キャラバン隊・第三回展覧会 
「JIROX かなもりゆうこ 二人展BANG A GONG! とーきょー/きょーと」報告書 
お礼状にかえて

先日はお忙しい中、「JIROX かなもりゆうこ 二人展BANG A GONG! とーきょー/きょーと」にお越し頂きまして誠にありがとうございました。言葉、意識、感情。外側から与えられた事象で起こる反応。キャラバン隊は単に展覧会を企画して開催する移動ギャラリーというだけではなく、こうしたらどうなる?との考えで実験、検証していく研究の場でもあります。今回は「かなもりの計算された作り込みの世界が壊されたらどうなるのだろう。かなもりと親しく馴染み深い京都の観者に壊されたかなもりの世界はどう映るだろう」との、まず「獲物(かなもり)」と投じる「一石(JIROX)」ありきの試みで東京と京都の二会場での開催。その実験室で行われた展覧会、キャラバン隊・美術部「JIROX かなもりゆうこ 二人展BANG A GONG! とーきょー/きょーと」の研究報告をここに提出致します。


※文字数制限のあった印刷物の報告書から加筆。


会期
東京
2010.9/14-9/24
京都
2010.10/1-10/10

2008.3/18早朝京都着。かなもりアトリエにJIROXと訪れる。過去のかなもり作品にJIROXに音入れを依頼した作品を見る。その足で京都会場ヴォイスへ三人で赴き、かなもりが出品している大阪でのグループ展を見、帰京の夜行バスまでの時間、夕暮れの太陽の塔の下でかなもりの世界を壊す展覧会についてミーティング。JIROXに対しては暴力的なプレゼン作品依頼、かなもりに対しても通り魔のようなミーティング(?)。これが実質最初の一歩だった。両作家ともスケジュールが詰まっていて制作準備を逆算し、2010年秋を割り出し二人展は動き出した。が!かなもり京都ハードル走破大会第一弾、京都展の最初の予定は東京展搬出から京都展準備に余裕を持って2010.10/8-10/17を組んでいた。が、VOICE GALLERYから「アートマップ月間」参加展として、キャラバン隊展覧会を指して下さった。そのためには1週間ほど会期を早くしてもらえないか?との要請に会期を早めた。

会場
東京・京橋 
art space kimura ASK?
京都・南区
MATSUO MEGUMI + VOICE GALLERY pfs/w

2010.7/13かなもりが京都会場を実測しに伺った際、大きいほうのスペースを用意されている。との報告を受ける。三ヶ月後の展示でかなもりは用意していたプランを白紙にし、新たな展示プランを余儀なくされる。かなもり京都ハードル走破大会第二弾である。ハードルにつぐハードルの出現で、作家の現場魂の正念場だ。アクシデントとはいえ大きいスペースでの展示は作家の力量が鍛えられる絶好のチャンス。美術館での展示経験のあるかなもりは別としてJIROXにとっていい経験になったと思う。若い作家の展覧会離れ、アートフェアやウェブで動向チェック流行りを聞いたが、実際に展示をするなり人の展示を見るなりして空間の充実振りを体験する筋トレを積んでいかなくては後々美術館や国際規模のオファーに対応出来ないのではないかと思うのだが。ま、対応出来ずにこぼれていく作家はこぼれるに任せればいいか。ワシャ知らん。

東京と京都での開催は今まで意識しなかったことがはっきり見え、今後の活動に大変参考になる展覧会となった。
美術業種外の経営をしつつギャラリーを始められたASK?は「異種」意識を持つ。「異種」故にアートフェアに出店していっぱし。や、コマーシャルギャラリーでなければ画廊に非ず。の風潮からは一歩離れ、自分ちの展覧会の充実に軸足を置く。目線は「内」の画廊。対するヴォイスは美術業種関連の複数の仕事を持ちながらの画廊経営。「中央」とも行き来があり、アートフェアやコマーシャルギャラリーの席巻を肌で感じている。「このままでは」感があり、外の動向に目が向いている。(ASK?は中央にいるので「中央」の意識はない)しかしその目線、比較対照の範囲は現代日本の美術界と世界の美術界での単位か。大きく外に出ようとされた。が、階層のクッキリ別れた国々が構築してきた国際市場と日本の画廊の限界。
しかし限界を知ってしまったけれど「ココじゃない」気持ちはもう芽生えてしまっている。どうにかしようとしてわかった限界。それは目線が外に向いているからだ。「内」ではなく「外」。その目でいるからこそだと思うのだが、キャラバン隊の仕組み自体に興味を持ってくれた画廊だった。

ASK?では主に、若いスタッフ間との交換が強く印象にある。それは主に私からの注意となるのだが。(笑)ただこれは逆に、スタッフが積極的に展覧会をより良くしたいとアプローチしてきてくれたから見えてしまう事で、(元画廊主が画廊借主では仕事チェックのプレッシャーは相当なものだったのではと。まぁ、一応ご同情申し上げときましょうか。笑)「同じ舟で(同じ目的地(展覧会)に向かって)進む者同士」(ASK?画廊主)裏腹なく互いを尊重し合いながらの意見交換は、よい時間を共有出来たと思っている。ヴォイスでは主に関西の現代美術界周辺(美術愛好家、作家志望の学生等々)の情報をもらう。

お金出す人・私、作家選び・私、そして作品をつくる・作家。が、お借りする画廊にとってどういうことなのか。開催画廊と作家の間に私がいる関係。キャラバン隊も第三回の展覧会を開催し、ようやく目を向けられるようになった。これはどの開催画廊もあまり経験したことのない関係だと思う。(一応審査はあるとはいえ)自分の意に添う添わない関係なく、あてがいぶちの作家・展覧会。また作家がレンタル契約を結ぶストレートな関係とは違い、どのような関係、順序を作ればいいのか悩ましい限りだと思う。そして自分の意に添わない作家の展覧会を自分の(振り返ってみれば私にとっては身体的内部感があった)画廊スペースに招き入れなければならない場面もあるだろう。それをつくづく感じた。自分の意に添わない展覧会の嫌さは嫌を極め疲弊してしまうものだが、自分がその疲弊の種(展覧会)を持って借りかねない。キャラバン隊はそんな問題を抱えていくことなのだと、自分に楔を打ち込んだ。どうしようもないことなのだが、でも、いやだからこそ使わせて頂く際の「申し訳ありません」と「感謝」は、絶対に忘れてはならないと肝に命じた。


来場者

東京展の来場者数は予想を下回った。が、質としては予想以上の美術関係者の来場があり達成感のある内容だった。
東京・京都両展来場が4名。この中には作家、画廊共に縁故のない美術関係の方がお一人と、美術評論家・故N先生奥様が両展覧会をご覧下さった。
未知の世界だった京都展来場者。一回の展覧会で語ることは出来ないが、それでも比較して感じたことはある。東京の来場者は最初から未知のものでも何かを感じ取ろうと積極的なスタンスで会場に足を踏み入れる、美術を感受する準備の出来た人が多いと再認識した。また作品を対価と交換して持ち帰るという現場・行為に慣れている人が多い。ということだ。また面白い現象として芳名帖の明記の仕方なのだが、京都展来場者は名前だけの明記が大半であった。それに対して東京展は住所、もしくはメールアドレスを明記してゆく人が多い。これは「次の情報」を必要としているか否か。もしくは「わざわざ書かなくても既に知ってはりますでしょ?」という、うちうちで完了しているからか、更にもしかしたら自分からアクションをせずとも「やってもらえる」からか。自分の心理で笑ったのが展覧会開催直後、来場者数の動向に揺れることだ。そんな目先過ぎることに揺らいでいてどうだというのか。と、画廊経営時しこたま作家に見せられていた姿ではないか。と自嘲。反省反省。ただ、どちらの展覧会も既成事実を作れたことはキャラバン隊の今後の活動を考えれば意義あることだと考える。
そしてかなもりの「じつに作家側にも画廊に貢献するぞ!という意志は心底ある。」という言葉。そう。キャラバン隊が展覧会をするから。と見に来てくれる人々の大元の元は、来場者を殆ど持たなかったGallery覚スタート時に展覧会をしてくれた作家の来場者が始まりだ。(そして後年、福田尚代の国立新美術館でのアーティストファイルを観た時、非力な画廊とはいえ発表の場を提供し続けたことの意義をつくづく感じたのだった。)



搬入・搬出
ASK?
搬入
2010.9/11-9/13
搬出
9/25-9/26
MATSUO MEGUMI + VOICE GALLERY pfs/w
搬入
9/28-9/30
搬出
10/10-10/12
京都搬入出サポート・戸崎まなみ
会期期間を削り余裕をもった搬入搬出時間を作家に提供する。の想定で組んだスケジュールだったが、京都会場では手違いで大きい方のスペースでの展示となり余裕どころかパツパツの搬入日数、またJIROXが搬入最終日に東京でライブが決定し、ブラックアウトしかねない綱渡りな搬入となった。当初の小さなスペース・ほぼASK?と同様での展示プランを組んでいたかなもりは天井高も広さも数倍になったスペースに数時間から数十分単位のタイムテーブルを作り、搬入出サポートに入った戸崎と綱を渡りきった。JIROX搬入は仮設置として搬入最終日に私が設置。翌、会期初日から数日をかけてJIROXが本設置をして急場をしのいだ。が、搬入搬出に際して東京、京都ともに画廊主からは出来る限りの融通を頂いた。


出品作家

JIROX
東京展初日終了時「今回のかなもり作品をかなもりさん以外で誰よりも一番わかったのはボクだよ。だって誰よりも一番見たんだもん」とJIROXは言ったが、彼は実に驚くほどの誠実さで「二人展」を行い続けた。かなもりの映像を常に見ながら、客の反応を見て朗々と歌い奏でる。繰り返されるパフォーマンスは鮮度が濁らない。繰り返されるがなぞってはいない。その「二人展」は京都展最終日まで変わることは無かった。
展示即売、即売後は新たな作品を展示というスタイルの中、「どんどん作れてどんどん売れる作品」がコンセプトの「眠るおじさん(小)」。来廊者が居ない間、画廊控え室が簡易アトリエに変貌するのだが(京都展では会場内)「簡単にどんどん作れちゃうから廉価なんだけど、ちょっと気に入らないってこだわり始めちゃうと陶芸家のオヤジになって「ダメだ!こんなの!媚びてしまった!」なんていって壊してると、どんどん一点が貴重になって芸術作品になっちゃってこんな値段(300円)で売れなくなっちゃうんだけど、ダメだ!媚びてる!って顔を描いちゃったらやっぱり出したくないんだよなー。でも陶芸家のオヤジになっちゃダメなんだよー!」と笑いながら云ってはいるが大真面目なJROXのジレンマを思い出す。
また、展示即売方式で作品が随時入れ替わるのだが、作品が薄まることはなかった。いや、それどころか濃さを増していたのもJIROXの作家(本能)の力を物語っている。
そして価格については哲学がある。「作家は作品を展覧会というゲームで楽しんでいて、見に来た人は作品を買うことで、画廊の人はその作品をお客さんに渡すことで、そのゲームに参加するんだ。お金が無いからゲームに参加出来ないなんて一番つまらないことだからね。だからボクの作品は誰でもゲームに参加出来る値段にしたいんだよ。資本社会でいなきゃならない画廊の人には受け入れられないことだろうけどね。」というのだ。
そんなJROX作品の売買の現場で300円と200円の作品を買った人が「払いたいから」と1000円を支払った。その人が退室後、JROXは「ね。お金って面白いよね」と笑っていた。

かなもりゆうこ
大きな画面のメイン映像一面と、サブ映像二面。メイン映像には具体的な物ものと物語性の切れ端のような演技を繰り広げるモデルが映されている。ついつい、この具体的な物ものや物語性に引っ張られ最初は違和感だらけなのだが、具体物が持つイメージから解放され始めると、とたんにそれら色と色が織りなす構成やメイン映像とサブ映像の関連と映像のスピード、シーンからシーンの流れ具合の絶妙さが目に入ってくる。それらに感覚を開放してやると一切の具体物のイメージは無くなり、「映像」の快楽が待ち受ける。
またこの展覧会で得たことがある。見る側の好き嫌い、ぱっと見のイメージからの誤解がかなり生じ易い(かなもり言うところの「かわいい」)具体的な物ものや物語性。これらをどんなに禁じ封じ込めようとも、絶対にどこか隙間からにゅる〜っと出てくるだろう。とはっきり感じたのだ。切っても切っても金太郎。そして今は途中段階なのでまだこの「かわいい」に観る側としては引っ掛かってしまうのだが、この「かわいい」を延々70歳か80歳までやり続けた時、「かわいい」と「かなもり」がドロドロに溶けて渾然一体、金太郎飴の出来上がり。切ったらどんなのが出てくるのだろう。完成が見たければ70、80歳まで継続的に発表の場はなければならない!きゃー!(笑)


DMデザイン
鈴木健介

文字組みだけ。作家の作品画像は一切なし。これは想像だに出来ない展覧会になるであろう予測から、画像を入れて簡単に「あぁ、こういう展覧会ね」と判断されるのを回避するため取った方法。しかし作家からは「作家不在のデザインのためのデザイン」との不満があったであろう。 デザイナーは「どんな小さな情報でも、デザインをする前に作家の情報がひとつでも多くもらえればもらえるほど有難い。それを見て無意識の下に落し込んでするデザインと何も与えられないでするデザインとでは違うと信じているから」「俺の仕事はデザインしたDMで客を呼ぶこと。客が呼べなきゃ俺の仕事は失敗したことになる」デザイナーも私もかなもり、JIROXという作家を知らない側の人をターゲットに考えていた。「なんかわかんないんだけどメキシコを感じるんだよね」と両作家の資料を見たデザイナーが出してきたデザインからは絶対的な 「大人」感と得体の知れない、しかし確実に「リアル」を感じ、一切の変更無しで決行。 距離のある大人(プロ)の仕事を見せられ、抜き差しならぬ刺激を受ける。そして今回のレビューはプロに書いてもらいたいと強く思った。

報告書デザイン
かなもりゆうこ

中島氏の原稿を読み、この専門的な文章を出来るだけ読みやすい文字組にし、手にした人々にしっかり読んでもらいたいから。とボランティアで印刷版下の組版レイアウトを申し出。Wordで作成、激安コピー店利用。を想定していたので、文字組みが成され裏表印刷、一部ずつ出来ていて折りまで完了しての納品は、、、正に夢のよう。はぅ〜〜〜。
(でも次はまたWordで作成の激安コピー印刷・恐怖新聞仕様に戻るの。だって組版とかイラレとか出来ないんだもーん)


会場風景撮影
東京
柳場大

デジタル撮影のみでの発注。Tiff画像とJpeg画像。全体の会場風景、作家別の作品撮り、そしてパフォーマーJIROXが切り取られている。「カメラマンって図々しいじゃない?いや、そうでなきゃダメなんだけどさ」撮影後日のJIROXの言葉。出来てきた写真を見て涙が出そうになった。パフォーマンス中、JIROXの目はかなもりの映像をずっと追っていた。それをしつこくしつこく柳場が追っている。会場風景という物撮りを信頼していつも頼んでいたがライブでの人物撮り、そのフォーカスの定め方に参りきった。

京都
北岡慎也

フィルムとデジタルでの撮影。専門は日本建築家でかなもり作品のFANが高じて自分も何か手伝いたいと申し出られてかなもりの展覧会会場風景を撮影するようになったとの方。かなもりのFANという始まりと北岡氏のお人柄なのだろう、被写体への遠慮とお伺いを感じた。勿論、京都展は撮影が難しい展示だった。が、まず一歩、踏み込む勇気を期待したい。そしてここで関係が切れてもいいや。と(狼藉ではなく)撮影された写真を期待したい。

東京・京都両画廊からも会場風景と作品画像を撮って頂いていた。流石だな。と思わされたのは画廊の人の「踏み込み力」と自分ちの空間をよーく知ってらっしゃる。ということ。特に「踏み込み力」は冷静なだけに容赦なくクリアで潔い。

レビュアー
中島智
DMデザイナーの距離のある大人の仕事に刺激されて報告書の展覧会レポは第三者の距離のある目で書いてもらいたい。と思った。が、もし依頼した人が正規の美術教育内や既存のフォーマルな美術を正当なものとし、それ以外を受け入れ難い人であったら、、、作家、レビュアー、キャラバン隊全ての人間の不幸になってしまう。と躊躇するうち依頼してご考慮願うにも、その時間さえなくなってしまった。すっかり諦め自分で書こうと決めていると、配達されたDMを見た中島氏から2010.9/5メールがきた。初めて見たJIROXの作品が、「アート」や「美術」をいちど「ブリコラージュ」として捉えなおしてみる、という問題意識で考えていたことと重なりJIROXに興味を持っていた、DMを受け取るつい2〜3日前にもふとJIROX作品を思い出していたところだった。」と。JIROX=ブリコラージュの作家と簡単に区分してしまうのではなく、JIROXの存在を肯定し考察の参考にして下さろうとしている。これは望外の出会いではないだろうかとレビュー依頼をすることが出来た。 中島氏は中島氏で「快諾、というより、課題をいただいた気持ちです(笑)僕がまだきちんと整理できていない問題に「この際、向き合いなさい」と。ほとんど天の声」とおっしゃって下さり。 芸術の神様がいらしたとしたら、どれだけの後押しをこの展覧会は頂いただろうか。展覧会企画者として非常に幸せな依頼だった。


交響するプラトー
〜 キャラバン隊2010「JIROX かなもりゆうこ 二人展」に併走して 〜

中島 智 
芸術人類学/武蔵野美術大学・慶應義塾大学兼任講師 




◆ 作品とプラトー

グレゴリー・ベイトソン(1904〜1980)はバリ島における映像人類学的調査において、のちにドゥルーズ=ガタリたちによって著作名(“Mille Plateaux”1980)に転用されることになる、ある重要な概念を生み出した。それがプラトー(高原状態)である。
プラトーとは、かんたんに言うと絶頂の手前にあって昂揚を持続している状態のことで、ベイトソンはこれがバリ島の母子関係における累積的相互作用の〈中断〉によって生じているのを観察した。すなわち、母親は赤子の性器を愛撫することで親密な相互作用が二人のあいだに生まれていくのだが、それは母親からの突然の中断によって宙に浮いてしまい、赤子はプラトー状態に放置される。赤子はつと気を逸らして無関心になってしまった母親の注意をひこうと攻撃的な主張を試みるが、それはことごとくかわされてしまう。ベイトソンはこの「子供たちが通過する経験の中で、他人との相互作用でクライマックスを希求しない方向へのしつけがなされること」
【註1】によって、バリ島人の性格が形成されていると分析するのだが、ここではプラトーという概念をバリ島からさらに敷衍し、もっと一般的な意味で、何かに惹かれ恋慕しつづける状態と捉え直しておきたい。というのは、私自身なにか引っかかり引き寄せられる作品(作家)には共通してプラトーに似た感情を認めざるをえないからである。おそらく、それは転移するのだ。
今回、御殿谷教子によって企てられたJIROXとかなもりゆうこ(略敬称)の二人展をみて、彼らに共通して感じられたのが「情動(actio)の先行性」であり、「肯定の力」であり、そしてとりわけ「プラトー状態・への/からの・誘惑」であった。それはホモサピエンスの創造行為に通底する働きでありながら、そのブリュット(生)な部分は多分に語りえなさをもつものでもある。つまりそれは安易な結論(クライマックス)をあらかじめ忌避しているのだ。とすれば、私に可能なことは彼ら〈について〉語ることではなく、彼ら〈に併走して〉語ることでしかないように思われる。

【註1】 G・ベイトソン『精神の生態学』佐藤良明訳、新思索社 2000


◆ 作品とは欲動の中断である


 京都会場・JIROX作品 撮影 中島智

JIROXは東京会場と京都会場を併せた20日間、かなもりゆうこの映像にオマージュを捧げるかのように画面をみつめながら唸り、唄い、意味不明なコトバでつぶやき、口笛を吹いていた。それはときにエフェクターを通して、生で、即興でもって朗々と(そう、畏れを抱くほどつねに朗々と、そして坦々と)繰り返されていた。その行為にはひとかけらの破壊もなく(童心であるならそれはあるはずなのだが)、ただギターやマイクを操りながら音を加え、寄り添っていくのだ。そしてそこではあらゆるものが楽器に変貌する。聴診器の管を通してペットボトルに吹きいれられる泡、お気に入りのマッコリの空ボトルを駆使して身体のあらゆる場所から音をだすパフォーマンス、等々。
こうした即興、その空間やその場にあるモノや他者に寄り添いながら、すなわち自らをメディアにしながらなされる自在な表現作法は、JIROXのオブジェたちにも同様に認められるものだ。それはあらかじめ用意された意味内容をただたんに再現(表象)するのではなく、その制作行為の途上で〈見立て〉がなされた瞬間に手放されるブリコラージュの作法なのである。
そのことをわかりやすくするためにここでもう一人の作家をあげておきたい。南アフリカ出身のDineo Seshee Bopape( http://seshee.blogspot.com/ )もまた、そのマテリアル選択と組み合わせセンスによって一種のプラトー(強度の一定した持続、または昂揚した宙吊り)を感じさせるアーティストである。彼女の作品によって私たちの内に感情形成されるプラトーとは、彼女がその作品の各部分から全体までを母親のような細やかさで気配りしながらも、その制作行為(触れ方)において、モノたちが何らかの意味作用を自律的に持ち始める手前であっさりと距離を置いてしまうような愛撫の作法によっているようなのだ。その注意深さと、その中断。それはおそらく生の欲動(欲望)が欲望模倣によって中断されたもの、すなわち彼女自身がすでに超個人的に受け止めている野性が「アート」という文脈によって図らずも切り取られたものであり、その家畜化(社会化/個人化)プロセスにおいて図らずも姿を現したカタチなのであろう。だが、それは結果的に彼女が「アート」として差し出す以上の感情を作品が帯びてしまうという効果を生み出す。
そうした、作者が作者の意図を越えたところの(無意識的な)情報を作品に込めてしまうことは、すべてのアート作品に言えることなのであろうが、その回路の違いは文化(集団)的要因のみならず個々の先天的要因にも帰するものと思われる。よって当然のことながらDineo Seshee BopapeとJIROXもその回路は厳然として異なる。そのことは崇高さすら抱かされる事実だ。しかしながら、そこには人類という種の資質として共通している点もある。それはその見立て、もしくは転用(=ブリコラージュ)がクライマックスに類するものとしてではなく、あくまでもその行為そのものによって作者の内に個別に生成された感情として徴されるものであって、いわば〈欲望の中断〉として現れているということである。
ではJIROXの作品について、ここで展覧会を訪ねた私以外の人々(武蔵野美術大学メディア研究ゼミ)のレポートから、その感想の一部を引用しておくことにしよう。
「意味はわからずとも、心の琴線を震わせられるのは何故だろう」
「意味作用がなくなって初めて何かを伝えてくるような作品ばかりで、普段みているモノの形がそもそも奇妙なものであるかのような、不思議な確認をさせてくれるオブジェだ」
見立て作用によって、もともとの日常(慣習)的なモノの機能や意味はいったん無効にされるものである。しかし、JIROXの回路はそれを再び意味作用へと収斂させはしない。そこではいまだモノがモノとして在り、あるいは驚異の部屋(ヴンダー・カマー)に展示された異国の不思議な呪物のように、それらは私たちを一時的に宙吊りのままに放置(解放)する。


 京都会場・JIROX作品 撮影 中島智

◆ 作品とは欲動の断面である

 
 京都会場・かなもりゆうこメイン画像 撮影 中島智


かなもりゆうこは同期する二つのスタジオ映像と、少し離れた場所に一つの屋外映像を上映し、さらに京都会場ではスタジオ撮影で用いられた調度品もその映像作品と呼応するかたちで乱雑な佇まいをかもしだすように布置されていた。もちろん、それはJIROXの廃物オブジェ群に呼応するイメージ(オマージュ)として構想されたものでもある。映像作品の一つでは、かなもりが「世界の果てのゴミ捨て場」と呼ぶしつらえ空間のなかで、二人の女性が入れ替わりにニュートラルに佇み、廃棄物に見立てられた調度品と戯れ、唄を口ずさむ。
かなもりの頭のなかでは、彼女たちは「世界の果てのゴミ捨て場」にふいにどこからか落ちてきた女の子たちであり、その存在はモノと「同等」らしい。確かに彼女たちにはその乱雑な空間に戸惑っているそぶりはない。また、その乱雑さにある種の秩序をもたらそうとしているふしもない。彼女たちはただその空間に寄り添っている。それはむしろ日常とかわらぬそぶりにさえ見える。そこで気になってくるのが彼女たちが〈いつ〉そこに落ちてきたのかということだ。
じつはこの作品のスタジオ撮影が行われたのは八月で、リハーサルはすでに一月から始められていた。つまり彼女たちは七ヶ月前に落ちてきたというわけだ。「世界の果て」はもうすっかり馴れ親しんだ空間と化していたのである。かなもりは制作においてつねに被写体となる相方たちとの長い信頼関係を大切にしてきた。その信頼関係はかなもりにおいては決して馴れ合いにはならない。なぜなら彼女は人がつねに変化していることを見つめているからだ。そしてその変化や、日常のなかの絶えざるプロセスそのものへの微分的な眼差しこそが、彼女のプラトーであり、そこから拾い出された(証明のできない)ある法則として作品へと結ぼれてくるものがある。そこには中原浩大の「ツバメ/swallows」シリーズにも通ずる位相があるように私には思われる。おそらくその回路もまた語りえないものだ。しかしながら確かに言えること、それはかなもり自身が微分的に変化しつづける関係や日常に生滅するすきまや裂け目を〈善いもの〉としての創造力に連繋させながら引き受けていることである。そのなかで生まれる彼女の作品。それはいわば〈変容(トランスフォーム)の断面〉なのだ。
「オマージュ、リスペクト、インスパイアということが新たなものを生むし、目の前から思いがけず創造性が見つかることもある。〈…〉明日には日常にまぎれそうなものを感じ取る視線。」
【註2】
このかなもりの日常世界において一種の裂け目として知覚される前-文脈的なもの。それはかなもりが会場で「作品はギフト。そこには悪意も暴力もありえない」と話してくれたことと深く関連している。ギフト(贈与)、それは倫理的に返礼義務を負わざるをえないようなそれのことではなく、返礼不可能な〈圧倒的な非対称性〉をもつ何かからのギフトなのであり、人類学で「純粋贈与」と呼ばれている類のものなのだ。かんたんに説明すれば、まず人間は非人間界(自然、野性)や、もしくは身体を含んだ無意識(欲望)から、否が応でもギフト(純粋贈与)を受け取りながら生きている。それは一種の余剰力としての〈裂け目〉として知覚される。ここでの贈与と純粋贈与との最大の違いはといえば、返礼を遅延させているだけの贈与が被贈与者に〈負債〉をギフトしてしまうのに対し、返礼不可能な純粋贈与をえた被贈与者は〈贈与霊〉をギフトされることで贈与者となるということだ。その〈贈与霊〉とは欲動の化生とも考えられるものなのであるが、この(ギフトの)欲動は、かなもりも実感しているようにアート活動ときわめて親和的な働きなのである。
そして、こういった純粋贈与を授かってしまい(もしくは出自の不明な余剰性に貫かれてしまい)、それを受取人不明のままギフトせざるをえないアーティストの欲動もまた、プラトー(強度の、一定した持続)と相似形をなすものである。

 
 京都会場・かなもりゆうこ映像インスタレーション 
撮影 中島智



【註2】かなもりゆうこ『ヴァリアント』NAYA BOOKS 2009



◆ 欲動とは〈es〉である

アーティストがアーティストになるかどうかの分岐点の一つに、彼(彼女)以前に作られた先行作品を眺めるさい、その作品が〈表現しているもの〉を受け取るか、その作品が〈表現していないもの〉を受け取ってしまうかという認知作用の差異がある。言うまでもなく、前者は作品解釈者(いわゆる鑑賞者)となり、後者は先行アーティストの無意識を引き受けながら制作に手を染めていくことになる。
とはいえ、ただたんにアートはアートから生まれると考えてはならない。上記の、表現されたことで隠された〈表現されなかったもの〉もまた、それを感受してしまうアーティストの無意識的個性(回路)になかば負うものなのであり、さらにその個人が生きているところの唯一無二の日常、その日常がもつ超域的かつ超ジャンル的なリアルから制作動機は生まれているものだからだ。例えば、東京会場でかなもりゆうこから聞いた言葉もまたこのことに関連すると思われるので以下に載録しておこう。
「私にとってJIROXさんは自分が出せない、自分のなかに眠っている、別の人格の一つだと感じます。」
また、京都展での最終日のこと、JIROXはやにわに私に歩み寄ると早口にこう語りかけてきた。
「ジャンルに収まるのはつまらないし、小さいよね。もちろん熟成された技は尊敬するけど。僕はマネーゲームの美術は終わっていると思うんだ。」
これはJIROXがあらかじめ「アート」を再生産しようとはしていないことの言明であろう。とはいえ、ここには歴史意識がはっきりと現れてもいる。それはJIROX(のみならず全てのアーティスト)が、彼のオブジェ群を「作品」として差し出し、また自らをアーティストとして自認する過程において不可避ともいえる認識なのである。つまりここにはアーティストがアーティストとしてのアイデンティティをどのように持つのかという問題が隠されている。先述のようにアーティストたちは必ず先行アーティストたちの作品に心動かされた経験をもつ。その感動と救いと触発の、彼(彼女)自身の履歴(個別のアート邂逅史≠美術史)にたいする責任(それはなかば無自覚的にではあるが)を引き受けること。それが自らをアーティストとして自認する心理的根拠なのである。
以上、かんたんにアーティストであることの資質(知覚的側面)とアーティストであることの内的根拠について述べた。では次に、最初の章(「作品とプラトー」)でJIROXとかなもりゆうこに共通して感じられたことの内、いまだ触れないままになっている「情動(actio)の先行性」について述べておきたい。
この点は芸術学系の専門家でさえよく誤解していることだが、芸術作品というものが作者の内部にある意味内容をあるカタチへと落とし込まれた(再現=表象された)ものだと考える人々はいまだ多い。また、そのようなコミュニケーション・ツールとして作品を位置付けている作家も昨今珍しくはない。しかし実際のところは、芸術作品というものは、制作行為においてその行為が作家のなかに或る感情形成を実現させるプロセスによって成り立っているのである。
このようにして私たちの前に現れる〈他者の作品〉と同様の成り立ちをもつものとして、例えば〈異文化の呪物〉を挙げることができる。その呪物を私たちが意味表象の産物として捉えようとした場合、それはただ奇妙で不気味な存在でしかなくなる。しかしそれは神を表象しているのではなく、その呪物制作や儀礼行為のなかで神に対する感情形成がなされているのだと解ったとき、私たちは部分的にその感情形成に参加することが可能になるのだ。
ここで核心となっている感情形成とは、自己生成とも深く結びついている働きである。つまり、それらはつねに後天的もしくは事後的にしか現れないのだ。とすれば、制作を行っているのは自己ではないということになる。じつは先述の「作者が意味内容をカタチに再現する」といった戯画的な制作イメージは、デカルト的な「私が考える(コギト)」に倣った枠組みでしかないのだ。では〈私〉が生成される以前においてそこで動いているものとは何だろうか。
それは「〈es〉が考える」としか言述できないものなのだ。〈私〉が考えるのではなく、〈es=それ〉が考えるという働きについて探求した流れは、リヒテンベルクからニーチェを経てフロイトへ、そしてさらにドゥルーズやレヴィ=ストロースへと継承されていったとされる
【註3】が、もとよりオリエント世界や技芸(アート)の世界においては〈それ〉はすでにつねに自明な働きとして認知されていたものである。
その〈es〉とは、あるいは欲望と言い換えることの可能なものなのかもしれない。もしくは「〈es〉が欲望する」と。いずれにせよ、それは自我はおろか自己のコントロール範疇を超えたものである。そして〈それ〉はある「中断」によってカタチを現すものなのであろう。それは例えばプライベートでもパブリックでもあるところの人間的制約(人間の条件)による中断である。そこに人間の自然としてのプラトー(≒愛)が生起する。

【註3】互盛央『エスの系譜 沈黙の西洋思想史』講談社 2010 美術関係者必読文献


◆ プラトーの行方

この手の話題はおそらく随分抽象的だと感じられる方と生々しいリアルとして感じられる方とにはっきり分かれるものかもしれない
【註4】。その分岐点にはある壁が存在しているようだ。その壁とは、イメージ不可能性(他者)をイメージするか否かという点に負うものかもしれないと私には思われる。あくまでも作品とは作者にとってさえ他者なのだ、といった認識に対してもそれは存在する。かなもりゆうこやJIROXの作品についてもそれは同様なのだ。私たちはそのイメージ不可能性を含めてイメージしなければならない。それが彼らアーティストに対するリスペクトであり、愛なのだから。
そのイメージの手がかりとして、私はかなもりゆうこやJIROXの作品が私たちにもたらすプラトー効果からはじまり、次いで彼ら自身が得ていたであろうところのプラトーに思いを馳せ、そして汎人類的に認められる欲動とその部分的中断によって実現される感情形成や作品形成へと一気に(やや唐突に)遡行してみた。だがそれは不完全なパッチワークにすぎず、そこにはまだまだ語りえないことや語るべきことは残されている。それでも私はこの拙い「併走記」をここであえて中断して、貴方に手渡すことにしたいと思う。

 
 京都会場・手前かなもりゆうこ 奥JIROX 撮影 中島智


【註4】これに類する拙文、写真家や画家の知覚作用について言述した
「亡霊としての芸術 http://genbaken.com/essay/nakashima/nakashima2.pdf 」(中島 2010)を参照のこと







TOPへ ココ
無断転載禁止