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先輩らしいことをちっともしないまま、先輩であるという理由のみによって、後輩にそのような行動を強いることは、私は適当ではないと考える。私は後輩からため口をたたかれたりすると、激しくむかつくが、反面、後輩の面倒は見ているつもりだし、飯もおごればドライブにも連れて行く。何かあれば話も聞くし、そういう先輩面をするのでお前らも俺を先輩らしく扱え、と思っている節がある。
今日、ある人とある人が別れるのを目の当たりにした。そこには今書いた相互関係がなくなっていた。一方はもう一方がそうするのを当然と思っていて、そこでお互いが思い描く相手のイメージは、大きく異なっていた。そのイメージと現実のギャップに耐えられなくなり、とうとう片方が別れ話を切り出した。
二人の人が一緒にいるというのはとてもすごいことである。世の中に人が一人しかいなければエゴの赴くまま行動すればいい。しかし二人以上の人が同じ空間を共有すると、その間に「ルール」が生まれ、どちらかのエゴを取り下げなければならない。本当にやりたいことが一致していればいいが、そういったケースは稀である。そこに力の差がある以上、大なり小なり依存関係が存在する。これ自体は必然だし悪いこととは思わない。しかし依存させてもらっている側からのなんらかの「give」がなければその関係は続かないだろう。具体的なお金などでなくていい。単なる感謝の気持ちを示すくらいでも十分なのだが。
当たり前の関係ほど、失ってつらいものはない。今まで無意識下で満足していたものが、わざわざ意識下に引き出されて不満足感を得るわけだからである。人間個人はそれを繰り返して大きくなっていく。しかし組織のトップがそれをやってしまった時、その害はその組織の構成員全体に及びうる。
そんなことを考えさせられる出来事だった。私は人と人との関係は「1対1の信頼関係」が基本だと思っている。その信頼関係が非信頼関係に変わるとき、悲劇は起こる。どんな集団と集団の間であっても、信頼関係は個対個である。それを築かずに社会的な活動はありえないし、それを築くためにはやはり腹を割って1対1で飲んだりしつつ、じっくり話をするのは適当と思う。日本的な考えだが、そこで初めてわかることも多いし、それを飛ばした関係が不安定である現実も、少なからずある。
親父の傷の治りが思わしくないため、退院がしばらく延びた。全身状態は全く問題なく、日常動作もできるのだが、やはりシャワーを浴びられるようになるまで傷を治した方がいいだろう。
背骨へのアプローチをする際に、肋骨に触るよりも侵襲の少ない経路として、鎖骨を折って手術をした。鎖骨とは、下を向いて顎を胸につけた時に、顎の左右にある出っ張った骨のことだ。これを折って手術をして、術後に骨を接着・修復するために金属の部品でつないでいる。しかしそこで菌が増殖しているのか、化膿がおさまらずに再手術をすると言っている。
通常、菌が少しくらい体内に入っても、あらゆる角度から生体の物質に囲まれ、違う事情つまり免疫が低下するような事情がなければ、そんなものが繁殖するはずがない。しかし金属のようなものが体内にあると、金属上では生体のものだけで囲むこともできずに、菌の増殖を許してしまう。これが金属などの人工物を入れた時の、感染・炎症、そして化膿のメカニズムである。
入院させたまま、実家はこれから引っ越しだ。姉と母と私の3人でなんとかする。
明日から実家に引っ越しをしに行きます。無駄に荷物の多い私の実家を親父抜きで引っ越すので、結構ハードになること請け合いです。そこで更新はなかなか遅れそうです。書こうとして書けてないのが3日分あるというのになんとか埋めていきたいものですが。
所要時間6時間予定。H”が圏外の実家を引っ越し、帰宅するのは8日遅くか9日の見込みです。
私の実家はいわゆる転勤族である。私が生まれてから4回引っ越して私は家を出て、その後両親はさらに3回引っ越している。数年毎に住居を変えるのはごく日常である。現在姉と私が駆けつけて、父を入院させたまま、母を手伝っている。一家皆で「引っ越しのプロ」を勝手に自称しているので、大変は大変だが結構張り切っていたりする。
以前引っ越しをした時に、あまりの荷造りの良さに(具体的には梱包の仕方と紐の掛け方)「関係者ですか?」とプロの引っ越し屋に言われたほどだ。どんなに重いものであっても緩まない紐の結び方をマスターしておくことが、第一の条件である。
姉は隙間を埋めるのがうまい。これだけのスペースが空いているので、これを入れればいい、とか、この大きさのものを入れるためには、と自分で箱を作ったりしている。でもそれが特別な技術であるという認識はなく、ごく当たり前のことであると思っている。引っ越し以外に何の役にも立たないのがちょっと悔しいところであるが。
さてこれからもう一働きだ。まだ物置の扉を開けていないのが気にかかるところだが、多分何とかなると思う。
引っ越し合宿は2日目に入った。6畳間は天井まで全て段ボールで埋まりつつある。転勤族のくせに「まだ使える」とか言って物持ちが良く、今日の引っ越し業者の見積もりでも「多いですねぇ」とか、その6畳間に入った瞬間に「う゛わっ」という声も聞こえた。私の部屋にも姉の部屋にも、他人から「ものが多い」と言われる理由がわかるような気がした。実家が数年おきに移るため、さしあたり必要なもの以外は実家に置いていく、ということができない。できるのだがその分、親の引っ越す度の負担が増えるだけだ。年老いた親に鞭打っちゃいけない。
父の部下が、入院しているのを気遣って手伝いに来てくれる。しかし仕事の「質」を見て、母が「これなら何にも頼めない」と言った。確かに荒いし乱暴だし、とりあえず詰めればいいという姿勢が見られた。しかし私は、それで頼まない方がいいというのは早計だと思う。
アルバイトでやっている塾で得たもので、一番大きかったのは「受け手側の能力を考える」ことである。要は、あまり勉強が得意ではない中学生に勉強を教えることである。大学生が中学生用のテキストの問題を解けるのは当然である。しかしそれをどうやって「見せる」かが主な問題である。「魅せる」だとなおいい。自分がわかっている通りに、自分が考えるとおりに教えてあげてもあまりわかってもらえない。それでわかるような中学生は、実は教える前からわかっている。時間に余裕があれば、内容としてすごく簡単なことを、これ以上洗練できないほどに考えて教える計画を立てたい。言葉を精選するのは、教育に携わるものが最も心がけるべきことの一つだ。
私はその仕事っぷりを見て、明日の仕事の案を考えた。単純作業と男手が必要な仕事のうち、私が自分でやるのが面倒なもので計画を立てた。それなりにやったぞと言う気になるようなものでもある。仕事を頼むときには「仕事をしたぞ」という気になっていただくことも大切である。この考え方自体は高校の生徒会活動の中で身につけたが、塾に来てくれた生徒に「塾に来て良かった」という満足感を得てもらうのも、重要なポイントである。お客に満足感を持って帰ってもらうのはサービス業の基本だ。
そんなことを考えながら、かく言う私も「末っ子」であるので、家族の中ではいつまでたっても「ヒヨッコ」である。齢を重ねた人にはかなわない面もある。
「買った方が早い」とか「捨てないと。どうせ使わない」などなど、引っ越し前にはよく交わされる言葉である。実際、これだけ荷物が多いと、ある引っ越しから次の引っ越しまでの間に開けられない箱があり、それが二度三度続いて、開けずに捨てられたりやっぱり捨てられなかったりする。多くは後者だ。
姉と二人で、せいぜい2000円くらいの組み立て式ロッカーの分解をしていた。ところがそもそも分解されることは前提とされていないため、不可逆的に組み立てられていた部分が結構あった。それを強引にはずすために二人で一時間使うところだった。そこで「それって一体どうなん?」と思った。
姉も私もある程度の技術で働くため、時給1000円くらいでは働ける。つまり二人を1時間拘束することは2000円以上の価値を持つことになる。よって、二人が1時間かかってやることが2000円未満の価値だと損をすることになるのだ。1円玉を拾うためにかかるエネルギーが、食費から逆算して1円を超えるという計算もあり、それにも類似する。
もちろん、資源問題とか家族の間の問題などはあるが、それを無視すると、そんなのを分解するためにお金や労力をかけるべきではないし、そのまま運んでもらって引っ越し業者に払うお金が多くなったりしてもいいし、また私がはるばる1万とかの交通費をかけて家まで来るのも、現地で人を雇っても1万も払えば結構なプロのバイトが来るのに、私がバイトをしないで得られないお金を考えずに、父は何かと私を呼ぶ。一見私を呼べば只だが、かといって私が行くことによって生じるお金の動きを無視するわけにはいかない。
ないものを感じ取るのは難しい。経済学など特に目に見えづらい学問であるが、それが実際には大事である。100円安いガソリンを入れにいくために100円以上のガソリン代をかけることもある。また時間をお金に換算することも、年中ゴロゴロしている暇人とは全く正反対の私のような人間には、適応すべき考えである。そういったことも正当に評価できるような人間になりたい。
ここ数日やっている作業は、箱にものを詰め、あった場所を掃除し、必要に応じて分解をしつつ、傷が付かないように梱包し、持ちやすいように紐を掛けて、荷物部屋に積んでいく、というものである。
母と姉の三人でやっているのだが、姉も私も納得型(姉の方がよりそうなのだが)のため、提案された方法が自分の納得のいかないものであると固まってしまう。もしくは全く頭を働かせずに、単なるマシーンに化す。今日は母親の提案に固まるケースが多く、共同作業の難しさを感じた。
そもそもどうして共同作業をするのかというと、それをした方が早く終わるからである。もっと言うと、今回のように3人が3人違う作業をしていられるような状況下では、自分一人でできる作業を放ってまで共同作業をした方が効率が上がるから、という理由が必要である。
数学的に言うと、1人でできることを2人でやった方がいい場合は、効率(つまり作業の早さ)が2倍以上になる場合である。さもなければ1人で2倍以下の時間でやった方が全体の仕事量は増加する。作業をする者同士の意思疎通のために時間を割くくらいなら、多少強引でも一人で終わらせてしまった方がいい。そんなことを感じながら、今日は一人で仕事を進めた。手伝いの申し出は断った。多分私と姉は精神的には全く疲労していないので。
親父はこれと全く逆である。父が仕事をしていると母は始終父に呼ばれ続け自分の仕事にならない。そしていかにも自分が仕事をしたかのような顔をして「まだ終わってないんか」などと言ったりする。今回はそれがない分、若干寂しいが、かなり作業効率は上がっている。自分の作業を終えることよりも、私が他人に仕事を頼むことによって全体の効率がどうなるのかを考えるのも、私に身についた習慣の一つだ。
極論だが、私が仕事をしない方が効率が上がるのであれば、私は仕事をしない道を選ぶし、これが逆に、仕事を私だけがした方がいい場合でも同様だ。だが、実社会でそんなことが通じる例は稀である。
親父がいないというのは、結構ハードなものであるとも思った。日頃長時間ドライブを苦にしない私だが、さすがにこんな「引っ越し合宿」の生活をしていると体も疲労する。荷造りだけでも運転だけでも問題ないと思うのだが、両方を頑張って事故でも起こすと大変なので、極力荷物を運ばないことを心がけた。
そもそも転勤族は、相互扶助意識が非常に高く、引っ越しをおまかせパックにする(つまりお金を払って人を雇う)という発想は稀である。お金があるなしではなく、村社会のような相互依存関係があると感じられる。結局出発地も到着地も、10人以上の人が手伝いに来てくれた。もちろん無給で、ジュースを一本持って帰ってもらった。
私は、極力荷物には手を触れずに、荷物の振り分け指示と、運転に専念である。さすがに背中や腰にも痛みが出てきた。結局荷物を家の中に入れて、冷蔵庫の電源を入れること以外は何もせずに、新居を出た。尤も築年数的にはかなり古い「新居」だけど、公務員が公宅に入るのだから文句は言えない。家賃も一般に比べて一桁少ない。住居の質はとても太刀打ちできないのも事実だが。
そんな最中、親父が再手術だった。前日夜九時から絶食なのに、緊急手術が入って夕方に手術となった。なんだかわからないが、麻酔が切れたらしく「痛いー痛いー」とうめきながら戻って来た。坐薬をしてお休みになってもらった。ちょうどその病棟で看護婦が二人と人手が足りずに、看護婦さんは私に酸素マスクを渡して行ってしまった、となるところだった。壁から酸素を取り出してマスクで口に持っていくやつである。一番右端に緑であるのが酸素である。それは習うのだが、かといって一度も触ったことも見たことも、ましてややったこともないのだから、まだまだ素人同然である。
そんな中なのにもかかわらず、体育館に顔を出して、新入生を見ておいた。なかなかいいやつが入りそうだ。別に無理しているわけでもないのだろうが、雰囲気がいつもにも増して明るくなった。自分が所属する集団の雰囲気が明るいことに越したことはない。
親しい友人が入籍したとか事後報告してきた。そんな彼のために、新婚旅行のプランを考えた。これは北海道の某ローカル番組の深夜バスの旅にヒントを得て、私が独自に製作したものである。
札幌0900→函館1350(オーシャンドリーム)
函館1450→青森1835(フェリー)
青森2150→東京0720(ラ・フォーレ号)
東京0800→名古屋1408(東名ハイウェイバス)
名古屋1500→京都1730(名神ハイウェイバス)
この間阪急や阪神を使って移動
阪神尼崎2005→鹿児島0905(トロピカルライナー)
鹿児島0930→博多1320(桜島)
ちょっと観光
博多1900→新宿0925(はかた号)
新宿1000→福島1459(あぶくま号)
彼の実家泊
福島0730→仙台0840
仙台0850→青森1340(ブルーシティー号)
青森1420→函館1800(フェリー)
ま、夜景でも見て
函館2355→札幌0600(オーロラ号)
以上5泊6日
受験テクニック、という言葉がある。受験の問題を解くのにしか役立たないが、受験の問題を解くには十分なやり方である。数学公式の「語呂合わせ」などがある。理詰めで導けるものを「語呂」でおさめてはいけない。そんなものの一つに「文法のための文法」がある。
「5文型」くらいは聞いたことがあるだろう。そして結構多くの人が忘れているだろう。使わないと確実に忘れる。SVOCを文章につけていく、あれである。一応日本の高校の文法教育では、1年生の最初に文の構造と文型の分類を行う。そしてよくわからないまま、中間・期末試験で問われるからと言って「第○文型」と答えることさえできるような目標で勉強をして、試験が終わり、忘却の彼方へと葬られる。
だんだんと専門的な話になってくるが、関係詞の分野や時制の分野において、文法問題を解くにあたって文型を考えることは必要であるし、「正確な訳」をするために文章の構造を見抜くことが必要であることは言うまでもない。つまりは、1年生の中間テストで勉強が終わってしまった人は、それ以降苦労したり、ヤマ勘でやったり、運良くか悪くか知らないが合格してしまったりするのだ。
私は一番の問題点は、生徒が身につくのに十分なだけ、学校で教員が「教えていない」もしくは「活用していない」ことだと考える。基本的に生徒たちは、まじめに勉強しようと彼らなりに試みてはいるが「これやった?」と聞くと「あー学校でやったけどぉ、よく覚えていません..」と答える。あくまでこれは英語に対する「方法論」の一つでしかないので、方法論だけを覚えて、それを使えない形で持っているとすればかなりの問題だ。バスケットなどスポーツでも「練習のための練習」という言葉がある。
手段を目的に履き違えないようにしたいものだ。高校生は基本的に「知的好奇心」に満ちあふれた年頃でもある。正しい知識をもって、正しく理解できるように教えてあげれば、かなりの実用的な効果と、かなりの満足度が得られると、私は経験上自信を持って言える。
私は惨憺たる成績で進級した。聞くところによると、2科目はダメだったが見逃してくれたらしい。こんなことではいけないと、一日一資料を試みようとしている。現在の時間割は、朝の8時50分から夕方4時50分まで、100分の講義が4コマぎっしり詰まっている。週に20コマであり、それが秋まで続く。
私が前回のテストで勉強したのは、自分がみんなのために資料を作る分野だけであった。言い換えると、自分のために勉強するのにはやる気を持ってこれないが、他人のためなら頑張れる、ということである。従って、そんな科目を多くしていけば、自分の勉強する量が増え、そんなにひどい成績にはならないだろうということである。この際、いいから自分のために勉強しろよ、というつっこみは無視する。
他人に見られることを意識すると、自然に適当なことが言えなくなる。従って調べるようになる。他人が聞いてわかりやすい言葉を探すためには、一度自分が理解して頭の中に入れる必要がある。そもそも大学の講義というものは、その事象についてわかっている、一段高い立場にいる人が教えてくれるというメリットがあるはずだが、いかんせん示す方法についてのトレ−ニングを受けていないため、決して受け取りやすいとは言えない形で教えてくれる。大学の教官に改善を求めることもいいが、可能な範囲で自分がその「一段高い立場」に苦労して上るのもいい。
ただそれをするには、時間的な制約も能力的な問題もある。全ての講義内容を自分で調べて、講義レベルの内容にすることができるのならば、そもそも、はなっから講義は要らない気もする。しかし、とりあえずの到達目標である試験は、そのうちやって来て、着実に襲いかかる。
そんな状況を考え併せて、一日4講のうち1講が限界だろう。質が下がっちゃ意味がない。
100分の講義を納得がいくように調べれば、当然100分以上の時間がかかる。1日400分の講義があって、もう400分の復習を必要とされれば、800分すなわち13時間あまりかかってしまう計算になる。部活だバイトだと言ってはいられない。そうすることが学生(つまり学ぶことを生業とする人)の本分だ、という声もある。それはそれで立派な考えだが、私はもっと色々な立場で世の中と接していきたい。
ありがちなことではあるが、さっそく諸事情によりまだ一つ目の資料を作っていない。これだと何の意味もない。
今日塾に行き、新しいクラスを担当した。高校3年生でやる気はそこそこ持っているが、いかんせん実力が伴っていないようなクラスである。実力が伴っていない主な理由は、勉強を始めようと気づくのが遅かったからである。今年の冬頃にやおら英語を始めたらしく、あと2年教えたらものになるのになぁ、と言った感じである。できればこの時期に「副詞節」だの「進行形」だのは教えたくない。
センター試験を一つの区切りとすると、1月に最初のピークが来る。従って高2の1月には「残り1年」を切るということになる。私はいつもそれを言った後で「そこで周りのみんなが焦って始めるのだからそれに差をつけるためには今から始めなければならない」と言って高2の秋くらいからハッパをかけ始める。それに比べておよそ半年遅い。
クラス内のレベルの差も問題である。それなりに高いところを目指している人と、英語という英語はつい先日始めたような人が同じ授業を受けるわけである。どっちに合わせるか、またどちらにも不完全ながら合わせていくのか、実績を取るのか、多数を占める方を取るのか。そこを生徒にわからないように「勉強になった気」にしていくのも講師の腕なのかもしれないが、結構私は正直者なので、「これでできなければできません」式のきちんとした教え方をしている。これでできなきゃ自分が悪いなと生徒に思われるくらいに、方法論とやるべきことを示している。あんまり低く示すと、できる生徒はせっかく塾に来てるのに、と思うし、高く示すと今度はついて来れない生徒が出てきて、そして落ちこぼれる。
もう一つの問題は、自分の実力をわきまえない生徒たちである。私もとても人のことは言えないが、自分が行けるところよりも、半歩から一歩上のところを志望する傾向が強い。そうすると、選ばなければ合格できる大学は大量にあるのに、それなりの実力も持っているのに、結局どこにも受からないで塾の実績にもならず、本人は予備校でもう一年頑張るのである。
何がこれらの問題の根元なのだろうか?高校が悪いのかとも考えたが、私の母校でもあるし、確かにそれは放任主義(よく言えば生徒の自主性を尊重)の校風にも依るかもしれない。でももっと本人が気づける機会もあるだろうし、1年から塾に来ている連中もそんな調子であれば大変である。もったいない。
バスケ部のマネージャーとしての入部を考えている新入生と話をした。入部の意思を確認したところ、バレー部のプレーヤーと迷っていると言う。ここでマネージャーとしてとプレーヤーとしての違いを考えていく。単純に言えば自分でするかしないか、どっちが上と言うことはないが、サポートをする側とされる側、という違いがある。
以前も少し書いたが、私が高校時代に一緒にバスケをしていた人で、現在もバスケを続けている人は非常に少ない。そもそも就職してしまってまだバスケ、がなかなか難しいのは容易に予想できるし、そもそも大学に来たとして大学でもバスケをやるかという問題もある。もう一つ、医学部が6年制であるということと、私が一浪していることを考え併せて、大学でバスケをやってた人も、もう卒業しているのが普通である。
時折、どうして自分がこんなにバスケを頑張っているのか疑問に思う。みんな働いているのに、就職活動しているのに、院試を受けるとか言ってるのに、俺って何やってるんだろう、のような感じで。
私の考えでもあり、親の考えでもあるのだが「その時にしかできないことを悔いの残らないようやりなさい」というのがある。高校なら高校、大学なら大学でしかできないことがあって、それをやりたいのならば存分にやりなさい、ということ。さすがは短大で取れる単位は全て取ったという母の言葉だ。そうしないとむしろ、親にせっかく学費を払ってもらっているのに申し訳ない、と。
私はその迷っていると言う新入生にこの話をして、プレーヤーとして頑張るというのも、大学生活でしかできないことだし、そういう道もあるんじゃない、と言った。もちろん入ってくれると嬉しいのだが、人生の中でおそらく一回きりの大学の生活をどうするのか、一生懸命やってみようという気があるのならば、そうするのもいいのではないだろうか。
実際自分が今やっていて、前述のような疑問を抱くこともあるが、おおむねやっていることに満足しているし、決して後悔はしていない。高校時代も部活(バスケ部と写真部)ならびに生徒会活動にのめり込んでいたが、その結果浪人もしたが、決して後悔していない。勉強は浪人してもできるが、部活は高校でしかできない。
土曜も日曜も試合・練習試合の日々がしばらく続く。体をいつ休めるのかが問題だ。
自分で言うとおかしいが、私は気がつく方である。時にそういった立場にあるべき人が、気がつけないでいるのを見ていらいらする。いわゆる「マネージャー」的役割などそうである。
今日は市内の高校で練習試合だった。男子部は車を持っている人がそこそこいて、車を持っている人が全員車を出すと、乗る人が一人とか二人の車ができて効率が悪い。一方女子部は、人数の割りに車を持っている人が少なく、いつも苦労している。今回は男子も女子も行き先が一緒だったのでそういった時には、男子にお願いして乗せてもらうのが普通である。
男子が出発するときに繰り広げられた光景は「俺出さなくてもいいかなぁ」「いや俺も出さないとこうと思ったんだけど」と言う感じであった。そこで誰がどの車に乗るのかすぐに決めてしまえば良いが、実際にはあーだのこーだの言って、やれ出さなくていいだの出さなきゃ足りないだの、何よりそれを議論しているために(しかも誰も全体を把握して仕切っていないために)足止めを食うのが頂けない。
女子部がそれに追い打ちをかけて、言われてないからいいのだろうと思ったが、一応足りるか聞いてみた。すると「あー足りないかもしれないから、二人か三人お願いするかもしれないですけど...」「あーやっぱり足ります」「いややっぱり足りないかも」と延々。人にものを頼むという基本がなっていない。
どちらも、その日の人数を確認して、4で割ったら車の必要台数が出るわけだから、どうにでも処置できるはずだ。ただの算数なのだから、そこにいる誰でもいいからやるべきと思うのだが、やはり最上級生(つまり自分たち)が全てを仕切らなければならないのだろうか。
練習中に汗をかいた奴が転んで、コートが濡れて練習が中断した。そいつは自分の靴でその汗を拭いて(でも実際にはのばして)いたのだが、それを見ていたマネージャーが誰一人として、乾いた雑巾だのティッシュパーパーだのをもって拭きに来なかった。うちのマネージャーは部員に比して非常に多く、決して人手が足りなかったわけではない。練習を見ていないのか、それともどうして練習が中断しているのかを見ていてわからないのか。どちらにしても私の価値観のマネージャー像では不合格である。
そういうものは生まれつき、とか育ちの問題なのだろうか?修正できないものであるとすると、結構痛い。
稀に、日記を書き、登録し、しかし更新作業が完了しないために、その日の日記が書いていないように見えることがある。
どぉもすいません m__m >せっかく来てくれた人
■2002/04/15 (月) ジェンダーについて
私は6歳上に姉がいて、幼少時は母と姉に多くの時間育てられた。6歳離れているにもかかわらず、私は姉ができることは何でもできると思いこみ、つかまり立ちをしないうちに立ち上がり、やっぱり歩けず顔面から転ぶとか、おむつが取れる前にかけ算を覚えるとか、幼稚園に行く前にわり算を覚えるとか、姉と同じくエレクトーンを習うとか、姉がやることは何でもできると思っていた節がある。今では私の方が何でもできる部分もあるし、やっぱりかなわない部分も多い。
一応知識として、ではあるが、私は編み物もできる。あやとりも普通にできる。ある意味ものすごく「女らしい」ことなのかもしれない。料理もその辺の女よりうまいという自負もあるし、高校3年から自炊もしていた。喜んで。
男らしいとか女らしいとかは、ものすごく無責任な言葉だ。性同一性障害でなくたって、車が好きな女もいれば家事が好きな男もいる。しかしそれを「○らしい」という言葉がある種の強制力を持って否定する。これは無人島では起こりえない(そして私の家族などの狭いcommunityでも起こらない)ことから考えて、社会の暴力とも言えるだろう。これをジェンダーという。
言い換えると、社会から個人が期待される役割のうち、それが単に性別のみに依っていて、本人の意向を無視しているというのがジェンダーである。狩猟採取によって生計を立てていた古代に男性が外へでて、女性が家を守るということから始まり、そのうちに近代の家長制度、つまり長男のみが絶大な力を持つ「家制度」にまでつながってきている。嫁という言葉も、女に家と書く。「奥さん」という呼び方も、女は家の奥の方にいればいいんだ、という考えから来ている。
しかし女性の社会進出が始まり、今まで通りの考えではいかないことがでてきた。(旧来の)女性であることを否定しようと思えばできるのに、実際否定しない人やしたくない人、そしてして欲しくないと思い行動する男性によって、それも妨げられる。「男女平等」とか言うのが建て前であり、しかしそれと現実とのギャップが存在し、その建て前を知っていて、理屈を通そうとする人ほどそのギャップに苦しむ。
よく確信はないのだが、これが今考えていることの解決の一翼を担うかもしれないのだ。もう少し考えてみる。
最近パソコンの調子がおかしい。どれも致命的ではないような、十分致命的なような感じだが、だましだまし使っている。結構ヘビーユーザーなので、ドキドキである。
例えば、時計の狂いが著しい。いったん終了して次に起動した時には数時間単位で遅れている。たまに1998/1/1になるらしく、起動できずに日時を設定する画面になる。これは単純に、内蔵時計の電池の問題だといいのだが。
システムリソースの減りもある。ある時ある不要なソフトを「アン」インストールしたところ、システムリソースが80%台から40%台に半減した。インストールしたのならわかるが、どうしてソフトを減らしてなるのか。思い起こせば、自分で色々いじくって80%台にする時にも、これまた別のソフトを「インストール」した時にリソースが増加した。意味がわからない。
バッテリーメーターが使用不可になっている。以前はバッテリーが「残り何%」を表示されたが、今では「残り不明」と表示される。しかしバッテリーが使えないわけではなく、1時間くらいなら普通にコンセントに差さずに使うことができる。
「スタンバイ」と呼ばれる状態がある。画面もメモリも電源を落とすものである。ノートパソコンのふたを閉じるとなる状態だ。起動の時間など面倒だったので、いつも起動させてふたを閉じた状態を愛用していた。開けるとそのまま使い始めることができる。しかしこれは私が寝ぼけていたのが主な原因だが「システムが止まりにくくするためになんとかかんとか」に対して「はい」と答えたためにそのスタンバイという状態ができなくなってしまった。確かにスタンバイを多用することはシステム(Windows)に負荷をかけていたようだが。
パソコンを買って1年半になる。1年半それなりに使っていて、ハードディスクが飛んだり、再インストールをしていない人はあまりいないとも聞く。私もいっそやった方がいいのか。上に書いた問題は、本当にソフトウェア的な問題なのだろうか?
これを妨げているのは、データのバックアップである。フロッピーだと容量的に無力感を感じるし、これ以外だとCDにせよMOにせよ何にせよ、新しいハードウェアが必要となる。それらを選んでバックアップを取って、それから再インストールでも何でもするという操作は、結構面倒くさい。とりあえず壊れないことを祈っておく。
■2002/04/17 (水) interesting と funny について
吉本新喜劇は面白い。腹を抱えて大きな声で「わっはっは」と笑うことができる。こういった種類の面白さを funny と呼ぶ。しかし面白さにはもう一つあり、それが interesting の訳となる面白いである。interesting は「興味深い」という訳もあり、同じ「面白い」でもニュアンスが異なる。
私が塾講師を始めて1年経たない頃、4年目の先輩講師と組になって講習会を担当した。当然新米で授業の内容もやり方も及ばないわけだが、そんな私に当時の上司がかけてくれたのがこんな言葉だった。「interesting という面ではその4年目の先生にはかなわないのだから、当然それは含めていかなければならないのだが、それに加えて彼にはない funny な要素も入れていくといいだろう」確かにinteresting な面では勝てないと観念していたし、なるほどやるならそっちかなぁ、と思った。そして実際の授業は、interesting/funny の両面ともうまくいかなかった。
笑わせる、と笑われる、という言葉がある。芸人が後者になってはいけない、と言われるらしいが、確かに笑われてるだけならばただ恥ずかしいだけだ。また、笑わせるというのも、笑わせよう笑わせようと力が入っていると、心からは笑えない。笑おうとする感情がどっとあふれてくるくらいがちょうどいい。そう考えてみると、当時の私は結構笑わせようと努力していた。
今では、授業準備の段階から笑ってもらえるようなネタを自然と考えている。そして「笑われる」ようなことも、本番でアドリブで行う。その意味黒板の前は「ステージ」だと思っている。笑ってもらおうとしなくても生徒が笑うようになってからは、ずいぶんと授業も楽になったし評判も上がったように思う。funny な面があると、とりあえず生徒が「つまんない、やめよっかな」とは思わない。これは経営的に重要である。
interesting の方が本当は私の「売り」だ。レベルの高い生徒や、考えるのが好きな生徒と相性がいい。ただ単に、熟語でも文法でも「暗記」に終わらせるのではなくて、それの由来や理論を一歩突っ込んで教えると、納得して知的好奇心を満足させてくれる。単なる丸暗記の繰り返しなら飽きてしまうが、パズルの本やゲームが得られていることを考えても、人間考えて答えが出ることに喜びを見出しうるのだ。
「先生面白い」と生徒に言われた。願わくば interesting であって欲しいものだ。
■2002/04/18 (木) 体調不良に対する医学生的対応
医学部では、当然のことだが病気に対する勉強をする。どうして病気になり、そうなった時にどういった対応を取るのがよいのかを、種々の疾患について学んでいく。そうすると、自分や家族などが病気になったときも同じ見方で見てしまう。客観的になりすぎて感情的でない、2人称でなく3人称からの見方になってしまう、という問題もある。
今日私は昼から下痢をしている。最近インフルエンザが流行っているために、それにやられたことをまず想定した。しかし、発熱・咽頭痛・頭痛・倦怠感などの諸症状はなく、単に下痢だけである。念のためインフルエンザにやられたという後輩に話を聞くと、見事に下痢以外の症状だったという。症状の軽さから言っても、インフルエンザは除外すべきであろう。
次に考えるのが「食中毒」である。「食あたり」の方が適切か。一応食べたものを一通り思い出してみて怪しいなまものは思いつかなかったし、外食の中で変なものを出すような店はない。もしも食中毒であれば出すものを出してしまえばそれで済む話なので(それゆえに止痢薬は禁忌である。毒を腸に留めてしまうので)明日からは楽に生活できる。生卵が強いて言うと怪しいが、サルモネラ菌も卵の殻にある確率で付着しているがどうも違うような気がする。まだ4月なのにねぇ、とも思う。
器質的異常がないとき、つまり腸自体に異常が見つからないときには、過敏性腸症候群という診断がある。いわゆる「ストレスによる下痢」というやつだ。確かに何かと気苦労も多かったが、そんな下痢になるほどだとも思えない。これで下痢なら、もっとすごいときにどうなるのか想像できない。
結局「疲れ」を原因としておく。最近寝てないつもりもないし、講義中にまで睡眠を取ってはいるが、やはり合宿・引っ越しに始まって、土日の休みがないのがきいているのか。目覚ましをかけずに寝てみたいものである、と思わず書くくらいの疲れ度だ。いつになく勉強しているのもおかしい。それが体に負荷をかけているのだろうか(いやそれはない)
自分で診断がつかないと悔しい。しかしわざわざ病院へ行くほどのことでもない。明日起きたらけろっと治っていて、こんなことを考えずに済むようになりたい。あー今日はもう寝てしまえー!
今日は新入生を歓迎する飲み会である。うちの部では上級生が下級生に強引に飲ませるということはなく、みんな勝手に飲んで勝手につぶれていく。つぶれた人は全員が自爆である。
なので今日の日記は多分更新されないでしょう。わざわざこのために塾の日程をずらしたくらいなのだから。そんな中途半端に飲んでくるつもりはない。お腹の調子もどうやら落ち着いたようである。
■2002/04/19 (金) マネ談議
去年入ったマネージャーたちは、ずいぶんと仕事をしない(できない?)奴らで、上のマネはもうカンカンだった。1年が経ち「仕事をするマネ」と「仕事をしないマネ」という呼び方ができるほどの状況になった。これはこれで現実をふまえて、致し方ないことと思った。
そのうちに最近、その「仕事をするマネ」が「私たちは仕事をしているのに、あの人たちは...」と言うようになってきた。確かに両者を比較するとその差は歴然だが、絶対評価として仕事を「きちんと」しているとは私には思えない。プレーヤーとしてやって欲しいことはまだまだたくさんあるし、そもそもマネの仕事は言葉でまとめられるものではないと思っている。つまり無限にあるということだ。
私は言いたいことをはっきり言う方なので、最近はどんどんやって欲しいことを言っていった。プレーヤーが10人あまりしかいないのに、7人も8人もマネがいて、しかも見ているだけでこっちがして欲しいと思うことをしてくれなければ、言い方も自然ときつくなった。最低でもそれは気づいて欲しかったのだ。
そして先日、マネから「皆さんの言い方にもほどがあります」との意見が出た。これが言い方についての意見ならばなるほど気遣いが足りなかったかもしれない。しかしどうしてそれくらいの言い方になる(つまり当然できるはずのことができてない、と感じている)のかについて、何も感じないのだろうか。また、言ってる内容について本当に謙虚に受け止めているのか。言い方で傷ついてそこにばかり注目する傾向があるが、それは本質的ではなく、ただの感情論だ。
仕事をするマネ曰く「あの人たちは私たちに挨拶もしないんです」しかし、挨拶なんて必ず下からするというものでもないだろうし、結局挨拶をしない人間関係を築いた責任の半分はあるだろうし、確かに最初は私にだって挨拶もしなかった(できなかった?)が、そのままであきらめる方にも問題があると思う。
仕事をするマネたちが、その人たちだけで集まる機会が増えた。飲み会だか飲んでないだか知らないが、そこで愚痴を言い合っているのは容易に想像がつく。こうなるとだいたいの人間関係は膠着状態である。AとBとの人間関係を、AとBとの間で話し合うのではなく、A同士でもしくはAがCと話し合うようでは解決は見込めない。そんな人間関係に頭を悩ませたくないものだ。
先日無事に(いや無事でなく)進級を決めたわけだが、成績表をもらってきた。優3点、良2点、可1点として、各科目の数字を合計して学年で順位を出す。進振り(この場合、低学年の成績によって高学年の所属先が優先的に決まること)など医学部にはないし(つまり入ったらほぼ全員が医者になるし)順位を出すことにはあまり意味がない。せいぜい奨学金の「学業優秀」を50番以上と定義するくらいだ。
私の順位は115人中102位であった。2月3月の日記を読んでいた人にはおわかり頂けると思うが、結構進級自体が危なかったり、今年に入って最大12科目しかない再試験を9科目受けたり、色々と大変だったにしては、むしろ上出来とも思える。
優良可、はABCと呼ばれるが、不可(D)の他に、判定保留(P)というのがある。これは私の大学が学年制をとっていて、しかも事実上全てが必修科目で、1科目でも落とした科目があると留年、という制度をとっていることに関係する。教育的配慮上、例えば「文学」の単位が足りなくて1年医者になるのが遅れるのはおかしいだろう。しかもその1年は文学だけやる...それを全ての科目について適応するのがPという制度である。
成績不良のものには、教官はまずPをつける。そして各科目で持ち寄り「成績判定会議」を行う。もしもPがたくさんある人は、そのままP→Dに書き換え、留年していただく。もしもPが少なければ「たまたま失敗しちゃったんじゃないか」ということで、進級させてもらえる。この「多い/少ない」が曲者で、これは毎年変わるアバウトな基準である。聞けば、今年は4Pが留年、3Pは警告の上進級した、ということだ。例年に比べてかなり甘いと言える基準である。
私は進級発表の時など、めちゃめちゃビクビクしていた。9科目(去年を含めると10科目)の再試を無事に通したのか、再試がない科目で一発逝ってしまってないか、今年はPがいくつまで進級なのか。
ところが成績表を受け取ってみるとPは0個だった。これはきちんと再試を通したか、見逃してもらったのかのどちらかである。担当の教授に「ステルス戦闘機って知ってる?」と言われた。低空で飛行して発見されないと言う意味である。「学生生活を非常に楽しみましたね」とか「人間の幅を広げましたね」とも言われた。一応これを皮肉と捉える分別はあるつもりだが、今年はもう少し頑張ろうと思う。
今朝7時に家を出て、第1試合が9時から、第1と4試合目がチームの試合で第2と6試合目が審判だった。よって全部で4試合あった。終わったのが夕方の6時半頃で、それから父の病院へ行き、1時間ほどだらだら喋って、その後母のところへ行き、母が行く旅行の相談など乗りつつだらだら喋っていたら、家に帰ってみるともう今日は終わっていた。
これが私が「家にいない」と言われる所以である。理由も何もない。本当にいないのである。
自分を自分たらしめるものをidentityという。どうして自分がここにいるのかを考える。私は元来「自分がここにいなくても、まぁ、世の中回っていくんだろう」と思っている。この世にとって自分が不可欠な存在だとは思わない。このままだと「俺っていても意味ないから死んじゃお」と自殺してもおかしくない文脈かもしれないが、「にもかかわらず」この世に生きていくのが大事だと思っている。
では何のために生きるのか?他人のためでなく、なおかつ自分が自分を死に至らしめる力を持っている「にもかかわらず」生きるのは、自分のために他ならないと思っている。とかく、他者に自分の存在理由を求めようとしがちだが、じゃぁその人がいないと生きていけないのか、と言うとそうでもない。
何もこれは、私が最近自殺を考えたが思いとどまった、などという過程を書いているのではない。私は自殺からは最も遠い存在だ。自殺したと聞いたら、誰かに嵌められて殺されたことを疑って欲しい。先日マネージャーについて書いたが、それに対して「マネージャーと仲悪いの?」という反響があったからである。確かに読み返してみて、結構自分が強い感情を持って書いていることがわかる。それは一体どうしてなのだろうか?
マネがマネであるidentityは、「プレーヤーのため」でまぁいいのだが、もっと言うと「チームのため」であろう。ただこれは非常にわかりづらく、ともすれば、自分が今直面していることだけに目を向けて「なんで私だけ」とか「あの人たちは」とか考えがちである。自分がチームの役に立っている、という実感を感じるのはなかなか難しい。
すごく手っ取り早い方法として「自分たちがいないとプレーヤーが困る」と思うのがある。これは一見真理のようだが、自分の存在の欠如によって相手が不利益を被るだろうという思考は、結構危険である。第一に、本当に相手が不利益を被るかは、実際相手の立場に立たなければわからない。第二に、話全体が仮定であるということである。従って他の人にはそのことはわからないし、結局のところ「なんで私だけ」と思うのと紙一重である。自分の存在を仮定にかけて、存在しないことを否定して肯定を得るというのは、論理的に正しいが、日常扱うには高度である。
マネたちのidentityの確立にそんな影を見出した。それが先日の日記を書く原動力だったのだろう。
今日も学校は8:50から16:50まで4コマ詰まっていた。ここんとこずっとこうである。大学生は遊べるとか、単位を先に取ってしまうとかいう発想は医学部にはない。その意味では専門学校とかに近い。職業訓練校といってもいい。
しかし、今日は天気も良かったので、炭をおこして焼肉をした。大きい声では言えないが、大学の敷地内でである。ビールを飲むなんてとんでもないが、発泡酒なら少しは飲んだ。(関係ないが高校生の時に「お酒は出せないけどビールなら少しは」と店主に言われて、素直に頂いてつかまったことがある)これで海辺なら最高だが、別に花もないが(まだ桜も咲いていない)、でも、青空の下で飲み食いするのは楽しいものである。どうしてなんだろうか?不思議である。
その後、酒酔いとまではいかないが「酒帯び」で講義室に戻った。戻ってやっていた講義が血中アルコール濃度の呼気での測定法だった。飲酒運転の取り締まりで使うやつである。毎週火曜は「焼肉の日」にしようという案も出た。2講目の出席を取り終わってから、3講目の出席を取るまでの間が、われわれに与えられた時間である。そのうちに麦酒を冷やすためにクーラーボックスとか持ってきて、実習で使う氷を持ってくるのではないか、とも言っていた。要するに、みんな程良く酔っぱらって、適当なことを言っていたということである。
明日は何でも持ち込み可の試験がある。どちらかというと、その場で書かせるレポートのようだが、その準備もしなければならない。でもまぁ、天気もいいし、夕焼けが私を呼んでいたし、体もきついし、思いつきで温泉に行ってきた。最近は、月木土は部活で、日曜も試合とかが入ってきて、水金がバイトなので必然的に火曜日に充電をする必要がある。(火曜日にしか充電できないし、日々充電の必要もある)
そんな感じで、1日学校で拘束されていながら、外で焼き肉を食い、温泉に入って帰ってきた。従ってこれから、明日のための勉強やら何やらをしないと寝れないのだ。
とほ宿とは、ひとり旅用の宿である。北海道を中心として、民宿以上だが、ペンションとは恐れ多い、というイメージの宿であり、定員が10人だの20人だのの宿が多い。このとほ宿の紹介を集めた本の名前が「とほ」という。実際には、宿の紹介の他に、旅人や宿主のエッセイもあり、実際そっちが面白くてそれを期待して買ってしまった。やることいっぱいあるのに。http://www.toho.net
旅とは非日常だ、と本州出身の友人がよく言っている。これは、彼が本州の友人と話をする際に「北海道いいよねぇ、今度遊びに行くから」とよくありがちな向こうの言葉に対し「どうせ来るなら冬ですよ」と言う時に連呼する言葉なのだ。非日常であるならば、いっそマイナス20℃とかの方が非日常だ、と。
どうして旅を語る人は楽しそうなのだろう?私も楽しく語っているのだろうか?自分が体験した非日常を分けたいという思いでいっぱいなのかもしれない。一緒に旅に出た人と結婚した人もいるという。衣食住のうち、少なくとも住は変わり(つまり宿)食もいいかもしれない(宿によるらしい)そういった基本的な部分が、いい意味で揺らぐからだろうか。そう言えば最近やんちゃな旅に出ていない。
とほ宿の宿主が作っているガイドブックに「なまら蝦夷」というのがある。「なまら」とは北海道弁で英語ならvery、関西では「ばり」、標準語では「とても」という意味である。これはその宿の周辺の見所をそれこそ独断と偏見で書き記したものである。しかもこのご時世に「手書き」で、手作りの雰囲気が伝わってくる。これに載っている飲食店で、まだはずれに当たったことはない。それくらいの本なのだ。
これまでも若干の実績があるが、旅好きの人、特に北海道以外に住んでいる人へのプレゼントに最適な本である。値段も400円(なまら蝦夷で800円)とお手頃であるし、下手な大手出版社や旅行代理店が絡んでいない、ツアーとは無縁の、生の北海道の姿が、読んでいると浮かび上がってくる本である。頼まれてもいないのに宣伝してしまった。でもそうさせる本である。
女バスに高校時代全道3位だったチームにいた子が入ってきた。多分普通に1対1とか負けるんだろうな、と私が思うくらいのレベルである。男女なのに。それに比べてうちの女子のチームはそんなに強くないので、あまりの格の違いに見ていてかわいそうに思うこともある。
バスケットにはフリースローと呼ばれるものがある。シュートの時のファール等に対して誰にも妨げられずうつことができるやつである。素人考えで行くと、2本のフリースローが与えられれば、2本とも決めた方がいい気がする。1本決めれば1点なのだから、競っている試合ならなおさら1点でも多く、と思うのが普通だ。
にも関らず、フリースローの2本目を「落とすべき」場面が存在する。1点勝ちで残り2秒の時などがそうだ。フリースローを決めれば、2点勝ちになるが、残り2秒はボールがスローインされてコートの中の人間に触った時にスタートする。つまり長いパスを投げてゴール下まで来てしまえば、2秒で2点決められるかもしれないし、3点決められれば逆転負けである。
一方、フリースローをはずした場合、そのリバウンドを取った時に残り2秒はスタートする。この時負けているチームがボールを取ったとしても、入れるべきゴールとは反対側のゴール下である。そこから2秒でなんとかするのはかなり難しい。2秒経てば1点勝ちである。
先日の試合で、ここまで切羽詰まった場面ではなかったが、彼女は「当たり前のように」フリースローを落としていた。これは1本目と2本目をうつ間に、得点と時間を確認していることからも明らかだったし、バスケットのセオリーでもそうするべきだ。しかしこれは言われなければ気づかないかもしれないし、大学に入ってバスケを始めた人には、考えもつかないことかもしれない。
新聞に、プロ棋士の囲碁・将棋が載っている。まるっきりの初心者にはどっちがどうなのか、今指された(囲碁なら打たれた)手がどういう意味を持っているのかわからない。アマチュア五段同士の対局との区別はつかないだろう。一方、ある程度の実力がある人が見れば、その一手一手に秘められた深い意味までわかるだろう。そんな話を思い出した。その人のすごさがわかるには、受け手側にもある程度の力が要求される、ということである。
バスケ部で試合だ遠征だとなると、全部で25名あまりの移動となる。女子も同数くらいいる。その人数が各自好き勝手に移動すると効率が悪いので、誰かがとりまとめて最も合理的な行き方を探る。つまりは誰がどこに泊まって、誰の車で行くか、である。
当日の予定が急遽変わった人が出た。それによって連鎖的に都合が変わっていった。私は最初、部活の友人の実家に泊まろうとしていたが、人数的に無理だったので高校時代の友人の家に泊めてもらうようにお願いをしていた。その家には車を停められないのでそれも予め伝えておいた。しかし状況が変わって私が車を出さなければならなくなって、その上足りないと思っていた宿が足りるようになった。(キャンセルした人がいたということ)私はせっかくの機会なので、その高校時代の友人との時間を楽しみにしていたが、それもまた危うい状況である。他の人を乗せるために、私のわがままを優先できないかもしれないのだ。
こんなことの調整に追われていた。これは私の性分だから仕方ないが、こういったことまで考えている人がいる一方で、直前や当日になって中止や変更を言う人もいる。私のイライラの原因の最大のものである。
今日は朝からバスケの審判だった。非常にできが悪かった。
一発目の笛が大切である。1つ目で取り逃すと、次は「さっき取らなかったからこれも」ときて、連鎖反応的に反則を見逃してしまうことになる。いや、見逃してはいないのだが、笛を鳴らして取り上げることができなくなってしまうのだ。
基準がころころ変わるのは、いただけない審判である。しかしそれを気にするあまりに反則を見逃す行為を続けるのももっといただけない審判である。言い訳をすると、日頃見ている大学生や強い社会人だと大丈夫なプレーも、仕事を持ち、あんまり練習していないようなおじさんたちのチームでは、反則になりうるということだ。
その辺りまでを切り替えるのが本当だが、どうもいつもの感覚でやってしまい、あれ?あれ?とか思いながらずるずると行ってしまった。明日はそういうことがないように気をつけたいと思う。明日からは1泊2日で遠征である。
いつ勝つか、それが問題だ。北海道の3つの医学部でやるローカルな大会があった。H大は宿敵である。
私が入学してからのここ4年、2勝2敗であるが結構毎年競っている。去年などは、このローカルな(言ってしまえばどうでもいい)大会で勝ち、1ヶ月後の北日本の医学部の大会で、2点差で負けた。こちらの精神的なヤマの持って行き方はそんなに違うとは思わなかったが、向こうが後の大会にきちんとヤマを持ってきていたのは事実である。小さな視点で見たときのバスケットの技術では、基本的に負ける気は全くしない。しかし、本番で力を発揮するであるとか、自分たちで雰囲気を盛り上げていくとかは、非常に優れたチームだ。「10回やったら9回はうちが勝つけど、その残りの1回を本番に持ってくる力が向こうにはある」というのが、うちのキャプテンのH大評である。実力を持っているのはもちろん実力だが、それを本番でどれだけ発揮できるか、というのも実力である。才能を秘めている、とよく言うが、秘めていて外に出ない才能は持っていないのと同じだ。
バスケットは5人で行うスポーツである。しかし現実40分間(時計をいちいち止めるので実際は1時間半くらい)5人だけで戦うのは難しい。交替は何度でもできる。しかしあんまり交替すると戦力が落ちてしまう。あんまり交替しないと体力的に厳しくなる。選手層の厚さと言うが、ここで何人目まで普通に交替できるかがチームの力と言ってもいい。今回は、勝負は確かにこだわらなければならないのだが、去年、後の大会で負けたのもふまえて、1年生を含めた10人がどんどん交替した。10人が経験を積んでおけば、最初の5人だけが試合に出ているよりも、行く行くチームにとってプラスになるだろう。結局10点差で負けた。でもそれはそれで狙い通りでもある。
「いいチームだね」と言われることが多かった。その言葉は、もう一歩のところで勝てないという情報を多分に含んでいる。個別のプレーはいいのだが、結局勝てない。勝負所でやられる。難しいプレーを決めるが簡単なプレーを決められる。そういった意味で、単なる「いいチーム」を脱出すべく、特に精神的な面での成長がチームの課題だ。
■2002/04/29 (月) つらい状況での試合&高校からの友人
札幌に泊まり、引き続いて練習試合をやった。前日に2試合していて、夜は飲んで、疲れもたまっていてけが人も出て、はっきり言ってチームのコンディションは良くなかった。でも敢えてやった。
次の大会は2日間で4試合である。その4試合目はかなり悪いコンディションになるだろう。その前の3試合で主力がケガをしないとも限らない。そんな状況を仮想しながらの練習試合だった。「疲れがたまっていたから負けました」というのは、言い訳ではなく負け惜しみである。
確かに試合はぼろぼろだった。格上相手とは言え、結構ひどかった。だから相手に手間をとらせて悪かったのだが、こっちとしては非常にいい経験になった。スタートメンバーが2人3人と抜けなければならない状況でいったいどこまで戦えるのか。試合を実際やってみて崩れたときに、試合中に自分たちでどう立て直していくのか。その辺りをきちんと学ぶことができた。実際立て直せたわけではないが、そういった場面に直面して、身をもって経験しておくことが大切だろう。
結局札幌では、高校からの友人の家に泊まった。人間関係って不思議だが、例えば1ヶ月2ヶ月、下手をすると半年1年と会わなくても、メールなどで連絡すら取らなくても、その人間関係は続いていくし(もちろんそれなりの関係だったから続くのだろうが)再会したときには、やはり会話が弾む。同じ部活にいて、長年つきあっている人の中にも、なかなか会話が弾まない人もいる。不思議なもんだ。
私は高校時代の友人が、最も腹を割った関係であると思う。話をするときに自分を作らなくていい。相談をするときに隠す部分がなくていい。しがらみがないからかもしれないが、本当に困った時に相談するのは高校時代の友人たちだ。
高校時代は、人格形成期と言うか、大人としての自分が完成する過渡期である。その過程をお互いに見てきた関係は、ある程度それが完成してから出会った、大学からの友人よりも深くなるのは当然かもしれない。もちろんこれから、大学での人間関係は重要になってくるのだろうが、いくらそっちが発展したとしても、中学高校からの友人で今も続いている人たちとの関係は、切れないような気がしている。
免許の更新を迎えた。誕生日だったため、この日にできなければ免許は失効してしまう。厳密に言うと、親の転勤に伴って私の本籍は北海道内を点々としているが、本籍の変更があると免許の更新時に手続きをしなければならないが、変更前の本籍から順々に追っていけるような書類が必要であり、それがなければ結構嫌味を言われたり、本籍を取るためだけに車で往復6時間するのも現実的ではない。そもそも親の住むところに本籍があるのだが、現在まだ父が入院中なのである。
朝早くに家を出て、講習開始の1時間前に到着したが、免許センター内には長蛇の列があった。どのくらいかと言うと、センター内にS字の列ができるくらいだった。書類を書き、視力の検査をして「住所・本籍に変更ないですか?」と聞かれて、明るく「はい大丈夫です」と答え、収入証紙を貼り、割り印でしくじって、写真を撮り、なんとか講習を受けられるように手続きが完了したのが講習開始の5分前だった。私の講習は、一度夜中の田舎道で19キロオーバーでつかまったために2時間の一般講習だった。次回こそ30分の優良講習を受けてやる。
講習では、別に目新しいことはなかったが、雪の多い冬には実は事故が少なく、スピードを出しやすい夏の方が事故が多くなるということが、きちんと数字を以てわかった。あとは、ヒヤリハットも、うっかりも、脇見も、まぁ既知のことだった。眠くなったら仮眠を取ること、というのも私はよく実践している。眠ってしまうともう目が醒めなくなってしまう恐れがあるので。
まもなく車を買ってからの走行距離が70000kmに到達する。年間3000km以下の人は保険料が安くなる考え方からいくと、私が事故を起こす可能性は非常に高いことになる。人の命を救うべく医者(のタマゴ)が本末転倒なことにならないよう気をつけねば。
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