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■2003/12/01 (月) 少子化には取り組まないのか?
出生率低下に悩むイタリアで、赤ちゃんボーナスとのニュースを見た。日本では年金が払った分だけもらえないとか、医療費がどうとか言っているが、要は年寄りが増えて子どもが減っているのが原因だ。年寄りを減らすか子どもを増やすしか手はない。子どもを増やすのに一番いい方法はお金だろう。
独身で子どもなし、というカップルが両方働いている場合を考えると、収入が2人分で、支出も2人分である。結婚して子どもが2人いて、子育てもあるので夫婦の片方が働いているとすると、収入は一人分で支出は4人分である。これらを比率で比べると生活が4倍苦しくなるわけで、税制なり手当なり補助金なりボーナスなりで、これを補正することは子どもの数を増やすのに有効だろう。独身貴族という言葉は、結婚貧乏と同義である。
一時的には財政は苦しくなるかもしれない。しかしゆくゆく生産人口となる子どもの数を増やすことは、短期的なお金の損得では表せないようなメリットがあると考える。もちろん、自分が仕事を続けたいという人にも子供を持ってもらうように、保育施設やベビーシッターの充実をはかる。働いているからお金はあるという人でも、例えば深夜までみてくれる保育所がないとかいう、選ぼうにも選べないのが問題だと感じている。
性行動の若年化が進み、しかもろくに避妊法も知らずに、結果10代の中絶も増えているらしい。じゃぁ高校生で子どもがいる方が、親にとっても子にとっても幸せなのか、そこへの答えは持ち合わせないが、一方では晩婚化と少子化が起こっている現実とは対にして考えるべきだし、「年金は払った分だけもらえるのか、政府ははっきりしてほしい」とか怒る暇があったら、払った分だけもらえなくなる原因を解決するよう考えるのが本当ではないだろうか。
■2003/12/02 (火) 高校女子スラックス 俺に聞け
私が昔住んでいた市の高校で、女子の冬の制服がスカートからスラックスになったという。寒さ対策が導入の趣旨らしいが、保護者は賛成、生徒は賛否分かれているという。そもそも生徒が着る制服を決めるのにあたり、肝心の生徒の姿がさっぱり見えないのが気になる。
制服をスカートにするのかスラックスにするのかという前に、そもそもどうして制服が必要なのかという話がある。子どもにその意義を説明できる親はいるだろうか。普通の大人は、気候も含めたTPOを自分で判断し、どういう服装がいいのかを判断する。それが高校生にできない理由は何なのか。その理由なんかどこにもなくて、実際私が卒業した高校では服装が自由になった。
警察官に制服があるのように、高校生だとわかるような服装が必要だと言う人もいる。しかし高校生であることを大々的に宣伝して歩く必要があることはない。私服はお金がかかると言う人もいるが、制服にいくらかけているのか、また子どもがそうしたお金も含めて考えていくことも、服を考えるということには含まれる。
服装が自由であるならば、制服を着たい人は着たって構わないわけである。周りがみんな私服だという理由で制服を着ないのならば、全く自分の頭では考えていない。同じ構図で周りがみんな・・で制服を着るような骨抜きの高校生を期待するのか、それとも自分の頭で自分のことを考えるのか、幼稚園児ではなく高校生だから後者が可能であると考える。
東京大学大学院の上野千鶴子教授(社会学)は「学校が一斉にスカートかスラックスのどちらかに決めるのは非常識なこと。選択肢がないから逆の立場を求める人が出てしまう。動きづらく、洗濯も出来ない制服はやめた方がいい」とコメントした。
非常識とかやめた方がいいとか、確かにそうなんだけども、そういう次元で物事が動くのではない。民族衣装を法律で規制することを想像するとわかるだろうが、自分の服を自分で決めるという構図は、基本的な人権の一部だ。子どもの権利条約をはじめ、人権侵害の一つだという論理的裏付けがあることも、前面に打ち出すことではないが心の隅に留めておいていいことだ。
逆の立場を求める人がいるという現象は、決まりを作れば必ずそれに反抗する人が出てくることを表している。大学の先生ならば、そうした反抗が全国的に生まれている損失についてコメントしてほしかった。一つの高校での制服と生徒と親との構図は、たまたまそういうことに主体的に取り組んだだけの、私のような者にでもいくらでも語ることができる。おごって言えば、私が教員にならないことも、一つの知的財産の損失なのかもしれないが。
■2003/12/03 (水) 価値を持たせるための価格設定
部活でたくさん写真を撮ったとき、CDに焼いて配ることにした。メディアは1枚40円くらいで買ってきたので、1枚40円で販売すれば収支は合うが、後輩から40円ずつ取り立てるようなケチな真似はしたくない。だいたいもっと桁が違うところで奢ったりもするくらいである。そこで結局1枚100円にして販売した。
なぜ値段をつけたのかというと、タダにすると「じゃぁ3枚下さい」とか「なくした」とか、誰のかわからないのがその辺に落ちているとか、そのCDに価値がないことによる問題が色々起きてくる。100円の対価を払えば、本当はどんな価値があろうとも100円のものとして扱われる。ちなみに収益は全て部費にした。
ゴミ袋が高いといちゃもんをつけた人がたくさんいるらしい。指定のゴミ袋以外で収集しないのに、原価5円のゴミ袋を50円で売るのは暴利だ、という論調だ。この場合重要なのは、差額の45円の行方ではなく、ゴミを出すことに50円の価値を持たせている点だ。実際そうすることでゴミの減量に効果があることがわかっていて、ゴミの総量が減れば処理費用も減り、財政的に得をするのは他ならぬ住民だと思うのだがどうなのだろうか。
反対しているこちらのページは突っ込みどころ満載だ。他と比べてどうのと言うのは何の根拠にもなっていないし、市民の負担をおさえるためと言いつつ、結局そこから取らなければ税金で埋めるしかないように思われる。下関市の人口はおよそ25万人らしいが、他の統計での1人あたりのゴミ処理費用は年間1〜2万円だという。下関だけ特に費用が違うとは思えないので、1万円だとしてかけ算すると25億円だ。「有料化で市は3億円も儲け」という指摘は白痴としか思えない。
私の進学先の候補であったことがあるこちらの研究室では、有料化による減量の効果について調べたようだ。引用すると「政策を導入した直後は減量効果が現れているものの、時間が経つにつれてゴミ袋の有料化がもたらす減量効果が薄れていき、排出量が増加するケースも見られることがわかりました。」ということで、この反対運動もそのうちほとぼりが冷めるだろうと予想する。
50円も払うのは困る、というのはおそらくこの運動の動機ではなく、ゴミ処理にお金がかかるなんて!という思いが主なものであろう。ゴミ処理にお金がかかるという意識を持たせた点では今回の下関市は成功で、反対運動を含めてうまくいっているのではないかと思える。ただ言うならば、粗大ゴミは出るときはどう頑張っても出るものであるから、それを有料化してもあまり減量効果はなく、生活を変えることで量を変えることができる範囲には、経費以上に有料化にする意味があるのではないかと私は考える。
写真入りで見てもいいという方はこちら。文章は同じです。
あねごってどんな奴やねん、ということで、会いに行ってみた。あねごといえば、ネタにまみれたポリクリ日記で一世を風靡した、アダルト系ではないえむじょSTATIONの管理人をしている、某大学医学部の6年生である。web上のひょんなところから知り合って、お互い日記を読み合う仲になったのだった。ちょっと怖いもの見たさの気持ちを必死に隠しつつ、私はあねごのふるさと横浜へと飛んだ。
羽田に降り立った私に届いたメールで、いきなり「酒臭い」との文字が。そういえば確かに昨夜、終電の中からと思われる酔っぱらいメールが届いていたような気もするが、そこまで突っ走られたご様子である。気を遣うと酒が進むらしいので、気を遣わないように、と釘を刺しておいた。(気を遣っていないように相手に見せるために気を遣われると、それは全くの逆効果であるが)
さて、待ち合わせ場所である石川町駅南口に到着。お互いwebを漁れば写真が出てくるのもあり、「駅前の地図を見てる」とのお約束がなくとも結構遠くからわかってしまった。写真でよく伝わらないのは全体のサイズと雰囲気だが、自分から声をかけなくても済むようにオーラを出していたのかもしれない、さすがあねご。
さて、北海道で生まれ育った男である私でも知っているくらい有名な女子校に、あねごが干支一回りほど通っていたことを知ったのだが、その頃のテリトリーを散策し始めた。繁華街は私のような田舎者がきょろきょろせずには居られないところであったが、そんな私に新旧織り交ぜてどんどん街の紹介をしてくれた(単に本当に懐かしくてただ夢中で喋っていた、という解釈でも矛盾はない)。destructiveに方向音痴だと自称していたが、なんとか最初の目的地にたどり着いた。
「老舗の中華料理屋で、それなりの値段はするけど、商売っ気がなくて、雰囲気は銭湯だ」という中華屋に入った。なるほど観光客が入りそうな雰囲気ではなく、銭湯だと言われれば信じてしまいそうな構えで(各種クレジットのシールだけが、そういう店であることを主張している)こいつはいいところに連れられてきたと思った。横浜の中華街には二度来たことがあり、まぁ決して悪くはなかったが、他では味わえないとまでは思わなかった。観光地の原則として、地元の人も行くところはやはりおいしいのだという話だ。北海道にラーメン食べに来た人を、私なら横町とか村には案内しない。
料理の方は、正統派でしっかりと作られていて、装飾に関してもかなりの手の込みようだった、ニンジンで鳥を彫るとか、キュウリで皿の模様をつけるとか、味ばかりでなく視覚的にも楽しませる。北京ダックを正直初めて食べたのだが、これを標準ダックにすると他で食べれなくなるらしいおいしい料理が、私の頭の中にくっきり記憶された。
味がいいというのはもちろんだが、あねごお気に入りの店であるもう一つの理由は、雰囲気がいいというところだ。確かにアットホームというか、おばあちゃんの家に来たような、というか、だらだら喋っているうちにずいぶんまったりしてしまった。居心地がいいというのはこう言うことを指すのであろう。
満足して眠くなったところで外へ出て、再びあねごの思い出ツアーが始まった。カレーミュージアムの秘密などを含め、地元民ならではの情報と経験がたっぷりのガイドだった。あねごの若かりし頃の思い出、逸話、武勇伝、ネコ、恩師、秘密基地、探偵団などなど、どこかの漫画か物語に出てくるような、そんな楽しい話を聞きつつ歩いた。木を見るたびに「あそこにも登った」と口走っていたようなことは、おそらく多分なかったと思われる。こちらがボケたつもりで振ったネタが実は本当にあったことで、話を合わせるのに苦労したのも一度ではなかった、ということも多分なかった。自分がポーカーフェイスでよかったと思う瞬間もなかった。
体育会系の私と同じペースで坂を歩き、途中でかなり息が上がってしまったので、あねごが日頃から勉強に励んでいることが証明された(厳密には、日頃運動以外のことをやっていることが証明された)。ありがちな場所とそうありがちでもない場所をハシゴしていき、あねごが子ども好き、女子高生好きであることを発見した。子ども好き、というのは子どもと一緒に遊べるという意味で、非常に羨ましい(誰も精神年齢が近いとか言ってないぞぉ)。女子高生好きというのは、要するに精神的オヤジだ、ということだと自称している。私も女子高生があまりいなかったのはとても残念だ(と話を合わせておく)。
教会とか、禁断の女子校とか、幼稚園とかをすぎて、夜のとばりが降りてきれいな夜景を見つつ、なんとかブリッジとかなんとかタワーとか、港や公園のあたりをwanderして、横浜赤レンガ倉庫に向かった。絵描きのあねごと写真の構図の話ができるとは思ってなかったが、そんな新たな発見をしつつ、GROUND ANGEL produced by 石井竜也による、赤煉瓦の地面に繰り広げられる光と音楽のスペクタクルを観た。地面を光と影が動いていくのを子どもが追いかけて遊んでいたが、一緒になって走ろうとするあねごを体を張って止めるのは大変だった。
赤レンガ倉庫の中には、おしゃれ系の食べ物屋、雑貨屋、家具からバーまで店が入っていた。ポリクリ開始後にできたこともあって地元民あねごにとっても初めてで、私にとってももちろん楽しい空間だった。雑貨系、小物系、小ネタ系、ちょっとした家具系など、見ているだけでもうきうきするようなところを、適宜ぼけつつ突っ込み合いつつ見て歩いた。おしゃれ風の紅茶とかを買い、意外にも(失礼)料理も組み立てられるあねごに食材の使い方などを教わったりした。
そろそろ、後日どちらかが筋肉痛になるほど、いいだけ歩いたので、バーで座ってまったり。オリジナルカクテルを飲みつつ、サイトのこと、オンラインでのつながりのこと、将来のこと、最近直面している問題、自分というもの、周りとの人間関係、スミ教授のことなど、延々と話に花が咲いた。オフ会の原則通り、話が進めば進むほどprivateになり、サイトに載せられなくなるのが残念である。少し言うとすれば、ノリがよくてネタにまみれているだけではなくて、古風で保守的で、欲がないところがあるんだな、と思ったり。
基本的にあねごというのは、表面的にはよく喋るやつで、でも本当のところは、その場で自分が果たすべき役割がわかるからこそ、それをなんとか果たしてやろうと躍起になって喋っている。誰かに期待されるとそれに応えずにはいられない、自分が大変な思いをすることで相手が、周りが楽しくなれるのであれば、たいていのつらいことはやれてしまう、そんな性格。
終電にめがけて駅へと歩く中、検問をしている神奈川県警のパトカーを見て、「なんかある意味全国的に有名になったとこだな」と私がうかつな発言をしたところ、「一部の人のことで全体が叩かれるのは、(自分の大学のことを意識して)同情できる。」とあねごは言った。自分の浅はかさを後悔しつつ、この正義感が前述のサービス精神と結びついて、彼女の魅力ができているのだと考えた。
どうして彼女の周りには人が集まるのかに興味があったのだ。過剰なまでのサービス精神と芸人魂の一方で、同時に正義感と周りのことへの気遣いを持ち合わせているので、近くにいる人は居心地よく思う、というのが、今回わかったことだった。男扱いされていると自嘲しているが、その実はお洒落っ気たっぷりの女の子でもあり、長年の女子校生活で、女の子であることの良さも悪さも知り尽くしているがために、どちらの性の中でもうまくやっていくよう行動することができる、あねごのそんな側面を見てオフ会終了となった。
わざわざ行く価値は大いにあったと、あねごに感謝しなくちゃならない、そんなオフ会だった。時間を区切ってその人に丸投げするだけの価値があったと自信を持って言えるからだ。
日頃パソコンやケータイメールなどでつながっている人たちと会ってきた。平日に遊びに出かけることができるのなどはもう一生ありえないだろうと予想していて、その意味でも平日昼間とか早朝の観光地の違った様子を見ることができたのもまた、心の栄養としてよかったなぁと思っている。どこに行って何を観た、というのはもちろん観光の目玉だが、今回はここからここまで、と決めたある時間を全て相手に任せて過ごして、なかなか良い時間を過ごせたと思っている。
オンライン、つまり電子情報を介したつきあいというのは、主には文字情報に依るものである。自分が思っていることを表す表現力も必要だし、その表現したことが全体のどのくらいの部分を占めるものか、ということも考える必要がある。ネタ日記を書いている人が実際にネタの生活をしているわけではないということだ。(中にはかなりネタにまみれている人もいるが)
オフラインでは、特別な道具も技術も必要なく、とりあえずその人のありのままの姿を見ることができる。いちいち言葉にしなくても伝わってくることがあるし、日頃どのくらい自分を作って表現しているかがわかる。もっと洞察力があれば、どういうことを思っているけど実際はどういう行動を取るのか、というギャップも見抜くことができて、その人をより深く理解するのに有効だ。
私はオンラインを愛用していて、扱うメールの数も見るサイトの数もそれなりにあって、しかもそうしたオンラインで扱える情報、つまり文字で表すことができる情報に価値を置いているのだが、そんな中でもやっぱりオフラインの部分はあった方が良くて、それは競合すると言うよりは、より良いオンラインの関係を作るのにも効果的だと感じた旅だった。
尊厳死という考え方がある。日本尊厳死協会のHPによると、患者が「不治かつ末期」になったとき、自分の意思で延命治療をやめてもらい安らかに、人間らしい死をとげること、のことのようだ。今回の報道によると、「医師が(宣言書の趣旨を)理解してくれなかった」「延命措置がとられた」とアンケートに答えた会員が約5%いるという。
実際にそのような理解しない医師がいるかを確かめることはできないが、理解していても「理解してくれない」と思われる構図をいくつか推測する。一つは、実際にはその状態が不治ではないことである。不治かどうかの判断は圧倒的に医師が優位な立場にあるために、患者が不治だと思っていて医師がまだ望みがあると思っているときには、治療なのか延命措置なのか解釈が食い違うことになるだろう。いずれ死ぬという点ではどんな人も不治だし、病状が悪化してどの瞬間に不治と認定するかはかなり難しい。
また、最後まで手を尽くすことに価値を置くところが日本人には存在する。例えば、死に目に会えるとかいう事情で、家族が来るまで心臓マッサージをするという現実もある。生前見舞いに来なかった親類ほど、いざ死ぬ段になると手厚く医療を施して存在感を発揮してバランスを取ろうとする。本人が希望していても家族が同意しないというアンバランスのために、日本での脳死からの臓器移植が進まないという側面もある。もしも医師がそうした家族に年中接していたとしたら、宣言書の趣旨を理解しないという防衛法もあるかもしれない。
そもそも「尊厳」つまりdignityという言葉が、日本人にはなじみ薄い。尊厳が何かを良く理解しないうちに、尊厳死について語ることはできやしない。「見込みのない延命の拒否」などと言うのは簡単であるが、実際に決断するのは家族であったら、生前によくよく家族で話し合っておかなければ、いざというとき途方に暮れる。
法律だけを制定しても、実際に一人一人が死に方を考えなければ今までの状況と何も変わらない。法律が一人一人が考えるきっかけとなるのであればいいのだが、死自体を考えることから逃げる傾向のある中では、そもそも法律ができることも難しいのではないかと考える。
何より最近の「インフォームド・コンセント」の流れから考えると、意に反した治療がされること自体がありえなくて、きちんと意思を表明していけば、大いに「尊厳死」を作ることができるのだと思うが、そのあたりは協会の人たちはどのように考えているのだろうか。
イラクが危険であるかどうかは、危険でないなら文民が行けば済む話であるから、危険であることがわかる。実際自衛のための武器を持っていくわけだ。先日オフ会にも参加したが、こちらのサイトの情報によると、駐屯地警備しかできない装備のようだ。「医療、給水及び学校等の公共施設の普及・整備は無理」だと言われているが、実際どうなるのか注目したい。
反対運動や街頭での抗議活動、署名などが報道されているが、ついこの間選挙があって、そこで多数を占めた政党の方針でやっていることであるのだから、このタイミングの世論調査で反対が多くなったり、「世論を無視して」などという意見が出るのは、議院内閣制を否定することでしかない。有権者であるならば、前回の衆議院選挙でイラク問題に対する姿勢を支持/不支持の意思を表せたはずだからだ。そしてそこで決まったことには従おうというのもまた、民主主義のルールである。
もし派遣しなければ、アメリカとの同盟関係を損なうという意見があるが、アメリカだってアメリカの国益にかなうから日米同盟を続けているわけである。ダメなものをダメだと言うのは全く問題ないのだが、日本には如何せん主体性というのが見あたらない。まずは日本が世界に対してどのような姿勢で臨むのかを宣言して、その主義に従ってイラクには行く/行かない、そこでは医療と給水をやるのか他のことをやるのか、そう考えていくのがスジであろう。いきなり記者会見で憲法前文を持ち出しても、国際社会はおろか国内からすら支持は得られないだろう。
おそらく犠牲者は出ると思う。しかしそれは、国がしっかりとして方針を持ち、その下で行われた行動の結果起こったものであるとか、国民が一致して送り出しているとか、国際貢献のために真に役立つものであるとか、そうした誇りを持って活動した結果であるものだと願う。死んでいいとは思わないが、命をかけてやる仕事にはそれなりの重みがあってしかるべきだと思うのだ。
■2003/12/10 (水) 尊厳死に追記/講義ビデオを解読
調べものをしていて、偶然こんなサイトを見つけた。ある程度医学の知識がある私の立場で要約すると、全然不治じゃない状態の患者の家族が、患者は生前「尊厳死」を望んでいたからと言って、必要な治療ができなかった、というものだ。今ある医療のベストを尽くすことは、確かに危険を伴うこともあるし、尊厳がないと思われる結果になることもあるのだろうが、救える命を救えなくなっては本末転倒だと思うのだ。
ある講義の解読をしている。スライドが大量で、一枚一枚のスライドも大量の文字を含み、話も聞き取りづらいし、いわゆる「寝る講義」ナンバーワンである。試験もマニアックでそこらの教科書には載っていないし、攻略が難しい講義の一つである。最近はハイテクが進み、デジカメ+テープレコーダーから、ビデオカメラで記録という時代になってきた。
よく考えると、大半の、と言うよりほぼ全ての学生がついて来れない講義を、誰かがビデオ起こしをして、印刷物化されたものでみんなが勉強するなんて、非効率きわまりない。最初から教官が印刷物にしてくれたり、少なくともやる気のある学生には理解できるような講義をするとか、どちらかでもしてくれれば、少なくともスローモーションとかリプレイとかを駆使して私が今「解読」する必要はないだろう。
でもまぁ、人に教えることとか、わかりやすくまとめることは好きなので、楽しみつつやっていこうと思う。少なくとも去年よりはわかりやすくしてやろうと。内容をきちんと理解することと、それをうまく伝えることは別物で、両方が備わったときに初めて、いい印刷物ができあがるのだ。こんなに日々文章と格闘していて、それができないはずがない。
■2003/12/11 (木) 段取りにおいてどこまで気を回すべきか
いわゆる「段取り」をしている。前例がないことなので何でも自分で決めなきゃならないのだが、それはそれでやりがいがある。色々な状況を想定して色々対策を取るのだが、どこまでやったらいいのかは迷うところだ。答えがない問題に対して、落としどころを決めるからだ。
特にいつも思うのは、特例をどこまで配慮するかということだ。親切心で「こういう人には特別にこうしよう」とすると、それよりさらに進んだ状況で「じゃぁこの人にも何かしてあげなくちゃならないか」とか、逆に「じゃぁこっちも特別に対応してよ」と、さも当たり前であるかのように迫られることもある。そんなことなら、最初の親切心がなければよかった、と思うことがある。
最初の親切心は、確かにその人に着目するといいことである。それくらいの負担ならばこっちも問題ないから喜んでやる。しかし最初の一歩踏み出すことが、更なる問題を引き起こす可能性を持っているときに、それを躊躇するのかどうかは悩むところだ。目先の小さなプラスを見るのか、それにくっついてくるマイナスを想定するのか、そのプラスとマイナスの間に境を引けないのに、手近なプラスが見えてしまう自分が恨めしくなる瞬間だ。
■2003/12/12 (金) トリアージと哲学的な問題への取り組み
憂鬱なプログラマによるオブジェクト指向日記を読んで、自分の専門に近い話題だったのでYasさんにメールを出したところ、わざわざ取り上げて下さった。
病院のスタッフの数に対して、救急患者の数が多いときの優先順位は、次のようになる。
手を尽くしても助けられない人には何もしない 放っておくと死ぬけれども、すぐ手を尽くせば助かる人をまず最初に 放っておくとよくないが、とりあえず少しは待てる人を次に 放っておいても死なない人は後回し
は正しいのだが、ちょっと医学的な言い回しとして今ひとつかもしれないと思い、慌てて検索してみたが、晴れた朝も雨の夜もの雑記と、甲賀病院のQ&Aのページがよくまとまっているので挙げさせてもらう。結局他人のページを紹介しているだけなのだが。
大学の教育というのは、低学年で一般教養、医学部だと基礎医学、臨床医学、そして臨床実習へと続いていく。旧型のカリキュラムでは、一般教養というのは一般教養の教官が担当し、それは哲学なら哲学の専門家が哲学を教えるという構図で、ともすれば古代ギリシアの思想を学ぶのに精が出る。これは哲学に限ったことではなく「一般教養」とされる科目に共通してみられることであるが、医学に関する哲学はおろそかになりがちである。
Yasさんが取り上げている通り、10人の患者に1人の薬があったときどうするか、というのは、多分に哲学的・倫理的な問題だ。一応国家試験前に、金持ちを優先するなどの「明らかに」それはダメだろうという問題には対処できるように自習するが、どちらの行動を取るべきかのシビアなケースはいくらでも存在する。そしてそうした問題への対処法ははっきり言って独学だ。
例えば三つ子以上の妊娠でこのままでは母子ともに危険なときに、それを双子とかに減らすことは許されることなのか、減らした方がいいのか悪いのか。例えばまだお腹の中にいる子どもに病気が見つかったときに、日程を調節して準備が整ったところで帝王切開をするのがその子を助けるには一番いい方法なのだが、そうして入れた予約のために他の子どもが断られることになってもいいのか、しかし受け入れ態勢が整わないのに受け入れることもできないし。こうした例はいくらでも挙げられると思う。
こういう問題は決して定まった答えが出るものではないし、試験で測ることができるような力でもないかもしれない。しかし間違いなくそうした問題に直面するし、それへの取り組み方、着眼、自分以外の意見など、やっておく価値は多いと思われる。こう偉そうに書いている私の考えだって多くは自己流で、自分では色々考えているつもりでもまだまだ他の視点があるだろうと思っている。
本来こうした議論というのは、医学部の中だけで行うのではなく、色々な立場の人を交えて行うべきだと考える。そうした問題は医療従事者が考えれば済む話ではなく、誰の身にも降りかかってくる可能性があって、当事者が考えずにサポートする側だけが考えても大変だ。媒体として、このような場所で書くというのもいい緊張感が持てて、「医者の常識、世間の非常識」にならないように注意する意識が身につくかもしれない。
■2003/12/13 (土) 模試の活用法 特に偏差値について
医師国家試験の合格率は90%ほどであるが、偏差値が40以上というのは上位85%に入っていることと同じだと想定されている。細かいことをいうと、正規分布だとか標準偏差だとか単純に点数で合否が決まらない禁忌とか必修とか90%の根拠とか色々あるが、医師国家試験を受ける人の中で偏差値が40以上であれば、今のところ合格圏内にいる目安となることは間違いではない。
偏差値が43以上の人の合格率を、模擬試験AとBで比べたところ、Aでは98%、Bでは55%だったという。ゆえにAの模試がより国試レベルだということを営業の人に宣伝されたのだが、その内容とそれを「へぇ〜」という顔でうなずきながら聞く側と、両方を見ながら苦笑をこらえていた。
ある偏差値以上の人を抜き出したはずなのに、全体の合格率が90%の試験の試験で55%というのは、いったいどんな人たちなのかにも興味があるが、偏差値というのは集団での位置を意味するものであるから、集団が果たして同じであったかの検討をする必要がある。めちゃくちゃレベルの高い人ばかりが受けている場合にある偏差値を超えることには意味があるが、逆にレベルの低い人しか受けていない中である偏差値を超えても意味がない。
模試、つまり模擬試験は、試験を「模擬」したものであるべきだから、模試の結果が実際の試験の結果とうまく合っていなければならない。模試がいいけど落ちたとか、模試が悪いけど受かったとか、そういう人がたくさんいるのはよろしくない。それをもっていい模試であることを示すなら、ある偏差値以上と以下の2群に分けて、その合格率の差を示せばいいだろう。それを模擬試験AとBで比べて優劣を主張するなら、まだ聞いてもいいかという気になる。
そもそも模試の質なんて、客観的に測れる指標などないのだと思う。簡単だと意味がないし、難しいのも困るし、全体の位置を知るためには簡単なものから難しいものまでそろえて、実力を点数に反映させなければならない。それが本番の試験を模擬しているかはまた別な話で、復習して意味があるようなものにするのもまた別な問題で、しかも既に受けた模試を評価しても次の役には立たない。受験生になったらこのあたりには騙されないようにしようと思っている。模試というのは振り回されるものではないのだ。
献血にでかけたところ、戦争反対のデモが行われていた。「戦争反対」「ノーウォー」「自衛隊派遣を許すな」などがキーワードだ。市内の自衛隊の基地の前まで行ってシュプレヒコールをあげていたらしい。頭に来て、説教したい気持ちをこらえて横を歩いた。
戦争に反対ならアメリカに行ってブッシュに反対の意思を伝えてくるべきであろう。日本の態度に依らずアメリカは戦争を起こすものだ。次に、日本の態度はつい先日の選挙の結果に従うものである。私は今回の戦争にも派遣にも反対だが、戦争に賛成する勢力が多くを占めてしまった以上、反対でごねるのは民主主義ではない。小学校じゃないんだから。
自衛隊員は命令に従って動くものである。国の方針が派遣に向かっているのに、その命令に従う立場の方を攻撃してもどうにもならない。ひょっとしてどうにかなると思っているのか。志願者を募っている形式であったとしても、これから不安を抱えつつも国を代表して行こうとしている人に対して失礼だとは思わないのか。国民を守る職に就いている人が海外に行くときに、どうして国民の反対の声に見送られなければならないのか。
全体を見て、政府がこれで方針を変えるとは到底思えない。自衛隊員は不愉快になる以外特に何もないだろう。活動している彼らの意見が取り入れられるとも思わない。そうすると、いったい誰のために、何のためにやっているのか。パトカーと警官に挟まれて街を歩くことにどういう意義を持っているのか、さっぱりわからなかった。これは国民に認められた権利なのだろうか。
■2003/12/15 (月) 子どもの脳死移植は認めるべきか
15歳未満の脳死移植を認める方針が提案されるらしい。少し想像すればわかることだが、移植でしか助かる可能性がない病気でも、子どもには大人の臓器だとサイズが合わない場合があり、それは日本においては助からないのと同義であった。募金などによって海外に渡り、さらに運良く提供が受けられて、そして手術もうまくいって初めてその子は助かることになる。しかし人種間でみると日本人はtake and takeであるという問題点があり、またその子の生命が募金に依るとか、日本人として、日本国としてどうするのかが問われていると考えるべきだ。
15歳の判断能力は難しい。しかも15歳「未満」であるから、説明の仕方によっては、子どもに提供する旨の書類を確実に書かせることも可能だろう。例えばまだ言葉もわからないぐらいの子どもの場合は、親の意向のみでいいのだろうか。考え方が難しい。子どもの権利条約などをふまえて、子どもの意向を尊重するのが原則であるが、年齢が下がるにつれて親の意向とのバランスが問題となってくる。
子どもに限らず、何も意思表示していない場合はどうするべきか、という問題がある。提供の意思を表していないとみるか、提供を拒否していないとみるか、基本がどちらかということだ。今のところ、日本においては前者のようだが、これは提供数が増えない結果をもたらしている。意思表明をしない人の権利を守ることも大事だし、しかしそれで助かる可能性がある人たちの命のことも考えると、私は結論を出せずにいる。
多分それは、医学を学んで、移植がすばらしいと思っていて、どんどん推進すべきであると思っているのだけれども、この自分の思いを他人に強制してもいいのかという迷いであろう。それは職業的かもしれないが所詮は個人の感情であって、自分の考えを他人に押しつけることは傲慢だ。しかし医学の内容については圧倒的に理解できる立場にもいて、だからこそ推進するべきなのかもしれないし、だからこそ逆に、自分の持つ言葉の重みに責任を持たなければならないかもしれない。迷いながら書き始めたが、やはり難しい。
生体肝移植は、健康な人から病気の人へ肝臓の一部を移植するものだが、重要な治療手段であり、その恩恵を受ける人も多い。例えば現在の衆議院議長は、息子の肝臓の移植を受けて生き長らえている。しかしこの医療行為が保険の適応でないために、仮に提供できる状態であったとしても断念した人もいるかもしれない。
今回、生体肝移植への保険適応が決まったという。確かに自分の家族がそういう状況になって、健康な自分が提供すれば助かるというのであれば、そういう選択をする人も多いのかもしれない。実際行われている医療を保険でサポートするのもまた自然な考え方である。
しかし生体肝移植というのは、その医療がなければ全くメスを入れられることのない健康な人に対して、手術・肝臓部分摘出という行為を行うものである。これが保険という制度で促進されるのと、かかるお金を自費で払って個人が好きでやることとの間には、大きな差があると感じている。健康な人の体にメスを入れることがある意味「正しい」と認定されているからだ。
現段階では、そうした条件に合って、なおかつお金を出せる人が、非標準的な医療という建前で行っていた医療だったが、この提案が通れば、条件が合えば親が子どもに肝臓の一部を提供するのが標準で、条件が合うのに提供しないのは親として愛情が足りないようにみなされがちになる。脳死になっても強制ははばかられるというのに、健康な人にメスを入れることはどのように位置づけられるべきなのだろうか。
昨日書いた内容でもそうなのだが、医療の技術の進歩は素晴らしいと思うし、おそらくその一翼を担って将来生計を立てていくのだと思うのだが、医学の進歩が必ずしもプラスばかりを生み出さずに、何らかのマイナスを伴っていくことを常に頭に置いておかなければならないと思っている。救える命の方ばかりに目を向けがちだが、確かにそれを考えるのが大事なことなのなのだろうと理性的には思うのだが、「そうした医療に関わらない」という選択を奪うという面は常に裏表の関係でつきまとうのだろうと考えている。
■2003/12/17 (水) 講義を英語で行うことの善し悪し
医者に英語は必要だ。世界の最新情報は英語で流通し、それを知らないことが患者の不利益になることは大いにありうる。入学試験に英語があるのもそういう理由で、数学だの物理だのよりははっきりとした必要性が感じられる。私は個人的に、医者には人間的な優しさと頑張れる力が必須条件で、適度な知的好奇心と適度な英語力が伴えば十分だと思っている。もっとも倫理観とか望めばきりがないのだが。
それはそれとして、医学を習得するのはなかなか大変だ。簡単だったら6年も大学に行かなくてもいいわけだが、60分の講義ではとても足りないとぼやきつつ、たくさんの情報を伝えようと教官たちが次々やってくる。もちろん予習は無理でも復習をして、試験前には自習と暗記に励む。その中で、プリントやスライドを英語で作ってくる教官がいて学生は手を焼く。
手を焼く、というのは、医学を日本語で理解するのも大変なのに、英語を一回日本語に直すところで苦労して、そして内容を理解する段でまた苦労するのだ。内容が難しくなったときの傾向として、結局何も理解しないまま試験に臨み、平均点が下がってよくわからない人ももろとも合格してしまう、という現象が見られる。ちょうどうまくやれば、英語力も内容も両方身につくのだろうが、今のところその域には達していない、ただの迷惑な講義になってしまっている。
英語でやるのが悪いのか、もう一度よく考えてみたところ、数少ない英語で受けた講義がわかりやすかったのを思い出した。なんでも外国の有名な先生だそうで、外国の教官というのはプレゼンテーションの方法に関して、よくトレーニングされている場合が多い。そうするとわかりにくいのは、英語でやるからなのではなく、実は教え方の方法論に依ると考える方が自然である。確かにあのわかりにくい英語の講義は、日本語に訳してもわかりやすいにはほど遠い。
教え方がわかりづらい原因の一つに、受け手である学生のレベルをわかっていないことが挙げられる。英語ばかりを使って教えるような教官は、学生の英語力を正しく認識していないことも意味していて、もちろん英語力以外の力もわかっていない。英語を使って教えるからわかりづらいのではなく、わかりづらく教えるような人は英語も使ってしまうのであり、原因ではなく結果としてとらえる方が理にかなっているのではないかと思い、私はこれから英語と格闘する。
■2003/12/18 (木) 善し悪しよりも存在が大切、とたまには思う
今週はめったにない締め切りのお仕事を抱えつつ、連日忘年会等で手加減ない他者との交流に励んでいた。そうしたことに力を注げるのもまた幸せなことで、最後に問われるのは自分の力である、という場面は確かに多いのだが、その自分を作っていく方向づけや、最大限の力を発揮できるような環境などを考えると、周りの人との交流がもたらすものというのも大きい。
give and takeという考え方があるが、一見giveばかりだったり、takeばかりだったりする関係が存在する。私も先日「得てばかりだった」と相手に言われたし、自分が同様に思っていることもある。それではバランスがよくない気もするが、与える方向が片方向であったとしても、その二人の間には「関係」があって、その「関係」から各々が受ける影響は、ある程度同じ大きさのものではないかと思うのだ。
見た目は酷いことかもしれないし、一方的かもしれないとしても、双方がそこに関係を持ち続けようとする限り、両者はある程度の価値をそこに置いている。とかく「ああ言われた」とか「こんなことされた」とか文句を言いがちになるが、そこに言葉が存在したり行為が「存在」するのが事実であって、その「存在」の有無こそが大きな違いでないかと考える。
自分の力をどこにでも割ける状況で、いったいどれを選んで行動するのか。その行動の結果としての「存在」自体を疑うことは普段あまりないけれど、いいも悪いもそもそもそれが全部なかったらどうなのだろうか?と考えれば、大きな意味がみえてくるのかもしれないと思うのだ。いいとか悪いとか、それから受ける快とか不快とか、それが些細に思えるような視点に時には立ちたい。
■2003/12/19 (金) 病院での待ち時間と満足度の将来は
待ち時間30分超が44%=患者の満足度低下−厚生労働省の病院利用調査という調査があったようだ。医者余りとか言われているので、このあたりの現状を数値で示したデータは貴重だ。厚生労働省のページに行って、その元の数値にあたってみることにした。
外来患者の待ち時間と診察時間の結果を見てみた。たくさん項目があるのだが、待ち時間と満足度の関係について取り上げると、待ち時間が30分未満なのは45%にすぎない。大病院ほど待ち時間は長く、小病院は短い。慢性疾患を扱う療養型では短く、特定機能病院では長い。当然だろうが、待ち時間が短いほど満足度も高い。
予約制度が取り入れられれば解消されるだろう、と期待するのだが、予約した人のうち待ち時間が30分未満なのは51%、予約していない人では42%と思ったほどの差は見られない。これは診察というのは予定通りに時間を区切ってするものではなく、その状況によってかかる時間が変わってくるからだろう。おばさんの長い話は、診療に関係ない内容でも10分ぐらいは余裕でかかるだろうし、患者の話を途中で打ち切ってはいけない、ともトレーニングされている。急患よりも予約している人の診療を優先することもできないだろうし、手術にしても予定時間通り終わらないからと途中でやめるわけにもいかない。
待ち時間を短くするのは簡単で、患者に対する医者の数を増やせばいいのである。しかし、さらに医者を雇うような財政的な余裕はない、むしろ赤字だという病院が多い。満足度との関係を合わせると、もっと短い待ち時間で満足したい、と思う人がどのくらいのお金を払ってもいいと思うかにより、解決しうる問題になるが、患者の思いはどうなのだろうか。
安くていい医療を待たずに手に入れられたら最高だが、資本主義の世界というのは、安くてそれなりの医療か、高くていい医療か、どちらかになるようになっている。日本は基本的にみんなが同じ医療を同じ値段で受けることができて、それはお金がなくて医者にかかれない人などを考えると非常にいいものであるのかもしれない。
そのお金と質のバランスのラインを動かすのか、そのラインを複数用意して選べるようにするのか。そのあたりは全く政治的な問題であり、全体の幸せが最大になるように考える人が決断することである。この結果をどう見て、そしてどのように変えていくのに生かされていくのか、興味があるところである。
■2003/12/20 (土) カルテ開示で起こりそうな問題点
昨日と同じく、厚生労働省の受療行動調査からカルテ開示について。7割弱の人が自分のカルテ開示を望んでいて、実際に見たことがある人は1割にも満たないという。カルテ開示を望む理由として、受けている治療について理解を深めたい、病名・病状・治療内容について本当のところが知りたいから、どのような内容か興味があるから、自分の訴えが充分に理解されているか知りたいから、などが挙げられるようだ。
自分の病気や治療について、より詳しいことを知りたいと思うのは当然だ。自分で調べて納得してくれるのであれば、今でも医師は諸手をあげて賛成するのではないかと思う。自分で調べるというのが、とても根拠があるとは言えないようなことを調べてくることで、今の治療をやめてこっちにしてくれ、と言われることを恐れたら、見せてもいいけど面倒だな、と感じると思う。
医学の基本的な知識に差がある状態で、一つ一つの治療法を一から説明していくことは困難だ。解剖学などの基礎医学を学んだはずの医学生でも困難を感じているくらいだ。時間的・人員的な余裕から考えると、今の医療にそうした要素を加えることは現実的ではないと思う。医学的な内容を知ったはいいけど、患者はそれを誰にどうやって説明してもらうのか、問題は山積だと思う。
また、カルテ開示をすることは、開示しないことによって得られるメリットを捨てるという選択と同じ意味だ。医療側の想像と患者側の実態が違ってしまうのは避けられないが、医療側は患者の利益を考えて働いている。例えば告知の問題にしても、医療側のサポートもないし、家族の支えもないような末期癌の患者に、告知するのが最善かと言われると、普段「癌は告知するべきだ」と言っている私でさえ躊躇する。大なり小なり存在する医療側の「思いやり」を、全く受け取りませんという側面も意識する必要がある。
自分の訴えが充分理解されているかカルテで確かめる、というのが一般的になると、詐病疑いなんかどうなるんだろうなぁ、と思う。詐病というのは、実際は病気じゃないのに、病気だと自分で症状を訴えることだ。それは精神科がカバーする領域の病気の一つだが、精神科以外の患者にも多くみられる。そうしたものだけ開示を拒むというのは認められるのだろうか。拒んだこと自体が意味を持ってナンセンスなのかもしれないが。
それで結局、開示方向に進むことは、いったい誰にとってのメリットになるのだろうか。上に書いた、開示しない方がいいけど医療従事者間では共有しておきたい情報などを書く「裏カルテ」などが登場したら、全くもって本末転倒になってしまう。
<自衛隊イラク派遣>反対54%と過半数 毎日新聞全国世論調査らしい。色々聞いてみるも、結局反対の方が多いと報道されている。そんなことを言うなら今すぐ解散総選挙しろと主張して欲しい。選挙の争点は自衛隊のイラク派遣だ。
この間の選挙で、小泉自民党は派遣を打ち出していて、対する野党は反対を主張していて、それで今回の世論調査がこれである。世論調査が正しいと仮定すると、次のようなことが考えられる。
まずは、自衛隊派遣に賛成の人ばかり投票に行った場合である。これだと投票に行かなかった人に文句を言う権利はない。次に、自衛隊派遣に反対の人が与党に投票した場合である。そんな投票をする人に文句を言う筋合いはない。次に、選挙の後から世論調査までの間に気が変わったという場合である。任期が4年である以上、4年間は自分の気が変わったからと言って文句は言えない。
いずれにしても、筋が通らない話である。有権者が誰に投票したのか忘れているのか、世論調査自体が間違っているのかわからないが、そんな矛盾にあふれる世論調査を、あたかも国民の声を代弁しているかのように、声高に報道するのもどうなんだろうと思う。国民の声は国会に既に反映されているのに、それよりもこっちが正しいかのような顔をして「正義」を振りかざすのも、いい加減にしていただきたいものだ。
■2003/12/22 (月) 神崎代表は軍事の専門家だったか?
与党の中でもイラク派遣に慎重だと言われる公明党の支持を得ることが、今回の話を進める上では必要である。公明党の会員を支持させるためには、他ならぬ公明党の人間に言わせるのが確実だ。代表が安全だと言っていれば反対はできまい。至極理にかなった行動である。
さて、防衛はもちろん、外務にもほとんど関わっていなかった神崎代表に、現地の治安情勢がわかるかは激しく疑問だ。「治安は比較的安定しているという印象を受けた」って、どこと比較しているのか、どういう根拠で印象を受けているのか、まともに相手するのも無駄な言葉だ。
この発言を根拠にして自衛隊は派遣されるという。もしも犠牲者が出た場合には、神崎代表には再び現地に赴いていただき、ヘルメットなどかぶらずに髪を切りに行っていただきたいものだ。だいたいが、一年の派遣を決めるにあたってピンポンダッシュで3時間半では、それこそ自衛隊員の家族が納得しないのではないかと思うのだが。やはりマスコミには触れることができないところなのだろうか。
誰かと知り合うのは力だ。自分が持っていない力をその相手が持っていれば、困ったときに助けてもらえる。誰しも得意分野と不得意分野があるので、そうして人が多ければ多いほど、カバーできる分野は多くなる。例えば医師国家試験対策だと、自分の大学の先輩に話を聞く手があり、他の大学の話も聞けるとなおよい。国家試験予備校の人に話を聞くと情報は増えるし、各々の分野の人が複数であれば話はより正確になるだろう。そういう人がどれだけいるかが力だと思う。
先日、東京で取材をしているNHKの記者の人から電話で取材を受けた。これは以前に取材を受けた人とたまたま同じだったのだが、取材先で疑問に思ったことについて「それなら僕の知り合いの、最北医学部のちりんがやっていることです」と紹介されたそうだ。記者の方も「それはひょっとしてあの・・」と世間の狭さを感じたところだったのだが、ここで彼が私を紹介できたことは、彼の力でもあると同時に、その記者の人にとっても大きなメリットだ。
モノとか金はもちろん大事なのだが、技術とか知識も同様に価値を持つようになってきた。パソコンがうまく使えないときにどうするか、というのがいい例だ。そうしたときに、自分の知り合いが助けの手を差し伸べてくれれば一番いいが、それがダメなら誰かわかる人を紹介してくれる人がいれば同じだ。わかっている人にとっては秒殺のことでも、そのわかっている人に出会うのがなかなか難しかったりする。こうしたつながりまでを含めて、その人の力なのではないかということだ。
誰かに何かをしてあげるよりも、誰かに誰かを紹介して、それで喜んでもらえた方が嬉しく感じた。それはきっと、してあげるところは他の誰かにもできるかもしれないけれど、その人を紹介できる人はそう多くなくって、しかも、その人と今目の前にいるこの人を結ぶことができるのは自分だけだ、という思いからであろう。自分がかけがえのに存在だと思うことができれば満足するが、それを通じて両者も満足できればなおいいと思う。
■2003/12/24 (水) 色紙に一言、が書けなかった頃
年賀状が書けなかったり、色紙に一言が書けなかったり、手紙を書くのに異常に時間がかかったりした頃があった。せっかく書くのならきちんと書かなきゃとか、後々まで残るとか、馬鹿なことを書いて自分が馬鹿に思われては嫌だとか、色々動機はあった。実際は、くどくどどうでもいいことをたかだか義理で出す年賀状なのに書いたりして、後から「変なことを色々書いていた」と笑いものになるだけだった。そしてなおさら書けなくなった。
ある時期から、こういうものは軽く簡単に書けばいいのだ、と思うようになり、むしろ書くのが得意になった。とりあえずその時に思っていることを、後からどう思われるか知らないが書いてしまう。自分がその人に対して思っていることであるならば、その時の記録としてそう書いてしまうことはありだろう。そう考えるととても楽になった。
ケータイメールと常時接続でのパソコンメールなど、ずいぶん環境は様変わりして、毎日サイトに文章などを書いている。慣れももちろん必要だし、文章力も向上したかもしれない。しかし私の中の一番の転換点は、文章を書く敷居を高くしないことで、重い意味を持たせなくても文字を組み立てていくことだった。そしてこれを繰り返すことで、むしろいい文を書けるようになり、そして現在に至っている。だから今日も私は文を書く。
私は25歳だが、同い年の女のいとこが40歳の男性と結婚するという。それもできちゃった結婚らしく、親戚中はその話題で持ちきりである。とりあえず結婚することとか子どもができることはおめでたいこと、なので、とりあえず祝いに乗っておく。
いくつか思うところはあるのだが、できちゃった結婚はどうにも格好悪い。誤用としての「確信犯」、つまり意図的に子どもができるように狙って結婚に持っていく場合でなければ、しくじった結果ということになる。しくじる原因は、知識の問題、技術の問題、経済的な問題、事故的な問題などが考えられるが、このご時世に知識の問題だと「格好悪い」としか言い様がない。情報が溢れているからこそ、それが嘘の情報なのかを見抜く必要がある。
もう一つのポイントは、その「しくじった」ことが40歳の男のやったことだ、ということである。40歳と25歳が結婚するのは全く構わない、問題があったとしても次元が別な問題だ(この構図で新婦側の親戚から「もったいない」という声が漏れた別の例を知っている)。40歳にもなって、そんなこともきちんとできないのか、という点で考えても、やはり今回の件は格好悪い。16歳の夫婦で思わずできてしまうのとは全く違う感想を持つ私を責めることは誰にもできないだろう。
そんなわけで、私は「医学生」のプライドにかけて、でき婚だけは避けようと心に誓っている。
女の顔を見て「おまえ化粧ケバいんだよ」と男が言うときは、別に根拠を持って言っているわけではない。「化粧が濃い」と言うときも同義であるが、化粧の量を指して「濃い」と言っているわけではなくて、厚さが何ミリ以上が濃いとか定義されているわけではもちろんない。これらは違和感によってもたらされる言動である。ちなみに以後、ケバくしようとして本当にケバい人については、ここでは取り上げない。
男性の多くは、自分で化粧はしないし、性差としてだいたいが無頓着であるため、そこで持った違和感を、具体的な言葉で表すことができないのだ。とりあえず、化粧に対するネガティブな表現としては「ケバい」「濃い」「お水系」などなどがあり、どれがどうかは実際は説明できないまま、それらでなじることになる。これを聞いた女性側は、その男が違和感を持っているということだけを受け取ればいい。
何も私は「ケバくていい」ということを言いたいわけではない。そういう「ケバい」状態というのは、化粧をする方法論が間違っているのであって、化粧をしない方がいいわけでもない。「化粧しない方がましだ」と言っている場合は、「ケバい化粧<化粧なし」が成り立ってはいるので一見正しいが、「化粧なし<いい化粧」も同時に成り立ちうるので、化粧全体が批判されたと考えずに、「ケバい化粧→いい化粧」の転換を目指すべきだ。
どうも色々な人の話を聞いていると、そうしたトレーニングをどこでも受けないまま、必要となる場面にぶつかるようだ。そして書いたような経緯をたどって、男性側女性側ともに化粧に対していいイメージを持たない結果が導かれる。これは誰にとっても不幸なので、そういう人を見かけた暁には、化粧は方法を変えればもっときれいになれると説得の上、ケバい化粧→いい化粧への転換を促してやってはくれないだろうか。これを読んでいる人へのお願いである。
■2003/12/27 (土) 「あと1年の命です」のとらえ方
あと1年の命と言われたらどう思うだろうか。精神的なショックなどはさておき、果たしていつ死ぬと考えるかである。1年と言われたとしても、言われた日からちょうど365日後に死ぬとは思っていないだろう。それでは366日後なのか、370日後なのか、400日後だったらどうなのか。また、365日以内だったらどう思うのか。
新聞で「余命約240日と言われたが、私は700日は生きるつもりだ」というのを見かけて思ったのだ。余命いついつと言うときには、平均という言葉を使うかもしれないが内容を考えると数学的な平均では不適切である。100人中50番目という概念を使うべきで、これはその状態の人が100人いたときに、早く死ぬ人もいれば遅く死ぬ人もいて、ちょうど50番目の人が死ぬのが240日ということである。つまり、50人はそれよりも早く死に、50人はそれよりも遅く死ぬことになるのである。
そうすると、240を700にすることは多くの場合で難しいかもしれないが、300とか400にすることは例えば100人に10人とか20人くらいはできることだと予想される。それを具体的な数値で示すことは、特に癌においては十分可能だ。難治で有名な膵臓癌の例について、こちらのページにリンクを張らせていただくが、一番下の図24の生存曲線がそれである。
現場のシビアな状況はよく知らないが、100人に50人は言ったよりも早く亡くなってしまうのならば、家族の感情なども考えると短めの数字を示しておいて、「頑張った、長生きした」と思わせることもあるのかもしれない。しかし一方、家族の見舞いなどへの負担も考えると、死にもしないのに「死にそうだ」と言ったまま引っ張るのもまた得策ではない。そもそも予言者ではない医師が、正確に死ぬ日を予想するのは困難である。
医師としては、そうした現実をふまえた上で、どう説明して、どう接することが一番いいのかを考えなければならないし、患者と家族は余命240日と言われたときには、半分は240日以上生きると考えるべきである。100人集めてきたときの確率は%だが、自分のことは死ぬか生きるか、0か100かのどちらかになる。予想するためには%を使わなければどうにもできないが、それを受け入れつつ、どちらかに定まった自分の運命もまた受け入れなければならない。個人の死生観も、医療従事者としての死生観も、どちらも厳しく問われる場面だが、私には何ができるのだろうか。
BSE(牛海綿状脳症)いわゆる狂牛病に感染した牛がアメリカで見つかって、外食産業などを中心にパニックだという。国内の牛肉の値段が上がり、国内産業の活性化という視点からはよかったのかもしれないが、消費者のあまりの節操のなさにはあきれるばかりだ。
前回の騒動の時には、国産牛がダメでアメリカ牛ならよしとされていたが、今回はその逆である。今回が正しいとするならば、前回の騒動の時に国産牛は本当に危険だったのか、またアメリカ牛は本当に安全だったのかを検討するのがスジであろう。もしくは、前回と今回の間に、日本とアメリカの安全性が逆転する原因が何かあったのだろうか。
去年の1/6と9/11に、統計的、確率論的に、過剰すぎる反応であると私も書いている。全頭検査をして、2頭目3頭目の牛が出たときに、日本の牛は安全かと騒いでいたマスコミ各社は、今回はどのように報ずるのだろうか。当然、アメリカも危険だし、日本も危険だ、肉は食べられない、となっているに違いない。
私は人間という動物が、殺生をして他の動物を食べて生きている以上、そこには避けがたい危険性がつきものだと考えている。その危険性が、例えば10人に1人のものなのか、宝くじ以上にまれなレベルなのか、それによって対策を立てるべきだと考える。狂牛病は宝くじレベルであり、肉を食べる食べないとか、輸入するとかしないとか、そういうことを考えるのは非科学的だ。カイワレのように一時的な買い控えをすることは、一貫性なく踊らされている点で、消費者として恥だと思う。
100%の確率で明日の天気を当てるコンピューターができたとしても、それに24時間以上かかっていては全く使い物にならない。HIV汚染血液を輸血 日赤の検査すり抜けと報道されているが、今のところ時間がたってからわかる検査しかないために、これ以上どう検査すればいいのか、というところだ。結果が出るまで待っていては使えなくなる成分があるからだ。検査は終わりました、ハイもう使えません、では何をしているのかわからない。
検査の結果が出ないならば、全てに不活化処理をすればいいかもしれない。HIVで不活化処理ができるかどうかの最新の話は不勉強にも知らないが、できなければその危険性をどう考えるかに話は移り、できるのならばそれにかかる時間と費用の問題になる。その特定の血液をなんとか安全にしろと言えばおそらくかなりできるのだろうが、ごく数%のあるかもしれないウイルスのために、どれだけ頑張るのが適当なのだろうか。
私の個人的な感想としては、その献血した人がHIVに感染していたことの方が興味がある。自分が感染しているかもしれないと思っていたら、それは傷害罪で訴えられてしかるべきだ。問診などがうまく機能し、自分が感染していないと思っていたとしたならば、安全だと信じていた相手が感染していた場合か、感染経路についての知識が不足している場合が考えられる。
知識の不足は、啓蒙や教育で補うしかないが、安全だと信じていた相手から感染し、善意で献血をして他人にも感染させ、ひょっとしたら献血以外でも感染させているかもしれないとすると、話は厄介だ。全く普通の生活をしているつもりの若者が、突然そんなことになってしまう危険性の方に、もっと注目する必要があるのではないかと思う。日赤の責任を問うよりも、そういう人をもっと早く発見する方が、献血に対しても、そして彼らにとっても有益であると私は思う。
ここ数日、親に連れられてスキーに行っている。スキーと言っても、リフトとかゴンドラに乗って上に登りシュプールを描く方ではなくて、野山を駆けめぐるクロスカントリーの方である。駆けめぐる、と言っても体力が追いつかないので、まずは陸上トラックのような平地で、次にちょっとしたアップダウンのあるコースに行くことになる。
スケーティング走法、というのがあり、スピードスケートのように片足ずつ交互に体重を載せて、板を滑らせていくものだ。ノルディック複合とかでやっていたジャンプじゃない方である。スキーなどやるのも10年ぶりくらいだったが、どうもすぐにばててしまう。進もうとすればするほど、頑張って蹴る回数を増やしてしまうのだが、実は逆の方がいいと気づいた。
というのは、何回も蹴って、つまり周期を短く、一回あたりスキーに「載っている」時間が短くなるのに比べて、周期を長く、できるだけ長い時間スキーに載っている方がよく進むのだ。息が上がってしまう疲れも少なくて済む。頑張って何回ももがくよりも、スキーなのだから長い間滑っていた方がいいのだ。そして力を蓄えたところで、たまに蹴る。
大変なのは、滑っているスキーに載っていることと、そこに体重をかけたままでいることである。蹴り出すよりも、蹴らない状態で保っている方が大変なのだ。解剖学的にも、足というのは曲げるよりの伸ばす方が得意な動きで、曲げたままじっと耐えるような方が実は筋力を使う。今日も最後の方には、ちっとも耐えきれずばたばた短い周期でもがいていた。
日常においても、何かを「する」ことというのは、傍目にもわかりやすく、「しない」状態を保っているのは評価しづらい。しかし実際には、後者の方が大変であったり、有効だったりするのではないかと考えた。物事が悪くなりそうだと、ついついもがいてしまいがちだが、そこでじっとこらえて、動かないというつらいことをすることが、実はたまに動くことの力を増して、全体から見ても物事を好転させるのではないか。つらいときほど、こういうことを思いだしてみると、何かいいことがあるかもしれない。
今年も終わり、一年を振り返るようなニュースもサイトも多いのだが、365日目が366日目とどう違うんだというひねくれた思いがあるので、誕生日なども含めてあまりやらないのが私である。それでも今年は振り返ってみたいと思える年だった。
入学後5年目までの生活は、今思えば同じことの5回繰り返しのようだったが、6年目の今年は違った。大学との間でもう一年契約を延長したのは確かに大きいことだが、生活スタイルも変わり、接する人の毛色が変わった。バイトと遊び重視のこれまでは確かに充実していたが、少なく稼ぎ、時間をたっぷり使えるような生き方もあるのだと気づいた。その時間がネットに注がれるようになったのも事実である。詳しく書けるが、ちょっとやそっとじゃ書ききれない。
祖母が亡くなり、法事に関しても色々嫌なものも見てきたが、何周忌の法事というのは、故人をたまにでも思い出すということと、それを機にして残された親戚が集まるということが趣旨であるとされる。つまりは、故人のために何かをすると言うよりは、故人をきっかけにして残されたものたちが何かをするのがメインである、と法話を聞いて思った。
もっと言うと、故人も関係なければ、その日である論理的な必然性もどこにもない。こんなことを言うと、どうして十三回忌は13なのかなどの話は当然あるのだろうが、絶対的な必然があれば「繰り上げ法要」などは存在しえない。捉え方としては、未来へ向けて進んで行く自分の生活を、ちょっと立ち止まって振り返ろうというきっかけを与えてくれるものが、それらの法要だ。
2001/12/31にweb日記を書き始めたので、言われてみれば確かに2周年である。周年イベントも先に書いたような理由で黙って通り過ぎようと思っていたが、振り返るきっかけをもらえたと考えれば、やってもいいことなのかもしれない。こんなサイトも2年もやれば、様々なことがあり、多くの人に支えられてここまできていることがわかる。自分の中のサイトというものとか、サイトを通じた人間関係とか、色々考えているだけでも年が越せそうだ。それを今というタイミングで振り返ることができたのは、私にとってとてもよかったことだと思う。そんなわけで、知らせてくれてありがとう。
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