(上) 観音崎砲台
 現在、砲台跡の主要部分に海上自衛隊観音崎警備所があり、立ち入りできません。

観音崎砲台(観音崎第四砲台)


観音崎砲台の略年表
1886(明治19)年11月1日 観音崎第五砲台として起工。
1887(明治20)年5月23日 観音崎第五砲台として竣工。
1891(明治24)年2月17日 24cm臼砲4門据付完了。
1893(明治26)年10月14日 工兵第一方面より陸軍大臣へ、観音崎第五砲台を24cm臼砲4門の砲台から12cmカノン砲4門の砲台へと改造する案を提出。(実現せず)
1893(明治26)年11月 観音崎(旧)第三砲台の廃止に伴い、同第四・五砲台の名称を同第三・四砲台に繰り上げ改称。
 つまり、この時に、観音崎第四砲台と改称された。
1899(明治32)年10月3日 参謀総長より陸軍大臣へ、観音崎第四砲台の火砲を日清戦争の戦利火砲に交換する案を提出。
1901(明治34)年 24cm臼砲4門を撤去(夏島砲台へ)。砲床を改築。
1901(明治34)年3月31日 クルップ式15cmカノン砲4門(日清戦争の戦利火砲)を据付完了。
1926(大正15)年12月6日 観音崎第一・二・三砲台が既に廃止されていることから、観音崎第四砲台を観音崎砲台と改称。
 (上) 観音崎砲台の空中写真
 市役所かビジターセンターにあった空中写真より。樹木に覆われていないため構造がわかりやすい。
 (上) 観音崎砲台の側面地下を抜けるトンネル
 水中聴音所(現在、海上自衛隊敷地内につき立入禁止)に向かうためのものか?
 (上) トンネル内
 通路の両側に扉の跡があるが、現在は塞がれている。
 (上) トンネルの海側出入口
 左に何かの施設跡があるが、現在は塞がれている。また、右側にも構造物が残っているが、用途がわからない。
 

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