
“四万十川”。今や全国で最も有名な川かもしれない。
“最後の清流”として知られるこの川にも、最近は開発の手がのびている。
一刻も早く訪ねてみたいと想い続けてきたが、この春(平成8年春)、よ
うやく実現することができた。

豊橋から高知県の四万十川まで約700km。朝7時に出発し、東名、名神、中国、山陽、瀬戸中央、高松、高知と7つの高速道路を乗り継いで、10時間のドライブ。(帰りはゴールデンウイークの渋滞にはまってなんと18時間)何とか日のあるうちに、スタート地点の十和村十川に到着したが、僕もパートナーのタケさんもクタクタだった。しかし、四万十川の看板を目にした途端、疲労も吹っ飛び、明日からの川旅への期待で胸が弾んだ。
さっそく初日のキャンプサイトを物色していると、妙な場所にカヤックが一艇ポツリと置き去りにされている。どうしたのかと思っていると、近くにいたおじさんが、「轟きの瀬(四万十でも厳しいことで有名な瀬)」で沈した若者のものだと教えてくれた。彼は、家財道具を全部流してしまい今日は、村の公民館に泊まっているそうだ。
その後、おじさんは良いキャンプサイトがあるから着いて来いと案内してくれ、さらによかったら風呂に入りに来いという。この村には、都会では考えられない人情がまだ残っている。

僕にとって十川のキャンプはとても快適だったが、タケさんは良く眠れなかったようだ。どうもカエルの大合唱は苦手らしい。さて、いよいよ出発。今回のコースは、ここ十川から河口の中村市までの約60kmを3日でこぎ下るというものだ。
昨日の雨もあがり、5月の空には500匹の鯉が気持ちよさそうに泳いでいる。増水しているせいで、四万十本来の水の美しさではないようだが、それでもやっぱり美しい。
岸辺の花や跳ねる魚に目を奪われながら、順調に下っていると、一人の若者が声をかけてきた。話を聞いてみると、昨日のカヤックの持ち主だ。奈良から一人で来ているそうだが、テントやシュラフを流しても旅を続けるとはなかなか頼もしい。
この日は目的地の江川崎までいっしょに下り、夜はスキヤキとカツオでカヌー談義に花を咲かせた。

奈良の青年と別れ、また二人だけの川旅だ。昨日のコースは3級の瀬もあり、結構ハードだった。江川崎から先は文字通り、大河となり、四万十は実に堂々と流れている。この川には、こういうのんびりツーリングの方が似合っているのかもしれない。エビを捕る“柴漬け漁”の漁師をたびたび見かけたが、まだ水温が低いので、あまり捕れてはいないようだ。
ノスタルジックな沈下橋を一つ二つとくぐり抜け、口屋内、鵜の江と漕ぎ進み、今日は川登の河原でキャンプだ。

今日は朝からついていない。水が無くなってしまっていた。しかたなくウーロン茶とビールで飯を炊いたが、これが結構うまかったのは何故だろう。天気予報では、雨だの、風だのと暗いことを言っている。朝飯もそこそこに急いで出発したものの、残念ながら天気予報は大当たり。昼前にはものすごい雨と風になってしまった。漕いでも漕いでも横の景色が変わらない。ほとんど進んでいないのだ。
こんな日は野田知佑さんなら漕ぐのをやめて、テントの中で一杯と決め込むのだろうが、悲しいかなサラリーマンカヌーイストはそうもいかない。
嵐の中を必死の形相で漕ぎ続ける二人に、観光船のお客が無邪気に手を振ってくれているが、さすがに愛想を返すゆとりはない。
それでも何とか2時頃には目的地の渡川大橋に着くことができた。少しでも雨を避けようと、迷わず橋の下にテントを張り、逃げるようにシュラフにもぐり込んだ。
雨でズブヌレになったのと昼を食べてないせいでとても寒い。おまけに安物のテントは、今にも風でとばされそうだし、雨もしみ込んで来ている。こんな時は「クワバラ、クワバラ」と呪文を唱えながら寝てしまうのが勝ちだ。
ふと、気がつくともう夕方で、雨風は少しは弱くなっていた。テントから起き出してタケさんのテントを覗くと、同じようにミノムシになっている。顔を見合わせると思わず笑ってしまったが、その表情は実に満足げで、「また、来よう!」と語りかけているようだった。
四万十川をもっと詳しく知ることができる素晴らしいホームページがありますので、是非ジャンプしてみて下さい。
