最北医学生の2002年 3月の日常

■2002/03/01 (金) 再試の嵐

今日で正規の試験が終了した。最も少ない人は16科目やったが、私は既に19科目やっている。来週の月火水に再試験があり、現在5科目にエントリー、多分全部で6科目である。そういった事情なので、ちょっと意地になって書いてきた日記をお休みします。3月6日まで勉強にふけります。

■2002/03/06 (水) 日記再開!

ようやく試験にひと段落ついた。更新もしてないのに訪れてくれた方々にお礼申し上げます。正確には金曜にもう一科目あるが、これまでやったのに比べれば時間は3倍、量は半分という感じか。昨日なんか3科目もあったんだから、それを思えば。

結局一度も体調も崩さず、ならもっと成績が良くても良さそうだがそうでもなく、いつのまにか春の足音が聞こえる3月になってしまった。結局最後の「理屈抜きの暗記」の部分を再試に回すか、それとも本試の前日と当日に終わるのか、という違いが出た結果だった。もうちょっと日頃より真面目に勉強しようと思った。尤もこれまでも何度となく思ったわけだが、今回はさすがに「身の危険」つまり大学との「複数年契約」がかなり頭をよぎった。

あんまり試験そのもののことを書いても堅っ苦しくて抽象的なので。その周辺のことを。

まず、部屋のエントロピーはこれ以上ないくらい増大した。
※エントロピーとは科学(化学かな)の概念で、ぶっちゃけて言うと「乱雑さ」を意味する言葉である。
衝動買いしたCDは9枚になる。レンタル落ちで安く買ったものがかなりある。

体重は量っていないがおそらく変わっていない。体脂肪率は測りたくもないが結構上昇してるっぽい。大腿四頭筋や上腕二頭筋、つまり腿や腕の筋肉は、これ以上ないほど細くなっている。ペンより重いものを持たないのだから当然である。今日親父の病室のある4階まで階段を上がったら軽く息が切れた。体育会系が聞いてあきれる。

思ったよりもお金がかからなかった。これは親父が入院しているためにお袋が自分の実家にいて、私がそこに、毎日夕食をご馳走になりに行ったからである。朝6時に家を出て夜8時に帰ってくるような生活で、自分だけのために夕食を作ることはお袋には考えづらいので、お袋の栄養状態をも良くするという副作用もあった。むしろそれが狙いでもあった。友達の中にはテストの期間の「仕送り」が増える人もいるくらい大変な試験が何ヶ月も続いた中で、これは嬉しい誤算であった。恩返しせねば。

毎日書いていた頃は、大体ネタを考えて、書き進めていくうちに「あーこの辺で大体1000字だな」とか「このネタを入れたら字数が足りない」とか「このネタを入れるだけの字数はある」と考えていられたが、今はその感覚もなくなってしまった。私は代わりに何を得たのだろうか?

■2002/03/07 (木) リハビリのつらさ

今日3ヶ月ぶりくらいに体育館に行ったら「社会復帰おめでとう」と言われた。事ある毎に「足が細くなった」とか愚痴っていたが、心肺機能の衰えっぷりも著しかった。体育館を3周しただけで息が切れた。もう笑うしかなかった。尤も笑うにも息が切れていて大変だった。

元に戻すにはどのくらいかかるだろう?そもそも「元」ってどのくらいのレベルなのだろうか?私で言うと、高校時代は名実共に体育会系だったので、例えば100mを13秒で走ったり、1kmを3分で走ったり、3kmを10分で走ったりしていた。バスケのリングも跳べば届いたし、でもそこまで戻らないだろうし戻したくもない。ただ40分(1試合分)走っていられるくらいでいいのだが。

よく「三日で覚えたものは三日で忘れる」と塾で一夜漬けを戒めて言う。自分にも言った方がいいような気もする。その思想で行くと、3ヶ月休んだので3ヶ月戻すのにかかるということか。もう大会が3つ以上終わってしまっている。それではいけない。心がけて動くようにしなければ。

膝が痛い → 移動するのに車を使う → ますます体の機能が落ちる という流れに加えて、体力を戻そうと体を動かす → 膝が痛くなる という悪循環がある。去年はあまり無理しないことをモットーにしていたが、今年はもう最後だろうから、多少無理してやってみようと思う。客観的に見たら全然無理しているようには見えないのかもしれないが、主観的に無理してみる。

余談だが泌尿器科でやったこと。ED(erectile dysfunction)つまり勃起障害の治療をする上で全身状態も考えなければならない、つまり生殖器を治療して治ったからといって、その後心臓への負担が多すぎて命を落としてはしょうがない。その全身の状態を考えるのにあたって、患者さんとお話しながら1階から3階まで階段で上がり、なお3階でも話をすることができるか、という見分け方があるらしい。それができなければ、心肺機能として問題があるので、治療をするか再考するということである。今の私はそこまでひどくはないが、ここまで体力が落ちたのも初めてなので、結構他人事じゃないのかなぁ、とも思った。日々精進。

なんだか文章にキレもなければ批判的精神もない。こちらのリハビリももう少しかかりそうだ。

■2002/03/08 (金) バイトなんだから

昨今の狂牛病だのなんだので、雪印関連の企業の経営が苦しくなってきて、パートの従業員が解雇されると報道されている。上層部は責任をとらずに、生活がかかっている私たちを切るなんて許せないとの怒りの声もある。これはその人に注目すれば全くその通りだと思う。

一般論として、企業が正社員でなくいわゆるパートを雇う理由は、人件費が低く抑えられ、必要な人員をflexibleに配置できるということである。後者は、食堂のような職場を考えると、フルタイムで働く正社員だけだと、ピーク時、つまり「ご飯時」に人手は足りず、他の時間帯では人手が余るだろう、ということを想定している。逆に考えれば、必要なときだけ働いてもらうのが企業側から見た「パート」の位置づけである。

では被雇用者側、パートをしている人にとってのメリットはないのか、と言うと、責任が少ないことが挙げられる。現実難しいのは私もよくわかるところだが「やめます」と言えばすぐにやめられるというのも正社員とは異なる雇用形態である。好きな時間だけ働けるというのも大きなメリットの一つだ。そうであるから、「正社員と同じ仕事をしていたのに真っ先に解雇された」と言うのは、その人が企業からの期待以上に責任感を持って働いていたことを意味する。「やめます」と言われてもしょうがないと(表には出さないが)雇用者側は思っていなければならないが、そこをうまくやっていたのだろう。

こう考えると、解雇された人の立場に立ってみると、その人の言う上層部への怒りの声には賛成したくなる。しかし、正社員以外に対する処置としては、企業の経営が苦しくなったときに雇用をしなくなるのは至極当然の処置であり、正社員すら「早期退職」を促す企業もある昨今ではごく当たり前とも思う。また「正社員と同じ仕事をしていたのに・・・」という一文は、その企業の経営の重要な部分が実はパートに握られていたという、「不安定な」現実を物語っているのかもしれない。

私も「パート」として塾で働いている。授業に関しては正社員に負けないというプライドも持っているし、ある時期は、会社全体を良くしようとして提言なども発信していた。でもある時ふと気づいて「バイトらしい部分だけやろう」と思い直した。所詮「駒」には駒のやるべきことがあって、なんでもかんでも口を出せばよいものでもないのだと思ったことがある。

■2002/03/09 (土) 今日は知床

どうしても流氷が見たくなって、知床まで行ってしまった。網走にない時でも斜里町ウトロにはあることが多く、実際その通りだった。もう1時間かそこらかけることで、(いい意味での)陸の孤島に行くことができる。また夏に行きたくなった。

朝4時半に出発し、夜の12時半(つまり翌日)に帰ってきた。こんな無茶なドライブに耐えられる人がいれば誘うのだが。色々見所を考え、贅沢に効率の悪い回り方をした。

まずはまっすぐ摩周湖へ。地味にお気に入りのスポットであり、やはり今回も晴れていた。(1月21日参照)

美幌峠から屈斜路湖を見て往復し、北見に戻り「村屋」というそば屋に行った。「冷やかし」という冷たい蕎麦の上に、醤油などで煮込んで味がつけられている「かしわ」がのっているというあまり他では見られないものだ。個人的には大好きだが、誰にでもすすめようとは思わない「やんちゃな」蕎麦の味だ。

続いて網走に出る。懸念していた通り、流氷は本当にまばらであった。ここで帰ると悔いが残る。ネットでレーダー画像を見ておいてよかった。

最終目的地の「ウトロ」に向かう。知床半島の先端へ向かっていって、冬季通行止めの直前の所まで行こうということである。ここに流氷が接岸していなければ、日本のどこにも流氷が接岸していない、とほぼ言うことができる。なければあきらめがつく、ということである。

期待通り、海面は一面氷で覆われていた。(ウェットスーツを着て)流氷に乗っている人もいた。道端には鹿がゴロゴロいて、そのうちに目も向けなくなった。「また鹿だよ」 なんでも有名な滝を見に行こうかとも思っていたが、スノーシュー(近代型カンジキ)の貸出時間が1時間前に終わっていた。またの機会に。

露天風呂から流氷の海を見晴らせる温泉に入る。方角的には日の入りを期待したが、男湯からは見えない角度に日が沈んでしまった。残念。

網走まで戻り、腹一杯寿司を食う。個人的には流氷観光船に2500円払うのだったら、2500円分の寿司を食った方が満足度が高い。飲み会(コンパ)をやると3000円くらいかかるが、酒はいらないから美味しいものを食べたいというのが最近の傾向である。

今日も天気が良くて、路面もほぼ全てで舗装が出ていた。普通、運転する時間が長いことを除いても、網走は日帰り圏ではない。ましてや知床はもちろん。そして私は普通ではない。

■2002/03/10 (日) アクセス数の怪

この日記にはアクセスカウンター(同じ日では同じ人は1カウント)がついているが、土曜日のアクセス数が、前日までのおよそ10倍になった。1が10になったわけではない。桁が一桁違う。

ただ単にカウンターが壊れただけならいいのだが、なんだか不気味なので、もしもどなたか大々的に宣伝してくださったり、リンクを貼ってくださったりした方がいらっしゃいましたら、お知らせいただけると嬉しいです。基本的にリンクは自由に貼って、自由に剥がしてもらって構わないのですが、一気に100人も読者が増えたとなると、知っておきたいと思ってのお願いです。何とぞよろしくお願いします。

■2002/03/10 (日) 行動の裏にあるものについて

ある高校生の話、親が亡くなってから周りとの人間関係に壁を作るようになった。何か周りから声をかけても「どーせ俺の気持ちなんかわかんねーよ」という調子で。自分の殻に閉じこもるような感じで。でもそんな人に声をかけたい。どういう風に声をかければいいのだろうか?

「大変だね」とか言っても、あんたに俺の気持ちがわかるわけないだろ、と言われたら終わりそうである。確かに相手の気持ちはわからない。でも想像することはできるのではないか。例えば医療従事者であれば、その患者さんの病気に罹ったことのある例はわずかである。大体、致死性の病気、末期癌、先天異常。どれも医療従事者側が既に罹っていることは考えづらい。罹ったことがないからと言って何もできないかと言えばそうでもないだろう。相手の気持ちを推しはかって何かできないだろうか。

どうして彼は他人が言うことを素直に聞き入れられなくなったのだろうか?一つの分析として、親が死ぬことは、自分の中で信じられるもの、それもかなり大きなものの喪失を意味するのだろう。そこで自分の存在、つまりアイディンティティーを(identity)が脅かされ、どうやって維持するかの一つの方法として、「相手を否定すること」というのがあるのではないか。つまり相手を否定するという行動で自分の存在を確認する。リストカットやいわゆる反抗期などもそういう一種だと思う。

そう思ったからといって、じゃぁどうすればいいのか、という答えは私は出せていない。ただ「その人が変わった」と思考を終えるのではなく、その人がどういう思考過程を経て、そういう行動になっているかを分析し、それをわかっていることを少しでも示してあげるのはどうか。伝え方は難しいが「今無理してるでしょ」というのがうまく相手に伝われば、かなりその人の力になれると思う。

一方、大学で心理を専攻した友人は「同じ学科のことはつきあいたくない」とも言っていた。これはその学科にかわいい子がいないとかではなく、プライベートでつきあっている時にも「今の行動の意味」とか「発言の意図」などを心理的に分析するのは嫌だ、ということである。あまりに分析的になりすぎるのも、感情を持つ人間の行動としては、不適切になると思う。

適度に理性的・分析的に、適度に感情的に、バランスを取りながら、ということだろうか。

■2002/03/11 (月) ツアーの料金

スカイメイトが使えなくなってしばらくたつ。スカイメイトとは21歳以下が対象の航空運賃で当日空席がある場合に半額の運賃で乗れるというものだ。どうして22歳が境なのか知らないが、現役で4年制大学を卒業するということであれば、浪人してその上6年制大学に通っている私はなんだか疎外感を感じる。いずれにせよ、それ以来、飛行機が高価な移動手段になった感があった。

よく観光バスで北海道を巡る格安観光ツアーを見る。あの安さの秘密は、途中のお土産屋や立ち寄るスポットからマージンをもらい、それで費用を抑える代わりに「休憩」と称して必ずそこに立ち寄る、というgive-and-takeだ。なのでどんなにスケジュールが押しても、たとえメインの観光地を見る時間がほとんどなくなっても、必ずお土産屋には寄らなければならないのである。私であればお土産を見るための旅行はしたくない。

今回私が乗る路線は、何も考えずに普通にチケットを取ると「片道」で34000円である。特割とか色々あるが、1万円も安くはならないようだ。しかしネットで格安のツアー・航空券を探したところ、色々出てきた。先着5名に限り13000円というのもあった。ちょっと恐い。21000円がどこに行ってるのか知りたい。また今日予約したものだと、往復の飛行機と東京でのホテル1泊しかも朝食つきで35300円であった。ホテル代もそうだが、航空券の値段なんてあってないようなものではないかと感じざるをえない。しかもお土産屋にあたる「回収機関」は介在せず、どうやって元を取っているのだろうか。それとも割引なしが暴利なのか?

ホテル側としても航空会社側としても、ある一定の枠を旅行会社のために空けておいて、そこにある程度の客を計算できる、という関係はあるという。確かに経営上全てを個人の申し込みに頼るのは効率が悪そうだ。それが高じると、個人客よりもツアーの客を優先して扱うホテルなども出てくる。そんなところに行った個人客は災難である。高い金を払い、ツアー客の騒音に耐え、冷めた飯を食い、などなどいいことない。従って、ツアーと提携していないところに泊まるのが、旅館で骨休めしよう、などと言うときには重要なポイントである。

しかし今回のように「ただ泊まれればいい」という際には、安くて結構である。目的にあったものを選ぶ、賢い消費者を目指そうと思う。

■2002/03/12 (火) 二日酔い

久しぶりに飲んだ。今年初めてのような気がする。酒を飲むのは好きだし、なかなか強いのだが、機会がないと飲まない。一人で家で飲むこともないし、日常的に酒を飲むという習慣もない。今家に酒はない。あっても料理酒か、私に存在を忘れられた酒だ。

そんなわけで、昨日は試験お疲れ飲み会だった。はっきり言って飲み過ぎた。後半の方になって判断力がなくなるにつれて濃い酒を頼む、という典型的な酔っぱらいのパターンである。今朝、と言っても昼頃だが、起きるのが困難なほど頭が痛かった。飲み過ぎたにしては適切な処置をせぬまま寝たからである。

アルコールを分解するのに2つの重要な酵素がある。1つはアルコールをアルデヒドにする酵素で、これがない(少ない)人は「顔が赤くなる」タイプの酒に弱い人である。もう一つの酵素はアルデヒドを分解し排泄するもので、これがない(少ない)人は、悪酔いの原因であるアルデヒドがたまりやすい。一応体質の議論をするとこうだが、現実では摂取するアルコールの量が多すぎるのが問題である。

摂取してしまったらどうするか?いち早く体外に出すことが最も有効である。ついさっきまで「コール」などかけて「摂取」に励み、次の瞬間には「排泄」を促進するという、人と酒の典型的な関係が浮き彫りになる。とある酒を飲まない人は「じゃ最初っから飲まなきゃいいじゃないですか」と言った。

排泄方法として、経口的に消化管を逆行させる方法の他、水分の摂取がある。基本的に既に胃がやられているケースが多いので、ギンギンに冷えていると刺激になるかもしれない。お茶とかだとカフェインが入っていると胃には良くないかもしれない。冷えていないスポーツドリンクが私の第一選択である。前述の「適切な処置」とは、スポーツドリンクを飲んでから寝る、せめて枕元においておく、である。今日ぐらい、枕元に自動販売機があったらいいのに、と思ったことはなかった。

これまでもっともらしいことを書いてきたが、その後私が取った行動は「辛い」カレーを食べに行くことである。確かに二日酔いは吹き飛びそうだが、胃の粘膜にとっては、濃いアルコールを摂取し、その後胃酸でぼろぼろになり、そこに辛い物であり、全くいいところがないように思われる。でも治ったからいいのだ。

そんな非科学的な日常である。

■2002/03/13 (水) メールの位置づけ

私はそこそこヘビーメーラーである。1日50通くらい扱うことも稀ではない。しかし今回のテストでかなりメールの数を減らした。減らさざるをえなかった、というのと、メールに現を抜かしている場合ではない、という自己規制からだ。携帯端末であるH”で初めて「無料通話」を残した。

それこそ、もっとも使う月に比べて4倍5倍の違いがあった。それでふと思ったが、この差はいったい何なのだろう?と。なくても生きていけるし、特にこれで人間関係が破綻したということもないし、でもテストがない時はやっている。パソコンのメールも10000bytes(=5000文字)を超えるものを「テストがなければ」書いたりもらったりしている。

長電話に頼っていた時期があった。家の電話だったので、電話機を占領することと費用の両面で親から苦情が来るくらいはまっていた。その時の自分としては、電話をすることは不可欠だったが、それが現在メールに移っているのかもしれない。

その頃は手紙も書いていた。交換日記並の頻度の時もあった。それも全てメールに集約されたかもしれない。部活の先輩の先生方との連絡も、メールが主流である。普通に考えて、働いてる医者をいきなりつかまえることは困難だ。また、これまではわざわざ会っていたのも、メールで済ませているのかもしれない。

私が改めて書くことでもないが、メールは手紙よりは早く着くし手軽に書ける。電話のように相手の都合を問わず時間を拘束することを恐れることもない。すると自然に書ける内容量が増加する。ケータイメールも、相手の都合が悪ければ返事が来ないが、都合が悪くなければ延々と今思っていることを送り合う。

物理的距離を気にしないのもメリットだ。以前では考えられない距離で連絡が取り合える。パソコンを通じて知り合った人だと、パソコンをある程度使える人、というのがクリアされている、のも隠れたメリットだと、オンラインで知り合った彼女とつきあっている友人が言っていた。確かに。

日記を書いたり、長メールを書いたりして、色々な論理的思考をするきっかけにはなっているなぁ、と思う。これまでそうすることは限られた友人とたまに会った時ぐらいだったが、それが日常的に、自分の都合のいい時に、やりたいだけやっていられる。ネット依存症とまでは思わないが、今メールがなくなったら、かなり困っている自分が目に浮かぶ。

■2002/03/14 (木) 運動不足

3ヶ月ほどほぼ寝たきりの生活を送っていたが、ようやく普通の生活に戻った。しかしリハビリが不足していたため、今日の部活ではかなりの苦しさを味わった。2人組でやる柔軟が終わった後に立ち上がれないほどだった。起立性低血圧はこうやって起きるのかと実感した。そんなのなったことないが、通称「立ちくらみ」のことである。よく「貧血だ」という人がいるが、貧血は血の成分の問題であって、立ち上がった瞬間に、血中のヘモグロビン濃度が下がったりするなら面白い。

バスケットというスポーツは、28m(=コートの長い辺)を3秒で走ったりする。ハーフタイムの10分を除いては、1試合100分走りっぱなしである。跳べば3.05mのリングに触れたりする。最大スピードで走っていて、次の瞬間ピタッと止まることもよくある。ディフェンスをする時には相手の動きに合わせて、ドリブルをしている人と同じくらいの瞬発さで動くこともできる。体力測定の「反復横跳び」を相手の動きに合わせてできる、と思ってもらえばいいと思う。できなければオフェンスはゴールまで一直線だ。

しばらくバスケットをしないと、なかなか体が戻らない。まず感じられるのは「止まれない」ことである。「動けない」のはなんとなくわかる気がする。届いてるつもりだけど届いていない、というのもありそうな気がする。しかし一番は止まれないことである。これは3歩歩くと反則であるスポーツにとっては、結構致命的なことである。スピードが出なくなった車よりもブレーキが壊れた車の方が危険とも言える。

次にやられるのは心肺機能である。息が切れる、目の前が真っ暗になる、などの症状が出る。「ショック体位」という、ショック(=血圧の急激な低下)の人の足を挙げて頭に血が行くようにするのが、練習中に必要になる人もいる。

今回のように何カ月も経ってしまうと、筋肉自体の量が変わってくる。今日は練習の質的に感じなかったが、そのまんま「力の量」が減少する。動いているはずの幅、高さなど、量が足りずにプレーがうまくいかなくなった時に「首を傾げる」パターンである。

とりあえずリハビリを継続しなければならない。金曜から木曜まで2つの旅行だが、旅先でも頑張って運動することにしよう。でもきっと食べ過ぎて「増量」して帰ってくるのがオチだろう。

■2002/03/15 (金) 国試の手伝い

医師国家試験が明日から3日間にわたって行われる。伝統として4、5年生が受験生である6年生を助けるため、一緒にホテルに泊まり込む。ホテルや弁当の手配をしたり、おつかい(パシリ)をしたり、朝起こしたり、忘れ物をフォローしたり、色々雑用をこなす「国試委員」と呼ばれる人が私を含め5人働いている。

なんだか全体像もつかめぬまま、仕事をしたのはつらかった。向こうはこっちがよく知っているものとして色々聞いてくるが、私はあまり何も知らない。また必要な情報を伝えるのも、そもそも必要な情報が何なのかよくわからず、受験票を渡す以外は結構てんでバラバラの対応だった。考えられることを予め予想することが一番の対策だが、それをするのに1日や2日では足りない。こだわればこだわるほどもっと効率のいいやり方が見えてくる。尤も答えがない課題でもある。

ホテル代のような必要経費は当然自分では出さないのだが、労働力としての対価はない所謂「ただ働き」である。どうしてそんなことをするのか?一体何か得るものはあるのか?

1年後2年後のイメージが湧いて、勉強のmotivationが上がることが挙げられる。最近ようやく臨床科目が始まり、先輩方が喋ってることの「部分は」わかるようなわからないような感じだ。1年先輩だと、わかる話題はわかるらしい。徐々に医者っぽくなっていく。

「直前情報」を各部屋のドアの下にはさんでいった。以前、歯科医師国家試験の問題漏洩が話題となったが、国家試験の問題を作る人の専門分野を調べて、問題を予想してそれが出回る。しかし実際は、多くのデマ情報の中に、一部の使える情報が交ざっているのだろう。しかしそういうものには頼ってしまうものである。今年は予備校の直前講習の中の、まぁ直前に見てもいいだろうという内容を精選し、B4を4枚にまとめた。それのワープロうちも私たち国試委員の仕事だ。私は意味もわからず打ちまくったが、先輩たちは「あーこれこーだよねー」とか言いながらやっていた。

100人分の夜食などを買い込むと、ドリンク200本とかお菓子とか、数万円単位で買い込んだ。売り上げにもかなり貢献したし、なかなか楽しい買い物だった。3袋くらい多く買っても別に大勢に影響ない。でも5万買っても1人当たり500円にしかならないので、大したことがないなんて、×100の世界は恐いものである。

■2002/03/16 (土) 実話

国家試験を受けるほとんどの人は、6年間の医学部の教育を受けている。つまり少なくても24歳以上のいい「おとな」である。しかし、考えられないようなことや笑ってしまうようなことが起こりうるのが、国家試験の重要さと、それから受けるプレッシャーを物語っている。

玄関前でホテルを出た人をチェックするが、「受験票」を忘れる人がいたりする。そんな、高校受験に行くときにこどもに声をかけるお母さんじゃないのだから。またマークシート形式で行われるため鉛筆が望ましい。一応1ダース用意していったが、昨日の試験開始前に希望者に計7本配布した。消しゴムも一応買っていったら、試験の1科目目終了後に1個渡した。1科目目は気合いで間違えないようにやったそうだ。試験を受けるにあたって、最低限「受験票と鉛筆があればいいだろ」という段階でこうである。お世話をする人が5人いてちょうどいいのかもしれない。

意外に必要なのが「薬」である。普段では考えられない人にも体調を崩す人が出てくる。そして色々な症状に対する薬を自分一人で用意することは、現実問題困難である。痛み止めを試験の合い間に何人にも渡した。鎮静剤(要するに睡眠薬の役割のもの)は夜に要望が多い。熱冷まシートや湿布もある。お腹を壊す人もいるので、消化管運動を抑制する薬も用意しておいたら、やはり需要があった。

夜食の売れ行きもよい。カップ麺を大量に詰んでおくのだが、いつの間にかなくなっている。カロリーメイトは、そこにあったことを忘れるくらい、きれいさっぱりなかったりする。ペットボトルのお茶と栄養ドリンクは予め大量に用意しておいたが、「こんなのもいるかな?」と言って買った甘い系の飲み物も目敏く見つけられてなくなっていく。試しに買った野菜ジュースとトマトジュースも数時間でなくなった。もうちょっとバリエーションを増やしてみようか。

教科書を20冊ばかり持ち込んでいる。1科目でも分厚い教科書を、全科目で自分で揃えることは考えづらいが100人のために1セットある、というのも効率がいい。どこを確認したくなるかなんて、その時にならないとわからないからだ。持ってきた教科書は全て、私が持っているか持っていてもおかしくないものなので、今度からそれらの教科書を見る気持ちも変わるというものだ。

■2002/03/17 (日) Air−H”

私はケータイではなくH”(DDIポケットのPHS)派だが、今回機種交換をしてさらに機能がパワーアップした。一番大きく変わった点は、音声通話に使える電話で、パソコンがつなぎ放題になることだろう。旅行先でもつなぎっぱなしにできる。極端な話、ノートパソコンを持ち運んでいて、PHSの電波があるところならどこでも、車の中でも好きなだけネットが使えるのだ。

値段はパソコンのためだけなら高く感じるかもしれないが、それで音声通話とケータイメールのための基本料が含まれていると考えると、そんなに高くないものと思う。送信103文字、受信123文字までeメールが無料というのも大きい。メール使用が大部分で1万に近づく月もあった私にとっては朗報だ。ここ何日か使ってみて、実際この文字数を超えるケースは稀だとわかった。

私にとっては画像がどうたらとかはあまり関係ないので、機種の値段が半分のモノクロディスプレイのタイプにした。待ち受け時の画像がどうだと言うより、最初からカレンダーが表示される設定になっている方が私にとってはありがたい。同様の理由で着メロもどうでもいいと思っていたが、これに関しては考えを改めた。音が良すぎるのである。

「こんななんですよ」と言ってホテルの部屋で披露していたところ、その場に戻ってきた先輩が「ホテルのBGMかと思った」と言うくらい、特にピアノの音がびっくりするくらいいい。下手なFMラジオよりよっぽどいいかもしれない。今イントロにインパクトのあるピアノの音源を探している。着メロの使われ方を考えると、イントロのみでいい。

私は折りたたみ型の端末を使うのは初めてなのだが、片手で開け閉めできるようになっているのが特長だ。横にあるボタンを押すと90度まで自動で開き、そこからは元に戻すも、160度くらいまで開けるも自由である。最初は何故90度で止まるのかわからなかったが、使っていくうちに「これがいいのかも」と思えてきた。人間工学の一つの集大成とも言えるかもしれない。

H”については、電波が悪いとかすぐ圏外になるとかeメールはいちいち取りに行かなきゃならないとか、色々誤解があるが、最新のH”を使っている人にとってはどれも解決されている問題だ。人家があるところであれば大体圏外にならないし、そもそもそういう箇所で何回電話をかけたことがあるのか問いたい。

■2002/03/18 (月) 国試受験での実話2

100人も人がいると色々なことが起きる。国家試験受験の裏話2だ。

とある部活の先輩が、受験票がないとか言って、朝になって部屋を必死に探したらしい。これは無事あったようで良かった。でも、それってすごく基本のような気も。あまりの面白さに、部活の後輩たちに即座に知らせてしまった。怒られるかもな。

具合が悪くなって立ち上がれないくらいになった人もいた。結局、救急車で病院へ行き応急処置を受け、輸液・投薬などをして、試験の実際の開始には間に合った。この時には5年の先輩とともに「いざというときには意外と何もできない自分」を発見し「こんなんで医者になれるんだろうか..」と真剣に思った。呼吸が止まっている人に人工呼吸をしたり、なら簡単だが、死ぬわけではないが、苦しんでいる人に対して、一体自分は何ができるのか。修行が必要である。

3日目にはとうとう恐れていた事態が起きた。一応ホテルの前に名簿を持って立ち、行く人を一人一人チェックしていたのだが、試験場集合時間の20分前になっても2人まだチェックされていなかった。もしやと思い部屋に電話したところ、案の定寝過ごすところだった。大部分の人にとってはそんなのチェックされて面倒くさいのだが、実際起こりうることであると証明されてしまった。最終的に一人は(顔も洗わずに)小走りに行って間に合い、もう一人は、結局委員の一人が車で送り、その前に私はカロリーメイトを買いに自動販売機へ走った。きちんと間に合った2人には、後ほど大変感謝された。

医者であるか医者でないかは、天国と地獄ほどの違いがあるという。難易度としては、普通にやってりゃ誰も落ちないレベルらしいが、確かに勉強していれば答えは自ずとわかってくるそうだが、天と地の差を考えると、その意味で結構緊張するらしい。緊張していても冷静な判断ができることが、医師には求められているのだ、と強引にこじつけてしまう。120分で120問解く試験も、救急のような場面で反射的な判断が求められているとも考えられる。

受験生より遅く寝て早く起きる、という裏方を3泊4日でして、結局は一人一人の個人の試験であるにもかかわらず、自分も含めた「チーム」で国試と戦ったように感じた。3人称的な意味ばかりでなく、本当に心から、先輩方の合格を祈っている。

■2002/03/19 (火) 鎌倉記

出発する今朝になっても、まだ手元に旅程表とチケットがなかった。私が国家試験について行って家にいなかったことが原因だが、飛行機が11時発とあってかなり焦った。まずヤマト運輸に電話したところ、該当荷物は既にドライバーが持って出ており、午前中には届けられるだろう、とのこと。午前と言っても飛行機が既に飛んでからでは意味がないし、また飛行機に乗るためにはそれが必要である。

電話越しにとうとうと「いやー遅くなってから届いても意味ないんですよねぇ」と訴えたのがきいたのか、30分ほど余裕を持って届いた。逆に言うとチケットを手にしてから30分で家を出た。

羽田に着き、京急で横浜方面へ。金沢文庫で降りて称名寺を見て、昔の日本人がこのようなものを作るために費やした労力について考えた。今で言うと(昔で言っても)大土木工事である。その後、釣り船が出ているのに驚き、「午後キス」などの看板を見て、なるほどと思う。金沢八景の面影は、近代化しすぎていてさっぱりだった。

本当はアジの開きなど買いたいところだが、そうも行かず逗子で乗り換え。北鎌倉から円覚寺に行こうとするが、敢えなく4時で閉門。結構楽しみだったのに、やっぱり午後2時頃から回ろうってのが無理なのか。明月院に行き、岩をくりぬいたのか洞窟のようなところにある、如来像だかなんだかを見る。元々ただの岩だったところを彫刻をしながらくりぬいていって、あのような像を造ったのなら素晴らしい。

建長寺に行ってひたすら階段を上って、海まで一望できる展望台に行った。景色の広がりでは絶対北海道にかなわないが、だからと言って北海道の方がいい景色である、とも言いきれないのが面白いところだ。

その後鶴岡八幡宮に行き、源氏の守り神を祭っているだけあってたいそう立派だった。池の鴨がカップルで泳いでいたり、オスがつきまとってメスが逃げる図など、一日見ていても飽きなさそうだ。

私の旅では恒例のことだが、商店街のおいしそうなお菓子屋さんで買い物をした。今回は栗ようかんと桜餅だったが、既に頂いた桜餅はなかなか良かった。

今日の出来事で何より驚いたのは、出発時の気温が氷点下だったのに、こっちでは桜だウグイスだ、と言うことである。北海道に桜前線が上陸するのがゴールデンウィークぐらいで、ウグイスが鳴くのは、5月の中下旬である。日本って広い。

■2002/03/20 (水) お詫び

書くことはあるのに更新する暇がなく、まとめての更新になったことをお詫びします。
書いていないのに毎日変わらぬカウンターに、感謝の気持ちでいっぱいです。

■2002/03/21 (木) 移動のコスト

そこで1時間過ごすために3時間かけて移動することがある。これが妥当な行動かはその内容による。最近は飛行機での移動も多く、お金で換算する方が妥当かもしれない。大まかに言って4万円くらい東京を往復するのにかかるが、それでどれだけの時間を過ごせるかによって行ってよかったか、それとも損した気になるかが決まる。

今回の企画は今ひとつであった。講演の企画が一つのみで、あとはよくわからない報告とSGDだった。SGD=small group discussion は自分よりすごいなぁ、という人がグループにいるとかなり効果的だが、どちらかというと「すごいなぁ」と言われる方だった。これではあまり得るものはなく、与えてくる方が多かったりする。それはそれでいいのかもしれないが、費用対効果は低かった。

私はおまけが大好きである。ついででやれることがあれば抱き合わせでやってしまう。合理的なものを追求することもあるし、どう見てもセットじゃないものをセットにしたりもする。去年は東京での用のために本州に渡り、関空に降りて3泊してから東京へ向かった。今年は半日で鎌倉を周り、半日を友人との観光に充て、半日を違う友人との食事に充てた。そして本来の目的である企画は22時間であった。その最中に、その企画の参加者でもある、また別の友人と飲むのも含まれている。ものすごく満喫系である、と自画自賛。

経験的に、私は20時間くらいは連続して活動できる。その範囲内であれば、移動している途中に色々とつけ加えることを私はよくやる。むしろそれがないとなんだか損をした気分になる。一人旅ならいいのだが、誰かと一緒だと、それについてこれる人かどうかが問題だ。他人が原因で自分の楽しみが減少することは耐えられない。こんなことを言い切るので「頑固な人」とか他己紹介されるのかもしれない。

ありきたりの言葉で言うと、会うためにお金が高いことは、その人との自分との関係の重要度を意味しているという側面がある。別な視点で捉えると、その人に会う時間というのは、お金に換算しうる価値を持つものなのかもしれない。話を飛躍させると、その人の持つ特性に応じて「時給○○○円」という評価もあるだろう。そのお金を得ることなく、誰かと会って時間を費やすことに、私はとても大きな価値があると思っている。

■2002/03/22 (金) 行動力と判断力

自分には結構判断力があると思っていた。生徒会の仕事などに始まり、役員席にいて何か問題が起こった時など、即座に行動を始めることができるあたり、苦情処理能力じゃないが、結構自分はできる奴だと思ってきた。その時しなければならないことで、自分ができることを即座に判断して即座に行動できる。えーあーわかんないんです。とか、うーんどうしたらいいんだろう、と途方に暮れることがない。なんだか救急の医者みたい、とほくそ笑んだりしていた。

3月18日の日記に書いたが、あの時には本当に自分に判断力があるのかを考え直した。一つは目の前に具合の悪い先輩がいる時に、何かもっと良い取るべき処置はなかったのか。しかしこれには医学的な問題が絡むため(しかも患者本人は合格すれば来月には医者、一緒にいた人は4月から医学科6年生)ちょっと違う問題になるかもしれない。その3人の中で一番下の私が仕切るのはどうかと思う。

もう一つは単純な問題である。あと試験会場到着まで20分の先輩が寝過ごしてしまった時の話。先輩が焦って部屋から下りてきて「何か食べるものあります?」と私たちに聞いた。私はその時即座に昨日買ってきた、本部の部屋にあるお菓子などの食料を思い出した。カップ麺の暇はないだろうが菓子パンやなんらかのお菓子はあるだろう。そう思った瞬間私は走り出していた。自分のフットワークの軽さに惚れ惚れしながら。

結局行ってみると、昨日買ってきたものは売り切れだった。腹持ちしそうなものもなかったし、昨日買ってきたカロリーメイトは残っていなかった。次に私はカロリーメイトがホテル1階の自動販売機にあったのを思い出し、とりあえずお菓子を持ったまま、また下へと走った。

そして自動販売機まで走り、その先輩に今買ったカロリーメイトを渡して見送った。ここで冷静に考えると、お金をケチるような場面ではないので、最初からその階にある自動販売機でカロリーメイトを買えば良かったのではないか。その意味「行動」はとても素早かったが、適切な行動だったかはまた別問題で判断力に欠けた行動だったと反省した。今まで自分にあると思っていた「判断力」は、実は行動力だったのかもしれない。本当にその場でした行動が正しかったのか、それを省みずに行動するかしないに満足してはいけないのでは、と発見した。

■2002/03/23 (土) 千と千尋の神隠し

金熊賞を取ったとかで有名だったので見に行った。そもそもあんまり映画を観ない人間だが、とある友人が「これを見て泣いた」とか「3回見た」とか言っていたので、どんなもんかと思って見に行った。

大体において私は人工物が嫌いである。実写の映画はいいが、作り物を映すのだと一段劣る、またアニメなどは完全に作った世界ではないか。という考えがあった。それを言うと何だって作ったものだし、音楽だって芸術だってそうなのだが、漫画のような完全なる虚像を通じてそんなに感動できるもんかね、と思っていた。しかし私が抱いていた思いはあっけなく裏切られた。

私が今回一番なるほどと思ったのは、3人称的な視点ばかりでなく、登場人物の視点での映像があった点である。これまで見ていたものが、3人称的視点、つまり外側からカメラで撮る視線でばかりだったので実写で撮ることの難しい、それぞれの人物から見た映像を見ることができるのは、作っているからならではなんだろう。view point を自由に変えられると、感情移入もしやすく、臨場感も出てくる。

そもそも映画は、現実に起こっていないことを表現できる文化である。言ってしまえば虚構でありfictionの小説はじめ、人は作り事で楽しむものなのだ。そうであれば、最も虚構を表現できる手段が絵を描くことだろう。ドラえもんのタケコプターを実写で撮るのは難しい。どちらかと言うと、私自身が絵を描くのが下手だという、個人的な毛嫌いに依っていたのかもしれない。

自然がいい、人工物はちょっととか言いつつ、寺社仏閣を観ているあたりも自己矛盾だ。TDRとか遊園地とかには行く気がしないが、なんとか寺でもちょっと昔に作られただけで人工物である。人工物の自然との調和がいいんだ、とかこじつけてみるが、自然だけがいいのであれば無人島以外を認めないことになる。

話を戻して、千と千尋の教訓は、映画はもっと観るべきだということと、100%虚構の世界でも、自分が感動できるということである。作品自体のメッセージ性とかこれまであんまり感じたことはなかったが、深読みせずに素直に感じ取れるメッセージがあるのは、やはりいい作品なんだろうと思う。

■2002/03/24 (日) 歩行訓練

親父から「管」が全部取れた。この表現は母譲りだが、治療のために体についていた様々な管が全て取れたことを意味する。点滴はもちろん、鼻に酸素や、傷からの出血などを取るドレーン、胸腔内圧を下げるためのドレーン(つまり呼吸を助けるのだが)、脳脊髄液を取るための管などなどたくさんの治療を受けていた。集中治療室で、容態が悪くなるにつれて増える管を指して言う「スパゲティ症候群」も結構的確な言葉だ。

管がついていると、原則「ベット上安静」ということになる。大便のみトイレ可、というものもあったが、食事から排泄に至るまで全てをベット上で行う時期も長かった。元々入院したときから、トイレ以外は安静だったので、かなりの「運動不足」になっていた。正しく言うと、リハビリが必要なほど筋肉が衰えた。

人間歩けることを当たり前のことと思っている。しかし、足が悪いわけでないのに、1ヶ月半ベット上で暮らすだけで、歩けなくなるものである。親父は現在「筋トレ」にあたるリハビリと、歩行訓練をしている。片足立ちの練習もするが、つま先だけで片足で立つのはかなり難しいらしい。両足に分散させれば体重を支えることができるが、片足でそれもつま先立ちするときの一部の筋肉だけでは、体重を支えられないということになる。歩く時には「歩行器」を使い、なるほど、おぼつかないふらふらした歩き方であった。

入院すると色々な「当たり前」に気づく。全身麻酔などをかけて「導尿」のカテーテルを入れられると自分の意思で排尿していたことに気づく。ベット上安静になって「尿瓶」を使うようになると、自分の意思だけで排尿できることの大切さにも気づく。やはりおまるでは居心地が悪い。(北海道弁では「あずましくない」)風呂に入れないと、髪の毛もそうだし、体も拭くだけではなかなか追いつかない垢を出していることにも気づく。単純に日常やっていることができるようになるだけで、健康ということになるのだ。そこで健康の価値に改めて気づく。

親父はすっかり治った気分で、4月1日発令の異動、つまり引っ越しにやる気満々である。でも実際この間まで歩く練習をしていたような人が、そんなにバリバリ働けるとも思わないのだが。そんな危惧をしていて、今回ばかりは姉と私が駆けつけることとなりそうだ。

■2002/03/25 (月) 今年の抱負

現在バスケ部の実動部員は10名である。これは5人でやる部活動としては非常に少ない。たまに来てくれる先輩をあてにしていてはなかなか難しい。私もバスケットを始めて丸11年経つが、なかなかプレーヤーとしての芽は出ない。それでもそこそこやれる連中と一緒に練習しているので、それなりのバスケットをやっているつもりだ。チームの一員として、単純にコート上ばかりでなく、自分が力を発揮できるところで、チームのために頑張っていこうとしている。

そんな事情もあって、車で3時間かけて高校に練習試合に出かけた。相手の強さはそれほどでもなかったが、こちらがテスト明けで3回しか練習していなかったこともあって、なかなか手頃な練習になった。強い相手に勝つことができても、弱い相手に負けないのも大切だ。どちらかというと後者ができないうちのチームにとって、今回のような試合は大切だったが、案の定10分ゲームで1本負けた。そこが1流と2流の差かもしれない。

バスケ部の同級生で、アキレス腱(のちょっと上の腓腹筋との筋腱移行部)を切り、半年後に焦って復帰しようとして再断裂した奴がいる。彼のリハビリと復帰にかける意気込みを見ていると、自分は膝が痛いことを言い訳にさぼっていたのかとも思ってきた。彼が1年越しで復帰しつつあるのを見て、私も今年は「無理をする」ことを目標としようかとも思っている。尤も「自分なりに」ではあるが。バスケットがきちんとできるのも一生で今年が最後だろう。スポーツができる環境にいることにも、感謝しなければならないかもしれない。

今年は試合の日程が早いため、あと1月あまりでシーズンインである。合宿も始まるが、ちょっと自己向上心を持ってやろうと思う。やらないからできないという言い訳は、特に勉強の面で高校生がよく使うものだ。

■2002/03/26 (火) 寿司論

寿司を食いに行った。回る寿司に行くと財布が安心するが、たまには贅沢をしてカウンターで寿司というのもいい。尤もそれなりの金銭的負担になるが、飲み会へ行って3000円使うのならばおいしいものを食べた方がいいと思っている。でももちろんおいしいお酒「も」飲む方がいい。

そもそも寿司というものは、カウンターに座り、職人と差しで向かい合い、いちいち食べたいものを言うと一口サイズで食べるばかりにして目の前に置いてくれる、という変わった食べ物である。ただのまかないに比べて、職人の拘束時間も異様に長いと考えることができる。寿司の値段の大部分は、人件費すなわち技術料とも言えるのかもしれない。

そんなわけだから、本来は職人がその人の体格、年齢、性別、に加えて顔色などの体調まで考えてシャリの量を変えたりするのだ。従って「サビ抜き」くらいは当然希望していいものだし、可能な範囲でいくらでもわがままを言ってもいいのである。

回転寿司はその意味では、本来の寿司とは別個のものだと考えるべきだ。コンビニで既に焼いてある焼肉弁当と、高級焼肉店で目の前で炭で焼くものくらいの違いかもしれない。また大衆受けを良くするためにやたらに大きいネタを目にすることもある。それはそれで豪華でいいのだが、シャリの3倍くらいの長さがあるネタは、本来の寿司の価値観から言うと邪道で、その他色々オリジナルの文化が見られる。機械でシャリを握るものなどもあり、それにバイトの店員がネタを載せるのになると、既に「寿司」とは呼べないし呼びたくない。

本州から友人が来たので、高めの寿司屋に行った。ネタのサイズがちょうどシャリとバランスが取れるものになっていて、きちんと握ることによって両者が一体化しているのがいい寿司である。そもそも「握り」という言葉からはずれるようなものは、本来ではないのではないだろうか。

ちょっと背伸びをすると、色々おいしいものが食べられる。親のスネをかじる身分でありながら、というのと、自分でバイトして稼いだ金だからいいじゃん、というのがある。でも親も食べないようなものを食べるのはどうなんだろうかなぁ、と頭の隅で思いつつ、おいしいものの追求は続くのであった。

■2002/03/27 (水) 北海道らしい風景

本州人が北海道に遊びに来たので、色々つれ回した。

■2002/03/28 (木) 進級決定

大分申し遅れているが、5年への進級を決めた。多くの先輩・後輩・同級生に会うたび「不必要に」「おめでとう」と言われるので、しゃくに触ったり、苦笑いしたり、そんなに大変な状態だった自分を再発見したりする。確かに留年したやつの一人は、12科目のうち私と同じ9科目に再試がついていた。でも進級できなかった4人と、次点の5人には入っていなかったので、結構うまいことやったのかも、と思ってもいる。

ある後輩が「それはもう懲りたんですか?それとも味をしめたんですか?」と聞いてきた。懲りた、と言うのは、もうあんなに再試をつけて危ない目に遭うのはこりごりだ、という意味で。味をしめたというのは、勉強しないで適当にやっていても結局通るんだ、と言うこと。どっちも真だが、どっちもちょっと違う。

私は大学に入り、できるだけ効率よく試験を乗り切ろうと考えてきた。もちろん自分でしようと思った勉強をしないこともないが、基本的には可で十分と思ってきた。これの動機もあるが今日は省略。それで今回の16科目の試験は、いわゆる病院で見るのと同じ「診療科」つまり内科とか小児科とか専門であるというのも一因だが、適当に乗り切るには相手が大きすぎた、というのがわかった。

また一方、再試の前に一通りの勉強をきちんとやり直して、そうするとそんなに理解に苦しむ内容はなく、しかもテストに通るための暗記を半日必死にやれば、優は無理でも、可は余裕で取れることもわかった。次の試験はもう少しコツコツやって、前日は理解はせずに暗記のみにしておこうかと思う。そうすればさほどみんなが言うほどはつらくない試験だと思う。やっぱり味をしめたのかもしれない。

「担当」が作る「資料」の出来も様々だった。私はそういうのを作るのにかなりの力をかける方だが、誰もがそうするとは限らないし、そうできるとも限らない。であればいっそ、自分で何科目か作って、そのような同士何人かで全ての科目を網羅すれば、組む相手を間違わない限り、いい勉強ができるものと思うのだった。ひそかに今年度の学業についての所信表明である。

■2002/03/29 (金) 合宿初日

今日からバスケ部の合宿が行われる。4日間バスケ漬けという非日常だ。日記を書き溜めしているうちに始まってしまった...

朝日町という街でやるのだが、H”が圏外になるくらいの小さな町だ。そこで車で20分かけて「圏内」まで来ている。メールをチェックするという意味合いもあるが、4日間同じメンバーで顔を合わせている中で、正直嫌になる部分もある。そこでこうやって圏内に来ることで、往復40分+αの時間は自分の好きな音楽を聴いて一人でいることができる、というのも大きいものである。

そんなこの頃です。

■2002/03/30 (土) 合宿二日目

今日は練習試合がメインだったが、自分の力の衰えを自覚するとともに、今後の課題も見えてきた。対応できるのかどうか知らないけど。

その中で「前みたいなトップスピード出てないね」とコーチに言われた。確かに出ていないが、それ(100mを13秒台で走れるくらい)を出すためにどのくらいの努力が必要か、考えるとちょっと途方に暮れそうになる。

そこで自分だけで出せる以上の力を出せるのは、チームメイトの力のおかげである。

■2002/03/31 (日) 合宿三日目

たかだか10人そこそこのバスケ部員だが、いいかげん気心知れた仲である。
私は来月で24になり、バスケを始めて12年目に突入する。
時々どうしてバスケにこんなに力を割いているのか自分に疑問を持つことがある。
高校生じゃないんだし、同級生はもう就職する頃だ。
膝もぼろぼろだし、今ならもれなく背中も足首も痛い。

しかしそれにもかかわらずやる、というのも大事ではないか。
つらいから、大変だからやらない。
そんな逃げの人生よりも、大変だしつらい「けれども」やる。
「にもかかわらず」やることも人間には必要なのではないか。
そんなことが人には1つくらいあってもいいと思う。