津軽要塞(旧函館要塞)

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 函館港防衛のため、函館山に「函館要塞」の砲台が築かれた。日露戦争後、津軽海峡への敵艦侵入を防ぎ、青函航路を守るため、「津軽要塞」に改称され、海峡両口に砲台が築かれた。
 函館山拡大図 クリッカブルマップ                                                     全体図
 火砲の首線(正面の向き)を示す。
御殿山第二砲台
竣工:1901年2月
28H×6
→1924年以降、
 28H×4
廃止: 1928年8月
→御殿山演習砲台
 に用途変更
遺構:残存
御殿山第一砲台
竣工:1900年10月
28H×4
→1915年1月、
 28H×4撤去
→1916年10月、
 廃止・除籍
遺構:山頂駐車場地下等に一部残存
薬師山砲台
竣工:1899年10月
15M×4
→1916年10月、
 廃止・除籍
遺構:残存
千畳敷砲台
竣工:1901年1月
28H×6、15M×4
→1928年8月、
 15M×4除籍
→1934年10月、
 臼砲砲座除籍
終戦時は28H×2
遺構:残存
立待堡塁
竣工:1902年10月
9K×4
除籍:1934年10月
遺構:残存
入江山演習砲台
竣工:1929年7月
野砲砲塔×1
遺構:残存
立待演習砲台
竣工:1937年8月
15K×1
遺構:消滅
[立待岬の売店]
戦斗司令所
竣工:1905年12月
遺構:残存
津軽要塞司令部
設置:1900年(函館要塞司令部→1927年に改称)
遺構:一部残存
[谷地頭団地]
※備砲の記号
K:カノン
H:榴弾砲
M:臼砲
例) 28H×6は、
28cm榴弾砲6門
穴澗照明所
竣工:1901年12月
穴澗低地観測所
竣工:1902年9月
遺構:残存
入江山観測所
遺構:残存
遠距離観測所
竣工:1928年11月
遺構:残存
高龍寺山低地観測所
竣工:1902年9月
遺構:残存
立待照明所
竣工:1901年12月
立待低地観測所
竣工:1903年3月
遺構:残存
穴澗電灯発電所
遺構:基礎のみ
第一水蓄弾薬庫
遺構:残存
水元谷防御営造物
遺構:貯水タンクや建物の基礎、洞窟式火薬庫(封鎖)
立待電灯発電所
遺構:基礎のみ
海軍函館水雷衛所
竣工:1904年2月
遺構:残存
 全体図 クリッカブルマップ
 日露戦争時の火砲太平洋戦争時の火砲その他の時期の火砲を示す。
 (矢印の長さは射程)
白神岬砲台
竣工:1936年10月
15K×4
遺構:不明
[海上自衛隊松前警備所白神支所]
竜飛崎砲台
竣工:1937年12月
15K×4
遺構:僅少
[碑の丘公園]
大間崎砲台
竣工:1929年9月
30K2門入砲塔×1
遺構:一部残存
[大間高校、大間幼稚園]
汐首岬第二砲台
竣工:1940年6月
15K×4
遺構:僅少
[砲台山の藪地]
汐首岬第一砲台
竣工:1933年3月
30長H×4
→1940年7月、
 30長H×4撤去
遺構:一部残存
[戸井高校]
函館重砲兵連隊
部隊設置:1897年(函館要塞砲兵大隊→函館重砲兵大隊→1936年に連隊)
兵営の竣工:1899年12月(大隊本部、兵舎、砲廠等)
遺構:営門(裏門)のみ
[千代台公園、凌雲中学校]
終戦直前における津軽海峡の防衛
■更新履歴
2002年12月1日 公開 ⇒ 2013年8月18日 加筆修正
■外部リンク
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