最北医学生の2004年 8月の日常

■2004/08/05 (木) 空白期間を信じるで埋めていく

目の前でずっと監視していない限り、その人の情報は断続的にしか得られない。例えば、朝家を出て夜帰ってくるお父さんが、昼間何をしているのかは直接的にはわからない。もっと言えば、ずっと目の前にいたとしても、心の中で何を考えているのかは本当のところはわからない。本質的には「絶対わかる」なんて状況は存在しないのだ。

年賀状は、年に一度の消息確認の方法だが、ある年賀状から次の年賀状までの期間はどうなっているか。ある点において元気で、次の点でも元気であれば、その間も同様元気だったのあろうと推測するのが普通だろう。そして次の1年間も、やはりそのまま元気であろうと期待するのが自然な流れだ。

例えば一ヶ月ぶりにメールを送る場面があったときに、前回までの関係を元にして、現在と未来の相手を想像して、それをふまえて文を書く。その一ヶ月に何があったかは知る由もない。これはその期間が半年でも一週間でも同じことだ。

相手を「信じる」とか「信頼できる」という言葉は、現在の状態を表す言葉のような印象を受けがちだ。しかし実際は、現在ではなく将来のことを計算するときに使うことが多いように思うのだ。「信じる」でも「信じられない」でも、具体的な用法を想像すると、将来的な行動に対して「あて」にできるかどうかを問題にしていそうに思えるのだ。

その将来というのは、メールで言う空白の期間と同じだと考えた。空白の期間があってもうまくやりとりできるかどうかというのは、その人との信頼みたいなものに関わるのではないかと。もちろん空白が長くても大丈夫だから信頼が高いとか、そういう短絡的なものではない。次に連絡を取ったときに、相手が自分の思う範囲にあるかどうか、そして変化していればそれをきちんと捉えられるかどうか、その確かさはまさにそれぞれの関係一つ一つに依る。

最初に書いた、そもそもわからないものを「わかった」ことにするのが「信じる」ことではないかと思うのだ。それは、片方だけが頑張ってではなく、共同して作る必要があるが、最終的には自分だけの孤独な決断である。だからいつも不安だし、しかしそこで一瞬目をつぶるからこそ先へ進めるところがあると思うのだ。

■2004/08/06 (金) 自分の浅はかさを知る

何か自分が主張したいことがあり、その理由とか筋が通っているかについて自信があれば、ちょっと何とかしてくれと掛け合うことになる。それは口でも言うし、私のことだから一筆スラスラと書き上げてそれをそれなりに動いてくれる人に託す。それはもう夢中なので、結構過激なことを含んでいたりして、これを認めないとあっちとの関係までおかしくなるだろう、などと、確かにそれはそういう理屈も成り立つのだが、一種脅迫めいたことまで含まれたりする。

そうした「若気の至り」的なものを、程良く隠して、しかし主張のメインの部分はそのままで、もっと上に掛け合ってくれる人に託せたことが、私がこれまで恵まれていると思うところだ。そうされてみて初めて、確かにそこは伏せておいた方が「反感」のようなものを抑えることができるし、自分が考えていた以外でも筋の通し方があると知る。

自分としては、自分が持っているその思いをあたかも「無いモノ」としてふるまえるだけ大人になりきれていないと思う。振り返ってみても、自分の通そうとした筋が間違っていたとは思えないのに、それでもその筋を出さない方がいい結果を導くだろう、とも納得できるところに、どこか「格の差」のようなものを感じるのだ。そうした自分の至らなさを少しは頭に入れておきたい。

しかしながら、そうした「粗い」自分を出さない方がいい、とするのは早計だと思ったりもするのだった。それを出すからこそ伝わる思いもあって、わざわざ私の言い分を抑えてまで代弁するという面倒なことをやってくれる部分もあるのだろうと考えるからだ。気持ちの高ぶりを伝えるためには、そうしたストレートな部分も必要だ。しかしそれは、きちんとそれを受け止めてくれる相手がいて、さらに攻めるばかりでないところまで自分でも気を配らなければと思うのだ。

対決の構図というのは、とかく相手の弱味を目を皿のようにして探し、自分の主張をいかに隙なくぶつけるかだけに目が向きがちだ。しかしそこで、ぶつけた自分が相手にどう見られるのか、そしてもっと効果的な目的達成の方法はないのか、そもそも自分の思いを相手に伝える必要はあるのかどうか、一歩引いて眺める余裕が、今の自分には欠けているのだ。

■2004/08/07 (土) 北海道新幹線の戦い方

北海道新幹線なんか、できたって誰も乗らないだろう、という声はよく聞くが、具体的にどういう対決になるのかをシミュレートしてみる。ここでは、札幌−東京間の移動を考える。東京駅から札幌駅への営業キロは1211.5kmであり、東京駅から博多駅への1174.9kmを参考にできるだろう。所要時間はざっと5時間で、1時間に1本ないし2本運行している。便数は飛行機の方が多いが、さして問題になるほどではないだろう。青函トンネルを通ることなどを考えると、5時間よりはもう少しかかりそうな気がすることも付け加えておく。

次に時間の検討に移る。羽田空港から新千歳空港までの所要時間は1時間30分となっているが、搭乗手続きとか荷物を預けたりとか検査を受けたりだとかを考えると、出発1時間前には空港に着いておきたいだろうか。その前の、札幌駅から新千歳空港であるが、15分おきに出る快速エアポートで36分かかる。両者を合わせて1時間30分から2時間くらいは、飛行機のダイヤから逆算して出発する必要があるだろう。

羽田に着いたら、荷物を預けた人はそれを受け取るまでにまた10分くらいは余計にかかるだろうか。それからモノレールは所要22分で4〜5分おきに運行している。私は個人的には京急を使うが、いずれにしても30分かそこらで山手線に到着するだろう。乗り換えの時間のロスを考えていっても、全部で4時間くらいの計算となる。これは秋田新幹線が飛行機と戦うぎりぎりのライン、とされていたこととも一致する。ただ、荷物を抱えて乗り換えを繰り返すのは面倒だ。

次に費用の検討に移る。まずは定価で話をするが、東京−博多の新幹線は21720円であり、多少の違いはあっても東京−札幌もこのくらいの値段になるだろう。一方羽田−千歳は通常期で28000円であり、空港までと空港からを入れるともう少しかかる。しかし飛行機は、定価で乗る人よりも、ツアーだのパックだので激安に利用する人の方が主流だ。そちらだと、往復飛行機とホテル宿泊がついているのに2万円を切るものもあり、それらとまともに戦うことは難しいだろう。JRにはそこまで大胆な割引きっぷは出せないと予想する。

以上をまとめると、時間は1時間ほど飛行機が早いが、乗り換えが面倒であること、費用はおそらく飛行機の方が安いということがわかった。費用はさておき、1時間であれば、それくらい長くてもいいや、と思わせる別のサービスを提供することが戦い方だ。例えば新幹線側が、ケータイの電源は切らなくてもいいであるとか、コンセントを提供できるとか、乗り換えないメリットを生かして、照明を落とした静かな車両を用意するとか、時代に逆行するけれども1両だけはタバコを吸えるとか、そうした飛行機を意識した「差別化」を進めれば、戦い様はあるのではないだろうか。

その中でも最も差別化できるのが、私がblogに書いた「夜行寝台新幹線」であり、東京で23時まで飲んでいても、翌朝には札幌に着き、そのまま仕事に行けるようなものなら、新たな需要も喚起できるものと考える。もちろん、提携ホテルで11時頃まで寝ていられるオプションサービスも用意する。結局ただ単に、似たような値段とサービスで両者が競っていては、今まで飛行機を使っていた顧客を半分に分け合って、どちらも赤字になって終わる。パイは大きくしなければならない。

どう考えても、そこは通過駅にしかならないだろうという地方の住民が、建設の特需を期待して誘致しているのは滑稽だ。これをMuneo syndromeと呼び、あれだけの得票を集めてしまうことも、悲しいことに北海道の現状だ。

■2004/08/08 (日) 自分の気持ちの大きさを伝えたい

こうしたらいいだろうという行動がある。それは自分で考えても、客観的にみてもそう思える合理的なものだ。しかし自分の気持ちを表すものとしては不足の印象をぬぐえず、仮に全然考えていないとしても、それと同じ行動になると気づくことがある。書いてみてどこか無益なこだわりのような気がするのだが、そんな何も考えていない人と一緒に思われるのは嫌だ、という思いもある。

結果、その「合理的」だった行動を取らずに、自分が不利になることをあえて選んで「違い」を主張してみたりする。自分が不利になっても構わないほどの気持ちなんだ、というわけだ。しかしそれは、自分にとってもつらいことであるばかりか、「違い」はあまり伝わらずに、双方に不利益をもたらしてしまう。そもそも「合理的」だった選択を意図してはずしているのだから当然と言えば当然だ。

そこの判断には、利益とか損得が前面に立ってはいない。そもそも自分の心を表すのが言葉であり、その言葉によって自分の行動を決めていくのが私のスタイルだ。即ち、自分の行動が自分の心に近い方が成功と言える。この点では「奇をてらった」行動であっても、自分としてはうまくいったと思うことはある。しかしそれで本当にうまくいっているのだろうか。

そもそも言葉のやりとりは、発する側の思いがうまく出ているかどうかと、受け手側がきちんと受けられるかという両方を考える必要がある。その点自分の意を通そうとして奇をてらうのは、自己満足にこそなれ、受け手側をあまり考慮に入れていない。しかも、奇をてらうと言うだけあって、いい結果をもたらすとは言えない方向になっていることも多かった。その結果として、どちらも満たされてない現実があるかもしれない。

「何でも言い合える」というのは、仲がいいことの代名詞であるかのように言われていて、私もそれを信じているところはあった。自分の心の中にあることを遠慮なく出してしまえることこそが、その二人の関係が確かなものであることを示すような、そんな幻想に囚われていた。しかしそれは間違いだ。

実際は、親しくなればなるほど、些細な言葉で傷つく可能性も増えるし、後々のことまでを考えると無責任なことも言えない。行動が立ち入ったことになればなるほど、危険と覚悟が入り乱れる。親しいからこそ、うかつに言えない、うかつに行動できないことが生まれる。だからここで、一つ自分を抑えることを覚えようと思うのだ。

自分を表出しないことはつらいことだ。誤解されたままそれを解かないことも勇気の要ることで、その時だけの自分の気持ちを考えると、マイナス面の方が多いだろう。しかしそんな、自分を守ることに必死になったり、短期的な視野で考えていていい時期ではないと思う。コミュニケーションの基本に立ち返り、自分と相手の心境がどう変化するのかを、第一に考えていくようにしたい。

■2004/08/09 (月) たまには散文など

あの時はこんなことを考えていたんだと、遠い目をして私は言った。その時はこう思っていたんだと、あなたは言った。言葉にならない無数の思いが二人の間をめぐった。あの一言、あの一動作が、不自然なほど鮮明に浮かび上がって、そして消えた。確かに絡み合っていた現実と、すれ違い、また交差していた思惑とが、そこにあった。変わらない距離と、笑顔と、やりとりと。ただ、全てが過去形で語られているところを除いては。

いいんだけど、と幾度言ったろうか。何も生み出すはずのない会話に、眠気は消え去った。自分を振り返って言葉を紡ぐが、その結果の善し悪しにかかわらず、肯定的な姿勢があった。心にあった思いを通した意地と、達成感がそこにはあった。その決断は、確かにあなたを傷つけた。そこでの迷いは、わかっていたが自分の心に深く刺さった。それを激さず見返すことができたことは、静かな喜びに似た安堵の気持ちを湧き出させる。

お互いに立っている位置がはっきりわかった。今となっては、近づきもせず、また遠ざかりもしなかった。あなたと向き合ったつもりでいたが、本当は自分の中でのあなたと向き合ったのかもしれない。話すふりをして、実は自分に言い聞かせていたのかもしれない。自分が選んだ多くの道を、正しかったと確かめて、少しのことを、やはりそうするべきではなかったと今では思うと、思わず口を揃えて、お互い顔を見やる。確かめてほっとして、でもあの時は良かったのだと慌てて口にし、再び揃う。

後ろ髪が引かれそうな情景で、あまり引かれていないことに内心気づきながら、各々に向かって歩き始める。そこはかとないやりとりをした満足感と、未来への希望が心を埋める。もう交わることはないだろう二つのレールが、彼方へと逞しくのび始める。橙色の朝日が優しく門出を包んでいた。

■2004/08/10 (火) みなさん温泉通ですか?

温泉が実は温泉でなかったと報道されているが、私は特に驚かない。温泉法で温泉の定義を知った上で、日頃から分析表とお湯とを比べて、五感をフル活用してお湯を味わっているので、生きた温泉かどうかは入ればわかるし、意外とそういうところは少ない。今回の報道は、温泉じゃなくても、温泉だと言っておけばそうそうばれない、ということを示したものだと考えている。もしも私がそれらの温泉に入ったら、井戸水かどうかはわからなくても「薄い温泉だなー」という感想を持つことは可能であると思われる。

温泉に対してはたまたま私もこだわりがあるのだが、全てについてそういう詳しさを持っているわけではない。例えば服はユニクロで十分、と言ったら「なんだそれは」と思う人もいるだろう。それは誰にとっても同じことで、その人が重視しないことに対しては、その道の人が言う「本物」に近づかなくてもいいのではないかと思うのだ。我が家の米はコシヒカリかそれに準じたものであるが、パンは安売りだったり期限切れ間近の適当なものだったりする。でも、どちらかが間違っているとは思わない。

専門というのは、細かい差異がわかるようになることだと言い換えることができる。専門外の人から見ると、何を言っているのかわからない、というやつである。そこにこだわりたい人はそれに対する知識などをつければよくて、そしてわかる「いいもの」を選んで、それで満足すればいいのである。特に趣味にかけるお金というのは、普通の人にはわからない違いを楽しむためのものであるだろうと思うのだ。

一人の人が詳しくなれるものの数を考えると、売る側としては、数は少ないが通が好む質の高いものと、残りの大部分を占めるそれなりの質のものを用意すればいいことになる。そうした構図はわかった上で、自分がその分野に関してどちらに属しているのかを意識しながらいればいいと思うのだ。

もちろん、温泉じゃないものを温泉といった人は許せないが、報道前に「あれは温泉じゃない」と効果がなかったと騒いだ利用者がたくさんいたのだろうか。大多数はそんなものはわかりやしないが、それでもお湯につかって気持ちよくなって帰っていったのであろう。白骨温泉だって、色がつかない本物の温泉よりも、入浴剤で色をつけた方が、事実を知るまでは人気だったわけだ。だから、そうした消費者の存在もまた、常に考え合わせるべき視点であると思うのだ。

■2004/08/11 (水) 紅茶の新境地を探る

もらい物だが「変わった」紅茶がある。変わった、というのは、フレイバーだとか「ジュースみたいだ」と私の親に言わせるようなもののことだ。確かにイギリス土産なので、日本で売られているものよりも癖は強い。コメントとしては「これが紅茶かよ」であるとか、「これに普通の紅茶を足したら、ちょうどおいしくなるんじゃないか」などなど、おおむね不評であると言える。

その味を好きとか嫌いとかはいいのだが、解決法として「普通の紅茶を足す」というのは首をかしげる。それは結局、自分が認める狭い意味での「紅茶」があって、そこにどれだけ近づけるかというのが評価の基準となっているように思えるからだ。新しい味を試してみた時、自分の守備範囲をそこまで広げていくのか、それとも基本的に範囲は変えずに評していくのか、ということだ。

私はそういうところは積極的な方であるが、それはそこに無限の可能性が秘められているのを感じるからだ。ラーメンの全国の多様さ同様に、紅茶A、紅茶Bでいいではないかと。こういう積極的な人と反対の人のことを「コンサバ」と呼ぶことを知ったが、どうも両親は「コンサバ」という響きが似合わない顔をしている。

■2004/08/12 (木) 英語を身につける方法

「英語ができるようになりたいんです」とは、塾でのバイトで高校生に教えていた時に、聞かれて最も困る質問であった。うまく塾の授業と受験英語へと結びつけるような口先も磨かれたが、実際の所は「そういう場に置かれるしかないんじゃない」というのが率直なところだ。

実際、そういう場面に身を置かれたことが何度かある。ある病院に実習に行った時に、見学しているつもりだったらいきなり“Please tell us yourself.”と振られて、もう中一並みのことしか言えなかった。その病院では、得意とは言えない英語と、同じく得意とは言い難い医学が合わさっても、足を引っ張り合うことこそあれ、カバーすることはないということがわかった。

ある大学に行った時に、外国から客員教授が来ていて、招く側の日本人スタッフは実は皆留学経験者で、私だけがずいぶん頑張って英語を使うのに苦労した。複雑な話はもちろん、どうでもいい話もできないというのにも気づかされた。これら二つのことから、NOVAも馬鹿にしたもんじゃないと思ったのだった。NOVAレベルで終わるのもどうかと思うが、あれは持っていて損はない能力だ。

また別な話だが、海外在住の日本人と連絡を取る際に、英語を使わなければならない状況に陥っている。日本語をローマ字打ちしても構わないのだが、頭の体操も兼ねて、英語がそこでの公用語だ。失敗してもいいやという状況であれば、思ったよりも言いたいことを表現できることに気づいた。偉そうに教えていた「英語という言語の思考法」、つまり結論を先に言って理由を後からであるとか、抽象的なことから具体的に行ったり、原因となるモノは主語になるとか、そういうことも実感していたりする。

できるようになるためには、結局はそういう場面に晒されるのが一番なのではないかと思う。必要に迫られないと、もしくは役立つという実感が湧かないと、勉強は進まないものである。英語ばかりでないだろうが、まずは自分からつらい状況に飛び込むのも、力をつける一つの手ではないだろうかと思うのだった。

■2004/08/13 (金) 女子マネージャー禁止という妄言

ジェンダーフリーという考えは、東京都が中止の方針を決めた男女混合名簿だけにとどまらないらしい。調べる中で「女子マネージャー禁止」という話を知った。要約すると、モテたいがために自分が本来やりたいことを曲げてマネージャーをやっていて、それは性差別社会において刷り込まれた役割分担の価値観に依っている、ということらしい。論理的でない文章は要約が難しい。(参考:たくさん載っているページ

個人の能力より重視されるものがあるのは良くないと思う。運動部での例を考えよう。力がありながら、1年生だからという理由で試合に出れないのは問題だ。例えば出身校による差別があってもそうだし、人種差別も考えやすい。同じように考えて、マネージャーが、マネージャーであるからという理由で何かできないことがあるのは問題だ。

私が関わったチームの例では、これまでプレーヤーがやっていた会計の仕事を、マネージャーへと移行した。これによって、プレーヤーは雑務から解放され、マネージャーも煩雑な手間なくお金が使えるようになって、チーム全体として出せる力は増えた。別にマネージャーだから任せたわけではなく、チームの中での適材適所で考えた時に、その人に任せるのが最もメリットが大きいからそうしたのだ。

もっと言うと、男子部のキャプテンだって女子がやっていい。練習メニューを決めるのも、集合時間を決めるのも、チームを代表して他のチームと交渉するのも、実際にプレーする人がやる必要はない。もちろん女子が試合に出ることはない。制度と言うより、男子の試合に女子が出るのはたいていは可能だが、出るメリットが見あたらないからだ。逆にメリットがきちんとあるならば、性別や役職にかかわらずに役割を分担するのがいいだろう。

よくある価値観なのだが、レギュラー選手>控えの選手>マネージャーという序列が、種々の発言の影に見え隠れすることがある。ゆえにマネージャーを女子にやらせるのは問題だ、という考え方であるように私は感じる。それではマネージャーがいなくなっても困らないのか、レギュラー選手だけがいれば試合に勝てるのか。チームというのは、そうした役割分担があって、力を合わせて同じ向きになった時に最大の力を発揮できて、結果がついてくるのだと思う。

そこまで考え、そしてそれを実現した経験から言うと、女子マネージャー禁止というのは、浅はかで自分の主張を押しつけたいだけのものにしか見えない。本当にいけないのは、女性でマネージャーだからこれしかできないとか、女性だから男性同様の仕事は任せられないとか、そういう文章における「だから」である。今のジェンダーフリーの活動は「女性だから男性同様のことをさせろ」と言っているようにしか思えない。そういう「だから」を使っている以上、反抗期の子どもが親離れできないのと同じように、求めるところは永遠に達成されないであろう。

■2004/08/14 (土) もう会えない、ってありえない

私は昔、泣き虫だった。小学校の頃など、転校する時にはわんわん泣いていた。おぼろげながら記憶をたどると、「もう会えないんだ」という気持ちが湧いてきて、それがすごく切なく悲しく、涙があふれ出すのを止められなかった。実際、そこでの別れは、現在までの別れとなっていて、確かにもう会えないという結果に至っている。

今ではどうかと言うと、もう会えないだろうな、と思うことがなくなった。自分の意志で会わないことはある。しかし、会いたいけれども会えないという状況はなくなった。会いたいならば会うように行動するまでのことで、そこまで行動しないということは、そう会いたいわけでもないのだと逆説的に言うことができる。

例えばその人が死んでしまったら、会いたくてももう会えないことになる。幸い今のところはそういう別れは体験していないが、常に悔いがないように接していれば、そこで二度と会えなくなってもそれはそれで受け止めることができる。例えば昨年亡くなった祖母との関係はそうだった。悲しいけれども、まだまだ会いたい、もっと話したかったのに、とは思わなかった。

以上から、「もう会えない」というのは自分の心の持ちようで、それを行動に移すことで克服することができると考えている。常に自分の気持ちに正直に、そして意志を通そうと強く思っていればいい。だからこそ、自分の気持ちに反するような行動をしてはいけないし、会いたいと思う人との関係を自ら崩しては救いようがない。いい人生というのは、自分が追い求めるゴールに向かって、他ならぬ自分が作っていくものだ。

■2004/08/15 (日) 真宗で初盆

初盆である。

私の文化圏では8月15日が「お盆」である。お盆というのは、先祖の霊が帰ってくる期間らしい。先祖が帰ってくるからこそ、わざわざ帰省したりして親戚が集まり、という話なのだろう。特に死んでから初めて迎える盆を「初盆」といい、ことさら大事だとも言う。苦しむことなく成仏するよう供養することがこの行事の意義らしい。

私の家では浄土真宗の作法に則って、法事その他が行われている。真宗の教えは少し違う。霊が帰ってくるわけではなく、亡き人が自分の心に帰ってきてくれるのである。これは○周忌などでも同じことだ。例えば今「お盆だから」とお寺へ行ってお参りをする。これはお参りをしないと悪いことが起きるとかではない。亡くなった人が「お盆参り」という形を取って、お寺へ行く機会を与えてくれたのだ。そうした「ご縁」をありがたく受け取って、手を合わせて、亡くなった人のこと、そして自分のことを見つめ直す、というのがお盆である。

墓だの仏壇だの法事だのでもめることがあり、見苦しくも我が家もごたごたしているのだった。しかし本来、死んだ人のために行うわけではなく、残されたものたちが、亡き人を偲びながら集まり、話し、絆を深めていくのが趣旨である。せっかくそういう機会を与えてくれたのが法事であり、ありがたくそのご縁をいただいているのならば、どうしたって、行くだの行かないだの、呼ぶだの呼ばないだの、馬鹿な話は出てこないはずなのだ。

姉が言う「死んだ後でもめるのは、死んだ人の人徳なのかねぇ」というのもわからなくはないのだが、本来の意味とは違うことを持ち出してぐずぐずする人は誠にいただけない。

■2004/08/16 (月) 自分にプライドを持つ

原発の事故とか、色々見ていて思うことだが、プライドはどこへ行ったと嘆きたくなる。こうした組織レベルの問題が起こるのを聞くと、システムとして例えば人員削減とか予算を圧縮とか、やりたくてもできない事情があるのではないかとまずは考える。しかし、自分が管理しているという自負があれば、見落としとか想定外ではない、単純によく見ていない、または見ないことにしているとしか思えないようなことは、まずありえないように思うのだ。

話は全く違うが、バスケ部時代、他のチームが練習試合に来た時に、私が自分のチームの試合の審判をすると、チームメイトからは「ホームにならない」と評判だった。ホームでチームメイトが審判をしても、基準が甘くならないというのだ。それは単に私のプライドの問題であり、お金をもらうとか誰かから評価されるとか、そういう次元の話ではない。

それがどうだ。公金を流用する奴もいるし、自分の仕事に何かを懸けてやっているとは思えないことがたくさんある。だいたい小さな組織でお金をちょろまかすのなんか簡単で、私もずいぶん組織の運営側に立ったので、そういうチャンスは限りなくあった。流用しえた金も100万円ではくだらない。しかし100円だって自分の懐に入れたりはしない。金額の大小ではなく、プライドの問題だからだ。

あんな奴と一緒にされたくない、というのは、自分の行動を決める中で少なくない思考パターンだ。非常に動機づけとして強いものがあるが、過程も結果も歪むことが散見される。やる結果は変えないとしても、もう少しクールな判断をもって生活したいと願うのだった。

■2004/08/17 (火) 容赦ないという優しさ

「あなたの言うことはいつも容赦ない」

これが褒め言葉になるか、大喧嘩の序章となるかは、その相手と場面に依存する。容赦をするのは簡単だ。思ってもいないことだが、ここではこう言っておけばまず間違いないという言葉を選んで、話を合わせておけばその場を乗り切ることができる。むしろ雰囲気も和やかで、その時は気持ちよく過ごせるかもしれない。

一方で、真に迫る言葉を出すのは難しい。思ったことを言うだけならば、それは確かに簡単で、目を輝かせて熱く夢を語る人に、「いや無理だと思うよ」と言うこと自体は難しくない。しかし会話は、もっと言うとその関係は、剥き出しの思いをそのままぶつけ合って成り立つわけではない。せっかくの熱い思いをバッサリと否定されたら、その後に何かを話そうとは思わなくなるだろう。関係が強固でないほど、うわべだけの当たり障りのない会話が増えることは、ある意味当然の結果とも言える。

そこでさらにもう一歩踏み込んで、これを言うと相手は怒るだろうけども、気分を害するだろうけれども、しかし事実はこちらに近いと思った時に、あえて厳しいことを言う、という選択をする。相手を否定することであっても、それを口に出しても関係が破綻しないというだけの信頼があって成り立つことだ。

それは単に、関係の距離が近いということと同じではない。最も身近な関係というのは、無条件に自分を肯定してくれるものを求めていたりして、そこで正論だからと言って大なたを振るうことはナンセンスだ。しかし、親しくもない人にはそもそも言えやしない。ある程度親しいけれども、突き放しても大丈夫な間柄においてのみ、きついことを言うことがいい行動となる。

冒頭の言葉を褒め言葉として、言って、そして言われるような、そんな人が自分にはどれだけいるのか、しみじみと考えさせられたのだった。私は容赦のない人でいたいし、容赦のないことをして欲しいとも思っている。見かけだけの優しさよりも、「優しい厳しさ」を求めているのだ。

■2004/08/20 (金) 待ち合わせの時間を間違った時にまず何をするか

待ち合わせをしたら、時間を間違って認識していたために片方が待たされた。怒ったり、どうしてそういうことになったのかを言い合ったりするわけだが、時間に誤解があったと確認できればそれでいいと思うのだ。

しかしそれから、「いいや、私は悪くない」とか「だって、私は誰それにこれこれだと言われて、その時間だと思うしかなかったんだから、私にはどうしようもなかったんだ」とくどくど語る人がいる。これは残念ながら何も生み出さない。

ポイントは「私」を連発することには、相手のこととか、全体のことは一切入ってこないのだ。時間を間違ったことは事実として受け止めて、それによってこの後の行動をどのように変えていくかという、今後につながる建設的な話を妨げる行為だ。私はこれを不愉快に感じる。

予定通りとか約束通りに行かないことがあった時に、予定とか約束をスタートにして話をすることはよく見られる。しかし時間を有意義に使うならば、もうずれてしまった現実をスタートにしていく方がいいと思うのだ。どのようにしてずれたのかを延々追求することは、仮に追求できたとしても今後の話は何も始まっていない。まず第一にするべきこととして、何を選ぶのかは人によって、また集団によって実に違う。その点で合わない人と行動をともにするのは難しい。

■2004/08/21 (土) 自分の子どもが欲しい、というのは優しいか

法事で行ったお寺にあった講話の冊子を読んで考えさせられた。医学に関することについては、「世界でエイズが増えているから聖書を読め」とかいう「宗教」も存在するので、常に批判的に捉えることにしている。しかし、医学以外の視点を謙虚に医学に取り入れることで、いいバランスが生まれることを期待している。残念ながら、病院に閉じこもり専門を深めていく医者が、いい医者だと評価されるのも現実だ。

不妊は、10組に1組のカップルにとっての問題だとされ、人工授精から代理母出産に至るまで、社会的・倫理的な問題は尽きない。しかしそれだけ問題になるのは、「自分の」子どもを持ちたいという強い希望の表れでもあるだろう。軽々しく言い切れるような話でもないのだが、例えば私が、「血のつながった」親が実は別にいると知らされたら、ショックを受けるように思うのだが、そのショックというのは、養子であるとか連れ子であるとか、そういう人たちへの差別と根元を一にしているように感じるのだ。

講話に書かれていた話はこうだ。かつては、子どもは「授かりもの」であり、たとえ他人の子どもであっても、自分の子どもとして育てていたような時代があった。ところが今では、どんな手段を使ってでも自分の子どもを手に入れようとしている。いったいどちらが優しいと言えるのだろうか。

昔は養子をもらうことも今より多かったという背景だろう。もちろん、そうせざるを得なかった社会的な状況がいいとか悪いとかいう論点はあるが、それはさておく。今でも日々勉強しているが、医者になってからもこれはずっと続くことだろう。そこで例えば不妊治療に関わることになれば、できるだけそれが成功するように力を注ぐと思うのだ。もちろんそうすることはいいことで、うまくいけば患者さんと一緒になって喜ぶだろう。

しかしそもそも、どうしてそこまでして自分の子どもを持とうとするのか。多くの「患者」が、保険のきかない「治療」を受けている現状に、果たしてこれまで疑問を持ったことがあっただろうか、と自問するのだ。技術の進歩はいいことかもしれないが、その奥に横たわるものはいったい何なのか。考え続ける必要があるとの思いを新たにした。

■2004/08/22 (日) まずやってみよう

工学部を卒業した姉が言うには、理学部では理論に基づき実験系が組まれるが、工学部では実験してみてその結果を説明するべく理論が考えられるという。もちろんそれは極端な話で、全てがそうだとは思わないが、両者の違いを捉えるためにはいい表現のように思う。

工学は現実に応用するのが主眼であるから、使えるか使えないかが問題となる。とりあえずやってみて、それがうまくいったら儲けものだ。どんなに正しい理論でも、実際にできなければ意味がないし、最も効率のいい方法が理論から導かれるとは限らない。考えている暇があったなら、一つでも多く試みる方が先へ進むのかもしれない。

実は医学の世界においても、これだけの表現だと誤解を招くだろうから科名は伏せるが、まずやってみる科とまず考える科が存在する。どういうことかをしっかり考えた上でその後の方針が決まるところと、考えても今の段階ではどちらかはっきりしないならば、まずあるものだと仮定してまずやってみて、ダメだったらやめればいい、というところだ。考えても埒が明かないならやってみようぜ、というノリだ。

どちらがいいかを一概に言うことはできない。考える期間についても、分単位から年単位まで科による違いがあるし、考える厳密さもまた違う。何科の医者になるかはいわば就職する会社の選択のようなものだが、対象とするもの、例えば小児科なら子どもといった違いはもちろん、こうした考え方と行動の仕方の違いもまた重要な問題だ。どうせ働くならば毎日気持ちよく過ごしたいし、そうするためにはその「サイクル」が合うかを見極めなければならないのだろうと思っている。

■2004/08/25 (水) 生きていくことの素晴らしさ

病院実習では色々な病気の人を担当するが、うわぁ、と思わず口に出る場面はいくつかある。十分な量の知識があるとは言えない学生の「素人的な」目で見ても、それはもうダメだろうと思えるような病状の時がその一つだ。おそらくこのままでは、5年先はないだろう、年内はどうだろうか、今週はどうだろうか、とパターンはあるが、そこに命の限りを感じるタイミングは正直ある。

それは単に、医学的な知識の統合であり、国家試験の「46歳男性」などで始まる症例問題と大差ない。しかし現実と向き合うところで、受ける気持ちがもう一つ増える。それは例えば、患者さんが落ち込む姿であったり、語ってくれた人生であったり、それを取り巻く仕事であったり家族だったりするのだが、それは症例ではなくて、人間の感情渦巻く一つの物語だ。

一つの病気がうまく治っていくさまを何気なく見ていたら、ある日先生が一つ一つの「異常なし」の意味を説明してくれた。それでもごく一部しかわかっていないのだろうが、ずいぶん多くの「うまくいく」ことがあって、その上で健康が成り立っているのだと感じずにはいられなかった。例えば自分が健康でいられることに、たくさんのうまいメカニズムが関わっていて、患者さんと違い、薬や機械の力を借りずに生きているのは、好きな表現ではないが「奇跡的」ではないかとさえ思う。

その上で、患者さんが親と同じ年代だったり、自分と同じはもちろんのこと、自分より若いとか、自分の数年後であるとか、そういう時には無性に不安になることがある。そんな確率は理性的には限りなく少ないはずだが、うちの親もひょっとしてこんな病気じゃないだろうかとか、あの人は健康だろうかとか、表現しきれぬ感情が湧いてくる。

あなたは今日も元気でいますか。

■2004/08/27 (金) 陰性所見と違和感

単に腹痛といえば、ただの胃腸炎でも起こりうるし、虫垂炎、俗に言われる「盲腸」でも起こりうる。医学的な正確さを無視して話を乱暴に単純にするために、この二つの病気だけをものすごく簡略化してとらえると、腹痛はあるが反動痛がなければただの胃腸炎で、腹痛があって反動痛もあれば虫垂炎となる。

この時に、「腹痛あり」とだけカルテに記入するのは正しくなく、「腹痛あり、反動痛あり/なし」と書かなければならない。ある場合に書くのはある意味簡単なのだが、ない場合でも書かなければならないのがポイントだ。○○徴候なし、というのは、分厚い教科書を調べれば調べるほどたくさん挙げられるわけで、その中のどの「異常なし」を書くかというのは、最初に挙げたような知識が必要とされる。

知識があるだけでもいけない。教科書に書いてあるものがそのまま全て揃うことはむしろ少なく、一つ一つのケースについて当てはまるのかどうなのかを、よく考えていかねばならない。考える必要がないのならば、医者の仕事は機械で大部分が置き換えることができるだろう。

その、人間の頭の中にはある部分が「違和感」を作り出していると思うのだ。言語化するのは難しくても、これがあるならこれもあるはず、という期待のようなものがあって、それに反した時には「おかしいな」と思う。腹痛があったら反動痛をチェックするというのはごくごく一例だ。そうした違和感をどれだけ感じることができるかが、経験とかセンスなどと表現してもいいが、その人の力なのだろうと考えている。

■2004/08/29 (日) 「役に立つ」ものにだけ参加する

「役に立つ」と言えないものに参加するのは時間の無駄だ、と言う人がいるが私はちょっと違う。「役に立たない」と言えるものには参加しないが、「役に立たないとは言えない」ものにはできる限り参加したいと思っている。この両者は、役に立つのか立たないのか不明なものに対する態度が異なっている。

先日参加したイベントは、新しい視点を得ることができて、なかなか良かったと思う。正直そこまで期待していなかったのだが、彼我の力を考えると、私などにどのようなものになるかがわかるはずはないし、むしろだからこそ参加しようと思ったのだ。

どのようなものになるかわからない、というのは、ひょっとすると全然期待はずれになるかもしれない、と言っても同じだ。実際そういう経験がないわけではない。しかし、そうした「マイナス」を差し引いたとしても、新しいものに出会える「プラス」は大きいと考える。

そもそも「マイナス」というのは、自分が知る世界における価値観であり、その枠の中での判断である。しかしその中での判断だけに拠る行動をしている限りは、枠を広げることができないのではないだろうか、と考えている。英語でいうbreakthrough、すなわち突破口を得るためには、構造的に自分の外にあるものの助けを借りなければならないのではないだろうか。中からどんなに頑張って外に出ようとしても、所詮それは中の延長にすぎないのではないかと。

特に人に会うのは、こういう側面が多いと考えている。その人と会うのがいいのか悪いのか、事前に判断するのは無理だろう。その後その人と関係が続かなかったとしても、そこでそういう人と会って、そういう人がいるのだという情報は頭にインプットされる。力を持つ人であればあるほど、こちらが受ける影響も小さくない。そうした出会いは多くて困ることはないと思っている。

多分、今の出会いというのは、3年とか5年とか経った時に、ひょっとしたら自分に戻ってくるものだと思うのだ。短期的には「損」かもしれないことだけれども、未来の自分への投資と思って、私は未知へと向かい、枠を広げようとし続ける。