要塞に関する用語集 |
| |
| 普段は胸墻(防御壁)の内側に隠れ、射撃の際に砲身が持ち上がる大砲。
低地に築城された砲台の大砲が、敵側へ丸見えになることを防ぐ効果がある。アメリカの要塞では数多く採用された。
日本では、「東京湾要塞」第二海堡、「由良要塞」高崎砲台に採用された。 |
 |
| (写真は「デラッシー要塞」ダドリ砲台の
6inch隠顕式カノン砲、アメリカ陸軍博物館蔵) |
| |
探照灯の格納庫のこと。
※「照明所」を参照。 |
 |
| (写真は「東京湾要塞」大房岬砲台の掩灯所) |
| |
| 敵弾に耐えられるよう設計された施設で、戦時に退避壕・兵舎・弾薬庫・砲具庫等、
様々な用途に使われた。 |
 |

(写真は「函館要塞」薬師山砲台の掩蔽部) |
| |
| ※「砲座」を参照。 |
| |
海岸砲台の射程不足を補うため、海中に埋め立てによる人工の島を造り、ここから敵艦を砲撃するもの。
ロシアのクロンシュタット要塞に17個の海堡が築かれたのが有名。日本では、「東京湾要塞」に
第一海堡・第二海堡・第三海堡が築かれた。
※「砲台」を参照。 |
 |
| (写真は「東京湾要塞」第二海堡) |
| |
水平に近い弾道で射撃できる大砲で、砲身が長く、射程距離が長いのが特徴。海岸要塞では、主に
敵艦の舷側(横腹)を射貫いて破壊するために用いられた。(昭和期には潜水艦射撃用として利用された)
明治〜大正時代のカノン砲は直接照準によって射撃する仕組みだったので、砲台は標高の低い海岸丘陵に築城された。
大正末期〜昭和期のカノン砲は間接照準によって射撃できるようになった。
オランダ語でカノン砲はkanonのため、Kの略号で表記される場合がある。(例えば、15cmカノン砲であれば、15Kと表記) |
 |
(写真は45式15cmカノン砲)
(出典:『函重に関係のあった火砲写真集』10頁) |
| |
敵艦・敵上陸部隊の位置をとらえ、砲撃に必要な計算(火砲をむける方向・砲身に与える
角度・発射の時期等の計算)を行ない、その結果を砲台に伝える施設。要塞における最重要施設の一つであり、砲台の周辺に多数築かれ、
中心的な観測所には戦闘司令所が設置された。
観測所から砲台への伝達手段は、当初、伝声管等を使用していた。そのため、明治・大正期に築かれた観測所は砲台内もしくは砲台に隣接
した場所に位置している。また当時の観測所のつくりは、下半分がコンクリート製で地下に隠れ、上半分が金属製で地上に露出していた。
観測に用いる測遠機は、使用するたびに台の上に置いた。そのため、測遠機を正しく配置できるよう、観測所から見通しのきく
何箇所かの地点に「規正標柱」が設けられた。また、海水面の高さも射撃の際に必要な数値なので、「水尺」と呼ばれる量水標も設置された。
のちに八八式電気算定具の登場によって、諸計算の高速化と、砲台火砲との電気連動化が実現したので、観測所の位置選定が自由となった。
1928年以降に築かれた観測所は、砲台から遠く離れた見晴らしの良い場所に位置している。つくりも変化し、コンクリート製で地上地下1〜3階建てとなり、覘視孔から潜望鏡を覗かせて敵艦を観測するようになっていた。 |
 |
(写真は「津軽要塞(函館要塞)」千畳敷砲台の観測所)
(青森空襲を記録する会の中村和彦様提供) |
 |
(写真は「東京湾要塞」花立砲台の観測所) |
| |
榴弾砲と同様に、放物線状の湾曲した弾道で射撃でき、敵の頭上へ攻撃する大砲。砲身が非常に短く、
射程距離が短いので、接近戦で用いられた。
英語で臼砲はmortarのため、Mの略号で表記される場合がある。(例えば、15cm臼砲であれば、15Mと表記) |
| |
| ※「框舎」の頁を参照。 |
| |
| ※「砲座」を参照。 |
| |
| ※「照明所」を参照。 |
| |
探照灯(サーチライト)を配置し、夜間の敵艦探知を行う施設。
照明所には「照光座 」と呼ばれる探照灯が活動する場所があり、照光座の真下には「電灯井」と呼ばれる空間があり、
エレベーター又は手巻きリフトによって探照灯を地下に格納できた。このような照明所を特に「昇降隠顕式照明所」と呼ぶこともあった。
(※この昇降隠顕式照明所跡を砲塔砲台跡と誤解している方が多いのでご注意ください)
他に、照光座からレールを敷いて、探照灯を「掩灯所」と呼ばれる格納庫に運ぶ方式のものもあった。 |
 |
(写真は「東京湾要塞」大房岬砲台の昇降隠顕式照明所) |
| |
サーチライトのこと。もともとは夜間に海上の敵艦を探知するために設置されていたが、
太平洋戦争では上空の敵機を探知する「照空灯」としても用いられた。
明治時代の探照灯は、反射鏡の直径90cm、照射到達距離約6kmであった。
大正〜昭和にかけて反射鏡の直径が1.5m及び2mとなり、昭和時代には直径2mが標準となり、照射到達距離約7〜9kmとなった。 |
 |
| (出典:函重会『函重に関係のあった火砲写真集』(1988)17頁) |
| |
| ※「照明所」を参照。 |
| |
照明所に電気を供給する発電施設。機関舎と呼ばれるレンガ造りの建物内に、
石炭を燃料とした汽罐(ボイラー)、汽機(スチームエンジン)、発電機、冷却水槽等が据え付けられていた。
(ディーゼル発電機の施設もあったらしい)
埋設電線によって照明所に通電した。 |
 |
(写真は「芸予要塞」小島砲台の電灯所・・・南部発電所)
(愛媛県今治市のT様提供) |
| |
| |
| ※「砲座」を参照。 |
| |
火砲が活動する空間のこと。
ちょっとだけ補足すると、「要塞」は多数の「砲台」・「観測所」・「弾薬庫」・「照明所」・「電灯所」・その他の補助施設等から構成
され、「砲台」内には複数の「砲座」があった。
そして「砲座」の中には「砲床」と呼ばれる火砲を据え付ける面があった。
日本の要塞では、一つの「砲座」につき火砲2門又は1門の「砲床」があった。(※アメリカの要塞では同4門の「砲床」も多く築かれた)
「砲座」の周りには、敵弾から火砲を守るために、正面・側面・背面方向に「胸墻」・「横墻」・「背墻」と呼ばれる防御壁が築かれ
ることが多かった。「横墻」内に掩蔽部(地下砲側庫)が築かれたものもあった。
また、明治期に築かれた砲座では、「胸墻」・「横墻」・「背墻」に砲弾置場用の凹みや、伝声管があるものが多かった。 |
 |
| (1砲座に2門の砲床があった例、写真は「津軽要塞(函館要塞)」御殿山第二砲台の28cm榴弾砲砲座、函館図書館蔵) |
 |
| (1砲座に1門の砲床があった例、写真は「東京湾要塞」第一海堡の28cm榴弾砲砲座) |
| |
| ※「砲座」を参照。 |
| |
火砲を配置して敵艦及び敵上陸部隊を砲撃する施設。
その役割から「砲台」、「堡塁」、「堡塁砲台」、「海堡」の4種類に分けられる。
| 役割上の分類 |
砲台
(ほうだい) |
要塞にとっての正面方向である海側を向いて、敵艦を砲撃目標とする。
この種類が最も多く築かれた。 |
堡塁
(ほうるい) |
要塞にとっての背面方向である陸地側を向いて、敵上陸部隊を砲撃目標とする。 |
堡塁砲台
(ほうるいほうだい) |
「砲台」と「堡塁」の両方の役割を持ち、敵艦と敵上陸部隊両方を砲撃目標とする。 |
海堡
(かいほう) |
海岸砲台の射程不足を補うため、海中に埋め立てによる人工の島を造り、ここから敵艦を砲撃するもの。
ロシアのクロンシュタット要塞に17個の海堡が築かれたのが有名。日本では、「東京湾要塞」に第一海堡・第二海堡・第三海堡が築かれた。 |
|
| |
1922(大正11)年2月6日、米・英・仏・伊・日の五カ国が締約するワシントン海軍軍縮条約が調印された。
この条約により日本は主力艦の保有量を対米英六割と決められ、八・八艦隊の戦艦「安芸」・「香取」・「鹿島」・「摂津」・「土佐」、
巡洋戦艦「鞍馬」・「生駒」・「伊吹」を廃艦として処分しなければならなくなった。
そのため、これらの軍艦に搭載した(搭載予定だった)大口径砲塔が多数不要となり、のちに、下記のとおり陸上用の砲塔砲台
に改造して要塞に転用した。
旧砲塔搭載艦
又は搭載予定艦 |
右記の砲台に
転用した砲塔数 |
設置された「要塞名」砲台名 |
戦艦
(廃艦) |
安芸 |
25cmカノン砲2門入砲塔2基 |
「東京湾要塞」城ヶ島砲台 |
| 鹿島 |
30cmカノン砲2門入砲塔各1基 |
「東京湾要塞」千代ヶ崎砲台 |
| 「壱岐要塞」的山大島砲台 |
| 摂津 |
30cmカノン砲2門入砲塔各1基 |
「対馬要塞」竜ノ崎第1砲台、同2砲台 |
| 土佐 |
40cmカノン砲2門入砲塔各1基 |
「鎮海湾要塞」張子嶝砲台 |
| 「対馬要塞」豊砲台 |
巡洋戦艦
(廃艦) |
鞍馬 |
20cmカノン砲2門入砲塔2基 |
「東京湾要塞」大房岬砲台 |
| 生駒 |
30cmカノン砲2門入砲塔1基 |
「東京湾要塞」洲崎第1砲台 |
| 伊吹 |
30cmカノン砲2門入砲塔各1基 |
「津軽要塞」大間崎砲台 |
| 「豊予要塞」鶴見崎(丹賀)砲台 |
巡洋戦艦
(空母へ改造) |
赤城 |
40cmカノン砲2門入砲塔1基 |
「壱岐要塞」黒崎砲台 |
|
| |
 |
| (写真は「津軽要塞」大間崎砲台と同型の30cmカノン砲2門入砲塔、出典:『函重に関係のあった火砲写真集』4頁) |
| |
| ※「砲台」を参照。 |
| |
| ※「砲台」を参照。 |
| |
| |
平時は、要塞の防衛計画、要塞施設や兵器の管理、軍需品の整備、要塞地帯内における写真の検閲や建築の審査等の業務
を担当し、有事には要塞砲兵等の守備隊の指揮を執る機関。
要塞施設の外部である市街地に置かれた。 |
| |
有事に要塞の守備に就くことを前提に訓練された兵員。のちに「重砲兵」、「要塞重砲兵」と改称された。連隊もしくは大隊編成
の部隊で、兵営(駐屯地)は要塞施設の外部である市街地に置かれた。
平時は、砲廠・練兵場・演習場等にて、火砲の操作・射撃・観測・通信・その他の訓練を行ない、定期的に要塞の砲台で演習も
行なった。(演習砲台として専用設計されたものもあった) |
 |
(写真は函館重砲兵連隊の千代台兵営、
出典:『函重に関係のあった火砲写真集』2頁) |
| |
臼砲と同様に、放物線状の湾曲した弾道で射撃でき、敵の頭上へ攻撃する大砲。
臼砲より砲身が長く、射程距離も長い。榴弾砲は、間接照準によって射撃するので、海岸山地の尾根や、後方の谷地に砲台が築城された。
英語で榴弾砲はhowitzerのため、Hの略号で表記される場合がある。(例えば、28cm榴弾砲であれば、28Hと表記) |
 |
| (写真は「津軽要塞(函館要塞)」御殿山第二砲台の28cm榴弾砲、函館図書館蔵) |
| |
| |
| |
|