最北医学生の2002年11月の日常

■2002/11/01 (金) 再試癖

医学部という世界は特殊で、入学したときに始まった学年100人のつながりが、6年間はもちろん、その後一生医者として仕事をしていく以上続いていく。ある意味運命共同体だ。将来専門分化した時を考えても、協力していくことがなくなることはないだろう。

現在、再試がつきまくって顔面蒼白だが、それに対して周りが気を使ってくれるのがありがたい。こちらから聞いてもいない再試の情報を教えてくれたり、再試に対して負担にならないようにと、本来私がやるべきものを代わってくれたり。

そうした周りの人たちの思いを無にしないためにも、なんとかしなければならない。なりふり構っていられない。確か前回の試験の時も書いたが、体調が整っているうちに留年してはダメなのだ。もっともっと能力を限界まで引き出さなければならない。日記など書いている場合ではないのだ。

■2002/11/07 (木) 認識と現実のずれ

勉強していないと自覚して試験を受ける。そしてやはりできなかった、という結果を得る。この場合に比べて、ちょっとは勉強したぞという自覚で試験に臨み、そしてやはりできなかった、という結果を得たときの方が、ショックが大きいと体感している。「あんなにやったのにできなかった」という考えに似ている。私の場合は「あんなに」と胸を張って言えるほどやっているわけではないが。

よく考えると、次の再試に対しては、後者の方が有利であろう。今後のことを考えても、試験で聞かれることを知っていて困ることはないだろう。だから本来は後者の方を喜ぶべきなのであろう。この辺、理性的でなく感情的だ。私の母は、再試がついたと落胆する私に「もう一回勉強できてよかったじゃないの」と言ってのける。確かにそうかもしれない。

一番困るのは「やってる」と思っていることが、全然「やってる」うちに入っていないことである。「できない」と思っている者が実際にできないのは構わないが、「できてる」と思っている者が実際にはできていないのが一番困る。己の力を知ることはかなり重要なことなのだ。車を運転する人のうち3分の2もの人が「自分の運転は『上の下』以上だ」と思っている、という話を思い出す。日本人の9割が「自分は中流」と思っている、よりもはるかに性質が悪い。

■2002/11/08 (金) 封印

現在再試レースの単独トップ(該当科目数において)を走っている。前回戦いを共にした仲間は、思えば既に下の学年に行っている。単独にもなるはずだ。しかし今回は、いつもは話さないような人から激励を受ける。どこから誰の視点からどう見てもやばいのだろう。

ということで、15日まで日記は封印。学問の道に励みます。

■2002/11/15 (金) お医者さんごっこ実習

本日27科目目をもって、試験の全日程が終了いたしました。各方面にご迷惑をおかけしましたことを心からお詫び申し上げます。科目数の面で明らかにやりすぎだった。

今日は「オスキー」と呼ばれる、客観的臨床能力評価試験、早く言うと「お医者さんごっこ」だった。医者役、患者役、観察者役に分かれ、それぞれが与えられたデータにしたがってその役になりきり、いわゆる「問診」を行うのだ。ちなみに「問診」という言葉がいけないとかいう話も習った。medical interviewと呼ぶらしい。

制限時間は5分で、初診という設定だった。確かに病院ではよくある光景かもしれないが、全くうまくいかない、というのが率直なところだ。○○病がどういう病気でどういう症状かはそれなりに勉強してきたが、逆向きの、つまり症状から病名を当てることはさっぱりできない。今日の例で言うと、クモ膜下出血を疑ってCTを撮ろうとした症例が、実はただの風邪だったりした。

患者の話をよく聞く医者が求められている、と巷で聞くような気がしてきた。しかし実際ただ聞いて、患者が言うままに例えばCTでもなんでも撮っていくのは専門家とは言えない。かと言って患者の話を聞かないのもいけない。この辺のバランスを取るのが難しいと感じた実習だった。

■2002/11/16 (土) 自損事故

車をぶつけた。しかしこういう言葉を出すとよく心配されるようなことは皆無であった。

まず、体への被害は皆無だった。ケガ一つない、というか体に感じる衝撃すらなかった。単独事故だったため、相手の人・車ともに対象となるものがなかった。ぶつかった相手は縁石で、機能的・形態的に何の被害もなかった。車が見た目へこむこともなかった。ぶつかったのは前タイヤで、ハンドルを真っ直ぐ前に向けているのに、左の前輪だけ60度くらい左に向いてしまった。詳しいことはよくわからないが、何かがっつり折れたらしい。

人も車のボディーもへこまなかったが、財布が少なくとも10万単位でへこむ予定だ。テストでバイトも減らしていたところであったため、なんとかやりくりを考えなければならない。しかし、車の需要喚起性から考えて、実は車に乗らないことこそが最も経済的なことかもしれない。ちょうど長期間の試験のために、ちょっと階段を上るだけで息が切れるほどの運動不足を解消するいい機会なのかもしれない。

■2002/11/17 (日) 医者を替えろ

ちょっと油断すると、車がない生活の愚痴で終わってしまいそうなので。

2月とかの日記を読んで下さっている人はご存知だが、父が入院・手術をした。元々の病気は治ったのだが、傷口がなかなかふさがらなくて困っている。かれこれ退院から半年経つが、まだ週に2回通院している。それを聞いたある人が「そんなに治らないのはおかしいので、医者を替えた方がいい」とアドバイスしてくれたという。

現在治っている途中で、半年の間に徐々にではあるが良くなってきている。医学的に言って、これがベストな治療法である、と私は思う。一つだけ言うと、父の体の免疫系のバランスがちょっと悪くて、通常期待されるようなペースで治っていかないのだ。

そもそも、そのアドバイスをした人は医者ではない。医者になるには、高校卒業後すぐ医学部に合格するのは3割くらいで、多くは浪人など回り道をする。大学も6年制で、しかも6年で卒業できるかはわからない。卒業したら「研修医」であり、卒後5年や10年経ってようやく一人前、という話はよく聞く。これほどの専門知識と技能が必要とされるのだ。

「あの医者はやぶだ」という評価はよく聞くが、そもそも言っている人に「やぶだ」と言えるだけの専門知識があるかは非常に疑わしい。ノーベル賞を取った日本人についてはよく報道されているが、彼らの業績がどう素晴らしいのかを理解している人はそういないであろう。医者の件で言うと「やぶだ」と言っている内容について本当にやぶなのかを判断せずに言っているのであろう。でも意外と信じてしまう。

テレビでは、血液がさらさらになったり「体にいい」食品が多数紹介されている。しかしみのもんたが言うことと、前述の長い道を経てきた医者が言うことと、同列に並べて扱う人が多いからこそ、毎週毎週例えば「あるある」が放映されるのであろう。

誰が言っていることが正しいのかを冷静に判断したい。そうすれば傷も見たことがない人が言う「医者を替えろ」という言葉がどの程度のものか判断できるはずだ。その辺の人にも言えるくらいなら、私が今苦労して勉強している意義はどこにもないのだ。

■2002/11/18 (月) 筋肉痛の原因

頭に入っている情報だけで温泉のコンテンツができるほど私は温泉好きだが、11月16日に車が自走不可・強制入院となったため、現在行きたくても行けない状況になっている。なぜこんなことを書いているかというと、足が筋肉痛であるからである。理由はいくつか考えられる。

理由の一つは、試験のため激しく運動不足だったということである。試験は5週間続き、試験勉強の期間も合わせるともっと長い間運動どころではなかった。極端な1日の使い方を挙げると、3時間睡眠、2時間試験、1時間はご飯など、残り18時間勉強、などである。当然運動は皆無で、4階の試験会場まで階段で行くだけで息が切れた。私はついこの間までバスケ部でばりばりやっていた、ような気がするが自信がなくなってくる。

運動不足から筋肉痛になるには運動が必要だ。一昨日3ヶ月ぶりくらいでバスケをした。もちろんちょっと走ってちょっとシュートを打っただけだが、それが原因かもしれない。しかしこの説を認めると、運動から筋肉痛まで丸一日以上空いていることになり、ちょっと認めたくない気がする。自分もあと半年もすれば、四捨五入して30になることも、ちょっと認めたくない気がする。

運動ではなく、昨日歩いて買い物に行ったことが原因かもしれない。買い物をするときに帰り道での重さを考えたのもえらい久し振りだった。車を買って丸3年になろうとしているので、3年ぶりだったかもしれない。冷静に考えると、歩いて買い物に行って筋肉痛なら、久し振りにバスケをやって筋肉痛の方がいい気がする。

実は筋肉痛じゃない、という意見もある。これは心理学で「否認」と呼ばれるプロセスで、癌を告知された患者さんが「俺は本当は癌じゃないんだ」と現実の受け入れを拒絶するのと同じである。私が拒絶したいのは何なのだろうか。それを答えるのからも逃避している。

■2002/11/19 (火)  悪い問診例


「今日はどうしましたか」
「お腹が痛いんです」
「いつからですか?」
「1週間くらい前からです」
「どんな痛みですか?」
「締め付けられるような重い感じです」
「食事と関係ありますか?」
「特にお腹がすいたときに痛いです」
「ムカムカしますか?」
「ムカムカはしません」
「食欲はありますか?」
「まぁまぁあります」
「便はどんな感じですか?」
「よくわからないです」
・・・

以上、テキストより抜粋だが、これは良くない問診の例である。実際にはこれくらいの慌ただしい診察が多いような気もするが、医療面接理論としては、これでは不合格となる。私の学校では二年前から始まった、まだ新しい考え方による講義・実習である。しかし勉強するにつれて、これまでの医師患者関係に欠けていたものが見えてきたような気がしなくもない。上のようなやりとりをいくら繰り返しても、なかなか「信頼」は生まれないのではないか。どうすればいいのかは、また後日に。

■2002/11/20 (水)  第四の欲求

大学の教官の研究の手伝いのバイトに一区切りがついた。出すべき論文に目次までつけて仮提出したのだ。思い出してみると5月24日に初めてこのバイトの話が登場している。あの頃は「夏で終わり」と言っていたような気がしなくもないが、今の北海道はもう冬だ。

論文を見返して、統計的な分析に、自分が選んだ手法が使われている(もしくは以前使っていた不適切な方法が使われていない)という点は、予想通り貢献できたような気がしている。ワープロ打ち的な仕事や、誤字脱字探しなどは、時給で働いたらしくていいと思う。ただ、教官の話を何ヶ月か聞いているうちに私が理解した範囲で作った「解釈モデル」「概念」がほぼそのまま取り入れられ、それが図になって世に出ていくのを見ると、ちょっとしたやり甲斐と、自分に対する誇りと、そんなんでいいんか、という思いが交錯する。お金がどうこうという思いはそんなに強くなく(いや、ぶつけた車がその上車検で、今月中に30万つぎ込む必要があるのだが)そういった「知的な貢献」をしたことに自分で満足している。

食欲、性欲、睡眠欲の次に「知識欲」というのがあるという説に私は賛成だ。「知的に満たされる」ということが、他の3つ同様に人間にとって重要なものだと考える。それは何かを理解したときかもしれないし、教わったときかもしれないし、何かを発見したり創造した時かもしれない。さもなくば、パズルの本などあんなに売れないだろうし、クイズ番組も流行らないだろう。

睡眠はどうにもコントロールしようがないが、極端に言うと他の二つに比べて、知識欲はお金で解決することが困難なものだと思う。生き甲斐とかとも似ているかもしれない。そうしたものに「隠れた価値」を発見できたバイトだったと評価している。

■2002/11/21 (木)  日記過去ログ移籍

さるさる日記に書いていた日記を移行させている。原始的にドラッグしてコピー&ペーストし(Ctrl+C&Ctrl+V)、当時は手動で随時改行していたものを段落ごとのまとまりにして、Pタグをつけて(つまりHP上で段落扱いとする)日付とタイトルのところにはそのようなタグをつける。デザインは無難にさるさるをパクっておいた。順番を日付が古い方を上にする。そして月単位で1ページになるようにする。

過去の日記(これまでの日常)を読んでいると色々なことがわかる。もっとバスケを頑張るとか(そんなに頑張れなかった気もするが)もっと勉強するとか(そんなにしなかった気がするが)その時にはものすごくradicalだった(日本語訳としては「感情的に熱くなっていた」だろうか)こととかを振り返ることができた。

私は元来日記など続かない、手帳を買って一ヶ月使えないとか、カレンダーを毎月めくれないような人間だったのだが、このように1年弱続けて来れたのには読者の存在があるからであろう。ある人とある人がそれぞれ別々ではできなかったことを、一緒にいることでできるようになることはとても素敵なことだと思うのだ。

私も最初に「web日記」と聞いたときは「なんだよ、他人の日常なんて知らねーよ」と正直思っていたのだが、自分が思っていることを他人の存在を意識することで書き続けることの価値を改めて感じている。読者のみなさんありがとう。

■2002/11/22 (金)  今日のお医者さんごっこ実習

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今日学んだこと

静脈採血の実習は今日は模型で行った。なるほど良くできていて、ちゃんと血管が走っていて針を刺すと血が出てくる。もちろん以前の実習で、学生がお互いから採血しあったことが既にあるわけだが、それに比べると模型では容易なことこの上ない。生身の人間相手という違いと、血管の太さや固さが絶対的に簡単になっているというのがある。自信をつけるためのものかもしれない。

血圧の測り方に関しては、もちろん誰でも簡単に測れるものであるのだが、慣れの問題として、手早く時間内にしかも正確にできるかどうか、という点には不安がある。試験に制限時間がある点と、患者さんがつらい点による。血圧のシュポシュポして締めるやつで延々と締め付けられるとしびれてくるのだ。そんなのもお互いにやり合ってこそわかるのだ。

心肺蘇生に関しては、もちろん免許を取るときに自動車学校でやったのだが、やはり麻酔蘇生科の先生に教わるのとではわけが違う。これもやることはさほど難しくないのだが、順序よく漏れなくできるかに不安がある。手順を台詞で振り返ってみよう。

「どうしましたか」
「大丈夫ですか」
「意識がないぞ」
「誰か来てください」
「人が倒れています」
「救急車を呼んで下さい」
「呼吸してないぞ」
「人工呼吸をします」
「脈が触れないぞ」
「心臓マッサージをします」

これらは大きな声で言わないと減点である。練習時から本気で感情を込めて大声でやる人もいれば、恥ずかしがったり適当に言う人もいる。個性が出て面白い。周りも「誰か来てください」に演技で応対したりする。身につけるというのは、演技だとわかった上で実際に体にしみこませることが目的とも取れる。

■2002/11/23 (土)  医療面接の試験(良い問診!?)

医療面接(medical interview)とは、問診よりも広い概念で、communication に含まれる概念だ。まだ医療の現場ではメジャーではないが、徐々にそういう教育を受けた人が増えてきているはずだ。私は大学病院にかかったときに、初めてそれを実感した。

言うセリフは次のようなものである。
「今日はどうしましたか?」
「その症状について、いつ頃から始まってどのように変化していったか、詳しく聞かせていただけますか?」
「それは大変でしたね」
「病気に関係するかもしれないのでお尋ねしますが、ご家族で大きな病気をした方はいますか?」
「そう思うのも無理はないですね」
「それで癌じゃないかと思うわけですね」
「症状が出てからこれまでに、病院に行ったり薬を飲んだりということはありますか?」
「一緒に頑張っていきましょう」
「これまでに大きな病気をしたことはありますか?」
「夜はよく眠れますか?」
「便は出ていますか?」

この中では、普通に人と話をしていくうえで、普通の会話をしていけることも重要だ。「夜眠れなくてお酒を飲むんですよね」と言った患者さんには、すかさず「どのくらい飲んでいますか?」と聞くのがセオリーである。これは「医療面接マニュアル」に書いてあるからやるのではなく、人と人との会話であればごく自然な話である。でも意外と難しい。

試験の評価法は021119 悪い問診例に書いたような「一問一答」で答えが限定される質問をしていないか、「大変ですね」など共感的態度を表しているか、家族のこと・自分の病歴などの聞くべき項目を網羅しているか、などによる。会話ができることはもちろんだが、上に書いたような「決まったセリフ」を本番できちんと忘れずに言えるかを練習しなければならない。

■2002/11/24 (日)  地鎮祭

地鎮祭とは「工事に先立ち、土地の神を祝って敷地を清め、工事中の安全と建築物が何事もなく永くその場所に建っていられることを願う」お祭りだそうだ。お祭りと言ったら「綿アメ」「たこ焼き」などを思い出しているあたりで、既に「政(まつりごと)」の意味を忘れているわけだが、今日は地鎮祭だった。

両親が2004年の3月に定年になるのを機に、現在祖母がいる家の前に新居を建て、移住してくるのだ。神主さんの仕事を初めて見た気がする。神社というと、太宰府とか那智大社とか、観光目的で行くことはこれまでもあったが、結局は、年末年始におみくじを引いて鐘を鳴らしてお賽銭を..という域を超えない。

ここに並べて書くこと自体が激しく不適切なのだろうが、仏教で執り行われること(葬式や回忌法要をイメージしているのだが)は、ある程度、意義を学んだり在り方を考えたりした。そこでの私の結論は「死んだ人のためにやっているとしながら、実は生きている人のためになっている、あった方がいい慣習」である。しかし「寺」に比べて「神社」の仕事はよくわからない。

神社に行くのは、大体が正月。どんど焼きでも行く。例えばプロ野球のシーズンはじめとか、何かを祈願するときに行ったり、お百度参りって寺社どちらでもいいのだったか。あとは車のお祓いというのも聞いたことがある。結婚式をやる人もいたような気がするが、結局よくわからないと言うのが率直な印象だ。

不見識を露呈しまくっていると思うのだが、工事の際の人柱とか、土俵の上に女が上がると不浄だとかケガをするとか(今回の九州場所のケガ人の数を見てみると、何とも言いようがないが)そういった慣習に似ているのかな、と思う。事実はどうあれ、工事関係者や土俵に上がる力士たちが、そういうことを気にするかどうかにかかっているということだ。

思えば今日の地鎮祭も「大安」を選んで行われたし、大安であるだけなら来月の「13日の金曜日」でも良かったのだが、それを「気にした」がために今日になった。キリスト教と地鎮祭はおそらく関係ないはずだ。しかし、「仏教のお葬式で手を塩で清める」という誤った風習があることから考えると、結局は本人たちが気にするかどうか、という次元の問題かもしれない。建て主と工事をする人が「安心」すればそれでいいのだ。

■2002/11/26 (火)  珍しく風邪です

私はだいたいが健康体で、熱を出したりするのは年に一度くらいなのですが、昨日から熱を出している。今週中にOSCE、つまりお医者さんごっこ試験があるので、ちょっと体調回復に専念し、日記はおやすみします。

■2002/11/27 (水)  オスキー試験前夜 会話と試験対策

体調はまだ十分ではないが、明日はOSCE、つまりお医者さんごっこ試験だ。あまりにマニュアルに頼りすぎると、意味不明なこともたくさん起きてくる。

「突然意識を失って倒れることがあり、『心配だから診てもらえ』と息子に言われたから来たんですが」
(共感的態度を示さなきゃ)それは大変ですね」
「いや、自分は何も覚えていないので別に大変じゃないんですが」
「・・・」

「主な症状は・・・ですが、たまに頭も痛いこともあります」
「そうですか。(あっ時間が)食欲はありますか?」

人と人とのコミュニケーションなのだから、会話を上手にすればよいと思う。半年前から夜眠れないとか言われたら、半年前に何があったか聞くのが自然だし、夜眠れなくてお酒を飲むんですと言われれば、お酒の種類や量の話をするのはごく普通だろう。しかしやってみると、結構これを忘れがちになる。

一方、試験対策というのも確かに存在し、今日1時間教官に質問できる時間があったのだが、練習するよりも先生に質問する時間の方が長かったりする人がいる。そんな人は本末転倒だが、私も本末転倒だ。

「先生、診察の前には『聴診をさせていただきます』でいいのか、『聴診をさせていただきますがよろしいですか?』まで言わなきゃダメなのか、どっちですか?」

「先生、『頭髪の密度や性状に異常はありません。頭蓋の変形左右差はみられません。頭部に圧痛はありません』と言うのは『頭部に異常はありません』と一言でもいいですか?」

「先生、痛みを訴えている人に叩打痛の検査をすると書いてありますが、患者役の人が痛みを訴えていないときは...」
「一応検査を覚えているのかみるので必ずやって下さい」

なぜこのようなことにこだわるかというと、そこが採点基準になり、しかもそれが各科目(例えば腹部とか頭頚部とか)で異なるからだ。しかも全部言ってると時間内に終わらないセリフもある。これまでの実習についている先生方も、それぞれ言っていることがバラバラだったり、途中で変わったりする。しまいには「さっきこうこう聞いたんだけど」「それどの先生?あー信じるのは危険かもね」という会話すら交わされる。こんな感じで明日のために一夜漬けだ。

■2002/11/28 (木)  身についたもの

今日はオスキーの試験だったが、家でひとりお医者さんごっこに励んだ成果が現れ、練習と同じところをしくじった。見事にどの項目についても、自分のノートに赤印でチェックしてあるところばかりをしくじった。ある意味練習の成果が出たとも言えるし、それを克服するのが練習だったような解釈もあるような気がしないこともない。

聴診・打診などの、いわゆる「技術系」の試験はそのような結果だったが、医療面接つまりいわゆる「問診」の方も、自分の色が出たものとなった。患者役は練習でしてきた同級生ではなく、SP(simulated patient)という日本語では「模擬患者」と呼ばれる専門の方々だ。

日常において、私は人よりも喋る傾向がある。聞こうとして聞くことができない(ならば最悪だが)わけではなく、聞こうとしているときには聞いているのだが、喋るとなるとしっかりと喋ってしまうのだ。今回の場合は、相手に質問をする、相手の話を引き出すために自分が言葉を発するわけだが、その言葉を発するのを相手が言いかけているときにしてしまう。お互いが何かを言おうとしたときに譲らずに言ってしまうのは、以前からうすうす気づいてはいたが、今回認識を新たにした。

もう一つ、スモールグループでの発言で、司会の許可を取らずに勝手にフリートークにしてしまうことが多い。結局はどちらも自分が喋りたがりなところに原因があると思うが、マナーの面から考えて、改めるべき点だと認識している。聞こうと思っている間は聞けるのだが、などとここに言い訳をずらずら書こうとしているあたりがもう卑しい。

人の話をきちんと聞くことは、これから1年の課題にしてみようかと思う。沈黙は金、雄弁は銀。

■2002/11/29 (金)  患者役/医者が医者を評価する

オスキーの試験は昨日行われたが、無事に通ったようである。色々勉強になった。

自分が医者役をやった後に、次のグループ役のために患者役をした。8人の医者役に「診察」されたが、大変個性あふれていた。自信なさげな人、緊張する人、説明が丁寧な人、大胆な人、常に患者を気遣う人、そうでもない人、などなど色々だった。胃カメラが上手な先生、とかはよく聞くが、実際多くの診察に上手いと下手があるのだと思う。これは治療の効果を左右するという意味ではなく(あるのかもしれないけど)患者の苦痛の程度についてだ。

実際、そういうところと、説明の仕方での患者さんへの気遣いが大事なところであると思っている。誤解を恐れず敢えて書くが、患者には医者の「医学的な」つまり治るとか治らないとかの判断はできないのだ。曲がりなりにも10年単位のトレーニングを受ける専門科だ。テレビの健康番組や、チラシの健康食品で病気が治ってたまるか。医者の評判は、よく治るからではなく、いいような気がするから上がるのだ。

医者の腕がわかるのは医者自身であると言われる。まだ医者としての腕はお互いわからないのだが、自分の大事な患者さんを紹介したいかしたくないかはわかる。その8人でも、丁寧さ、患者の立場に立ったときの印象からして、安心してまかせられるかそうでないかはある。6年間100人が基本的に同じ教室で行動を共にしてきて、それらの行動の積み重ねが、将来の自分の評判につながっていくのかもしれないとふと思う。

■2002/11/30 (土)  パソコンでなくしものを捜す

私は非常にいいかげんである。部屋がどんなに散らかっていても気にならないとか、講義で配られるプリントをきちんと整理できないとか、枚挙に暇がない。ものをなくすことも多い。なくなって二つ目三つ目を買うものもあったりするが、ま、それはそれでしょうがないと思っている。多分死ぬまで治らない(死んでも治らない)。

明日の朝9時から必要なものがないのに気づいた。一応そう広くない家中捜索したが出てこない。前に見たのがいつかを思い起こすと7月である。8月はあんまり家にいなかったし、テスト中触れるはずがないものなので、どう考えてもそう奥深くになくなるはずがないものである。かなり困った。

思えば誰かに貸している可能性があった。しかし夜も遅くなり、心当たりがない人にまで闇雲に聞いていくのははばかられた。かと言ってもう一度捜しても、ここにはない、という確信が深まるだけだった。朝まで探し続けてその確信を深めるか、諦めて寝てしまうかのどちらかの選択を迫られた。

ふと、テスト中に貸したような心当たりを一つ思い出した。しかし彼はもう寝てしまっている(早寝早起きなのだ)。確認するすべを考えた結果、パソコンを開き、メールソフトを立ち上げた。そしてH''から転送してあるメールに検索をかけた。ケータイメールも全てパソコン上で処理をしているのだ。結果10月12日に貸していることがわかった。その旨のメールが発見されたのだ。

日記を移転させる際に、1年前の自分が考えていることなどを読み返して色々思うところもあったわけだが、それ以外で、パソコンの情報保持性がこんなところで役立つとは思わなかった。最近どこかでこのような話を聞いたと思ったが、病院での電子カルテの話だった。