最北医学生の2004年 7月の日常

■2004/07/01 (木) 考え続ける医療

MSで聞かれるのがCarey Coombs雑音であるとか、鼻出血の好発するのがKiesselbach部位であるとか、理屈も何もなくそうした名前だ、という問題に非常に弱い。今後の勉強はこうしたものが増えていくと予想され、それは非常に苦手で嫌だなと思っているが、知識がなくて現場で困っているので、まさにそこが自分がやるべきことだとも感じている。

あえてそうした知識とは別物のように捉えるが、その病気についての仕組みを理解することがある。○○病は××が不足する、××時間が延長する、××細胞が増加する、などなどとである。そこから先は自分の知識で考えれば、症状とか検査結果とか、その後良くなるとか悪くなるとかが、ある程度は予測ができる。一対一対応で習ったことが一度もなくても、この薬が効くはずだとか、この治療がいいはずだというのもそこには含まれる。

経験ある医者がすごいと思うのは、一つは「順番に考えればこうなるはずじゃん」と、確かに一つ一つは私でも知っていることを積み重ねていき、今患者さんに起きていることやこれから起きることを説明することだ。それらを「つないでいく」力というのは、「頭がいい」などという言葉で表したりするが、知識の量が多いともまた違うし、考えるスピードが速いというのでもない。言われればわかるけど、絶対こっちからは出せないよ、ということをいとも簡単に出してしまうのだ。

もう一つすごいと思うのは、その治療とその治療をつなげるタイミングの合理性である。治療法はこれとこれがあって、という知識はわりと広く知られていても、実際に時間軸を取ったときに、それらを同時に使うのか、切り替えていくのか、やめるのか、そしてそれらはどの時機なのか、という点については、まさに現場の判断であり、患者によって大きく変わりうる。医者の勤務時間が長くなるのは、そうした判断が24時間求められることとも関係する。

経験的にそうだ、と言うばかりでなく、先に書いた「病気の仕組み」をふまえた上で、○○のはずだからそろそろ××しよう、とするのを目の当たりにするたびに、しかも言われれば自分にも了解可能であるたびに、自分もこうしてやっていきたいなぁ、と思うのだった。決して難しい数式は出てこないのだが、そうした理詰めは大好きだ。

■2004/07/02 (金) 12球団がベストという論理的根拠

livedoorが近鉄を買うというのは野球界的には問題があるらしいが、そもそも経営が苦しいとか言っているならば、きちんと考えなければいずれはつぶれる。球団経営はどこからお金を出してやっていくのか、ということである。入場料収入とか、テレビの放映料とかなのか、それとも親企業の儲けをまわすのか、ということである。前二者ならば、そこで得られるお金というのは算出できるはずだ。野球ファンの数というのはそうそう変わらないだろうし、そこを増やす努力をするならわかるが、地道なファンサービスはどうやら地味のように思う。

親企業の儲けであれば、景気が良くない状況では、出せるお金が限られたり、出せなくチームが出るのも当然だ。相撲界のタニマチのようなものなので、先に野球チームの数を決めるなどはずいぶんな自信だ。年俸いくらと言うときに「子どもたちの夢が」という選手はいるが、年俸が上がるがチームがなくなる、などという状況になればその夢も少なめになる。「12球団なければ」と言っている人がいるようだが、どういう根拠かよくわからない。

単純にそこでの収入と支出を考えれば、ナベツネがどうとかいう話は全く出てこない。出るとすれば、彼が日本の野球界のために、他のチームにもお金を出す場合だが、それはかなり考えにくい。すると、各球団合計の使える金額があって、球団数×選手数で割ると年俸が出てきて、それでサインする気があるのかないのか。そういう理由で球団数を減らすのであれば、誰も反対できないだろう。反対するなら金をくれ。

■2004/07/03 (土) 地位がないというメリットを生かす

人は権力とか地位とかに憧れる。そうしたものがある方が、できることが多かったり、自分の意向が通りやすかったりする、と考えるからだと思われる。しかし、そうした力を持つことで不自由になることも増えてくる。一つの例は、同じことを言っても同じように受け取られないことだ。

例えば患者が医者に、「お礼をした方がいいですか?」と尋ねたのに対して「いいえ、気遣いは無用です」と答えたとしても、それで本当に要らないんだと納得はしない。就職説明会の案内に「普段着でお越しください」と書いてあっても、普段着で行っていいというわけではない。伝わる内容は、誰がどういう場面でそれを言うかに依存して、場面は意識して変えることができるかもしれないが、立場はその都度変えることはできない。

先日「学生になら言える」という話を書いたが、そうした構図で、できることとできないことが生まれることはあるだろう。うまくいかないときに、立場のようなものが邪魔していないかを意識したり、見渡す限り自分が一番それをするのにふさわしい立場だと気づいたりすることが大切ではないかと思うのだ。地位が上の人を羨むだけでなく、身軽さと身重さのバランスをうまく見極めて、みんなが幸せになる行動を選びたい。

■2004/07/05 (月) はてなダイアラードラマ百選

こんなの書いていました。趣旨から言って、はてなダイアリーにのみ載せておきます。

■2004/07/06 (火) 教育を作るもの

大学においては日々教育される側だが、ライフワークとしては教育する側に携わっている。教わる側がストレスを感じる時には、やる気があるけど何をしたらいいのかわからない、きちんと指示して欲しい、言ってくれれば頑張るのに、という場合がある。そこには単なる不備とか、気にかけられていないとかいう場合も含まれるが、意図的に指示していないかもしれないと思うこともたまにある。

「誤答対応型学習」とか「問題解決型学習」という教育の方法論があり、これらにおいては問題に直面したり、うまくいかなかったりするのがポイントだ。もちろんそこで終わってしまってはいけないわけだが、すぐに「こうしたらいいよ」とフォローを入れすぎると、結局それはフォローに対応することばかりに目が向いてしまう。問題ではなく先生ばかりに注目するのは、古典的な「知識伝授型学習」と何ら変わりがない。

教わる側は、わからなければ「もっと教えて欲しい」となるが、一歩間違うと「量が多すぎる」とも言う。教える側は、「もっと教えたいけど、この辺でやめておく」であるとか、「こんなに教えてやってもちっとも効果がない」となる。これを解決するのはもちろん技術的な問題とか、双方のやる気とかもあるが、一番有効なのは、教える側と教わる側の直接の交流ではないかと思う。

根本的に、まだ習っていなくて全体像がわからない対象については、どんなに頑張っても評価することはできないはずだと思うのだ。登っている途中の山の全体像は、頂上から見下ろしたようには決して見えないはずだからだ。その限界を意識しつつ、お互いが思っていることをプラスの方向に結びつくようにぶつけ合えるかどうかで、両方ともが幸せになっていくか決まっていく。アンケートでもいいのだが、言ってもいいな、という信頼関係と情熱が大事な要素であることは間違いないだろう。

■2004/07/07 (水) 患者の意に沿う医療の矛盾

インフォームド・コンセントという言葉に象徴されるように、患者の同意を得るのは現代の医療の基本である。患者が望まないことをすることはできないし、望むことはしなければならない、とも言える。もちろんそう言い切ってしまうのは極論なのだが、選択に困れば患者の意に沿うようにするしかないし、常日頃から、患者さんが多くの点で満足できるよう心を配っている。

しかしその「満足」というのも、意向を聞けば聞くほど難しい。例えば昔やった胃カメラがつらかったから嫌だと言われれば、もちろん上手な先生がやっていく方法も考えるが、ついつい胃カメラ以外の方法がないかを考えてしまう。だが胃カメラ以外の方法は、医学的には最善とは言えないものだったりして、「説得」したり「お願い」したりして、一番効果的で確実な方法を勧めていくことになったりする。

もっと本質的なものとして、例えばお酒をやめた方がいいような体の状態だったとしても、本人がお酒をやめる気はないと言い張ればその意向に従うのか、という問題もある。それが今すぐ命に関わるレベルなのか、今すぐではないが確実に10年後にはというレベルなのかという違いもあるが、「強く勧める」であるとか、教育的な問題もまた含んでくる。本人がやりたいと思っていることであれば、こちらの思惑が成功することは、すなわち患者の意に反することになるのが、一見矛盾をはらんだところだ。

医療側が精一杯やって出る効果を例えば+5としたとき、患者の「意向」で一気に−50の効果が出てしまうことがある。薬を自分の判断でやめたり、食生活を思いのままにしたり、その他さんざん説明したのにそれをするかよ、ということは色々あって、最たるものは「病院に来なくなる」である。なんとかそうさせないのも医者の腕のうちだ、というのもわかるし、それも患者の人生選択だというのもわかる。

患者の意向を大事にしようと努力するのも、+5の成果を出そうと治療に熱を入れるのも同じ人で、頑張るスタッフほどその5と50の大きさの違いには無力感を覚えることになる。それは結局、自分の仕事を軽視されているようにも感じるからなのではないか、と最近は考えるのだが、そうした自己否定とかどうにもならない無力感を抱えながらやっていくのが、人を相手にする職業なのかなぁと薄々気づいてきたのだった。

■2004/07/08 (木) どこで料理を作ろうか考える

調理師と一口に言っても、どこで料理を作るかはピンからキリまである。五つ星レストランがあれば、下町の食堂もある。高級食材で高価なメニューのこともあるし、手頃な食材でどこにでもありそうなメニューもある。着飾った裕福な客が来る店もあれば、小汚いあまりお金がない人が来る店もある。客の数は多くないがこだわりの料理を出せるところがあったり、ひたすら客をさばいていかないとやっていけないところもあるだろう。

例えば寿司だと、値段も書いていないような高級なところも、まぁ普通の寿司屋も、回転寿司も、宅配寿司も、どれも寿司を握るには違いない。自分の思うようにしたいと、約束された収入とか地位とかを捨てて、一国一城の主となるべく独立する人もいる。この腕があるならば、例えば東京でならこの2倍の値段でもいいだろうとか思う小さな食べ物屋をいくつか知っている。

ついついそれらに上下の価値観を持ったり、こっちは劣っているとか、自分は本当はこんなはずじゃないんだとか、考えてしまいがちである。しかし食べに行った客の方には、店とかメニューとかも含めて、料理に誇りを持っているかどうかは伝わってくる。楽しそうに働いているかという見方もあって、味というのは皿の上のものだけではなく、そうした雰囲気みたいなものまで含まれるだろう。表現はしづらいがそこも大事にしたいポイントだ。

どこでどんな料理を作るかを自分の意思で選べるだけに、その悩みというのは尽きないものである。

■2004/07/09 (金) 俺、酔ってないよ

飲み会も終盤になって「俺、酔ってないよ、大丈夫大丈夫。」と饒舌に主張する酔っぱらいがいる。自分が酔っているか酔っていないかについて言及することは、酒を飲んでいなければまずありえないのが、第一の注目ポイントだ。そしてかなりの割合で、そういう人は標準以上に酔っていて、判断基準がおかしくなっている場合が多い。

自己評価というのは往々にして不確かなもので、主観と客観の違いに驚かされることもたびたびある。特に自分を評価する主観は、内容が良かれ悪かれ、まず疑ってかかることにしている。その上酒が入って判断力が落ちているのに、自分の状況について正確なことが言えるかどうかは明らかだ。そこを言うのが酔っぱらいというものだ、というのは知っているし、私も一味だ。

「自分は酔っている」という文章は、酔っていない人が言う台詞ではないし、酔っている人が言ったら、内容としてそれは正しい。従って、「酔っている」というのは信じてもいい表現である。しかし一方「自分は酔っていない」という文章は、酔っていない人が言えばそのまま正しい内容だが、酔っている人が自分を誤評価したとしても矛盾はない。従って、「酔っていない」というのは、聞いたとしてもどうにも役に立たない台詞である。

「主体」と「客体」を想定したときに、主体が揺らいでいる状況では「評価」というのは困難だ。標高がわからないところから観測しても、観測対象の高さがわかるはずがない。ましてその客体の方も自分であればますます不確実で、しかしそれでも自分の行動を決めていくにはそれに頼らなければならない。せめて、構造的に無理な評価であることを頭の隅に置きながら、自分の酔いを見定めていこうと思うのだ。

■2004/07/10 (土) 経験もバカにしたもんじゃない

「そうしていないと自分が守れないんだろうね」と、心理学の自己防衛とか自我の確立とかを思い起こして私は言った。すると母は「そうだろうね」と事も無げに言ったのだ。

私はそうした概念を、読書であるとか、自分で考えるであるとか、結構苦労をして悟りを開いたような気分でいた。しかしそれを、体系的に学ぶことなく、いわば経験的に知る人もいる。

何事も、経験からより体系だってまとまっているのが優れていると思わずに、端からバカにしないで先人の言うことにも耳を傾けようと思う。うちの母親も、だてに57年生きていない。

■2004/07/12 (月) どんな仕事をどのくらいすると幸せなんだろうか

どんな仕事をするかは大きな問題だ。やりたくないと思っていることに多くの時間を割かれてしまうのは、どうも幸せそうではない。こんなに長い時間大変な仕事を、と見える医者も、本人は楽しそうにやっていたりするから、きっとそれでいいのだろう。一方、給料とか休みとかの待遇が良さそうに見えても、本人が不満そうなら良いとは言えないのであろう。羨ましいとか思っても、そういう問題ではないところがある。

仕事にどれだけのウエイトを置くか、という考え方がある。つまり、休みを削ってでも仕事を大事にするか、仕事を休んででも余暇を大事にするか、という両極端で表される直線上のどこを選ぶのか、ということである。それは人生選択であり、どちらが優れているとか、まして他人と比べるものではない。

いい仕事をするのはなぜかというと、自分の人生の幸福を最大にするためだと考える。当然ながら、仕事は人生の部分集合だ。そうしたときに、自分がどのくらい仕事を大切にするのか、仕事以外のことをどのくらい大切にするのかは、非常に頭を悩ませる問題だ。それは家庭とか趣味とか、自分の時間を過ごすとかいうことなのかもしれないし、一方でその力を仕事に注げば注ぐほど満足度が高くなる、ということもあるかもしれない。

相手があって、なかなか思いどおりにならないことではあるのだが、それでもやはり「自分が今やりたいと思うこと」を追い求めていくのがいいのだろうと思う。やりたいことが第一で、やりたくてやったことについてきたことがつらくても、それはなんとか乗り切れるのだろうと思う。明らかに、違う人生につながる選択が目の前にあって、どちらかが正解でどちらかが「いい」ような気がしたりするのだが、わからない将来を思い悩むよりも、今の気持ちに素直になりたいと思うのだ。

■2004/07/13 (火) 時間があっても文章は書けない

うまくメールもサイトも書けずに、書きかけばかりがたまっている。いわば一種の不調だが、今の実習が充実からは離れた内容にあることも関係あると考えている。

サイトを書く暇がないとか、メールの返信をする余裕がないとかいうときに、仮に仕事も学校もみんなやめて、丸一日フリーの状態を今後何年もの間、続けることを想定してみる。果たしてそれで、面白い文章が書けるのだろうか。

内容が仕事とか学校とかに関係なくても、おそらくそれは書けないのだと思う。外界と触れ、刺激を受け続けることで頭が活性化され、よく回っている頭に何かを入れるからうまくいくのであって、時間があるかないかは二の次だと思うのだ。

やっている内容の問題ではなく、そのものに対して誇りを持っているかどうか。そういうところに「張り」があれば、書く文章にも「魅力」が出て、筆も進むし、そこから読む側も感じるところがあるのだろうと思うのだ。

今日はその張りがないのでこの辺でやめておく。

■2004/07/14 (水) しびれる贈り物

贈るという行為は、相手が本当に望むものであればとても力を持つものになる。言ってしまえば、相手が喜ぶものをいかに探すかの部分が本質的で、それは一見孤独な戦いである。直接好みを聞いてしまえば相手の驚きも少なくなるし、そこは一人で思い悩むことになるが、これで喜ぶというものをズバリ見つけることができたら快感だ。

もらう方から逆に見ると、深読みすればするほど踏み絵的である。このくらいの費用をかけてくれるのかとか、こういうものが喜びそうだと思われていたのかとか、その人が自分を見ていた像がそこに投影される。それは自分が描いた通りの像だったのか、それとも意外な姿なのか、自分が意図して見せたい姿なのか、そうでもないのか。

その意味で、自分が意識の上では気づいていないことなのに、実はピッタリ合うものを選び出してくれると、かなりポイントが高い。そこでは、深い理解と、広い知識と、そして少しは冒険しても大丈夫だという信頼関係と、色々な条件がクリアされているからである。これなら間違いないだろう、という既知のものを超えた何かを、贈ってみたいし贈られたい。

■2004/07/15 (木) 面接に堪えるもの

私の趣味はサイトの更新だが、かといって履歴書にはそうは書けない。サイトの更新が相手に与えるイメージとか、その後の面接での突っ込まれっぷりを考えると、書かない方が無難だからだ。スポーツとか得意科目という欄もあるが、話題を振られたときにそれなりに間が持つようなものが望ましいだろう。結局趣味は旅行、スポーツはバスケット、得意科目は病理学と書き込んだ。どれを取ってもその辺の人をつかまえてくるよりはるかに多くの経験がある。

自己PRとやらを書くために調べてみると、大学時代にやったサークル活動でもアルバイトでも、それを通じてこういう力を身につけたので、それを仕事に生かしていける、とアピールするらしい。幸いそういう点で考えても、塾でのバイトとか、部活内でコート外でやった色々なこととか、人と人との関わり合いでの経験は、実際に生きるだろうし、そのように書くだけの自信がある。いきなりありもしないことを書いて、面接をビクビクしながら待つのとは正反対だ。

惜しむらくは、サイトに関して何もアピールできないことだと思っていた。試験の中に小論文があったりしたら、パソコンがない状況でも圧倒的な強さを発揮できるだろうと思うからだ。しかしその力は、志望動機と自己PRをA4の紙1枚にまとめることに使われた。案の定スペースが足りなくなって、いかに言葉を省いて、いかに誤解なく読みやすくまとめるかを、いつものように推敲した。そんなわけで、あとは自分を出すだけである。

■2004/07/16 (金) 挑発と脅迫

挑発とは、相手から手を出させることを狙ってする行為であり、卑怯なので大嫌いだ。脅迫も、相手が飲めない要求を突きつける点で同じで、そうしたことで自分が困る様子をほくそ笑んで見ているかと思うと、怒りもひとしおだ。やるならストレートにやってくれよと思うのだ。

愚かなことだが、私はそういう事態に直面したとき、自分から手を出したり、要求を飲んだりして打開を図る。しかしそもそも、それが手を出せない状況だったり、それが飲めない要求だったりするからこそ、挑発とか脅迫が成り立っている。従って、一時的には相手の想定を超える効果を得ることができるが、最終的には不都合の方が大きくなって、やっぱり後悔する。

そこで怒りにまかせて、売られた喧嘩を、それも予想を超えたレベルで買ってしまうことが、自分の弱いところだろうと思っている。そうした構図はちょっと考えれば容易にわかるのだから、一歩引いて、くだらないプライドとかに惑わされずに、もっとクールにやっていきたいと思っている。この二つが絡んでくると、他のところと明らかに行動パターンが違うのだ。

■2004/07/17 (土) 働かないアリも人生には必要だ

本当にフルパワーで働いている働きアリは2割で、6割はぶらぶらしつつそこそこ働き、残りの2割は何もしていない、などという話があるらしいと7/16のblogで取りあげた。一見働いていない、効率を落としているように見えるアリたちの働きは何なのか、確たる説はないようだが、色々に推論するのは面白い。

今回就職試験にあたり、履歴書を書き、自己PRという名で大学時代の活動をまとめたが、これまでやってきたことが思わぬところで役に立っている。将来就職で役に立つから、という視点でやってきたわけではないのに、こんなこともしていたし、あちらではこんなこともしていたと、どこを突っ込まれてもアピールするべきことがあり、面接は楽だった。留年したことでさえ、それで他の人にはないことが勉強できたと語ることもできたりした。

アリの話でいう6割の働きなのかな、と思うのだった。効率を上げるためには、2:6:2の比率を、例えば5:4:1とかに変えればいいように思いがちだが、おそらく6の部分があるからこそ、うまくいくところが出てくるのだと思うのだ。アリにおいては働かないで周辺を偵察していることが、いざという時「そう言えばあそこに」とか役に立つのかもしれない、などと、勝手にストーリーを組み立ててみたりもする。私で言うと、部活のOBに試合結果の報告をしたのは確かに面倒だったが、そこで名前を覚えたOBの先生の上司が面接官だったり、報告した際の苦労を語ることもできた。

短期的には無駄だとか損だと思うことであっても、それが実際にマイナスになるかどうかは判断できないということだと考える。やってることの一部は役に立ちそうだが、大部分はなんだかよくわからないものだった方が、むしろ後々いいことなのかもしれない。だから、一見つまらなくても、なんで俺だけとぼやきたくなっても、目の前のことにじっくり取り組んでいけば、それでいいと思うのだ。

■2004/07/18 (日) 車を操るのに慣れる・飽きる

私の愛車は今話題の三菱車だが、「特に3500rpmから5000rpmを使った加速が快感だ」と書いても、同じ車を乗っている人にもわかるかどうかの個人的な感覚になってしまう。車一台一台の個性もあるだろうし、私で言うと、この車には購入してから125000kmほど乗っているので、その経験を他の人と共有することはできないと考える方が自然だろう。

それだけ長く乗っていると、愛着も沸いてくるし、ならではの一体感も生まれてくる。車というのは、こちらが操作したとおりに動いてくれるし、しかし車の力を超えた範囲では動いてくれない。機嫌を損ねるとダメだし、機嫌をうまく捉えると驚くほどの反応が返ってくる。それをピッタリできたときは快感だし、一方たまには「飽き」を感じることもある。

飽きてくると、車を改造するのが手っ取り早いが、それはAがA’に変わるようなものだったり、結局自分が思い描いた範囲内の反応にとどまることになる。よほどこだわれば別だろうが、根本解決には少々遠い。買い替えるのは最強の選択だが、そうそうできるものでもない。

誰かの車を借りるのは気分転換にはちょうどいい。車というのは、基本的にはどれでも運転できるのに、完璧にコントロールするにはかなりのつきあいが必要で、しかし初めて運転してもそれなりに楽しめるものだ。運転好きで貸し借りすると、アクセルを踏んだ感じとか、レスポンスとか、回転数の変化とか、そういう一般的でない部分での新たな発見があったりする。貸した側も、借りた側が自分の車でも、生かしていくことができるというのは、いつでも成り立つ話ではないが、確かにある。

車以外でも、そういう側面があるのかもなぁ、とぼんやり思っていたのだった。

■2004/07/19 (月) 受け入れ、決断するための時期

手術の三日前に患者さんが「いやぁ、やっぱり手術を受けたくないなぁ」と言った。新しい情報は一つもなかったが、同じ説明を一通りして、気持ちをじっくり伺って、しっかりお話しした結果、最後には結局「やっぱり受けなきゃならないよなぁ」と言ってくれた。これは単に、説明が不足していたとか、本心では納得していなかったのとは違うと思うのだ。

それは、自分の病状から、手術を受けなければならないことは頭では十分わかっていて、でもその状況を自分で認めたくない時期があるからだと思うのだ。認めたくない、というのは、認めない方がいいと思っているわけではなくて、現状からの変化をよしとしないという意味だ。命に関わる手術を決断することは、人生において大きなポイントともなりうることだから、それを選択するのにすんなりできる人ばかりではない。

おそらくは、今すぐする決断と、じっくり考えた後でする決断には、結果的には差はないのだと思う。自分の中で、一瞬ですることができた決断、例えば取りきれる癌だから手術をするという決断は、考え直したとしても同じところを通るだけで、行き着くところは同じだろう。それじゃぁ、じっくり考えることが不要であるかというとそうではない。

その期間は、自分を納得させるために必要だと思うのだ。例えば後から考えたときに、やっぱりしない方が良かったのではないかとか、これは誰か他人のせいだとか、病院のせいだとか、そういう発想が出づらくなるのではないかと思う。あくまでそれは、その時できる中で最善な選択であると自分が選んだ結果であると、自分に言い聞かせるのに非常に有効で、ぜひ尊重したい部分である。

人生の大きな決断にあたっては、そういう時間を取ることも大事だろうと思っているこの頃だ。

■2004/07/20 (火) 正統派勧誘の二つの条件

組織に新しい人を入れようと「勧誘」が行われる。どの場合でも、自らのところがいいことを盛んに主張するが、内心そんなにうまい話はないはずだと思ったりもする。早期の決断を迫ったり、断ってもしつこかったりすると、勧誘が逆効果となることも体験した。あまりに目の色を変えた勧誘であれば、例えば「入れば100万やる」と言われるとかだと、むしろそこには、何か怪しいものがついてくるのではないかと疑う方が自然な感情だ。

私も、勧誘する側だったり勧誘される側だったりするのだが、いいと思う勧誘の条件は二つある。一つは、いいところももちろん言うが、悪いところも同時に示すことである。世の中の多くのことは「善し悪し」という言葉で表現できて、そういういいところがある裏には、こういう悪いところが付随する、ということだ。言い換えると、こういう内容をいいと思う人には勧めるけど、悪いと感じる人もいて、そういう人には勧めない、という個人の価値観のレベルの話となる。

二つ目は、無理強いをしないで、「じっくり考えて納得したら入って」と言うことである。世の中には勢いとか強引さが有効な場面もあるが、後からやっぱりやめたとなるのはお互い不幸で、できるだけそうなる可能性は減らす方がいい。そのためには、いいことも悪いことも示し、嘘をつかず隠さずに、そしてそれを判断する時間を作る。一見した数は少なくなるかもしれないが、その後の熱意とか、継続するかなどをあわせると、補って余りある方針だと考える。

営業とは、高い代わりにここが優れている、ということを納得してもらうのが仕事だと聞いたことがある。安さの競争を追求すれば、それは質の悪いものになるのは目に見えていて、他者より少々高いけれども、ここが優れているとか、使いやすいとか、長持ちするとか、ランニングコストがかからないとか、そういうところで納得していただくわけだ。私も良い「営業」ができるようになりたいし、ぜひ参考にしたい人が何人かいる。

■2004/07/21 (水) 研修医を強制的に休ませる

労働環境として「つらい科」とそうでもない科があると言われる。私は学生という立場でいくつかの科を回っただけだが、単なる拘束時間の長さとか、立ちっぱなしで肉体的につらいという以外に、疲れを構成する要素があるように感じている。それは「興味」であるとか「楽しさ」であり、内容が面白いものであれば長時間でもさほどつらくないし、やった内容がすごくハードだとしても、そこの先生の雰囲気が冗談を交えるようなものであれば、最終的には充実した気持ちになれると思うのだ。

例えばこの研修医は、行く必要がなくなっても患者さんに会いに行くと書いているが、私も担当患者さんのところには土日も通った。私の場合は、義務感とか義理とかではなくて、そうすることが楽しいからだという面が少なからずあった。人との触れ合いだったかもしれないし、その関係がうまくいっていたからなのかもしれない。

うちの病院ではとうとう「研修医は土日のどちらかを完全オフにする」というルールが動き始めたが、それはそれで評価できる制度なのかもしれない。私ならばきっとちょっとは顔を出してしまう気がするが、それは「切り替えが悪い研修医」と評されるのかもしれず、どちらがいいとは言いきれない。休むにあたって、上の先生が出てきているのに、という軋轢が生じているのも事実で、上と下との対立の構図もある。

このルールは、例えば外科医になりたくもない人が外科を何ヶ月か回らなければならない、という制度が始まったこととも関連しているだろうと思う。しかしそうしなければならない以上、回る方もそれに対応する必要が出てくるだろうし、それを迎える指導医たちも、できるだけ面白く、楽しく過ごせるように努力をする義務があると思うのだ。

頑張ろうとして頑張れない状況があるのはよく知っている。しかしそれを、結局一律の決まりに押し込める対応しかできないのもまた、問題ではないかと思うのだった。通い合う心があれば、過労であってもそんなに問題は起きないだろうと思うのは、院長みずからが、ある研修医のここ数日の睡眠時間を気遣っているような病院を見てきた後だから思うことかもしれない。

■2004/07/22 (木) たまには立場を離れてみる

色々考えることがあると、心を休めに車を郊外へと走らせる。自然と向き合うのと同時に、一人の時間を持とうとするのだ。内容が悪いときばかりではなく、今回のようにいいことであっても同じだ。別に何かを結論づけるわけでなく、何かを解決するわけでもなく、ただ止まった時間を持ってみる。

ふらりと入った喫茶店で、店の人と北海道の良さを語り合った。近頃の若い人とか東京の良さはどうとか、高速道路や北海道新幹線とか、食べ物とか観光のポイントとか、冬の魅力とか裏道情報とか、ずいぶん色々話し込んでしまったりした。窓から見える畑のきれいな風景が、青空とあわせて爽やかだった。

そこで過ごした時間は全然一人じゃなかったが、医学の医の字も出さずに、気楽な会話ができたところが良かったと思う。自分の普段の生活の100のうち99くらいは、医学生という立場をふまえたものになるだろうし、それは望むところだが、残りの1を持つこともたまには大事そうだと思った。そうした日頃の自分を解放するのに、初対面の人と話すのが得意だったり、日頃の実習と同じく相手の話をよく聞くうなずき方とか、そういうことが役立っているのに気づき、そこはぐるっと戻ってきているんだな、と思った。

■2004/07/23 (金) いざというときに頼られる

普段から頼られるのもいいのだが、困ったときに頼られる方が価値を感じる。相談事としては重かったりするが、しばらく接点がなかったけれどもわざわざ自分を選んでくれたら嬉しくなる。単に身の回りの人が当事者だから言えない、という可能性を差し引いてもだ。

よく知る人に言わせると、カバーする話題が広くて、そのため初対面の人とも話ができるらしい。いわゆる知識は幅広いらしく、制度とか話の持って行き方とか、そういう教科書的ではない戦闘力もあるようだ。先日あるもめごとにおいて、組織との戦い方とか、法律的な裏付けとか、その問題についての世界的な常識とか、とうとうと語る自分がいるのに気づいたが、確かになかなかいない存在なのかもしれない。

それにも増して重要なことは、物事に向き合う態度がいい加減ではないということだろうと思う。真剣に言っているのに軽く流されたり、そんなの適当でいいんだってと言われたら、もしも自分がそうされたら、と考えるとダメージは大きい。真摯になって一緒に向き合ってくれるだろうという予想があって、それに応えてきたからこそ、頼られるのではないかと思うのだ。もちろんこれは、ある種「くだらない」軽い話題を振りづらい奴だ、とも同じ意味だ。

結局話を聞いて、必要以上に心を割いて一緒に悩んでいる自分がいたりする。彼らの幸せを増やすために、自分にできることはないものか。こうした力を使う先を間違わずにしたい。要らない人にであるとか、結局無駄に終わるとか、そういうところで意図してやる気を抜くのもまた重要だ。

■2004/07/24 (土) 登山と時の流れの雄大さ

大雪山の赤岳に登山に行ったが、両親としっかり登るのは小学生ぶりのことだ。当時は夏の土日というと山登りだったので、自分にとってはなじみのことだ。大きな景色を観るのは好きだし、一見無理そうな斜面にチャレンジしたり、長時間歩き続けることも苦にならない。当然ながら、山の上ではそうそう「いやだ、やらない」という選択にはお目にかかれない。例えば頂上からの道が急で「いやだ僕は降りない」と言ってもしょうがない、などだ。これは今の生活の色々な部分に役に立っている考え方なのかもしれないと思うのだった。

両親は花が好きだ。道端の高山植物を目ざとく見つけて名前を手帳に書き留めていく。一発診断できるものもあれば、花からいうと○○科だが、葉っぱから言って××ではないから、などなど、写真入りの図鑑を片手に、場所とか大きさとか時期とかも含めて考えていく。だいたい60種類くらいあったらしいが、何という花かアプローチする様は、顕微鏡を覗いて病名に至る病理診断とよく似ている。私はどちらも見習いレベルで、すごい人のすごさが少しわかってきた。

天候はぱっとせず、大パノラマはなかったし、花はきれいだったが両親ほどに喜べるわけでもない。それでもたまにはこういうのもいいな、と思うのは、時の流れの雄大さだ。何時までにこれこれをするというのは、明るいうちに無事下山することぐらいなので、例えば腕時計ははずしてしまった。望むならば、気に入った景色を何時間か観ていてもいい。

標高が高いほど気温は下がるので、季節の移り変わりと同じことになる。つまり、同じ花の咲き終わり、満開、咲き始め、つぼみ、を登るにつれて見ていける。また、雪渓があって、雪のところ、雪解けでぬれている、芽生えの淡い黄緑色、しっかりはえてきた緑色、というグラデーションが、一つの景色の中に含まれる。見えているのは今のラインだが、それがずっと動いてきたのを想像することもできる。

どうも常日頃は、小さなことを、小さく考えていたのではないかと思わせる。そういう圧倒的に大きな存在を感じることが、時には必要なことなのかもしれないな、と妙に悟った気分なのだった。

■2004/07/25 (日) イラク生残記 勝谷誠彦著 を読んで

2004年5月27日、イラクで日本人ジャーナリストが襲撃され、橋田さんと小川さんの命が奪われた。わずか数ヶ月前の3月3日、勝谷さんは二人とおちあうためにイラクに入り、そしてバグダッド郊外で強盗に襲われた。銃口を首に突きつけられ、生命の危険にさらされるという体験は、そのまま文章の重さとなって表れる。そんな危険な目に遭いながら、「フセインの穴」から上半身を出している勝谷さんの写真が表紙にあるのがこの本だ。

戦闘地域、誤爆、治安、自衛隊、復興、支援、人道、などは、あの報道で我々が飽きるほど耳にしてきた言葉である。しかしそれらは、所詮は平和な日本にいるから言えることではなかったかと、この本を読んだ私に思わせる。特に、責任ある決断をするべき政治家たちは、神崎武がピンポンダッシュで数時間滞在しただけで、雰囲気を肌で感じることはなかったではないか。

その後に起きた「人質事件」について、直接多くは書かれていない。しかし読み進めるうちに自然と頭に入ってくるイラクの情勢が、「人質」となった彼らの行動・言動との間に違和感を作り出す。それはどっちが正しいとか、どちらかが嘘だとかそういう次元の話ではなくて、イラクを捉える確かな視点を自分の中に養うべきだと考えさせた。それは国際社会と呼ばれる時代に生きる、全ての人に求められてしかるべきではないだろうか。

一つだけ、少しのネタバレを含んで。襲撃されたとき、勝谷さん一行はまさに「非武装中立」の立場であったが、銃を持ったたった三人の男たちの前ではそんな高尚な理念は無力であり、生命の危険と恐怖に包まれ、ただ金を取られるだけであった。後日、雇った護衛が武器を持って自分を守ってくれる状況になったときに、ほんの少しの武器がどれだけ自分を安心させてくれるかということを、目から鱗が落ちる思いだったと書いている。

日本では、ひょっとすると世界でも、軍隊があるから戦争が起きるとか、非武装中立こそが日本の取るべき道だとか、そういう意見が少なからず存在している。確かにそれは正しい考え方なのかもしれないが、だからと言って、イラクに武器を持たずに行く方がいいというのは暴論で、そういう人は武器を持たずに実際にイラクで強盗に遭ってみるといい。しかしながら、それを自衛隊の持っていく火器の選定に押しつけようとしているのもまた現実だ。

エッセイストとして身を立てている人に言うのは失礼極まりないが、非常に読みやすく、内容も明快で一気に読ませる力がある。企画でもないのに私に書評を書く気を起こさせた、即買いを全く後悔させない本だった。連日更新の勝谷さんのHPはこちら→勝谷誠彦の××な日々。 そして、amazonで買うのも一つの方法です。

■2004/07/26 (月) 大丈夫?と聞く意味

「大丈夫?」と一言かけるのが重要だと思う。

決して「はい、大丈夫です」とか「いいえ、大丈夫じゃありません」という答えが求められているのではない。もしも「いいえ」を期待するなら、「ダメそうだったら休んでいいぞ」などという具体的な善後策を言わなければ不親切で、それさえ言えば、実は「大丈夫か」自体を問う必要はない。

私はパソコンの「OKしか選べない確認画面」を引き合いに出すが、OKしか選べないからと言って、それを選ばせなくてもいいわけではない。実生活では、文字通り気遣っていることを示したり、大丈夫じゃないなら今のうちに言ってくれとか、ここは無理してでもやってもらう所だとか、危うく見えるがしっかりしろとか、様々なメッセージが伝わってくる。

仮にそれが機械であれば、調子を問わずに頑張らせるのが普通だろうが、相手にするのが人間ならばそう単純ではない。文字通りの技術とか、それを維持する「体力」とか、ここまでは機械でも同様にあることだと思うのだが、人間で考え忘れてはいけないところは「動機」であり「意欲」であり「気合い」である。それは目では見えないし、数でも測れないし、しかし大きな影響を持っていて、維持するのが大変なものだ。

そうした「気持ち」をうまくいい状態に保っていくのもまた、周りの人の「気持ち」であり、それを伝える一つの方法が「大丈夫か?」だと思うのだ。期待されているから、感謝してくれるから、自分しかいないから、などなど、そうしたよくある気持ちに加えて、カンフル剤的な効果を加える一言を、うまい場面で使えるようになりたいものだ。

■2004/07/27 (火) 足がつらないようにマッサージ

医学的には正しいかどうか実はわかっていないのだが、ふくらはぎをつらなくする方法をバスケットをやりながら身につけた。この辺の話も高校時代からの聞きかじりで、医学的に正しいようなそうでもないような感じだが、血流の守備範囲を超えた量の乳酸などの疲労物質がたまると、足がつってしまう。そこで、運動前や後によくマッサージをして、人工的に血流を良くしてやってそれを防止する。

マッサージしてつらなくなれば、それはいかにもいいことのようだが、そのうちに「マッサージしなければ必ずつる」状況に陥ることになる。くどいようだが医学的に合ってるのかは自信がないが、本来の血流を司るポンプ作用が、マッサージをすることで働かなくなり、マッサージをする前よりもつりやすくなってしまうというのだ。よって、運動する前のマッサージをやめることができなくなる。

そんな構図は他にもあるかも、と考えるのだった。例えば塾で与えられた勉強をするのに慣れてしまうと、自分で勉強することができなくなる中学生は、実はよく見かけた。短期的に見るとそれは確かに「いいこと」であるのがポイントだが、頼ってしまうことで自分自身の戦闘力を減らしているかもしれないのだ。それは果たしてどうなのだろうか。

そんな先のことまでわからない、のも事実だが、今やっていることが長い目で見たときにも本当にいいことなのか、そうでもないのか。本質的な関わりができているか、それとも場当たり的な、目の前のことが片づけばいいと思っているのか。そうしたことを考えて、一つ一つの行動をしていこうと思うのだ。どちらか見抜けないとしても、一見良く見えることが、長期的にマイナスになっているかもしれないことは頭の隅に置きながら。

■2004/07/28 (水) 閉鎖的な医学部の非常識

去年あたりからシステム変革のために、全国の医学部の6年生が「就職活動」をするようになってきた。受ける側の学生の非常識さ、例えばスーツでないとかそういう「社会的な未熟性」とでも言うべきエピソードもたくさんあるし、病院側の非常識っぷりもまたあるようだ。社会人の経験をふまえて書かれているこちらのサイトでは、期せずしてそういう「ネタ」が集まっている。読んでいて楽しい(苦笑)という感じだ。

医学部は閉鎖的で、社会常識から乖離したことがまかり通り、などという批判はよく耳にする。私もそんな医学部を批判するが、十分自分も毒されていることに気づかされることもあり、気づいていないこともたくさんあるのだろうと想像する。こうなる原因は何なのだろうか。

就職活動などの社会に揉まれるチャンスがなかったことは考えられる。何科の医者になるかは今でも自由選択で、その科の門を叩いて「入ります」と言いさえすればよくって、同門の先輩後輩であればなおさら堅苦しくはなりやしない。つまり、高校を卒業して医学部に入ってしまえば、なぁなぁで話が進み、医者と言えば法律上、他の職種のスタッフに指示を出す立場になる。かくして、年齢のわりに未熟であって、それが望ましくない立場についてしまう。

また、良くも悪くも運命共同体であり、医学部に入ったほぼ全員が医者になると考えてよい。医者、つまり社会人1年目の時点では、この業界では7年目の一員であると言った方が適切で、私も就職活動に行った全ての病院で先輩に会って驚いた。こうした狭い中で既に流布している決まりがあれば、それに従うのがまずは賢いやり方であり、生き抜く術にもなるであろう。「先生」呼称も「御侍史」も、それを使っていない社会を選ぶ余地がないのであれば、使っていない医者がいれば、私はむしろ協調性を疑ってみる。

医者と医者との関わりはそうなのだが、医者と患者、医者と社会の関わりについてはこれでは済まない。しかしその分野での医者の個人差を目の当たりにするにつけ、その原因を医者という集団に帰着させるのは無理に思えてきた。私はこうしてサイトを通じて世界が広がっているが、全員がそうする必要もないし、そうでない方法もたくさんあるだろう。そこは、個々の評価と淘汰が取り入れられていくしかない、と考えると、「医学部は閉鎖的・・」との批判はあまり心に響かない。しかしながら、確かにその批判される集団にも属しているのが一つの問題点なのだろう。

■2004/07/29 (木) 医者と看護師の考え方の相違点

医学というのは、人をモノだと捉えるところから始まる。もちろんモノという次元では終わらないが、モノだと捉えるところがなければ医者ではない。体の中で何が起きているかを客観的に分析し、それに対して有効な手だてを考えることは、医者だけに許された「診断」や「処方」などへとつながっていく。

一方看護は、学んだことがないので印象で書くのだが、患者さんの状態を分析し、そこで出てくる問題点に対して何ができるか、という順序で話が進む。事実を言葉にしていく「記録」は得意だし、患者さんがこう訴えているとか、ここに困っているはずだとか、問題点を拾い上げた情報は、他の医療の職種では及ぶものはない。

すると例えば、熱がある患者さんに対するアプローチはこうなる。医者だったら、発熱の原因を推測して、それに対抗するストーリーを組み立てる。一方看護師は、発熱に対して患者がどう思っているかにまずは目がいき、つらいから熱を下げるべきだと考える。もちろん各々が両方を考えるのだが、優先順位が違っている。

医者が批判される時は、「患者の気持ちも知らないで、検査結果ばかり見て」となるし、看護師が批判されるときは、「目先の症状ばかりに目が行って、本当に治す方向かどうか考えもしないし」となる。

どちらが正しいという問題ではないとか、両方の職種が両方の考え方を持つべきだ、という結論は、言うまでもなく明らかだろう。だからそこは、両方から歩み寄り、相手の得意な分野を尊重し合い、それで大きな目標である「患者の満足」へとつなげていけばいいと思うのだ。そこで相手を認めることができるかどうかが大きなポイントであり、知識とか資格とかを超えた、人間としての謙虚な気持ちがあるだけでよいと思う。

■2004/07/30 (金) 私が大学病院で研修しない理由

医学部を卒業しめでたく国家試験に合格すると、「研修医」と呼ばれる医師となる。今年度から、2年間の研修が義務化され、内科・外科・麻酔科・救急・小児科・産婦人科・精神科・地域保健などが、何科に進む医者でも最初の2年で必修となる。本来それと関係あるわけではないのだが、○○科の医者になろうと、大学で医者の生活の最初をスタートするケースがこれまでは多かったのが、大学以外の研修病院でやろうと言う人も増えてきた。

どの病院がいいかというのを「就職活動」して選ぶわけだが、私は大学には残らないつもりだ。確かに大学にいる限り、知っている先輩後輩も多いし、勝手がわかるメリットはある。しかし、研修の本質的な目的はそこではない。

大学病院は、高度最先端医療を行う場である、とされている。従って、集まる患者の病気の種類は、難しかったり稀だったりして、自分が専門としない分野の研修をするのにふさわしいのか、という視点がある。例えば、それを専門とする先生が年に一人診るか診ないか、という不整脈の治療法は、不整脈も、そもそも内科も専門にしない医者が果たして経験するべきことなのか、という話である。それよりは、風邪とかありふれた治療をできるようになりたいと思う。

次に、その病院が得意としているところと、自分がやりたい、得意にしたいところが一致していることが望ましい。私は救急を重視したいので、北海道内で救急車が来る台数の多いところから見学に行って、現場と雰囲気を見た。その点大学は、下手をすると10分の1というレベルであるから、希望して選ぶところではない。

もう一つは組織のサイズの問題だ。研修医が10人なのか、50人なのか、それとも100人なのかという話で、各々一長一短がある。完成された実績のあるプログラムならば、100人で動いても大丈夫だろうが、最近始まったようなところは必ず不都合が出てくるものだ。不都合は出ることが問題なのではなくて、それにどのように対応できるのかを見るべきだと考える。

私はだいたい問題に直面すると、責任者に直接交渉して、自分の意見を通そうと、少なくとも伝えようとせずにはいられないたちだ。成績も威張れなくなった最近でもやっぱりやってることは同じだ。そこで、フットワークを軽く反応できるか、それとも「君の言うことはわかるけれども、他にはこういうことを言う人もいて、もう決まっちゃったし、規則でこうなってるんだよねぇ」となるかという切り口もある。当然後者が大学だ。

わりと理詰めで考えてきたら、かなりアウトローなイメージのある病院が残ってしまった。もう一つ残ったのはアウトローとは正反対だが、自分には雰囲気が合わなかった。アウトローはつらいという評判だし、そこで「後悔」するのかもしれない。しかし、自分がした決断をここまですっきり書けるのならば、それを間違っていたと悔やむことはないだろう。これが人生の一つのターニングポイントになる見込みである。

■2004/07/31 (土) 不安になって手を広げる

不安になると、自分を確かめるものを求めて手を広げていく。今まで10やっていたところを15まで広げてみる。すると増えた5の分だけ手応えがあるし、なるほど楽しいものだと思う。自分にも相手にも、目新しさとか新鮮さがあるからかもしれない。しかしそれは、その場しのぎになる危険を常に秘めている。

目新しさがなくなった頃、ほころびが出始める。そもそも自分には10くらいが身の丈に合っていたわけで、注ぐエネルギーが底をつきかける。最初の頃の反応が見られない、と周りを責めたくなってみるが、冷静に自分を振り返るとその反応も頷けるようなものだったりする。

この間の手術で取った腫瘍を思い出した。腫瘍が大きくなりすぎると、それを栄養する血管の成長が追いつかなくて、血流が悪いところ、例えば中心部分が壊死していたりするのだ。原因は不安ではないのだろうが、どうしてか成長した腫瘍にとって、その大きさを維持することができなかった姿を観察することができる。

自分にとっての腫瘍のサイズはどのくらいなのか、血管はどのくらい伴っているのか、そして血流はどのくらいまで供給できるのか、その辺りをよく見極めていきたいと思う。ちょっと現在、手を広げすぎなのかもしれない。