最北医学生の2004年12月の日常

■2004/12/03 (金) 家族かどうかで治療が変わるのか

父が癌であることがわかり手術を受けた。議論のあるところではあるが、私は手術室に入る許可をもらい、まさに一部始終を見ることができた。

術者にせよ、助手にせよ、看護師にせよ、麻酔科医にせよ、研修医にせよ、学生にせよ、患者が自分の親である時に行動が変わるのかを考えることとなった。例えば治療の方針であるとか、手術のやり方であるとか、言葉のかけ方であるとか、気合いの入り方であるとか、なんとなく家族の場合は特別で、変わりそうなイメージがあった。

悪い方向に変えることはないだろうとするが、それをいい方向に変えるとすれば、家族でない患者に対してベストを尽くしていなかったことになり、それはどうなのだろう、と今回気づいた。例えば手術をするかしないか判断する時も、家族じゃなかったら勧めていた手術を家族だったら勧めない、となるのもおかしい。それが最善かどうかは感情では左右されないはずで、もしも左右されたらどちらかは嘘の最善となる。

高度なプロフェッショナリズムなのかなぁ、と感じるところがあった。自分が特に大事にしたい患者に対しても、態度も悪いしどうでもいいなと思っている患者に対しても、同じことをするのが医療従事者のあるべき姿なのだろう。しかしこれはあくまでも理想論であり、そこに感情の動きが入り込む余地がないと言い切れるほどの自信は私にはない。

手術は予定通り終了し、今のところ順調に回復している。これまで多くの患者さんを実習で担当させてもらったが、ここまで多くの労力を注いで病気について調べたことがなかったのは、悔しいが事実だ。今後の方針についても、どうするのがいいのかここまで真剣に考えたことはなかった。

医学の知識があり、かつ父のこれまでの人生や考え方を知っている立場で、今回は非常に意義深かった。「いざ自分や家族のことになると全然違う」と話にはよく聞いていたが、本当に全然違うものであり、今考えるとずいぶん非科学的で根拠のない不安に陥っていた自分もいた。医学の知識は不安を解消するのに必ずしも役に立たないのも発見で、知識を与えればいいのだろうと安易に考えていたのは間違いだった。

学生実習を終え、病気にも手術にも慣れてきたところで、もう一度それらの持つ特別な意味を考え直したという意味で、父の手術は私にとって非常に貴重な経験だった。これで終わったわけではないので、まだ色々と考え続けていくのだろうが、医者としてやっていくにあたっても、家族の視点や本人の視点が常にそこにはあることを、いつも忘れずにいたいと思う。

■2004/12/08 (水) 相談に俺語り

相手の話に相槌を打っているようで、実は全部自分の話にしている人を時折見かける。その話が自分の体験した範疇であれば「そうそう、実は俺もこんな経験をしたことがあってね」などと始めて、相手の話に合わせて会話をしているようで、単に自分の経験を相手に聞かせているだけだったりする。相談めいた内容であったとしても、「いや、俺の時はこうだった」とそのケースについて一緒に考えるのではなく、一つの例にすぎない自分のことを提示することが、彼らがやることの全てだ。

彼らが考えていないとどうして言えるのかというと、「あぁ、それはわかんないな」と即座に投げ出す場面があるからである。自分で体験した類似の例がない場合、語るべきものを持たない彼らができることは何もない。話はそこで終了し、会話を沈黙が埋めることになる。責任持ったことは言えない、という、ある意味責任ある態度なのかもしれないが、そこで自分から出せるものが何もないからといって会話もできない、とすることには、寂しさを感じる。

「俺語り」をするのは楽なのだ。相手がどんな人であっても、そしてどんな状況であったとしても、同じことを喋れば済むからだ。しかし、相手の話に耳を傾け、その状況を想像して、どう考えてどう行動するのがその相手にとっていいことなのかを一緒に考え、言葉を選んで伝えていくことは苦しい。正解もわからないし、自分の幸せに直接関係するわけでもないし、これぞと自分が思っても相手がそうは思わないかもしれないし、単に「相談すること」が目的なのかもしれない。

会話をする時に気をつけていることは、今はどちらが喋るべきなのだろうか、ということだ。相手に喋って欲しいのにこっちが喋ってもしょうがないし、こっちが喋らなければいけない時もある。そして、相手が何かを言いたい時とか、相手が何かを相談してきた時に、自分の話を挟んだ場合は、その自分の話がどのように当てはめるのかを補足するよう心がけている。

わかったようなこととか、あたかも周りにそういう人を見かけるように書いてきたが、これは自省だ。「どうして相談してくれなかったんだ」と思わず口にする前に、相手が自分を選ばなくするだけの歴史がそこにないか、思い起こしてみれば当然かもしれないな、と思うことがある。できれば自分も、数は多くないものの確かに存在する「こっちがついつい話してしまって楽になる」ような「いい聞き手」になりたいな、と考えるのだった。

■2004/12/12 (日) 選べるほどいいことなのか

高校の授業の中で「生物か地学」という選択があった。どちらかを選べばどちらかを選ばないことになり、私は生物を選択したため地学を学ぶことなく卒業した。これが「数学か英語」だったらどうだろうか。+αの部分ではありうるかもしれないが、高校を卒業するものの英語をやっていないとなったら、それはまずいだろうと感じてしまう。

大学における選択の単位の話になると、興味があるとかためになるので選ぶのならいいが、楽に単位が取れるとか出席が厳しくないなどと「水は低きに流れる」という選ばれ方もあり、「不人気科目」などという呼び方も存在する。稚拙な教え方であるとか内容が悪いことの反映である場合はいいのだが、将来役に立つとされるものが「難しいから」と敬遠されることもあると聞く。

研修医の期間をどこの病院で過ごすのか、つまり研修病院を選ぶという作業がある。その際に「研修医個人の希望を聞いてくれるか」というポイントがあり、選択とか研修スタイルにおいて色々希望が通るところが「いい病院」であるという考えになってしまうのだが、果たしてそれは「いい病院」なのだろうか。

「いい」というのは、研修医が考えた「いい」である。当然、そのものをよく理解した立場から見下ろした視点ではない。その状態から「いい」ものを判断することはできるのだろうか、ということだ。高校においては英語とか数学は必修だったし、大学でもその学部のその後の教育をふまえて必修となっている科目があって、選択で崩壊しないような歯止めがあった。

しかし研修医の場合は、そうした「必修」は明文化されていないため、どんどん要望を聞いてくれる「いい病院」が、実は英語とか数学を捨てているのかもしれない。あれは嫌だこれは嫌だと、いわゆる「大変な」部分が少ない病院を選べば、研修医の間の「大変さ」は減るかもしれないが、それと引き替えにして何か得られないものというのもあるのではないだろうか。

もちろん具体的な話は各々であるし、旧来研修医の仕事だったものをそのまま引き継ぐことが必ずしもいいことだとは思わない。要望は聞いてくれる病院の方がいいと思うし、過労で健康を害したり、勉強する暇はもちろん寝る暇もないような生活も、できればない方がいいと思う。それでも、自分の希望を聞いてくれるほどいい、というのは構図として無理があるということは、頭の片隅に入れておくべきではないかと考えている。

■2004/12/14 (火) 熱は下げない

以前祖母が「おしっこが出ない」と言ってたくさんお茶を飲んで頑張っていたことがあったのだが、医学的に見ると、よほど水分不足の状況でなければ、腎臓の働きが弱っていて尿を作れないと考えたい。つまり水を体外に出せない「むくんでいる」状態であって、そこにさらに水分を摂ることはむしろよろしくないんじゃないだろうか、と思ったのだった。「おしっこが出ていない状態が良くない」ということは、あくまで結果なのであって、おしっこを出すことを目的にすると、時に正反対の対処を導き出す。

私は昨日熱を出して一日寝込んでいた。熱が出ているのは良くないことの代名詞でもあり、熱は下げるものという考えが出てきて、病院に行って熱冷ましをもらおうという患者は多い。しかしながら、体が熱を出しているのは、病原体と戦うのに有利になるからであって、体の防御反応としては非常に合理的である。そうであるから、熱があるからと言って安易に薬で下げることは、治るのを遅らせる行為であるとも言える。悪い状態で熱が出るということと、熱を下げればいい状態になるというのは別物なのだ。

というわけで、私は常日頃「風邪で熱が出ても熱は下げない方がいい」と言ってきたのだが、まさにそれを実践する機会が到来した。喜んで熱を下げず、となったかというと、さすがにそうはいかなかった。当たり前の話だが、熱があるのは「つらい」のである。その「つらい」状況で、「早く治るから」というのを信じて耐えていられるか、またそれを許す状況なのか、などということも考えなければならないだろう。しかし私の場合、解熱鎮痛剤を一切使わず頑張った結果、今朝目覚めるとすっきり36度台になっていた。薬のおかげではなく治ってしまったのである。

私もうまく行けば、来年の今頃にはそういう患者さんに薬を出す立場になるが、そこで熱冷ましを出さないのか、というのは難しい問題だ。当然患者は、家で寝ているだけではなくて、何らかの「効く薬」を求めてわざわざ病院にまで来ているのだろうし、それを「治るの遅くなりますから」などとわけのわからない理屈を並べて求める薬を出さなければ、お客である患者の満足度は著しく低下する。実際私も、昨日寝ている間はつらかったし、誰もにそれを体験しろと言うのも酷な気がする。みんなが同じ風邪になるわけでもなし、研究もかなりやりづらいだろうから、薬があったらこのくらいのつらさがこのくらいの期間、飲まなければこのくらいのつらさだけどこのくらいの期間で済む、というのを示せない現実もある。

一応書いておかなければならないだろうが、全ての熱は下げない方がいいと言っているものではない。そこには病態の分析が必要だし、メリット・デメリットのバランスを考える必要がある。高熱で体力が落ちてしまえばダメだろうし、こどもの話は私にはよくわからないし、脱水とかになってはまた問題だ。昨日の私の熱が薬なしで下がったことをもって一般に当てはめることもできない。しかしながら「全ての熱は下げた方がいい」というのが誤りであるのは確かなことで、出ている熱は下げるべきとか、熱冷ましをくれるはずという、医学的に正しいとは限らないことを信じているのは、患者はもちろん、誰も幸せにしないことだと思うのだ。

■2004/12/16 (木) 「と言っている」の重要な意味

患者に説明をするのは果たしてどうだろうな、と思う時がある。例えば「白血球は炎症の程度を表す数字です」と説明して「前回採血の時が10000で今回が7000なので良くなってますね」と言ったとする。それ自体には間違いないところであるが、次に7000から7500になった時に「これくらいは問題ないですね」と考えていたのに「先生、悪くなったんですね」と言われる恐れが出てくるからだ。7500が正常値とされる範囲に入っていたり、500くらいの増減はよくあることだったとしても、「だって、炎症の数字が増えてるじゃないですか」とたたみかけられ、不必要にガッカリしたり、説明することが増えたりする。

自覚症状の場合はなおさらだ。例えば「胸の痛みがなくなったら退院しましょう」という場面があったとして、そのことを患者に伝えたとする。その時、患者が入院生活に飽き、早く退院したいと思っていたら、「本当はちょっと痛いけど、まぁ我慢できないこともないし」という部分をバッサリ省略して「痛くないです」と答えるかもしれない。それが単に、早く退院した患者が家で痛がってるうちに治るようなものならいいが、治らなかったり悪化したりする場合だって考えられる。

2週間に1度の外来で薬をもらう、という場面では、2週間分の情報を短時間のうちに申告してもらうことで次の2週間の方針が決まる。この時も「あんまり薬きいてないんだよな」という事実であっても「いや、変わりないです」と言ったり、実は2回に1回くらいしか飲んでなくても「いや、ちゃんと飲んでます」と言ったりしてしまうことがある。患者の中である理想の患者像、つまり薬はきちんと飲んで、症状はどんどん改善していく、に申告としては近づけようという心理も働くのだろうと思う。「本当のことを言うと先生に怒られるから」と考える患者もいる。

医者から見ると、患者が嘘をついていた時は、怒りよりもため息が先に立つし、いい状態を申告していた患者さんが実際には悪い状態だったりすると、自分がやってきたことに意味がなかったじゃないかという気持ちになったりする。その「悪い状態」であったとしても、例えば違う薬を使うなどと色々できることがあるのに、と思う状況ならばなおさらだ。「せっかく出してくれた薬なのに、きかなかった、とは『悪い』から言いづらい」と考える人もいるが、治すのが目的で薬が手段であるから、それを隠される方がはるかに『悪い』ことになる

もちろん、患者がそう言ってしまう背景や心理までを、医療者側は考えなければならないと思うのだ。質問の方法を工夫したり、よくなってないなら違う手もあるんですよとほのめかしたり、患者が何を望んでいるかを想像するのもそうだし、その一言だけで方針が決まるんだ、という雰囲気を出さないことなども挙げられる。何でも隠さず、詳しく説明するのがいいことだと教わるわけだが、それが「治す」という医者と患者に共通の目標に向かうことを妨げることもあり、そうならないように気をつけるんだということは、現場で感じて身につけていくことになる。そんなわけで、「○○だ」と「○○だと言っている」の使い分けには、私はいつも気を遣っている。

■2004/12/24 (金) 「研究したいの?」と聞かれるこの頃の出会い

自分の将来像の決め方は二つある。一つは「自分はこうしたいなぁ」という思いであり、ある程度漠然としてしまうのが避けられない。「いい医者になる」なんてつい言ってしまうのだが、一体全体「いい医者」とは何なのか、具体的に何をする人なのか。また、それを達成するために何をすればいいのか、ということは、突き詰めるほどに曖昧であることが明るみに出て、言ってる言葉ほどに崇高なものではなくなってしまう。

もう一つは「この人のようになりたいなぁ」という思いである。医者であれば、尊敬できる先生を見つけ、自分でもこの先生にかかりたい、自分もそうなりたい、と考える。今度はイメージするものは明確で、そのために自分が取る道も「先生はどうしたんですか?」などと聞けば、そうなるべくやることもわかりやすく示されることになる。個性とか能力を無視しているところが難点であるのだが。

後者の方が、いい結果になるにせよならないにせよ、楽であるのは確かなことだ。しかし、出会える人の数というのは限られていて、ごく少ない中から選んだ人を、そのまま自分の人生の目標としてしまうという危険をはらむ。その人が目標にするだけ立派かどうかもわからないし、世の中にはもっと能力が優れていたり、幅広い考え方を持つ人だっているだろう。

そんな意味で、博士号なしで部長職にある医者に出会ったことは新鮮だった。ザウエル先生も書いていたように、いわゆる出世していくにあたり博士号は必要なのだと、自分の中で漠然と思っていたからだ。出世というのは、出世するのが目的なのではなくて、自分がやりたい医療をするのに、責任ともセットになった権力がある方が良くて、それは「出世」と呼ばれる役職である、という意味だ。しかしながら、「出世」して、技術も人望も兼ね備えている人に実際会ってみて、目指す像が私の中で一つ増えた。

博士号を取らないことを決めたとかいうことではないし、下手に真似をすると、技術が伴わない何の取り柄もない医者ができあがってしまうかもしれない。それを差し引いたとしても、自分の中で目指す像が増えることはいいことだし、今ならきっと、どんな医者に会ったとしても、その半生を聞けば学ぶところが多いのだと思う。人生を変えうる重要なポイントだけに、できるだけ多くの「出会い」があればいいなと思っている。

■2004/12/26 (日) 紐に託す信頼

父がベッドを出してくれと言うので、物置の奥から引っ張り出してきた。2階から階段を下ろすが、ものがベッドだけに一人の手にはやや余る。ずるずる引きずると家が傷つくかもしれないし、あっちを支えこっちを持って、とやるわけだが、持つための紐がちょうどいいところについていたので思いの外簡単だった。

引っ越し業者の人は、箱に客がつけた紐を持たない。一つには紐ではなくて箱の底を持つ方が効率がいいのかもしれないが、それより大事だと私が思うのは、素人が結んだ紐はほどけるものだ、ということである。業者としては、「紐を結んだ人が悪い」などと争うくらいなら、紐を持たずにやった方がいいだろう。

直方体のものがあって、縦と横に紐をかける。単に一周二周とさせるだけでも、結んだつもりで持ち上げてみるとだらんと伸びることがあるが、ゆるまないようにすることもできる。縦横の紐が垂直に交わるところも、うまくやればその結び目がどちらの方向にも動かないようにすることができる。これらは全て技術の問題であり、40年ほど転勤族をしていた両親にこのあたりは仕込まれたので、持ち上げられる重さのものなら、ゆるまないよう結ぶことができる。

さて冒頭のベッドだが、私が紐をかけたものではなかったが、父か母がやったものだろうとわかっていた。するとこの紐は絶対にゆるまないし、この十文字に交わっているところは動かない、そしてこの結び目はここを引っ張ればほどけるな、というように、何の疑いもなく信じることができたのだ。

果たして他の人が結んだ紐なら信じられただろうかとか、自分以外の人がそれを見てもなんとも思わないような紐なんだろうとか考えた。誰かが何かを信じられるということは、実はものすごく限られた特殊な状態なのであって、そこで共有されるルールがあって、そのルールを運用する相手への信頼があって、それが一つも欠けることなく揃って初めて、「信じる」という結果に結びつく。

「信じてくれない」とか「信じて欲しい」などと、私も軽く言ってしまうのだが、果たしてそこに「信じる」に至るだけのものが揃っていたのだろうかと思ったのだ。紐の結び方を身につけるまでにかかった時間と、自分が実際にできるようになり、そして持ってみてゆるまないという体験をして納得したことを思い出すと、そう簡単に「信じてくれ」などとは言えないのではないかと思った。一度でもゆるんだ結び方は信じないのも、実生活での信頼の失われ方とよく似ている。

■2004/12/30 (木) 改めて限界を知った一年

できることが増えるにつれ、できないことがわかってきた一年だった。

医学生生活も最終学年を迎え、さすがに医者のやってることの輪郭くらいはわかってきた。自分でやるにはまだまだ未熟すぎるわけだが、これこれこういう理由でこういうことをした、と説明されると「あぁ、なるほど」と頷くことができるようになり、だてに学生を長くやってないぞ、と思うのだった。説明されて初めて、というケースが多いような気がするのが難点であるが。

しかし限界を知ることも同時に出てきた。この病気は、こういう仕組みで、こういう症状が出ているはずだ、おー本当だ、ここまではいい。そこでこういう治療法がある、となった時に、それを選んでうまくいくケースももちろんあるが、習ったとおりの確率でうまくいかないこともある。一方、この治療法で治る、までは知っていたが、それにはこんな副作用もついてきて、患者本人にはこんなにつらいことがあるんだ、というのも目の当たりにした。

中でもつらかったのは、医者にかかればこういう治療法があるだろうけど、無理矢理連れて行くわけにはいかないとか、自分の分析が正しければこれはなかなか治らないぞ、という瞬間であった。医学の知識が増えるにつれて、そうした無念さは少なくなるものと勝手に思っていたのだが、むしろ正確な知識を手に入れるほど、できることがしっかりわかればわかるほど、裏返せばできないこともわかるわけで、それらはどちらも同様に増えていった。

わからないことも増えた。現実に起こることは、どうにも説明がつかないことも少なくない。患者さんが訴えることが、どうして起こるのか医学的にさっぱりわからないこともあるし、その訴えている内容が実際と違うこともあるのだ、ということさえも学んだ。あと50年経っても、その謎には悩んでいるのだろうと思うし、できないこともやっぱりたくさんあるのだろうと。

うまくいけば医学生をもうすぐ終えて、最北研修医の日常を書けるよう、しばらくは勉強へとシフトを動かす頃合いだ。学生のうちだから言えることは、学生じゃなくなる時期があるからこそ意味がある。春まではもう少し。