。

 

機体の予約や精算、航空日誌の記入などはクラブ員が行います。航空日誌上での機体予約の方式を教えてもらいましたが忘れてしまいました。訓練のほか体験飛行も受け付けていて、私のフライトの後は若い女性がなんと「ウイングウォーカー」をやっていました。上翼中央部にポストを立て、そこに女性が立ってストラップで固定し、それをクラブ員が低空、低速で飛ばしていて、当日知り合いになったクラブメンバーのマイク氏と私は「ああいうのは気が知れんですなぁ」と呆れて眺めるだけでした。

 

メンバーは現在おそらく400名を越えていると思われますが、その1割ほどは外国人であり、また英国やオランダの皇族が名誉会員となっているのもさすが本場です。さまざまなバックグラウンドの人々が集まっていて、上記のマイクさんなど本職がプロゴルファーであって永年の趣味が飛行機という方です。17年かけて大昔の複葉戦闘機のレプリカをこつこつと作り上げ、その操縦練習のためにタイガークラブに来ているとのことでした。航空保険をかけるのに複葉機操縦のエンドースメントが必要なんだと言っていました。

 

最古のタイガーモスにも搭乗

 

2000年当時はジェリー氏によれば「スーパーカブだけで儲けていて、ほかの機体は赤字である」と言っていましたが、その3年後に同地を再訪したところ、平日でもクラブは大賑わいで欧州、英国の景気のよさを実感させられました。そのときは短い立ち寄りだけでしたが、クラブのもう1機のタイガーモス、G-ACDCに搭乗しました。本機は1937年製、現時点で最古のタイガーモスです。「でも、実は5回も大破しているんですよ」とあるクラブ員が打ち明けてくれました。年間3回ぐらいの「クラブ便り」を郵送してきますが、その中にはディナーパーティの案内もあります。数少ないアジア人のメンバーとしていずれかの日にぜひ正装して出席したいと思っています。

 

タイガークラブ The Tiger Club    Manager: Jerry Knight

 

http://www.tigerclub.co.uk/

付記2006/02/09 現在の英国ではいろいろな場所でタイガーモスの体験飛行ができるようです。機会がある方はぜひどこかで一度

http://www.johnjohn.co.uk/compare-tigermothflights/html/tigermoth_bio_acdc.html

 

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