(上) 北部軍(のち第五方面軍に改編)司令部の防空指揮所

北部軍司令部 防空指揮所

 まず、『つきさっぷ郷土資料館だより第18号』より引用抜粋。
 「昭和19年4月か前線に出動した兵士に替って、札幌市内の高等女学校卒業生約250名からなる女子通信隊員が、24時間3交替のきびしい任務に就いていた。」
 「情報通信班と警報班があって、私は情報通信班でした。道内や樺太、千島の監視哨から入る敵機発見の報を受け、文書化して班長さんに報告するのが役目です。それをもとに作戦室の大きな地図のパネルに敵機、味方機の動きが刻々とランプで示され、参謀たちがそれを見て警報を発するわけです。一刻を争う感じでした。」

 
 この貴重な戦争遺跡は残念ながら2006年度に解体される見通しとなっております。(北海道新聞の記事)
 北海道内に残る戦争遺跡としてはおそらく最も貴重なものの一つであり、今後の平和教育の教材として、平和博物館等に利用して欲しいところですが、長らく陸上自衛隊札幌駐屯地による撮影禁止が徹底されていた(敷地外からの撮影でも昔はフィルムを没収していたらしい)ため、文化庁による調査対象から漏れ、地元住民以外からはその存在すら知られることもなく、気がつけば解体の危機に瀕してしまったというのが実情です。
  この遺跡の担った役割を考えると、今からでも「北海道遺産」に選定して保存し、未来に残すべき価値があると思いますが、皆様はどうお考えになりますか?
 (上)(下) 南側から見た防空指揮所
 
 (上) 東側から見た防空指揮所
 (上) 北東側から見た防空指揮所
 (上) 北側から見た防空指揮所
 (上) 北部軍司令官官邸
 1938(昭和13)年のオトポール事件でユダヤ難民を救ったことで知られる樋口季一郎中将が、1942(昭和17)年8月北部軍司令官に就任している。
  1941(昭和16)年に完成したこの建物は、戦後進駐軍宿舎・北海道大学学生寮を経て、1985(昭和60)年以降は月寒地区町内会連合会運営による「つきさっぷ郷土資料館」として使用されている。

開館日時 4月〜11月の毎週水・土曜日、10:00〜16:00
料金 無料
展示内容 北部軍司令部と歩兵第25連隊に関するもの、北海道開拓に関するもの等


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