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朝からドライブに出かけた。静内に桜を見に行くのが主な目的だが、だいたい遠出をしたら、そのまま往復すると言うことがない。「転んでもただでは起きない」ノリである。別に転んでないけど。
静内の「二十間道路」は有名だ。二十間=36mの幅で、7kmにわたって桜並木である。休日ともなると2km進むのに30分かかるという、首都高的な混み具合となる。よって平日に出かけた。ちょうど前々日くらいに満開になったらしく、暦的にもうまくいった。
200kmを3時間で行った。納骨堂(お墓がないので)へ行き、祖父母を参ってきた。桜の方は見事に満開だった。ちょっと葉桜が多かった気もするが、十分満足できるレベルだった。時速40kmくらいで普通に走ることができて首都高を疑似体験することはできなかった。結局7kmを往復して、一番花が盛りのところをちょっと歩いてみた。日高なので、横目に馬を眺めることもできる。
そして帰れば普通だが、そのまま南下し襟裳岬へ行った。天気が良かったのと、風は元々強いが、波が特にきれいだった。何かスローモーションを見ているような感じで、波が立ち上がり、そして重力で落ちていき、白い波しぶきを作る過程が見ていて面白かった。崖とかそういう大自然系の風景が好きである。気に入れば1時間でも見ていて飽きない。
お土産、は基本的に自分でも食べたいものしか買わないが、変わったものがいくつかあった。タコの口の薫製、鮭の白子の薫製(スモークチーズの味だという)、ふのり、ツブである。
それから北上、黄金道路はちょっと天気が悪くて道に波がかぶらないと面白くないのか、期待したほどではなかった。道沿いの崖と海では、積丹の方が私は好きだ。前の日飲み会に行ってしまっていたため、途中で仮眠。
帯広といえば、豚丼である。私にとって6軒目の豚丼屋を発掘した。まぁまぁ良かった。その後定番コースで六花亭に行った。これにスイートポテトがつくと完璧である。
それから車を飛ばして、上士幌町の芽登温泉に行った。車通りがなくなった道を15km、それから砂利道を4km真っ暗な道を走った。秘湯感抜群だった。お湯も良く、いかにも旅らしい満足感だった。
帰りに三国峠は吹雪いていた。桜を見に行った帰りに吹雪くのも面白いが、さすがは北海道の峠である。事故らないようゆっくりと、結局19時間のドライブだった。私にはよくある休日だ。
私は硫黄泉が好きだ。温泉の泉質の中で、硫黄を多く含むものだ。独特の硫黄臭もそうだし、空気と反応してお湯が白くなるところもそうだ。お湯の肌触り(何とも言えないやわらかい、ぬるぬるした感じ)もそうだ。
岩間温泉という温泉がある。温泉といっても、山を分け入り、「落石注意」の看板の意味を実感できるような林道を走り、普通に鹿が走り、最後に川を車でジャバジャバと渡って、丸太で造られた橋を渡ってたどり着く湯船だけの温泉である。建物も、屋根も、脱衣所も何もない。
これまで3度行ったことがあったが、2回は誰もいなかった。1度は本州から来た秘湯巡りをしている人だった。むしろ熊に会えそうな場所である。しかし多少は有名になったのか、今回はキャンパーがいて、車も6台ほど停まっていた。全てオフロード系の車だ。
自分の家から2時間はかかるところだが、来る価値を感じられる温泉だ。今度は平日の早朝など、誰もいない時を狙っていこう。あんまり誰もいない時だと、遭難した時(車がはまるなど)に発見されないという欠点もある。ケータイすら通じないような山奥だ。
その後、オンネトーまで足を伸ばしてしまった。危うく弟子屈まで足を伸ばすところだ。色が変わる神秘の湖を見て、地味にきつい道のりを登り展望台へ行き、温泉に入った。ここも硫黄泉で、ジャンジャン湯船からお湯があふれている。循環・濾過・塩素消毒とは無縁の温泉だ。成分も1リットル中4g以上残るというきちんとした濃いものだ。(1g以下の温泉は「単純泉」と呼ばれる。逆に1g以上あれば、温度を問わず温泉を名乗れる)シャワーもサウナも泡風呂もないし、洗い場も微妙に蛇口があるだけだが、それを補って余りあるお湯の良さだった。むしろ最近では、温泉にそういうものを求める傾向がある。
帰り道、3時間半までは予定通りに進んでいた。連休最終日が明日というので油断していたが、家まで40kmを切ったところで、車が動かなくなった。故障ではなく渋滞である。数分に一回、何十メートルかずつ動くくらいである。これには参った。ふてくされてドライブインで2時間寝た。その2時間の間、車の列は常に止まっていた。夜八時になって列に入ったが、時速10キロから20キロくらいで延々走らざるをえなかった。結局、4時間ほど余計にかかった。そのせいか腰が痛い。温泉の効果をうち消してしまった。
現在バスケットの大会のため仙台に来ている。北医体といって、北日本(=北海道東北+新潟)の10個の医学部でやる大会である。準備だなんだで日記の更新もままならず、ご迷惑(?)をおかけしております。これからOBの先生方にメールで速報を送る。いかにも自分らしい仕事だと思っている。適材適所であろう。コート上でプレーするばかりがバスケ部ではないのだ。
結局試合は3勝1敗、10チーム中5位に終わる。システムがちょっと複雑なため、実力が5位というのとは違うことがありうる。
これから牛タンなり、飲みなり、色々、仙台を満喫して帰ります。
旅の疲れがとれていない。早く寝たい。
田舎の方が星が見えるのは、空気がきれいなせいもあるだろうが、それよりも周りに明るいものがないということの方が大きいだろう。極論、夏でも冬の星座はその辺にある。ただし、昼間であるために、圧倒的に明るい太陽の光にかき消されるということだ。周りがどのような環境かによって、それを感じ取れるかが決まる。
最近、ふと人間関係で考え込むことが多い。どうしてあいつは信じないのだろう?あいつは何を感じているのだろう?どういう風にしたいのだろうか?
それを感じ取れないのは、周りの色々なものを私の方が見ているからかもしれないと考えた。今日郊外の山に入ったら、ものすごく星が見えた。街中ではさっぱりわからなかった。そんなくらい山奥のような心を持って、他人に接していきたいものだ。
最近始まったことではないが、自分の生活にいっぱいいっぱいである。やるべきことの順位づけを誤っている気がしてならない。重要なポイントをはずしていない気もするし、ちょっとはずしているような気もする。一応進級もしたし、そんなに他人に迷惑をかけることもしていないつもりだ。
でも例えば、日記を最近書いていない。日記を書いてしまうと、近況報告が10人単位の人にできるので非常に便利だが、ちょっとそういう感じでもなく、遅くに帰ってきて眠くて、立ち上げたパソコンを終了させるので精一杯で寝付く日も多い。
何をそんなに忙しくしているのかよくわかっていないのだが、バイトでもないし、部活は確かに大会だったわけだが。別に女の子と夜遅くまでいちゃいちゃしているわけでもないし、なんなのだろうか、よくわからない感じだ。
優先順位的に、日記よりも大事なことがあふれているのだろう。実際、そんな重要なことをたくさん抱え込む自分が悪いのか、でもまぁそんな自分でいいかな、とも思っている。この優先順位のつけ方が、最近とみに「マゾ」的である。二者択一があると必ずと言っていいほどつらい方を選んでいる。易きに流れない。
文章を書いてみれば何かわかるかとも思ったが、実際原因はよくわからなかった。この忙しさはしばらく続きそうだ。
親父とお袋とで、北見の実家へ行ってきた。引っ越して数時間で家を出たため、段ボール箱だらけである。父の退院をにらんで、ちょっとは生活できるようにしておくためである。父にとってみると、一度自分の目で見ておけば、その後家具の配置などもイメージできるというものだ。
親父は私に似て(私が親父に似て)運転好きであるが、さすがに背骨を触る手術を含めて3ヶ月も入院していると、体力の落ちも目立つ。立ち上がって何を持つわけでもなくいるだけで30分もすると「疲れたから休む」と言って横になっている。それでも何でも、家に帰るということは重要なのだろうと感じた。
私は何度も入院したことがあるが、たまに誰かがお見舞いに来てくれたりすると、無理をしてでも起きあがり、喋り、本当に熱が上がったりする。しかしそれでいいのだ。病状が逆行悪化するのは問題だが、見舞いに来てくれる時間とそうでない時間を比べると、明らかに前者が少ない。後者の時間は一人でいる他ない。そうすると、前者の時間を大事にするために、後者の時間に具合が悪くて寝ていることはなんにも恐くないのだ。むしろその方がいい。今回の親父の疲れっぷりとそれでも来たがっていたのを見て、そんなことが思い出された。
個人的に、珍しく部活がない週末がつぶれたのは痛い。体もつらいし精神的にもつらい。でも、そんな損得勘定でなく行動できるのが家族であり、家族と接することは今後の人生であとあんまりないのだろうな、と思いながら、貴重さを噛み締めつつ、親父の車を運転した。
インターネットチュートリアルに一生懸命になっている。自分一人でならやらないあたり、本質は見栄っ張りなのかも、とも思う。
脳ドックを行ったところ、未破裂脳動脈瘤が発見された。(頭を調べたら、頭の血管にこぶが見つかった)動脈瘤は破裂すると、くも膜下出血を起こし生命に関わる。そこで破裂する前に手術をしようという話になる。手術をすると原則その部位の破裂は起こらないが、手術自体の危険性もある。つまり、くも膜下出血を避けるために手術をして、しかしその手術が原因で亡くなってしまうこともある。手術をしないと、その後いつ破裂するかもしれないこぶを背負って生きていくことになる。
というシナリオなのだが、手術はするべきかどうかを考えている。どちらがいいのかは確率で決める。手術が失敗する確率が10%とかだと、かなり手術はしたくないし、また破裂する確率が20年で7割とかだと、迷わず手術できるのではないだろうか。問題は、これらのバランスである。手術は選択した方が賢いのか、しない方が長生きできるのか。
これについて、最新知見を得るためには、結局英語論文を訳している。目の前にそのような患者さんがいると仮定して、その患者さんにどのような方法を提案するのか、自信を持ってするためには、よく事例を検討する必要がある。世界中で行われている研究の成果を確認する手段は、英語論文以外にありえない。
これが意外と楽しかったりする。そもそも自分は勉強好きなのかもしれない、と勘違いしてみる。
長所と短所は表裏一体の関係であると思う。私はよく気がつき面倒見がいいかもしれないが、余計なことをするおせっかいでもある。そして構ってくれないと拗ねる。特に、客観的に見て(厳密に言うと主観的に「これは客観的だ」と思ったときなのだが)正しいと思うことは、他人の領分であろうと、相手の都合も考えずにどんどん行動してしまう。
物理学で作用と反作用という言葉がある。武蔵丸が壁を押すのを作用とすると、壁が武蔵丸を押すのが反作用である。仮に壁が武蔵丸を押さなければ、武蔵丸は壁を突き抜けてしまう。人間関係でも、作用・反作用の関係は成立すると考える。
人間関係において、AがBに影響を与えることを作用とする。こう書くとA→Bという方向に影響が及んでいそうだが、実際にはB→Aにも同じ大きさの力が及んでいるはずである。(大きさが違うと、差の分だけ、武蔵丸が突き抜けたり、壁が攻めてきたりする)つまりAはBから影響を受けることになるのだ。これが反作用にあたる。
どうも、私が気にかけなくてもいいのに気にかけていることについて、この反作用を私が受けているようだ。それでここ最近、原因不明でつらいのだと思う。解決法として、作用にあたる関与をやめたり、その大きさを小さくするというのがある。しかしもともと自分で選択したことで苦しんでいるので、結局はそんなつらい選択をしていた過去の自分を、苦笑しながら現在受け入れる、ということになるのである。
私は塾では英語を教えている。高校生に教える、つまりは大学入試レベルであるから、かなり自分の英語力の維持に役立っている。(向上ではない。一生で一番英語力が高いのは大学入試時で、あとは落ちこそすれ上がることがないと言うのが定説である)そんな勉強でもそうだが、英語は特に読めれば好きな科目だし、読めなければ嫌いな科目になる。その意味、たいていの英文に対しては単語を調べていい、という条件付きなら、私が英語が好きだ。会話とかはからっきしできないけど。
統計処理も得意である。もともと数学をライフワークにしようかと思っていたくらいで、数字を扱うのが得意である。確率とか期待値とかを、日常、無意識に考えていたりもする。なお多くの人は、統計とか、数学的処理が苦手である。そんな人に助けを求められる機会も多く自分の勉強にもなって楽しんでいる。
後述の動機により、日本の人口1億何千万だかから、確率を駆使していって、ある病気になる確率を求めた。そのうち何%が・・を何度も繰り返していって出た数字が、大きく現実と異ならない数値だったりすると結構嬉しかったりする。しかもそのかけていく確率は、英語論文から拾ってきたりする。そこまで自分が得意とするところを生かしていけるなんて、幸せなことだなぁ、と思った。尤も、自分が得意なところをつまみ食い的に(もしくは偏食的に)やっているという意見もある。でも得意分野を伸ばすのも重要なことだろう。きっと、多分。
5年生になり、様々な形態の自主的な勉強会が開かれている。私はインターネットチュートリアルという自学自習型だが、ある症例に対する鑑別疾患をたくさん扱っている人たちもいる。しかし私は、どうせ現場に出ないと知識の量なんか永遠に足りないのだから、知識を集める力と、知識を使う力を今は養成するべきだと考える。その意味では、非常にいいトレーニングになっていると感じる最近である。
私は塾でアルバイトをしている。年収が103万を超えないように調整するくらい稼いでいる。であるにもかかわらず、バイトを「お金のため」にしているとは考えていない。そりゃぁお金はあった方がいいし、あっても困らないし、なくてもやるかと言えばそうでもないのだが、仕事自体にやり甲斐を感じることができるか、とか、自分のためになると思えるか、とかの要素の方が大きい。
塾でのやり甲斐は、それは生徒の満足感なわけだが、生徒にとって難しい勉強をわかりやすく教え、生徒に勉強する気を持ってもらうことは、医者として患者と接する時に、患者にとって難しい病気をわかりやすく説明し、患者に「治療しよう」という意欲を持ってもらうことに通じる。特に、難しいことを簡単に説明することは、中学生に勉強を説明するイメージが一番大切である。同じ言語を持っていない人に、こちらから下りていって説明するということだから。
先日から、一種のアルバイトを始めた。アルバイト、といってもお金のためと言うよりは(むしろ最近だと、お金を払ってでも時間が欲しかったりするし)違う理由の方が大きい。
大学の教官の研究の手伝いである。パソコンを使えること、統計に関する知識があること、が条件で、私に白羽の矢がたった。確かにどちらもその辺の人よりはできる自信がある。私の空き時間に、空いているだけ働いていいというので、ただでさえ忙しいこの生活をさらに埋めることにした。これで月曜から金曜まで、帰宅時間が22時より早い日は存在しなくなった。23時も怪しいもんだ。
私の生活の忙しさから言っても、決してpayするバイトではない。しかしあんまりバイトとしては捉えていない。自分のためになると思わなければ、いくら給料が高くてもやりたくない。将来大学で研究などするのであれば、必ず統計も、プレゼンテーション用資料づくりもスライドづくりもやらなければならないし、さくっとやれた方がいいだろう。また、人脈を広げておいて損をすることもないだろう。人脈は財産だと思っているし、もっと言うと、人脈のある人に自分が人脈を持っているのも、財産だと思っている。
そんなわけで、マゾといわれてもおかしくない、バイト追加なのでした。
長く延び延びになっていた親父の退院が、今週水曜に決まった。本来の患部である「背骨」はとっくに治り、そこに到達するために作った鎖骨の傷が治らず、最後の2ヶ月が延びた。しかしもう経過観察の域を超えないので、まだ傷が完全にふさがらず、風呂に入れない状態ではあるが、退院することとなった。いくら公務員とは言え、何ヶ月も休むことはいいことではないだろう。
体力の問題がある。日頃あまり気づかないことだが、30分立ち続けることなどは、非常に体力を消耗する。実際親父も、実家に帰った時には、気づけば横になって「休んで」いた。当たり前だが、歩けるようになったり、日常動作ができても、以前のような生活になるというわけではない。むしろそこからが長かったりする。
親父が退院すると聞いて、例えば実家まで付き添ったり、家の荷物の片づけを手伝ったり(重いものが持てないので)色々するべきことは考えられるが、バイトと講義を考えると、その上、私の中で最終シーズンである部活もあるし、身動きできないのが実状だ。
そこまでしてやるべき価値があるものだろうか?もしくは、家族の問題は、その程度のものなのだろうか?ちょっと自己嫌悪を感じる。W杯でも、プロ野球の助っ人でも、家族がとか出産がとか言って、帰国したりなんだりしている。私もそうすべきなのだろうか?
3月にも利用したが、http://www.tourpage.co.jp/を見ていて、意外と安く移動できるものだと思った。北海道から九州まで飛行機で往復に加え、九州でホテルが2泊ついて41000円である。世の中わからない。九州で勉強会的集まりがあるので行こうかな、と真剣に検討している。人に会いに行くようなものだが、旅なんて、日頃会っている人と会わないようにするか、日頃会えない人に会うようにするかのいずれかだと捉えることもできる。今考えた説だ。
それから8月もどうしようか考え中である。8月の5から13まで本州にいることは確定で、それにどれだけ加えようか、というところだ。せっかく行くのだから、という考えと、一方ではお盆だし大変じゃん、との両者がせめぎ合っている。実質、一生で最後の夏休みかもしれない。手加減はしたくない。
自分の中で、遊びの充実をかなり重要だとおいている。なぜならば、勉強はテストがあるので嫌でもやるし、何より、進級できないという現実は私を逃がさない。部活も、種目の性質的にチームメイトとの信頼関係がないとやっていけない。よって休めない(休まない)。上の学年がしっかりしなければ、という、いわゆる「示しがつかない」という面もある。バイトはバイトでしっかりやるも何も、十分きついクラスを持たされている。高3を2クラスである。誰か他の人が持てるものなら変わってもらいたい(がそんなことはできやしない)
従って、あと残りの遊びの部分を充実させれば、私の生活の全てが充実することになるのだ。体力が追いつく限り、やれるだけのことをやりきろうという方針である。(体力というものは自分がしたいことをしていけば、自然と回復していくものだ)あんまり私は使わない言葉だが「青春」なんてこんなものだろう。
医学の勉強というのは、実は現実の診療とは逆向きに行われている。逆と言うか、片道しか行われていない、とも考えられる。すなわち、○○病は、こんな症状で、検査をしたらこうで、治療をしたらこうで、手術がこうで、薬ならこうで、遺伝子がこうで...という講義を受ける。
しかし、実際には「○○病」という札を首からぶら下げてくる人はいないわけで、まずはその病名を決めることから始めなければならない。これを「鑑別」と呼ぶ。この鑑別段階で、致死的な病気(実は癌だったなど)を見逃すと、患者側から見ると、病院に通い続けているにも関わらず、死んでしまうのである。それこそ「腹痛」とか「頭痛」という症状はありふれているが、それが本当に「風邪」で済まされるのか(厳密には「風邪」もただの症状の呼び名だが)それとももっと重篤な疾患なのか、区別をしなければならない。
PBLという学習法がある。problem based learning の略で、問題解決型学習と呼ばれる。つまり旧来の、つまり上記のような、各病気に対する個別の学習を積み重ねるのではなく、症例が示され、つまりこのような症状を持つ患者さんがいて、この検査をしたらこうで、というのを基にしてまず病名を決めて、それから治療などを学んでいく。こっちの方がより実践的だし、いいと思う。
しかし、医者のまねごとをするのには考えるところもある。どのみち医者になればやることを「実習」とか称して先にやることは、果たしてどのくらい意味があるのだろうか?私の学生時代はおそらくあと2年も残っていないのだが、その間にしかできないこともあるのではないか?
そんなことを考えながら、日々やることを模索している。
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