■ 19.
「彼らは恋をしておるのだ」 と。マンジュマンシュ教授が言う。
*
「男の方は大げさな言葉で思いを形容する。女の方はそれを一瞥して受け流し、
無言で指先だけを差し出す。しかし真に思いの深いのは女の方だ。彼らは
ひどく似ている、しかし少しだけ色彩の違う夢を夜毎に見、その度にその
重なり合った領域をゆっくりと損なっていくことになる。」
*
「更にいけないのは、 彼と彼女はお互いをそれでもなお、全く違うものだと
思い込んでいることだ。彼らは打ち捨てられようとあらゆる花を贈る。
が、実際においてそれは半分だけ受け取る、あるいは受け取られることになる。
彼らは困惑する。前例がないことにではない。
二人の空間においては法則そのものが変質してしまっていることに気付くからだ。
樹から落ちたリンゴは緩やかなカーブを描いて空に上昇していくし、
天使は鱗だらけで小料理屋に並べられる。花は奴隷制の象徴だし、海の中で
灯明は燃え続ける。そんな中で、ごく初期に二人が持っていた(そしてそれゆえに
惹かれ合った)気高さは急速に腐乱していき、しまいにはただの水になり、
何の気なしに相手に(あるいは、まったく関係のない誰かに)飲み干されることになる。」
*
「その時になってもなお、彼らには自分たちが何をしているのかわからんのだ。」
「私にはそれがとてつもなく恐ろしい」
■ 20.
獅子座に生まれたかった。 星を信じるなら。
水瓶座が嫌な訳じゃ、ちっとも、ないけど。
*
13時過ぎに部屋を出て、 ミスドでお昼を食べて。
(坦々麺とコーラとフレンチクルーラーという冒涜的なオーダー)。
そういえば近くに住んでるのに一度も行ったことないな、と
本門寺まで歩いてみようとうろうろしたけれど、どこにあるかなんて
全く知らないし、地図も見つからなかったので、諦めた。
駅の近くにある小さなコーヒー豆のお店で、キリマンジャロを挽いてもらう。
ミルが家にあるから、焙煎だけでいいです。
待っている間、出してもらった美味しいコーヒーを飲みながら、
今日もそう言い忘れたと思っていた。
15時に部屋に戻って、買ってきたコーヒーを淹れる。
ブラウンバニーのマグカップになみなみ注いで、
8割くらい飲んだところで気分が悪くなる。
美味しすぎるコーヒーはたくさん飲めないんだった。
理由はわからない。でも、食べ物でも音楽でも、何でもそう。
いくらでも自虐的になることは出来る。
*
もし父親が同い歳で、他人で、同じ生活領域にいたら。
彼にとって僕は、軽蔑すべき人間なんだろうなと思う。
とくに意味はなくて、浮き草みたいにそう思うだけ。
獅子座に生まれたかったのと、同じくらいのこと。
*
真意も偽りも何もなく、 戒めと諦めだけが、 この部屋で生きて育って。
それを愛するのは、ただ一つの許されたやり方だった。
誰のことも関係なくて、僕だけに許されたやり方だった。
■ 21.
映画の講義の課題を手伝ってもらった時のことをちょうど考えてたところ。
君はそんなこと忘れてしまったかもしれないけど。
もう誰とも友達にはなれなくなった。
普段はあまり喋らないけど、
それでも時々は馬鹿みたいに口を開くけど。
いつでも黙ってるのがいちばん正しい選択みたいだ。
君に対して、許すとか許さないとか、
そんなの、考えたこともなかった。だからわからないよ。
君が思うようにやっていけてればいいなと思う。
上書きされない心があればいいのにってずっと考えてた。
でも本当はそんなのつらいだけだった。
ねえ、黙ってるのは正しい選択だった?
■ 22.
誰とも友達になんてなれないから。
おぼつかない舌と、表情と、重い頭で
人々の、ゆらめく欲望の濃淡を見てる。
みんなが幸せになればいいなって
呼吸みたいに思っているのと同じ速度で、
みんな死ねばいいのにって思っている。
それで、それは、どんな空気も揺らさない。
インターネットで、中国の七色の河を見たよ。
お金があればいいなって感じるけど、
今そんなにないってことは、きっとそんなには欲しがってないんだ。
病名は付かないまま、
メラトニンを飲んで毎日眠ってる。
夜が怖いなら、君にも少しあげるよ。
朝が怖いなら、心を閉じればいい。
それでも、過ぎていくものを怖れるなら、
あとに出来るのは、ためらいがちに笑うことくらい。
根腐れしてるのに気付かず注ぎ木ばかり繰り返した。
誰にも、何にもなれなかったよ。
■ 23. ゴースト
天井から降りてきたところ
糸を指でちぎられた蜘蛛みたいな
言葉に色があるなら
影に色があるなら
よりどころのない藍色
(鏡の自分と目が合うたび
うしろめたい気持ちで消えたくなる)
心のひだに手をいれて
偽りを偽るけど
まほろばは
もうすぐそこにあって
何も望まないことが
おそろしい未来を呼んでしまう
時間が暗礁に乗り上げ
僕はもうすぐいなくなる
まほろばはもうすぐそこにある
世界を自分もろとも焼き尽くしてしまいたいような
くすぶり続ける けして鎮火しない憎しみに背を向けて
泣きじゃくる子供を置き去りに
生活を愛すること
君を愛すること
■ 24. exactly
心にすごくつらいことや嫌なこと、悲しいことがあった時、
早く通り過ぎてくれるようにと、身を屈めて息を潜めているべきなのか
それとも、ぎゅうっとそれを捉えて離さずに、
無理やりにでも飲み込んで消化してしまわなきゃいけないのか
どちらを選べばいいのか、今でもいつも迷っている。
ずっと昔は、ためらうことなく後者だと思ってたけど、
それはきっと心について誤解していた。
なぜなら
心は有限だった。
限りある資源だった。
たとえばサンゴみたいに
磨り減ったら、生半可なことでは元に戻らないのだ。
傷ついたあとで、
ザラザラした部分がなくなって、
なめらかな形に戻ったように見えても
時間の波にのまれて、一回り小さくなっただけだ。
ずっと考え続けて学んだことがあるとしたら
つらいことや嫌なこと、悲しいことはあまりに多くて、
いちいちそれらを真摯に飲み込んでいる器量は、
どうも自分には無いみたいってことくらい。
だけど全部スルーするのもきっと間違ってる。
そして、自分のためになるとかならないとか、
そんな理由で苦痛を取捨選択していけるほど恥知らずにもなれなくて
たぶん生きるのに根本的に向いてない。
なんて、堂々と言えてしまう程度にはまだ恥知らずです。
今後ともよろしくお願いします。
■ 25. 心ぼそさの世界
夜中に、上から何かがゆっくり降ってくる感じがして目が覚めた。
朦朧のまま身を起こして、それを掴み取ろうとする。
でも、腕は真夜中の、沈殿した空気をかきまぜるだけ。
もやみたいなものがまだ見えている気はするけど
正気を取り戻すにしたがって、何も見えなくなる。
まぼろしだ。
手探りでボタンを押してエアコンを点ける頃にはすっかり醒めていて
もう何も感じない。
"祈りたいな。"
"でも何に?"
心は長い時間をかけて役立たずになっていく。
なりきったら純白の、したたる脂身だ。
夜と朝の隙間で遊んでいたつもりのあの頃の僕ら
本当はただ閉じ込められてただけだった。
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