最北医学生の2002年12月の日常

■2002/12/01 (日) 3ヶ月ぶりの試合

3ヶ月ぶりにバスケをしたわけだが、当然体は動くなんていうものではなかった。バスケ的な動きをしようとすると、2分と持たない。バスケのコートの長い辺を行って戻ってきたらもう息が上がるほどだ。

おそらくうちのチームのプレーヤーとしては復帰しないと思った。そこそこ強いチームであり、自分の実力と併せて考えると、そのレベルまで自分の体を戻すのにどれだけの練習・努力が必要かはわかる。それは医学部の5年生として自分にはできないと感じた。

一方、バスケット協会に顔が売れたのもあり、審判を1試合担当した。審判の動きは本来選手並みに厳しいはずであるが、その試合が社会人、つまりいいおじさんたちのものだったため、私のテスト後のリハビリとしては適切なものとなった。「吹けないのでは」と心配したが、心配したほど笛が鳴らないことはなかった。その後の自分たちの試合のベンチからの指示なども、もっと自分でわけわかんないかとも思ったが、さほど違和感はなかった。3ヶ月休んでも頭では覚えているのだ。

このように肉体的なものを維持するのはかなり困難だが、精神的な部分についてはこれまでの蓄積を生かしていけた。これからの人生で、肉体的な成長が求められることはごく少ないだろう。この「精神的な」いわゆる「年の功」の部分が、部活にせよそれ以外の場面にせよ、求められてくるのだと感じている。

■2002/12/02 (月) 10年ぶりに歯医者

歯医者に行った。前々から行こうと思っていたのだが、なんだか半年くらい経ってしまった。将来医者の立場になったときそんな患者が来たら「どうしてもっと早くに」とか言うのだろうが(少なくとも思うのだろうが)自分からしてこうである。

病院を選ぶのには、やはりネットを使った。本当は口コミが多いらしい。地名で検索して、医学的に科学的におかしなことが書いていない、写真の笑顔から考えて雰囲気が良さそうなところに決めた。決めてみるとうちから歩いて3分だった。

治療の希望について、歯科だからかもしれないが細やかに聞かれた。おそらくこれからは、医学も患者の意向を尊重するようになると思う。時間がかかってもしっかり治したい、とりあえずこの日だけはなんとかしたい、癌は告知して欲しい、嘘も方便だと思う、などなど。初診時にそういうアンケートが必要かもしれない。

実は半年行かなかったのも無理はなく、歯自体は問題がなく、歯茎が弱っていて歯石がたまっているということだった。通常メンテナンスの範囲内で、思えば10年近く歯医者になど行っていない自分に気づく。歯磨きを見直すこの頃だ。

「この歯は痛いですか?」と聞かれて「いいえ」と答えた。しかしその後で同じ歯について「この歯はどうですか?」と聞かれて「痛いというわけではないですが、少し違和感があります」と答えた。これぞまさに先日勉強した質問法の違いではないか。「はい/いいえ」と答え方が限定される質問法よりも、「自由に」答えてもらう「open-ended question」がいいとされていた理論が、ここでようやく実践と結びついた。

私が病院に行くのは、将来の自分への教師/反面教師とするためという意味もある。今回はなかなかよい病院だったと思う。何より雰囲気が重要で、それは院長の人柄に依るものだと私は考えている。

■2002/12/03 (火) 「患者様」という呼び方

「患者様」という呼称がある。「人名+様」を患者に適応しているわけではなく、「かんじゃさま」と口に出すのだ。患者様はお客様だ、という発想から来ているらしい。お客様は神様かもしれない。ゆえに患者様も神様、とはいかないまでも、「患者が」と安易に口に出すことを戒め「患者様が」と言うようにして、それを標準呼称として徹底している病院もあるらしい。

患者と医師の関係は、かつては「パターナリズム」つまり「父性主義」にしたがって、患者は医者が言うとおりにしていればいいんだ、治してやるんだからうだうだ言うな、という時代があった。しかし患者の権利の意識が高まり、と言うよりもむしろ当然の感覚として、人と人との対等な関係に立脚した医師患者関係になってきた。目線は対等に、診察上問題がなければ、医師も患者も同じく肘掛け椅子に座るべきだ、という意見もある。

その考えを進めたのが、この「患者様」なのであろう。しかし正直寒気がする。「様」をつけるのは目的ではないはずだ。例えばホテルとかで、そのような接し方をしていった結果として「様付け」になるのならわかる。では病院で医師患者関係がそのように変貌していっているのか、と言うとそうではないし、それは誰も望まないと思う。それとも患者さんがホテル並みの接し方を望んでいるのか?私は、対等な医師患者関係のためには「さん」づけがいいと考える。

呼び方から始まる、という意見もあろう。つきあい始めて相手のことを、結婚して相手の両親のことを、何と呼べばいいのか時には悩むことがあるらしい。逆に、呼び方で親しさを表したり、呼び方の変化が関係に影響を及ぼすこともあるかもしれない。患者様は嫌いだが、そういったところで頭を悩ませるのは、人間関係の重要な側面かもしれない。

個人的には、呼び方ではあまり悩んだこともないし、全ては自分というひとりの人間と、相手であるひとりの人間の、人間対人間の1対1の関係だと思っている。相手が大学教授であろうと結婚相手の親であろうと、患者がたまたま大企業の社長であろうとも、そこで1対1の人間関係を自分が形成し、その関係にふさわしい呼び方をすればいいのだと考えている。

■2002/12/04 (水) 重要な報告

本日進級発表がありまして、原級留め置き処置を頂きました。早くいうと留年です。

ちょっと人生考え直さなくちゃならないと思っています。学校側からの「勉強しろ」というメッセージなのだろうと。

■2002/12/05 (木) 再び再試

留年しなかった同級生たちは、この12月から1年間病院実習に出て、来年の今頃卒業試験を受けて、再来年の3月(か2月)に国家試験を受けて、4月に医者になる。

一方私は、これから3月まで1つ下の学年の試験を受け、カリキュラムが違うため4月から1年間病院実習に出る。どうも4ヶ月しか遅れていないように思える。それから再来年には卒業試験がゆったりとした日程であり、上記に1年遅れて国家試験があり医者になる。

そもそも前から感じていたことであるが、この1年の差は何なのだろうか、と。どう見ても国試勉強の期間が短くなったようにしか見えない。それで果たして医者になってよいものか。他の多くの大学は、その1つ下の学年と同じような日程である。でも合格率は大差ない。

なんだかよくわからないまま、4ヶ月遅れているように見える1年遅れのコースに私も入ることになった。これも人生だろう。ついては、1月に試験を受けなければならない。科目名はもういいかげん見慣れたものばかりである。壮大な規模でもう一度再試を受けていると思うことにする。5回もやればいいかげんなんとかなるだろう。

■2002/12/06 (金) 留年の捉え方

「医学部入学後6年で医者になれるのは3分の2にすぎない。3分の1は留年するか国試浪人する」とは、私がしばしば引用する文だが、それに加えて大学受験のための浪人など含めると、高校卒業後6年で医者になるなんて、ましてや7年でも8年でも、別にどうってことはない。よくある話だ、というのが現実だ。

大学1年とか2年で留年した人は、傍目にもかわいそうだ。物理とかドイツ語とかで1年医者になるのが遅れたりする。ちょっと視野を広げて、大学入学前の話、医学部を目指して多浪する人は珍しくないが、大学入試の数学とかセンター古文とか、それで医者になるのが(後になれるとすると)1年遅れたりする。私であれば、この延びた1年は明らかに臨床医学に捧げるし、医者が持つべき医学の「知識」の増加につながるだろう。

二浪した友人などから励ましの言葉など頂き、モラトリアムが8年に延びた親への申し訳のなさはさておき、冷静に考えると、最低年限の6年に比べてどこで2年が増えるかだけの違いである。大学入試予備校か、一般教養か、基礎医学か、臨床医学か、国家試験予備校か。

そうした時に臨床実習を目前にした臨床医学の時期での留年は、目の前でかつての同級生たちが医者になっていくという意味では酷ではあるが、落とした中ではbestなものかもしれない。落ちてしまった以上、そんな風に捉えている。前向きすぎるだろうか。

■2002/12/07 (土) 温かい言葉

留年を決めてから(決められてから)多くの人からありがたい言葉を頂いている。私に気を遣っている「大丈夫?」系のもあれば、私が留年したことを彼/彼女が残念に思っている、という風に言ってくれるケースも結構ある。私が残念がっている、と推測されるのはありそうなことであるが、その人にとって自分の留年がそのような気持ちを引き起こすようなものであるのに密かに感動している。

「一年の回り道が人生にとってプラスになる」という発言はよく聞かれるが、これは取りも直さず「一年の回り道が人生にとってマイナスとなる」部分の存在を、逆に雄弁に物語るものである。そもそもマイナスにならないのならば「プラスになる」という励ましはしないはずだ。どう頑張っても一年間の学費の負担は増えるし、一年間生活していくためのお金も必要で、一年間医師としての収入も減少する。

その増えた一年をどうしていくかが問題だ。腐って学校に来ないのか、(昨日の私のように)やたらに張り切って学校に行くのか。『留年を決めるのは自分ではありませんが,その意味・価値を決めるのは,自分です。』という先輩のくれた言葉をよく噛み締めていきたいと思っている。

で、直接は関係ないのにも関わらず、卒後研修必修化の講演を聞いてきた。留年していなければ制度初年度ということで、混乱の極みの中「卒後研修」つまり研修医としての修行に突っ込んでいったことだろう。そこで聞いたことをこの間まで同級生だった人たちにフィードバックすることが、最初に書いた思いに対する感謝なのだろうと思う。

■2002/12/08 (日) 留年効果?

最近アクセス数が増えていたり、アクセス元が幅広くなっている。
これは留年効果なのかもしれない。(?)
意外と諸先輩方はじめ、留年を経験している人が多いのに驚くこの頃だ。

■2002/12/09 (月) 深層心理的分析

留年したことのメリットを挙げるという一種の正当化は、枚挙に暇がないほど私の身の回りにある。こうなってしまってのメリットを漏れなく挙げていくことは私は得意だし、私の親も得意だし、その他得意な人が周りにいる。しかし今日、一つ新しい視点があった。

私は医学部の5年生であるから、卒業まで1年と4ヶ月であった。(そして2年と4ヶ月になった)。しかし実際に卒後の進路を決めるのに残された期間は、あと半年あまりであるという説もある。先日少し書いた「卒後研修必修化」という制度が始まるためだ。

正直言って、私は将来の進路を決めかねている。単純に言うと、内科なのか外科なのか他の科なのか。臨床なのか基礎なのか、という視点もある。これとも重なるが、研究をしたいのか第一線で患者さんを目の前にして働きたいのか。あまり考えていないが、行政の道もあり、1人の人間ではなく、社会という集団を診る医師になるかということである。

フロイトだか誰だか知らないが、深層心理的に自分の進路をもう少しじっくり考えたかったのかもしれない。意識的に単位を落としたわけでは決してないが、結果的に自分の将来をじっくり考えられるようになったとも考えられるし、逆に考えたいからそのようにしたとも解釈することはできる。

それが正しいかどうかを追究する気はないが、そのような考え方を持つと、確かに自分の中で煮詰まっていない部分の存在に気づく。10代後半と20代前半は自分を見つめるいい時期だと捉えているが、確かにそれは最近足りなかったかもしれない。

■2002/12/10 (火) 友達100人できるかな

友達の輪を広げている。もともと(態度がでかいのか)顔はよく知られるほうであり、今でも病院を回っているこの間までの同級生とよく立ち話などをしている。

医学部での同級生は皆医者になり、同業者であり、たまにライバルであり、多くは頼りにし合える関係であろう。その同級生を100人から200人に増やす絶好の機会である。今回私と同じ道をたどった人の中には、まだ周りに溶け込めずに、単独での戦いをしている人もいる。(医学部の試験はまさに戦いだ。)私は部活や部活以外の後輩などの、元からの知り合いを足がかりにして、とりあえず顔を売っている段階である。すでに2/3が終わっている講義からテストが出題されるとなれば、これまで講義を受けた人に頼るしかない。

この構図は、実は実際の医療の現場と同じである。風邪ならいざ知らず、自分の専門外の病気の患者さんを他へ紹介するのは、適切な医療行為である。自信がないことをやられても困る。その際に、自分の大事な患者さんをどの医師に紹介するかというと、医学的な力ももちろん必要だが、人柄などが信頼できないところには紹介しないだろう。

それを見極めるのが医学部での生活の重要なポイントであり、周りと協力しないとテストを乗り切れないというのも、結果的には協調性を試すのにいい場になっている。医学部の詰め込み教育に関して否定的な意見は色々あるが、詰め込み教育を変える努力をする一方で、その条件を最大限に生かした生活をするのも学生の責務だ。

■2002/12/11 (水) 凍死するかと思った

部屋に備え付けのストーブが壊れた。スイッチを入れてもうんともすんとも言わなくなった。外気温は−10℃から−15℃の間くらいで、部屋に帰るとだいたい+5℃前後だ。温度差20℃だったりすると暖かく感じたりする。一応枕元にオイルヒーターがあり、布団にくるまってぬくぬくしている分にはなんとかなるが、文字通り「布団から出られない」状態になってしまう。

うちの大家さんは、いわば「スーパー大家さん」である。ストーブの旨連絡すると「分解掃除しばらくしてなかったねー」とか言って、修理と同時に分解掃除までしていってくれた。以前、水道管を凍らせたときも、業者に頼むと万単位でかかるところを「じゃ、この部品代で500円ね」など、何でも自分でやってしまい、そして安くあがる。車の周りに雪がうずたかく積まれると、いつの間にか雪を除けに来てくれる。何より人柄がいいというのも、客観的に評価しづらいが重要なポイントだ。

そんな感じで、いつもより10℃も高い部屋のストーブの前にいると、なんだか生活が崩れてしまった。おかげで鼻炎の調子が悪い。ひょっとするとこの原因は、ストレスだったり環境の変化だったりするかもしれない、と苦笑い。教科書でよく見る「原因」なのだ。

■2002/12/12 (木) 今日のニュース

税制改正として、配偶者特別控除がなくなり、特定扶養控除は継続されるという。タバコ、発泡酒、ワインには増税とするという。色々言いたいことがある。

配偶者特別控除は、専業主婦には完全な増税となる。私の母のように、他の兄妹が仕事をしているので専ら祖母の面倒を見ているような人にとっては、税金は取られるしパート収入はないし、となる。しかしこの改正のポイントは、103万を超えたら困る(金銭的に損になる)ので働かない、ということがなくなるということだ。104万になったら困るので103万で1年終わるように、働くのを減らして調節するのはばかばかしい。ニュースで単純に「増税」とか報道するのは浅はかこの上ない。またテレビを見たくなくなった。

特定扶養控除とは、16才から22才までの子供がいる家庭の税負担を減らすものである。22才とは4年制大学の卒業年齢とみるが、浪人したり6年制だったり留年したりした人のことは全然考えられていない、と言わざるをえない。全て当てはまる私などどうしてくれる。大学に通い続けることが経済的に厳しい、と言う友人だっている。

そもそも少子化対策はどうなったのだ?大学生までの子供がいる世帯に対しては、例えば1人あたり100万単位の控除を取ってやるとか大胆なことはしないのだろうか。ゆくゆく年金・健康保険に税金を入れざるをえなくなることを考えると必ずしも損にはならないと思うが。

タバコ税について、私はタバコに対して偏見があるので、早く一箱1000円になればいいと思っている。2000円でもいい。アメリカで、ある病気になった場合、喫煙を継続しているとそれ以降の保険が支払われないというケースがあるようだ。理由は「吸ってる限り治らない」という証拠があるからだ。

日本でも、自分の意思でコントロールできるものに関しては導入してもいいと思う。その代わり、ニコチンガムとか禁煙指導を保険でカバーしていく方がよっぽど病気に対して取り組んでいる。でも医者・看護師の喫煙率は高いんだよな。

発泡酒の増税について、そもそも税法上の条件をうまくクリアするよう研究して安いものを作ったのであり、増税するならビールも増税して差を保つのが、研究に対して報いることになろう。仮に両方を増税してもまだまだ税収は足りないだろう。国家予算の3割とか4割を国債が占める辺りで、正常な金銭感覚の持ち主であれば、発泡酒だけ増税すれば済む、と主張はできないだろう。

ワインについては、ポリフェノールブームはもう去ったような気もする。だいたい「体にいい」ものにブームがあるのはおかしい。ファッションじゃないのだから、去年まできいてたものが今年からきかなくなるわけではないだろうに。というわけで、こちらの税収増加は私はそんなに期待していない。

■2002/12/13 (金) 合う人と合わない人

「合う人」と「合わない」人がいる。出会ってすぐに意気投合して話が盛り上がる関係もあれば、しばらくつきあってもあんまり心が通じ合わない人もいる。他の人にどのくらいあるのか知らないが、会ってその場で話が盛り上がるというケースを少なからず体験する。しかも真面目な話が多い。

私が万人受けするという意見はおそらくあたらない。多分マニア受けする方だろう。高校時代までの経緯を見ても、知り合ってすぐに仲良くなることは少なかったように思える。しかし近年、大学に入ってからは、特に旅行先などのいきなり出会った系の場面では、「合う人」に巡り会える機会が多いと感じている。

ただの偶然かもしれないし、トラベラーズハイかもしれないのだが、一つの仮説として。人は誰でも「真面目に話をしたい」という欲求を持っている。しかし身近な人にいきなりそんな話はしづらい雰囲気が漂っている。そんな時に、真面目な話をふっても大丈夫、というより、さらに真面目な意見を返すような私と出会い、水を得た魚のように話に没頭する。

そうだとして疑問な事は、何故、自分の過去とか人生観だとかを含む話を、初対面である私には話そうと思えるのか。もしもそうしたオーラが出ているとすれば、それは職業的に非常にありがたいことになるだろう。

■2002/12/14 (土) 死の受容のプロセスを留年に当てはめてみる

キュブラー・ロスによると、末期と宣告された患者は次の5つのプロセスを経て死に至るという。1つ目が「否認」で、その診断は誤診だ、などと、現実を受け入れようとしない。2つ目が「怒り」で、どうして俺だけこんな目に、などと現実を受け入れるが怒りや恨みが生まれる。3つ目が「取引」で、好きなお酒もやめて金ならいくらでも払うからなおしてくれ、などと死を避けるような手段を考える。4つ目が「抑うつ」で、3つのプロセスで死が避けられないことがわかり鬱状態になる。5つ目が「受容」で、死を静かな心で見つめることができるようになる。

留年でも同じ事が言えるという。発表を見て「これは事務の手違いに違いない」「どうして俺より勉強してなかったあいつが通って、あんなに勉強した俺が落ちてるんだ」「将来一生懸命働きますから今回だけは見逃してください」そして一人落ち込んで「留年はしたけど今頑張るべき事を頑張ろう」となる。全国的に有名な医学教育の専門家の講演で聴いたことだが、なかなかうまいことを言うものだと思った。

私の場合、最初の3段階がなかった。むしろ「いきなり受容」だと思っていた。確かに発表のその日から「まーしょうがない」とか言いつつ、次に打つべき手を打っていった。落ちた人の中には該当する講座に行って、どういうことなのか説明を求めたり、なんとかしてくれとお願いに行ったり、そしてもう終わったことだとか、決まったことだとか、色々言われて帰ってくる。よく「それはもう決定なの?」とか「なんとかならないの?」とか言う人がいたが、なんとかなるものならなんとかしたいし、決定じゃないなら未定なのか何なのか。そんな段階なら言いふらさないんだけどな。

アルバイトも含めた生活リズムの変化もあるのだろうが、最近何をしたらいいか考えることがある。これは実は4つ目のプロセスにあたることなんじゃないかと気づいて、それで少し楽になった。「鬱状態」のような酷さはないにしても、ある程度落ち込むことがあって当然な出来事であるわけだろう。確かに「大丈夫?」「元気かい?」と言われるのに対してYesを返し続けるのもなかなか大変だ。尤も誰からも言われないと自分の居場所がわからなくてもっとひどい、それこそ鬱になるのだろうが、と思う。

■2002/12/15 (日) 未だ聞かぬCDを買う理由

CDを買うとして、既に持っていたり、いいだけ聞きまくったCDは再び買わないだろう。聞いたことがない曲が入っているからそのCDを買うわけであり、その対価が1曲あたり300円するという構図だ。

一方、聞いたこともないアーティストだったり、あまり自分の好みではないことがわかっているアーティストのCDを買うことはない。対価に見合わないというわけだ。従って、買うのは「知っている」アーティストの「知らない」曲ということになる。

ニューアルバムが発売されたとき、いわゆる「ファン」と呼ばれる人たちは、即座にそれを手にしようとする。もしかしたら自分にはどうも合わない曲が満載かもしれないのに、そのアーティストの曲だというだけで買い、そしてたいていそれで満足する。

最近の曲は、と、演歌は、というどちらの形容にも使う言葉だが、「みんな同じに聞こえる」という最上級の侮蔑表現がある。その音楽をよく聞く側は「そんなことないよ」と反論する。ここまでの話をまとめると、知っている曲は買わないが、全く知らない曲も買わない、知っているアーティストの出した知らない曲は買う。同じアーティストの出した曲が同じに聞こえる人もいるし、違って聞こえる人もいる。

この、同じであることを信じている反面、同時にその違いを主張するという両価性が、自分がファンのアーティストのCDが発売されると一も二もなく買う行動の原動力になっている。そんなわけで今日は2枚CDを買った。

■2002/12/16 (月) これだから人生難しい

5月22日に「作用と反作用」と題して、人間関係の両面性を書いた。自分が持っている気持ちと同じだけだけの大きさで、相手からの影響を受けるという内容だった。

「私はあなたのためだけに存在する」と言ったときには、文字通り自分の存在が相手にだけ依っていることになる。一見逆に見える「私はあなたのためだけに存在しているのではない」と発言することも、それだけの発言をさせるだけ、自分の存在の中に相手に依っている部分が存在していることを示す。平易に言うと、幼稚園児が「私はあなたに構って欲しくないの」とか大人に言っている場合、実は構って欲しがっていることを表すのと同じ構図である。

好きか嫌いかの内容はさておき、表現される言葉や行動の大きさで気持ちの大きさがわかる。neglect(無視)という幼児虐待があるが、何もしないことこそが最も気持ちがない状態であり、された方が受けるダメージも大きい。ないものがあって受ける影響と、あるものがなくて受ける影響は同じはずである。

また、どちらの行動をとるか、というときに、その行動をとったときの方がプラスが大きいから、として選ぶのが合理的だろう。清濁併せ呑んだり、いいことがあれば悪いこともあるとか、どっちも悪いことでどっちがよりましか、とか、色々あるだろうが、本来の目的に反したりトータルで悪くなる方を選びたくはない。困ったときには一歩引いて大きな視点から見てみたい。

個人的メモ、と言えばそうなのだが、具体例なしで書いておく。

■2002/12/17 (火) 働く意義

アルバイト先の塾で事務バイトをしている人が「お金も貯まらないし、一緒に入った人もみんなやめちゃうし」と愚痴っていた。確かに大変なわりに時給も高くなく、いくらでも働くことができるほど仕事もあり、端的に言うと激務だ。一方私がやっている講師の方は、金額だけ見るとそれなりにいいバイトだが、拘束される時間が異様に長い。payするかどうかと言えば、正直言って普通の人には勧められない。

向上心がなければいくらでも楽はできる。1時間の授業をするためにどれだけ準備するか、それは講師一人一人の裁量にまかされている。当然生徒のレベルを考えわかりやすさを追求すると時間がかかる。時給計算するとわりが悪くなる。いい授業をするために勉強会を講師同士で開くが、それも無給が基本である。生徒と学習面や進路面での相談をするのも無給である。営業的な意味を込めて、つまり塾に入っていただこうとする相談も無給である。やればやるほど、自分の時間は減り給料は増えない。

働く意義をお金だけに見出していると、こうした現実と向き合うことは難しい。そもそも自分の時間の多くを捧げる仕事に対して、精神的な満足を得られるような意義を持たないと継続するのは困難ではないだろうか。やり甲斐とか、他人の役に立ってるとか、自分のためになっているとか、なんでもいい。

それで今日は4時間ただ働きをして、その間の駐車場料金も800円かかって、完全にバイトではなくなっている。しかしそういうことをしてもいいと思えるだけのmotivationが自分にあるからこそ、この仕事を続けていけるのだと思う。冬期講習のセンター試験対策も、ここまで来たら1コマいくらと考える気はない。最後まで面倒みてやる、という気持ちである。

現在の悩みは、将来そのmotivationを持っていけるのがどの職場か、ということである。その意味、考えられる時間が1年できて非常に喜ばしい。

■2002/12/18 (水) 留守番電話

家に帰ると留守番電話にメッセージが入っていた。

「先日は姉にたくさん香典をありがとうございました。そこで、先日私、お見舞いに行ったときに、もう長くないと言われていたから、何の気なしに締めきりだと思って年賀状を出してしまってね」

実際には、繰り返しや「えー」とか「あー」とか、もうちょっと長々しく喋っていたので、時間が1分過ぎてそこで切れていた。ちなみに全く心当たりはない。間違い電話であろう。間違いじゃないとして、内容も立ち入った話のようだがよくわからない。

留守番電話のメッセージを既存のものにしておくと、名乗りがないため、このような間違いが発生しうる。しかしナンバーディスプレイもないとこっちからはどうすることもできない。一回電器屋から「ご注文の品入荷しましたので、店までお越し下さい」との間違いメッセージがあったが、あれは店側も注文した側も、その後困ったことと思う。

留守番電話は、私にとって最も使えないアイテムの一つである。お話をしようと電話をかけたのに、いきなり限られた時間内で一方的に端的に用件を伝えなければならない。こうした条件では、メールか、せいぜいFAXの方がいい。事実9割以上の留守電は無言で切れている。私の場合本当に必要な用件に関わる人にはH”の番号を教えているので、おそらくどうでもいい用件なのだろう。だいたい平日の昼間にかけてきて、私がいると思っているのならおめでたい。

インターネットとかADSLとか、色々言われているわりには、こんなのが現状である。e-mailが標準となる日はまだまだなのだろうか。

■2002/12/19 (木) 教育の評価/看護診断

学生でいられる時間が1年増えたのならそれを思う存分活用してやろう、というのが私の発想である。今日は(落ちた人だけの)空き時間を利用して、講演を2つ聞いてきた。

1つは、病院管理学、医療経営にかかわるものだった。独立行政法人化といって、大学の採算を独立させて考えて、利益を出さなければならない時代になってきた。そこでこれからの大学、大学病院はどうあるべきか。

その中で「教育」というものに対する評価がどうなるのかに興味があった。大学は「教育」「研究」「フィールドワーク(医大なら病院での診療)」が等しく3本柱であるが、現在の評価は主に「研究」つまり「いい論文」を書くかに依っていて、教育が悪くても学生以外誰も困らなかった。独立行政法人化によって利益を追求すると、今にも増して教育が軽視されるのではないかという恐れがあった。

これまで教育に対する評価は、かけた時間で行われてきた。3分の1という数字もここから出てきたという。これからの時代は効率を重視していくと、誰しもが3分野を均等にやるよりは、それぞれの得意分野を生かしていく方向になるだろう。

「かけた時間」とは教育に対するinputでしかないのでは?、との質問に対しては、学生からのアンケート評価などのoutputが、翌年からその講義を続けるかどうかを左右してくるケースが出てくるだろう、ということだった。講義がなくなればその分時間をかけていないということになる。その分を研究によって補えない人であれば、貢献度がそれだけ低いと考えることになる。これからの時代はそれで給料を決めていくらしい。

教育というのは定量的に評価しづらいものだと思っていたが、聞いてみると「やっている」という現実があって、それに対して「やられている」側つまり学生の方の評価があれば、それが評価そのものになるという。言われてみると、大学受験の予備校もそうだし、現在のバイト先の塾でもそうだ。教育の質は評価しないのか?という発想で止まっていたのだが、そうまで考えなくてもいいのだろう。悪ければ自然となくなる。

もう1つの講演は看護診断についてであった。大まかに言って、「糖尿病である」というのが医者の診断だが、「糖尿病に関する知識がない」「糖尿病であることで口渇を訴えている」というのが看護診断である。実際に患者さんと接する方法について、より考えやすくなっている。同じ職場で働く他の職業について学ぶことは非常に有意義だ。

■2002/12/20 (金) 忘年会

今年は日記をつけたという意味では画期的な1年だった。年間通して日記を書いたのは、担任の方針による小学4年の時以来かもしれない。ざっと見返してみたが、その時にしか書けない、生々しい言葉が数々見つかった。これも、パソコンに打ち込むことが苦にならないことと、パソコンの持つ情報の保存性が優れているからだと考える。小学4年の日記は、捨ててはいないと思うがどこにあるかわからない。今年の日記は検索すらできる。

今日は忘年会だが、年を忘れるためにあるという意義はたいてい忘れられている。忘年会と書いて「飲み会」と読むことはしばしばだ。何と書いても「飲み会」と読むことも多い。そしておそらくは、年を忘れるためもそうなのだろうが、その年を振り返るという意義もあるのだろう。今年は色々なことがあった。

ここで振り返ろうかとも思ったが、安っぽくなるのでやめておく。日記過去ログに積み重なった一言一言こそがこの一年であり、それを読んで下さった一人一人に支えられて、日々書き続けてこられたのだ。

■2002/12/25 (水) もしも脳梗塞が左だったら

家庭の事情などありまして、更新が滞っています。

ある人が考えていることを、他の人が理解するのに、言語がある。もしもある日喋れなくなったら、考えていることの全て、とは言わなくても、多くの部分を表現するのに困ると思う。実際昨日、祖母が脳梗塞で倒れて、今は喋れない状態だ。しかし話しかけると何かを言おうとするので、おそらくこっちが言っていることを理解しているのだろうと思う。話しかける人によってその反応が変わるのだ。

脳梗塞は右だったという。それによっておそらく左半身麻痺は確定だ。ここで、人間の言語中枢が左にあることが幸いした。これがもしも反対だったら、右半身麻痺になるのはただの左右の逆転だが、言語は理解することもできなければもちろん、発することもできなくなる。具体的な言葉を発することができなくなったとしても、こちらが話しかけていることを理解できるかどうかは大きく異なるような気がする。

思考が脳の電気的興奮と定義されるからには、この梗塞、つまり壊死する左右の違いによって、外界との交流が大きく異なる。外界からの言語的な刺激が入らない脳の状態を一つ想定して、もう一つ外界からの刺激が入るもののそれを麻痺で表現できない状態を想定する。これらはどう違うのだろうか?

そこに思想は存在するのに表現的に現れない状態は、考えていることがあるのに表に出さない、例えば面と向かい合っているのに一言も喋らないとか、メールだけでつながっている友達にメールを出さないことなどと似ているのかもしれない。それをどう評価するのか。表現として現れないものは認めないのか、それともやはりあるものとして認めるのか。そんなことを考えさせられた。

■2002/12/26 (木) 恥

北海道に住んで25年目に入るが、しかも実家を離れてから7年目だが、水道を凍らせた。水落としをしなかったためだ。水道を凍らせたというのは、水道管の中の水が氷に変わることである。当然かなりの寒さでなければ凍らない。水落としというのは、蛇口を開けたまま元栓を締めることによって、水道管から水を抜いて空気にすることだ。これを怠ると水は氷になり、氷は水より体積が大きいため、水道管の破損が懸念される。

業者にとかすのを依頼すると万単位でお金がかかる。水道管の破損があるとその修理でさらにかかる。もしも水漏れを起こして階下の住民への被害などあるともう大変である。たかだか水が液体から固体に変化するだけなのだが、かなり重要だ。そんな重要なことは耳にタコができるほどよくわかっていたはずなのに、つい忘れてしまった。

大家さんが今は空き部屋である階下を暖めてくれて事済んだ。いくら最低気温が−20℃とか−25℃とかであったとしても何の言い訳にもならない。戒めの意味でネット上に恥をさらしておく。

■2002/12/27 (金) かわいそうなおばあちゃん

脳梗塞で倒れた祖母の容態はまだ予断を許さないが(連絡を取る人にはすぐとれるようにしておきなさいレベル)今日はこちらの問いかけに言葉で答えたという。これまではうなずいたり首を振ったりで、何かを言おうとしていたが言葉にはならなかった。これが単純に回復とも言えないところが難しいのだが。

祖母の兄弟が見舞いに来ていた。その中で「こんなになってかわいそうに」と言っていたおばさんがいた。「かわいそう」と言えばそうなのかもしれないが、確かに半身麻痺になったらかわいそうかもしれないが、私であれば「かわいそう」と言われるのは嫌だ。なってしまったものをそんな風に言われても。極端な例を出して、乙武さんに「かわいそうですね」と面と向かって言えるのか。私であれば「大変ですね」も言えない。それで生きていってるのだ。

五体満足思想がある。自分に子どもが生まれたとして、生まれてみて、どんな子でも自分の子なら嬉しいとか言っておきながら、「五体満足」に、手足にも脳にも障害がないと知ったら、それはそれで喜ぶと思う。厳密に考えを詰めていくと「かわいそう」思想と同じである。敢えてこの言葉を使うが、「健常」な人は「障害」を持つ人よりも、上で、幸せで、かわいそうじゃなくて..どこかでそう思っている。

「かわいそう」と言うときには気をつけようと思う。ひょっとすると、身の回りにいる全ての人が「かわいそう」と言っていると、その人は本当に「自分はかわいそう」だと思うのかもしれない。

■2002/12/28 (土) 買春と売名行為

「ばいしゅん」には売春と買春があるが、特に罪が重い方は後者で「かいしゅん」と呼び区別される。これは未成年の保護のために、また社会的な成熟度と責任能力などを考えてできた観点だが、最近ではようやく売春側も罰せられるようになってきたという。しかし、買う方に責任が多いという構図は認める人が多いだろう。

一方「売名行為」で非難されている人もいる。「買」名行為は聞いたことがない。しかし売買というのは売る側と買う側の両方があって成立するものであるから、売る側を批判するならば、同時に買う側も批判しなければならないはずである。売名行為に反応する人がいるからこそ売名は成り立つのであって、「これは売名行為だ」と感じる人が多ければ、そのことはむしろ売名とはほど遠いものになろう。よくテレビ番組の内容についての批判的な意見が新聞のテレビ欄に投稿されるが、そんな風に思っているんだったらテレビ見なきゃいいのに、と思う。テレビだって、曲がりなりにも見る人がいるから成り立つのだ。

この2つの話題で、買う側に責任を押しつける場合と、売る側に責任を押しつける場合があるとわかる。しかし買う側も賢い消費者にならねばならぬし、売る側も買う側を甘くみているとやられる時代になるだろう。一つ予想をすると、10年20年単位の未来には、新聞よりもインターネットの方が、多くのニュースのシェアを占めているような気がする。

■2002/12/29 (日) 集大成

塾で担当していた高3の授業が今日で終了した。思えば初めて3年間通して担当したクラスだ。ちょうど自分の型ができてきて、脂がのってきた頃から担当し始めた。生徒もいい生徒で、学力面でも態度の面でも、どちらでも申し分なかった。相思相愛で、むこうも私に担当してもらいたがり、私も向こうがやるならと標準以上の力を注いだ。やる気があるなら、ということで、無給で補講をしたことも何度もある。

そもそもはビジネスであり、バイトであり、塾という場を借りて、授業を提供し、月謝という形でお金をやりとりし、私は給料を得る。しかしその原則を超えることが結構大きい。この4日間は、センター対策と称する講座で、本来のテキストの不足を補うべく、3時間の授業のために朝から晩まで準備をした。テキストもオリジナルだし、教える内容もオリジナルだ。このために自腹で参考書も買っているし、自分の持てるものを全てぶつける覚悟だった。

アンケートの言葉と、生徒も名残惜しそうな様子が、自分にとってすごくありがたいものだった。あとはそれを結果に結びつけてもらうだけだ。平常心が一番大切だ、などなど、受験の先輩としての精神的なアドバイスも含めて、この3年間の集大成がもうすぐ行われる。生徒の集大成であり、それは私の集大成でもある。

■2002/12/30 (月) 1300gを喰らう秘訣

自己紹介を見ていただくとわかるが、CoCo壱番屋というカレーの全国チェーンで、ライス1300gカレーを食べたことがある。20分以内に食べると無料になるということで、軽い気持ちで挑戦した、と言うか、「全然いける」という意味で軽い気持ちで挑戦した。もう一度やれと言われてもできるが、あれはお一人様一回限りである。他の店で偽名を使って住所も偽ればできるのだろうが、見つかったら激しく恥ずかしい。

1300gがどのくらいかというと、普通が300gであり、おそらく3〜4合程度と推測される。(そういえば国分寺周辺の「スタ丼」の大盛りも食べたことがある。あれも4合弱だろう)普通の人なら見ただけで引くだろう。量を食べる秘訣は「速さ」である。制限時間は20分であるが、30分でもあんまり成功者数は変わらないと思う。お腹が一杯になってくるからで、満腹信号が頭に伝達されないうちに食べ終わればいいのだ。ちなみに私は13分で食べ終えた。

細かい注意した点はある。例えばルーの追加はいくらでもできるのだが、それはお腹を膨らませるには違いないのでご飯だけをおいしく頂いた。水を飲むのもお腹を膨らますには違いないので極力控えた。話はずれるが辛いものを食べるときに水を飲むのは、舌の上の唾液の膜を取り去ることになるので控えた方が実はいい。辛さはいつも3辛とかで5辛でもいいのだが、無難に1辛にしておいた。具も入れれば良かったと今では思うが、それもお腹を(以下略)

以前ある教官が「大食いできる人の胃を調べてみたい」と言っていた。胃壁の伸展性が普通の人に比べてなんたらかんたら、という。バリウムを飲んで胃を膨らませてみるんだろうなぁ、と思いつつ、特に自分から志願することもないので、真相は闇の中である。結論として、最近ではエンゲル係数の増加に頭を悩ませている。

■2002/12/31 (火) 教えることと教えないことのバランス

今日は久々に真剣に授業の予習をした。塾で正月の講座を担当するのだが、全く見たこともない生徒なので、生徒のレベルと勝手に想定して色々考えて授業をした。その準備に3時までかかったりしたことも一応記録しておく。この困難さは、先日書いたような、これまで馴染みであった生徒の力に依るところが大きい。

進学クラスと特設クラスというクラス分けがあり、後者の方が学力的なレベルが高い生徒を対象としている。同じ準備をしていけば、前者の方が説明に手間取るために大変になることになると予想される。しかし実際には、上のレベルには、これも教えようあれも教えようとして、結局時間が足りなくなったり、内容が盛りだくさんになり過ぎになりがちだ。そうするとあまり効果は出ないし評判も悪い。

そんなことはとうにわかっていたはずだが、今日は進学クラスの方が授業がうまくいった。くどくなるが、理由は教えすぎようとしたことになる。そこで講習会での重要な原則を思い出す。「教えないことがポイントだ」である。教えるのが商売なのに、教えない、つまり内容を絞ってそこをきちんと強調して消化してもらった方がいいのだ。あんまり教えないと学力的な力がつかないために、本質的な生徒の力になっているかは甚だ疑問であるが、まずは短期的な生徒の満足度を満たすために、まずは生徒がきちんと食べられる量を提供することになる。この辺りのバランスを取っていくことが、塾講師としては必要である。

今日で日記が1周年になります。ご愛読の方々に感謝するとともに、これからもよろしく願いします。