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鍾乳洞を3つ回った。3カ所合計2700円かかるのも納得の規模のところだ。洞内では写真は撮らない。技術的に難しいわりに、その感動が伝わらないからだ。早足に移動をして、ポイントでは心ゆくまで立ち止まる。ポイントというのは、観るべきものとしていいことと、そこに人がいないことの両方を満たしていると嬉しい。人を見に来たわけではないので。
思いつきでお土産用のういろうを買い、さっさと腹におさめた。「名物ごぼう料理」なんて初耳だったが、ごぼう定食は思いの外おいしかった。おぉ、と思えば車から降り、写真を数枚撮って次へ向かう。小一時間のドライブを繰り返し、温泉にも入ったし、渓谷美を楽しんだし、鮎雑炊なども食べた。ちなみにこれは、午前11時から始まった一日の出来事だ。
行動を自由に決められるのが一人旅のメリットだ。開始時間と終了時間、その間の活動強度を、自分と相談の上自分が決めるのだから間違いはない。聞くところによると、私は他の人よりも長い時間、ハードな内容で行動できるらしいし、食べる量も半端じゃないらしい。それらを周りと合わせようとするとお互い大変だ。
私が一人旅以外をしないか、というとそうではない。誰かと一緒ならば、その旅を共有する、一緒に過ごすという部分が加わる。一人で遊びに行く、というのと、後輩を連れて遊びに行く、というのは大きく違う。ある時間を区切って、同じ場で時間を過ごすというのも、なかなか価値があるもので、その人への最大級の「評価」なのかもしれない。
いくら昔と同じで懐かしいと言っても、そろそろ隣で寝ている友人を起こそうかと思う。朝に弱い友人を起こすこの構図も、10年以上前から変わっていない。
9日間を目一杯に使った旅行は、いわゆる「観光」と、人に会うことの目白押しだった。来年からは、連休などとは無縁になる生活になるようで、一生で最後という気持ちで全国を飛び回った。
全国に点在する友人たちに、日頃から連絡を取っていたりすることもあるのだが、「何月何日に行くんだけど」と一言言えば、二つ返事で歓迎してくれる。宿とか車とか、そういう便利なところはあるのだけれども、自分の大事な時間を惜しげもなく割いてくれるところに特に感謝したいと思うのだ。
give-and-take の発想からいくと、私が行くことで時間とかお金を割いてくれるということには、私からも何か与えるものがあると考えるのが自然だ。話をしようと言ったときには、こっちがその人の話を聞くだけではなくて、こっちからもそれなりに価値のある話題を提供しなければ、という思いに迫られるのだった。
しかしそれは、むこうが私のことを信頼してくれているともとらえられて、それを作ってきたのはこれまでの自分であるとも考えられる。「まぁ、あいつが来るならな」と思われるような関係を作ってこれたことに気づき、嬉しくなったりもした。その関係は、別に意図して作ったわけではないし、むしろ特に意図せずにいたからこそ、より多くの関係になった、と言うこともできるかもしれない。
人間関係を作る、と口で言うのは簡単だが、実際どうしたらいいのかはよくわからない。目先の損得とか、利害とか、そういう短期的なものにとらわれずにやってきたのがよかったのか、ぐらいしか思い当たらないが、人とのつながりというのは、意図してうまくいくような次元ではないと考えておくように、これからもしていこうと思う。
レクイエムとされる歌から力を感じた。それは捧げられた人の在りし日の力を示すのだろうと思ったが、実際に作る時期は死んだ後であるから、別に本人から感謝されるわけでもなく、にもかかわらず創作エネルギーを発揮しようと思うのは、生きて残った人の中に何があるからなのだろうか、と考えた。
鎮魂歌と言ったときに、魂が何かということだ。死んだ人の魂というのがあって、それに対して残った人が「鎮まってくれ」とするのが鎮魂だと思っていた。しかし、レクイエムを聞いて、それに割かれた力を想像すると、むしろ「魂」は残された人のものなのではないかと考え直した。つまり、ある死によって残された者たちの心にもたらされた思いが「魂」で、それを自ら「鎮め」ようとして、結果例えば音楽に昇華させてできたものを「鎮魂歌」と呼んだりするということだ。
一般的に、何か心を動かす大きな出来事があったときに、その出来事についてまず考えてしまいがちである。しかしそれだけを考えていくのは、原因を考えるので本質的なようだが、心の動きに注目した時により本質的なのは、どうして自分がそこで心を動かされたか、ということである。心の動きというのは、映画の感想が十人十色であるように、個人によって最も違う部分であり、他ならぬ自分の中で起こっている動きとよく向かい合うのがいいのだと思う。
もちろん、自分の心を分析することは、難しいばかりでなく最もつらいことでもあろう。そこには直面したくない姿もあるだろうし、おかしいだろう自分、と思うこともあるだろう。しかしそれらを全て自分で認めて、心が動いた自分に打ち克っていくことが次の段階へ進むためには必要で、それが「生きていく」ということなのだろうと思っている。
教えて覚えることの有用性は、塾講師をしてから大学入試問題を解いたときにわかった。時間は短く、確信度は高く、根拠をつけて解答することができるようになっているのだ。教えるからには「なんとなくこれ」などの曖昧な知識ではなく、なぜそうなるのか、質問されたらどう答えるか、などと考え、対策を練る結果だろう。
数字はうる覚えだが、聞いたことは1割しか覚えていないが、体験したことは7割くらい覚えているという話を聞いたことがある。結構わかっているつもりのことでも、人の前で説明しろと言われればためらうことはたくさんあるだろう。その「わかっているつもり」から「説明できるくらいわかる」というところへ進むことは、例えば表面上の理解しかみれないテストの点などには現れづらいが、大きな価値があるはずだ。
最近の実習では、6年生と5年生、たまに4年生も勉強しにやってくる。6年生は昨年一度来ているため、わかる範囲で5年生に教えることができる。4年生はまだ講義がされていないために、ついこの間覚えた知識を5年生が教えることができる。教えることができる、と書いたが、それは理屈の上の話であって、実際に教えようと思うとこっそり復習する必要がある。かくして、上の学年も下の学年も勉強になってめでたいのだ。同じ学年でも、できる奴が出来ない奴に教えれば同じことだ。
一応理念としては、このように順繰り教えていくシステムが提唱されているが、そのメリットが、本人たちにも教官側にも十分理解されているとは思わない。教官が勉強させようとすると、試験を難しくしたり、単位認定を厳しくしたり、それらをするぞと脅したり、ということになりがちだが、「後輩に適当なことを教えるわけにはいかない」という内なる動機づけの方が、よほど身についた知識を手に入れることができると思う。だから、すぐ下の後輩の面倒をみることも、評価に含めていいと思うくらいだ。
今日は喜びすぎて、後輩ばかりでなく、見知った1年目と2年目の医者にも教えてしまった。でも、医者になったって一人でできることには限界があるので、きっとこれでいいのだ。
■2004/05/13 (木) いつの間にか自分の一部となる
誰かのために頑張れることがある。自己犠牲とか言ってもいいが、他人のために何かを進んですることはなかなか難しい。きれい事とか建前を除いて言うと、純粋に他人のためというのはなかなかなくって、心のどこかで自分にもプラスになるところがあるのだと思っている、と考える方が自然だ。「他人に親切にしておいたら、めぐりめぐって自分のところに戻ってくる」などの考え方も同じ類だろう。
一生懸命になれるものというのは、対象であるはずのものを、自分の中に取り込んでいるのだと思うのだ。つまり、主体と客体が意識の上で別々のものである時には、まだまだ深刻になれていなくて、あたかも自分のことであるかのように、もしくは自分の一部として捉えていると考えている方が、より一生懸命になれる。それが傷つくことが、他者が傷つくと言うよりも自分が傷つくと言った方が近いような状況だ。
そうして持っているものが、プライドであったり、守りたいものであったり、愛なんとか心だったりすると思う。理屈に合わないくらい、あることに夢中になっている自分がいたら、そこには「いつの間にか自己と同一化している何か」があると疑ってみようと考えている。誰だって、自分の身が切られるのは痛いと思うだろうから。
講義というのは、知識の伝達という点では非常に効率がいい形式だ。しかし実際は、教えたことのうちどれだけが定着するのかという問題がある。「講義でやったよね」「・・・は・・ぃ・・」というのはよくある光景で、確かに先生はそれについて触れていたが、その時に教わる側がどのくらい「知りたい」と思っているかがポイントだ。
一見効率が悪いようだが、あえて間違えさせたり困らせたりする手法がある。「あれ、おかしいな」「これについてもっと知りたいな」となった状態で、はじめて知識を伝える。そうした知識は身になりやすく、記憶としても定着する。これを「誤答対応型学習」などと呼び、先に挙げたいわゆる講義形式を「知識伝授型学習」などと呼ぶ。
誤答対応型学習に優れた教育者は、ここで間違わせよう、と計算して、伝えようとすることの定着率を上げる。ただ間違わせて終わっては全く意味がないし、やる気をそぐような間違わせ方でも良くない。「これに関心を持ちなさい」としては本末転倒だし、教えたくて仕方がないのにただただじっと見守ることになる。
だいたいが、こちらが期待したようには話は進まない。ここまで到達して欲しいと思うところには至らずに、どうしてそんな低レベルなところでとどまっているんだ、となるのが現実だ。しかし、だからといって劣っているわけではなく、時にはこちらがハッとさせられるような光った意見が飛び出すことがある。こちらから与えていただけでは決して生まれえなかった、そんな発見があるから、教育というのは面白い。
■2004/05/15 (土) できるからといって、最善ではない、という選択
剣道の団体戦では、どういう順番で出ていくかはあらかじめ決めておくという。例えば5人ずつで対戦する時には、あらかじめ決めておいた順序で1番同士、2番同士、と進んでいき、最後に5番同士となる。この際、こっちの強い人が向こうの弱い人と当たって勝つと効率が悪く、こっちの弱い人が向こうの一番強い人に当たるとラッキーだ。数学的に考えると、組み合わせによってチームとしての勝ち負けが決まることは大いにありうる。
血管バイパスという手術がある。詰まってしまった血管の代わりにするために、体の他の部分から血管を取ってきてつなぎかえるのだ。取ってしまってもいい血管はいくつかあるが、一番いいもの、次にいいもの、仕方なく使うものがある。一方詰まった血管の方も、どの血管でもなんとかなるものから、一番いいものでなければうまくいかないものまである。どれでもいいところに「いい血管」を使ってしまって、後日難しい血管が詰まったときに途方に暮れることがある。これも組み合わせによって左右される一例だ。
人とか、仕事とか、その他色々なことについて、その組み合わせが可能であるかということと、その組み合わせが最善であるかというのが、実は別物であると意識するようになった。とりあえずできなければ仕方がない場面も確かに存在するが、多くはそれに一番ふさわしい組み合わせを模索しながらやることになる。トランプの大富豪で、ジョーカーとか最も強いカードである2の枚数が限られているのにも似ている。
どの組み合わせにするかという決断はその都度していくわけだが、時系列を含めた不確定要素があるために、何が最善かは判断しづらい。その選択は実は大いに自分の意思が生かせるところであり、それがゆえに失敗もするが、次にどうなるかの予想や相手の出方など、多くのことをうまく成り立たせようと頭を使っていくのは、自分が「生活」していると実感できるひとときでもある。少なくとも、後悔しないような選択をその時々にしたいと願っている。
はじめてメーリングリスト(ML)に参加するときには勇気がいる。しばらくROMしていて雰囲気を掴もうとするのだが、発言する人の情報は入ってきても、それ以外のメンバーについてはよくわからない。それでもままよと最初の発言をして、リアクションを待つこととなる。
リアクションが全くないと不安になる。自分の何が悪かったのか、そんなに場違いだったのか。最悪なのは、自分の発言だけがスルーされて別の話題が進行することだ。それは、実際には何もされていないけれども、それゆえ雄弁に否定されたと解釈できて、次に自分から発言しようという意欲は限りなく低くなる。私もそういうMLにいくつか入っている。
逆に、初めての人に誰かがリアクションをして、歓迎の意を伝えて、またそこから複数の人に話が進んでいく、となると、自分が認められたと感じることができるだろう。実際には数人の人だけのリアクションであっても、その集団全体から受け入れられたような錯覚を覚えてしまうからだ。
この構図は、別にMLだけにとどまらず、組織とか集団へ新人を迎えるときでも同じだろう。自分の位置づけが不安でいる人に対して、まずはその人の存在を肯定する。そしてそこの一員であることを具体的なことで感じてもらう。導入をうまくやってしまえば、以降は少々のことでは動じなくなるはずで、それゆえに最初が大切だと考える。この「つかみ」に失敗して後から「うまくいかない」と嘆くのは、もったいないチャンスを既に逃してしまったと言うべきだろう。
私は冗談を言うのが好きだ。冗談といっても、コントとか漫才とかではなくって、日頃の会話の中でどうしようもない言葉を交えていくのだ。例えば、学生同士の練習で聴診器をあてるときに「ハイ、ちょっとチクッとしますよー」とか、ちょっと似ているけれど明らかに違うことをあえて言って、「それ違うって」などと会話を進めていくようなことだ。あぁ、書いていてくだらない。
冗談にはツッコミが不可欠だ。関西の人が言うツッコミほどのものではないが、「ハイ、ちょっとチクッとしますよー」に対して、そのまま何も言われず流されては悲しくなるだけだ。問題は、そこでの一言を言い合える雰囲気かどうかである。一応職場には上下関係があるので、特に下から上へ絡んでいけるかということだ。上が言ったたいして面白くもないことに対して、下が引きつって笑うばかりではよろしくない。
色々な講座を回っているが、雰囲気は千差万別である。その原因となる主なものは、そこでの一番上の人がどういうスタンスかどうか、というのがあると思う。そこがくだらないことを言って笑わせようとするのかどうか、冗談なんてとんでもない、となるのかどうか。私はできれば前者であって欲しいし、そこでリラックスして先生方に絡んでいく、無礼な学生でありたいと思っている。
うまく言語化できないし、数値などで表現もできないのだが、「いい」と思う理由の中には、そのような「雰囲気」があるような気がする。学問的に面白いとか、接し方が親切だとか、わりと目標に掲げやすいところばかりでなく、学生が就職先の候補を見るときには、この辺りも重要なのではないだろうか。
お土産を選ぶとき、誕生日プレゼント、父の日・母の日など、贈り物をするのには頭を悩ませる。趣旨として、もらった相手が喜ばなければ意味がないが、何で喜ぶかを予想するのが問題だ。いっそ直接聞いてしまう手もあるが、それは驚きと不意打ちという大きな武器を奪ってしまう。
主体をどこに置くかはポイントだ。直接聞かないのならば、贈る側が相手を想像してものを選ぶことになるが、そこで贈る側が主役になっては、いいものになるとは限らない。独りよがりに贈って満足する状況は避けるため、これで喜ぶだろうという主観はもちろん使うが、○○だから喜ぶはず、という客観的な視点も可能な限り増やしていきたい。
検討にあたり、その相手をよく知ることがもちろん必要だが、「知った」上でその知識を使って「考える」プロセスがあり、こここそが最も大切ではないかと思う。贈られたその「もの」が嬉しいのは結果としてはあるだろうが、それよりも「贈ってくれた」という事実の方がよりうれしさを強くさせ、詳しく言うと、それを選ぶに至った経緯や、苦労、その間自分のために時間を、頭を割いてくれたということである。
贈り物、というのは一つの端的な例であって、実は多くの場面で当てはまるはずだ。教育現場でも、教える側と教わる側のギャップはよく見かけるし、売り手と買い手の関係もそうだ。病院で言うと、患者のニーズをどれだけ正確に汲んでいるかがあるし、およそ人が絡む事柄というのは、相手の意向をよく汲み取った方がうまくいく。そして相手をよく理解した上で、そこから必死に考えましたよ、ということをうまく相手に見せることができれば、うまく心は伝わるのではないかと思うのだ。
悩み相談に乗るかどうかで悩むことがある。その悩み事に一緒になって悩むことではない。おそらくその悩みには乗ることができるし、おそらくこうすれば解決の一助になるだろうとわかっているが、その上で「手を差し出す」かどうかを悩むのだ。出した方が、見える範囲では明らかにいい結果が予想できるだけに判断も難しい。
考えるポイントは、今その問題をやり過ごせたとして、それが本質的な解決になっているかという点である。本質的でなければ、再び同じ問題にぶち当たり、その都度自分が助ける羽目になるかもしれないし、第一再びぶち当たっているのは不幸だろう。また、解決する他の方法を消極的に否定することにもなる。もっといい方法とか、もっと頼るべき人とか、そういう可能性を一気に見えなくもしてしまう。
相談に乗っているふりをして、実はアドバイスをすることで自分が満足するのを目的にしているのかもしれないことは、頭の隅に置いておく。どうも自分のアドバイスが受け入れられていないようだと後から思ったら、元々が本当に求められていたものかを見直すことにしている。親切ぶって、自分が相手のためになっていると酔う、勘違いでお節介なボランティアのようにならないようにしたい。
そういうことを考えながら相談に乗る。乗るからには全力を尽くすし、全力を尽くしていることをうまく見せるようにもする。相談というのも、内容のアドバイスが必要な場面から、その問題を誰かと共有できればいいであるとか、そのことについて一緒になって隣で悩むことが有効だったり、色んなものが存在する。そのどれにあたるのかをよく考えて、そして自分の存在をかけて臨むのだ。うまくやると、こちらが力を使った分だけ相手は元気になっているのだ。
重要な相談ほど親しい人にする、というのは、原則的には正しいがそうばかりとは限らない。その親しい人が当事者であればもちろん無理だが、話題の深さを考えると、その人には詳細を話さざるをえない場面というのがそうだ。例えば配偶者と仕事について話をすれば、やめるとか変えるとかいう話題には簡単には触れられないし、するからにはそれなりの見通しが必要となる。これが友達だったら「自分がやりたいことを追求するのもいいんじゃない」と言えるかもしれないが、そうも言えない立場というのが存在する。
一見矛盾しているようだが、最も大切なことを、最も大切な人にうかつに言えない、という構図がある。詳細を突っ込まれる場面もそうだ。誰のことだかぼかして話をしたい時に「それは誰のこと?」「ひょっとしてあの人のこと?」と聞かれるなど、なまじ自分を理解している人と話す方が、話すことが困難になるのがその例だ。むしろ「へぇ、そういう人がいるんだ」ぐらいで詮索されなければ、少々突っ込んだ内容であってもうまく吐き出すことができる。
関係には、最も適した距離があって、それをうまく維持することが大切ではないかと思う。なんでも近づけばいいというものでもないし、理解するほどいいというわけでもない。理解しなければいいというわけでもないし、どのくらいの距離感が双方にとって一番心地良いものなのか、それは当事者同士にしかわからない。この距離感が狂ったときには、人間関係がもめるのだろうし、自分の中にもめそうな気配を感じたときには、その距離を測り直して、あるべき距離を検討し直すのもいいのだろうと思うのだ。
学習塾で6年ほどバイトしていた。進学塾であるため、点数を取れるようにするのが第一義となる。点数を取るためには、間違いやすいけれども、ちょっと気をつければ正解できる所を教えればいい。教えなくてもできるところや、教えてもみんなできないところは、正直どうでもいいので、その「ボーダー」の部分の勉強を反復することになる。
ここをこうやると間違い、減点、と間違いやすいことを指摘するのが、生徒が間違う場所をよく研究している「いい講師」だ。確かにそれは目的に合っているし、効果も上がるだろう。しかしそれを通じて、ある特定のことだけが正しいことで、それ以外の何かをすると間違ってしまう、という価値観が形成されてしまう。そういう価値観にならなければ、手っ取り早く点数が取れないからだ。
その価値観が形成されていると仮定すれば、この報道での出題が“難問”なのは当然だ。「仮定しなさい」という設問には出会ったことがないために、選び方がわからない。自分で勝手に選んだものが「それは減点だよ」と言われ続けて育ってきたので、思うようにやりなさい、は通じない。どういう文でも道が案内できればいいんだろう、とは彼らには思えない。
答えが決まっているものに対して、「正しい」答えを出せるかの評価が必要となる場面は確かにある。結果主義と言ってもいい。しかしそこでは、その結論に至るまでの「過程」が全く無視されてきた。未知の問題へのアプローチ法であるとか、答えが定まらないものへの対処法には注目してこなかった。その当然の結果とも言えるだろうし、もしもこちらを重視したいならば、教育、特に評価を根本から考え直す必要があると考える。
メガネは顔に合っていないと意味がない。ずれてしきりに手で上げているのは、非機能的で格好悪い。ずれないためには、顔にフィットした状態を保てばいいので、しっかりした作りで変形しにくいのが良さそうにも思える。以前はしっかりとした作りのメガネを使っていたが、それらはちょっとした拍子の変形をそのままとどめることにも優れていた。結局、定期的に店に通って調整することが必要だった。
メガネに力を加えないのが一番いいが、服と一緒に脱いでみたり、顕微鏡と仲良くしてみたり、寝るときにその辺に置いておいて事故にあったり、避けきれずメガネはエネルギーを受けてしまう。最近ではオペ室を出てマスクをはずすときに、そのヒモがメガネと仲良くするケースが多い。そのエネルギーをどうするのかが問題だ。
今はSWISSFLEXのメガネを使っている。フレームは弾力性に優れていて、力が加われば曲がり、力がなくなったら元の位置に戻ってくれる。耳の部分も、体温でやわらかくなりよくなじむ。結局このメガネにしてから半年経つが、結構なストレスをかけたのに一度も調整を必要としていない。手術中にメガネが下がってきたけど自分の手では触れられない、という状況にも遭わずに済んでいる。
一種の発想の転換というか、力に負けないような構造を目指していくのではなく、力をうまく受け流すところに感心した。一時的に、メガネは本来あってはいけない形になるかもしれないが、その形になるのを防ぐのではなく、そこから元に戻るところに視点を移すのだ。確かにその後元に戻れば、特に不都合はないわけである。
例えば子どもの教育にしても、あれはダメこれはダメと、枠にはめて禁止事項で縛るよりも、何か間違ったことをしてしまったときにうまく元に戻れるようにすればいいと思うのだ。それが起こること自体を防ぐのはなかなか困難で、その防止策を超える可能性との戦いは常に続く。そうではなくて、望ましくない状態になるのは止めずに、そこからすみやかに復帰できるよう手をうっておくのが、何事においてもかえって効率的ではないかと思うのだ。
■2004/05/23 (日) 旅日記 芝桜を観て温泉に入りカレーを食べる日曜日
早起きは苦にならない。6時に家を出て、4時間ほど車を走らせた。芝桜で有名なその公園では、駐車場を一杯にするちょうど最後の一台だった。入場料の500円は十分妥当と思えるくらい、一面見事に満開だった。見晴らそうと高いところへ自然と足が向き、息を切らす年配のツアー客を横目に、一歩一歩変わるパノラマに小さく声をあげていた。きれいに理屈はない、と言いつつ、ただのピンクより少し紫がかった方が好き、と一人頷いた。芝桜の間を走り抜けるゴーカートに、あれば必ず乗っていた幼き日の自分の姿が重なる。天気のいい日曜は見事に祭り日和で、帰る頃には車も人も列ができていた。その芝桜の写真。
重曹泉はわりと珍しい。新泉名ではナトリウム炭酸水素泉。柔らかな肌触りが特徴で、食塩泉よりじんわり体が温まる。特筆すべきは混浴露天風呂で、木々に囲まれ、きれいに清掃されているが、湯船の底にうっすら緑の藻が見える。このためいくぶん緑色のお湯が、惜しげもなくかけ流されて、一応の男女の仕切に大きな岩もあるが、今日は贅沢にも独り占め。まだ虫が少なく、気温も暑すぎず、それでいて晴天下、陽の光をしっかりと浴びることができた湯上がり。こういうのを至福のひとときと呼んでもいい、とかなりの満足度。
湖を見て、峠を越えて、全開の窓から涼しい風を浴びながらのドライブ。車を進めて、温泉と言えば本格インドカレー、という、豊平峡に続いて誤解を深めるべく昼食。リーズナブルな値段で焼きたてのナンに、意表を突いて本格的なカレーの食べ放題。観る、入る、食べる、という私の旅の三要素をしっかり満たして、日頃の心の摩耗をいたわる。具体的な内容も充実、そして何より、それだけのために自分の時間を切り取ることこそ、自分を充電して次へ向かう力の源となりうるのだと思うのだ。
まずはやってみろということで、呼吸循環不全の「患者さん」の救急治療をした。やたらとリアルなシミュレーションの人形で、何千万かするらしい。医学的なことを除くと次のようなことがわかった。
一つは、手を動かすと頭が動かなくなるということだ。手を止めて、焦らない状態であればなんとかわかることも、全く頭に浮かばなくなる。実際の対策としては、経験を積んだり体系的に教えられたりするのだが、知っていることすら出てこなくなるのは、残念ながら現在の実力だ。
もう一つは、チーム内の連携の重要さだ。できない者が三人集まり烏合の衆だったが、そんな中でも三人いるように働けていなかった。誰かが一つのこと、例えば呼吸を聴診器で聞くと、もう一人も同じことをしたり、もう一人がその結果を黙って待っていたりする。結局三人で一人分しかやっていない。また、誰かが指示を出してそれができなかったときに、できないことに言い訳するばかりで立ち往生し、結局指示した側が自分で手を出して二人で一人分になり、代わりに何かがおろそかになってしまう。
結果シミュレーション上は二人を救えず悔しい思いをした。その後救い方を教えずやったことを非難されるばかりでは、教育としてはずいぶんよろしくないと思うのだが、まぁいいショックにはなった。冷静に指示を出せるようになるべく、明日はしっかり学ぼうと思う。
■2004/05/25 (火) 子離れと親離れ 兄弟の役割を
子離れできない親に悩んで、と相談されることがある。平たく言うと、「親がうるさい」「色々言われるのがうざい」などである。そこで私が決まって返すのは、「そうやって言っている時点で、自分も親離れできていないんだよ」ということだ。自分の中で、親が無視できない存在であるからそうした発言が出てくるのであって、もう一段進むと、親の言うこと自体があまり気にならなくなる。
そもそも「親の子離れ」と「子の親離れ」は表裏一体で同じものだ。表現形は、親子ベッタリだったり、あるいは反抗期だったりするが、そこにそれだけ濃厚な関係があるのは同じことで、関係が疎遠・希薄になるのがそれらの反対の状況だ。親子関係は、生まれたときから存在するものだけに、その存在に気づくことが難しく、自分の価値観もそこから形成されているので、なかなか自分で否定することができない部分がある。
第三者の立場から色々言っても、結局その親子関係については知り得ない部分が多く、あまり力になれない感じを受けることが多い。その親と、その親子関係を知らなければ、「うちではそうはいかない」と言われて終わるからだ。ここで最も強い存在が兄弟で、共通の親と、類似した親子関係を持つ他にはない存在で、愚痴りあって、決断の背中を押してもらうには最適だ。
血のつながった兄弟は数も限られる。それを大事にするのはもちろん大切だが、他にも兄弟みたいな関係を持っていけたらいいな、と思うのだった。少子化で、一人っ子も増え、大事なことを一人で抱え込まざるをえなくなるケースも増えるだろう。かつては兄弟がカバーしてきた部分を、うまく埋めることができるような信頼できる相手を、少しでいいから持つといいなと思うのだった。
手術となると、何時間も立ちっぱなしになることは珍しくない。もちろん手術の途中に休憩を入れろと言っているわけではないが、術野の外で見ていた学生が、長時間で具合が悪くなったのでしゃがんだだけで「なんでしゃがむんだ、真面目に見ろ。」と言われたという噂を聞くと、そこまでやるのはどうなんだ、と思わざるをえない。私の偏見かもしれないが、こうした場面で「いいよ、出ていって。」と言う人たちもいて、ちょっとその科の性格が出るのかなぁ、と思っている。具体的に何科というのは、私にも立場があるためうかつには書けない。
一方某科はそうした環境がいいことで有名だ。科の性質上、医者たちの昼食休憩も交代で取ることができる。何かと立っていることで頑張っているような気になる私のような学生に、ある先生は「僕たちは修行僧じゃないんで、無駄に立ってる必要もないので座ってください。お腹が減ったら集中力もなくなりますから、お昼もしっかり食べて下さい。」と言った。確かにそれも一理ある考え方で、それができれば大いに理想だ。
一年目研修医が色々な科に散っているが、前者のような旧態依然とした科が圧倒的に多いと聞く。もちろん、患者さんのためを優先するのは正しいと思うし、例えば午前から外来を待っている患者さんを診るために昼食が摂れなかったりすることはあるだろうと思う。しかしそれを理不尽に下の医者に求めたり、そうすることが頑張っていることだとか、やる気があることだと認めるとかなると、さすがになかなか受け入れづらい。
そうした点で、「医者は修行僧である」という命題は、実習を回る学生がその科を評価する際に、そして将来の自分の職業に選ぶかという際に、一つのカギとなるポイントかもしれないと思うのだった。どうせ立っているならば、修行のためではなくて、患者さんのために働いてると思ってそうしていたいのだ。自分がそれを感じることができるかどうか、ある程度以上は個人の価値観によって違い、だから各々色々な科を専攻するのだと思う。
■2004/05/27 (木) 患者あっての医療面接、にあらためて気づく
医療面接理論としては、患者さんの話を聞くときには「そのままの言葉を返す」というのが基本となる。「胸が苦しいんです」と言うのには「胸が苦しいんですね」と返すという感じだ。学生同士で医者役・患者役として練習すると、話がよくわかる患者になってしまうのだが、最初はそれでもうまくいかないので、大いにその練習の価値はある。しかし、それで自分が「できる気」になってしまうのは注意しなければならないと、ここ数日は実感している。
実際の患者さんは、時系列に沿って、また体系立って話をすることなどできやしない。それを求めるのは専門家として間違いだ。車が壊れて修理するときに、その故障の様子を専門用語でディーラーに説明する必要はないはずだ。実際の診察室では、それが「いつからか」を知りたいのに、「どこの」病院だったかを延々と話されたり、「どんな痛みでしたか」と種類とか様子を聞きたいのに、「背中のこの辺が、ちょっと力を入れると・・」と部位とか状況を聞かせてくれたりする。「繰り返し」の手法は、要らない情報が繰り返されるだけで前へ進まない。
するとこちらも質問を変えるのだが、ついつい聞きたいことを誘導してしまうことになる。「昨日より前は痛くなかったということですか?」「ズキズキした痛みですか?」などの、「はい」とか「いいえ」で答えられる、あまりお勧めされない質問法だ。「○○ですね?」と医者に言われたことが、自分のいいたいこととちょっと違ったときに、「えぇ、まぁそうです」と言ってしまう患者さんの存在を忘れてはならず、重要な情報がそこから引き出せなくなったりするのだ。
「はい」「いいえ」で答えられる質問かどうかというのは、方法論としてはとても基本的なので、誰もが理解しているはずだが、私も含めてついつい使ってしまう。当たり前だが、会話は相手があっての話だというのを今さらながらに感じている。だからこそ臨床というのは面白いとも思っているし、先輩の先生方の、ある意味芸術的とも言える話術を少しでも盗もうと思うのだ。
聞いて知っていることと、実際に体験して知っていることとは大違いだ。もちろんそのことは「知っていた」が、それをあらためて実感して、再び「知る」こととなった。
その病気になってみないと、本当にその患者さんの気持ちはわからない、とはよく言われる。確かに、死を目の前にした人の気持ちは、どんなに知識があっても、どんな手記を読んだとしても、わからないと言った方が適切だろう。そこでどうするかというと、わからないという事実をまずはふまえた上で、それを自分の中で想像すればある程度は共感できるのではないか、と考えていたのがこれまでだ。
今回も、一応想像はしていたのだ。しかし、相手の気持ちに立ってみて、こんな感じだろうと想像していたものをはるかに超えた反応だった。それは、理屈とか数値で説明できるようなものではなくて、感情とか譲れないものに近いところだった。そういう反応をする相手を責めるわけではない。そこでは漏れなく私も感情的に反応して、ますます火に油を注ぐ結果になった。
わかっていたつもりだったが、さっぱりわかっていないことが明らかになった。話が循環しているが、一度はこういうことを経験しなければ、経験しないことは本質的にはわかっていない、ということを、本当にわかることはできなかった。自分の中で、安易に想像できたつもりになることと、そこで自分も感情的に対応しないようにと、二つのことに気をつけようと思ったのだった。
私は元来上下関係にはうるさい方だ。それは親しくなっても形式面を重視するという意味で、同級生以上に馴れ馴れしくからむ先輩は存在するが、そこでも基本的には「さん付け」「ですます」で話すということだ。
こうした形式的なことをしない場面があった場合に、二つの問題が起こる。一つは当事者同士の問題で、「あいつは自分に敬語を使わない」と怒る場合であるが、それを本人に言わずに回りに言うのはおかしくて、文句があるなら直接言ってやればいい。もしも直接言えないならば、それは甘んじて受けなければならない関係なんだろう。
もう一つは、当事者以外が端から見ていて「あいつは敬語も使えない」と言う場合である。「社会に出たら通用しない」とか色々あるが、他人のことなのにずいぶんムキになって目くじらを立てる場合がある。これは、自分が気を遣っていることをないがしろにされた、という思いから来るものだろうかと考える。
敬語を使わず話すことが、親しさの度合いを表す、という意見もあるので話は複雑だ。私は敬語を使っていても親しい内容にすることはできると思うが、親しくないうちに距離を縮めるために敬語を取っ払う、という考え方もある。当人たちの考え方と、周りで見ている人の捉え方と、ある程度客観的にみた関係にふさわしいそれと、どのあたりを落としどころにするかを決める必要がある。
どんな関係でもそうだが、自分と相手、という二者の間だけを考えるのは当然として、そこで終わってしまってはいけない。第三者から「見られること」も想定して、どう思われるのかを考えつつ、そしてその関係が、集団とか組織の中に与える影響までを考えて、その上で二者関係を作っていく必要があると思うのだ。
タメ口がどうかという話は実はごくごく一部で、そうした第三者とか集団全体とかまで目が向かない人が、結果的にタメ口も使っているように思う。それは、経験を積めば見えるようになることなのか、それとも周りが言ってやらねばならないことなのか、それを言ってもらえるかどうかも実は個人の力だよな、と思ったり。その人にとって一番いいのは何なのか、こだわりだすと悩みは尽きない。
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