都労委が不当な棄却命令、
救済申立を13年間も放置
反リストラ産経労は直ちに、中労委に再審査を申立!
東京都労働委員会(以下、都労委。会長・藤田耕三・元広島高裁長官・元公安審査委員会委員長)は、06年12月6日、反リストラ産経労(松沢弘委員長)が申立てた不当労働行為救済に関して、申立の全てを棄却する不当な命令を出しました。94年2月に救済を申立てて以来、実に、約13年間も事件を放置したあげくの暴挙でした。反リストラ産経労は、06年12月19日、中央労働委員会に対して再審査の申立を行い、徹底的に、その不当性を争う姿勢を明確にしました。
都労委の担当公益委員(裁判官に相当)は、この13年間で4人も交代しましたが、不当な命令を下したのは現担当の北村忠彦弁護士。反リストラ産経労が申立てた救済内容は、@松沢くんに対する千葉支局長配転の撤回と原職(論説委員)への復帰A団体交渉の開催B会社側が行ったビラの強制回収など組合の運営に対する支配介入の禁止C松沢くんの懲戒解雇処分の撤回と原職復帰、及び、それまでの間の賃金の支払い―などでした。しかし、都労委は、これらの申立の全てを棄却するという、驚くべき命令を下しました。その理由たるや、「団体交渉が開催できなかったのは組合側の責任」「松沢と会社との間の信頼関係は大きく損なわれていたので、懲戒解雇という最も重い措置がとられたのはやむを得ない」「会社側がビラの強制回収しても、就業規則に則っていれば合法だ」など、会社側の主張を全面的に取り入れるどころか、東京高裁・村上敬一の反動判決さえも踏み越えるような、没論理のオンパレードに終始。反リストラ産経労や松沢くんに対する反感と偏見をむき出しにするような表現も随所に見られました。
当日、都庁の都労委・第三審問室には、およそ30人の仲間や支援者が結集。その場で、命令内容の検討を行いましたが、長年、大企業で労務問題を担当してきた経営者OB(松沢くんの経済記者時代の取材先)も「異例中の異例の命令だ」「都労委は松沢さんによほど反感をいだいていたのではないか」と驚きを隠せないでいました。都労委の元・労働者委員も「この事件は、労組側が絶対に勝てるケースだった」としていました。
都労委は、当日、反リストラ産経労が、不当労働行為の救済申立に先立って、94年2月1日に申請していた、労組法上の資格審査について、13年もたった後で「労組法に適合する」との「資格証明書」を交付しました。命令書の中では、松沢くんの組合員資格も認めています。会社側は「論説委員、千葉支局長としての松沢には組合員資格がないので、それだけで、反リストラ産経労は労組法に適合しない」「そもそも反リストラ産経労は存在しておらず、労組法どころか憲法上の組合ですらない」と主張、これをタテにして団体交渉要求をすべてハネつけてきました。都労委が、反リストラ産経労の資格審査をもっと早く行っていれば、会社側は団交に応じざるをえなかったはずです。また、会社側が松沢くんの懲戒解雇の口実とした「支局長としての管理的業務」について、松沢くんと反リストラ産経労は「組合否認の口実としないために、団体交渉で話し合いたい」と30回近くに及ぶ団交開催要求を行っていたのですから、委員長の懲戒解雇という究極の組合破壊も防げたはずでした。都労委の「不作為」による被害は、まことに甚大と言わねばなりません。
松沢くんの懲戒解雇事件は、裁判所ベースでは、96年5月に提訴した後、02年5月に東京地裁で全面勝訴、03年2月に東京高裁・村上敬一裁判長による逆転敗訴、05年12月、最高裁が松沢くん側の主張も検討せずに、村上判決を追認という経過を辿りました。都労委に対して、組合側は、裁判に先行する形で94年2月(不当配転撤回、団交開催)、94年9月(不当な懲戒解雇の撤回)に救済を申立てていたのですが、都労委は、「裁判の結果を見守る」として、意図的に進行を遅らせ、04年の結審後も、2年間も放置したあげく、最高裁での上告棄却という結末を待ったうえで、裁判所の結論をなぞる形で、不当命令を出したというのが真相でしょう。
都労委は、不当労働行為の行政救済機関として、裁判による司法救済とは別の次元に立って、迅速に労働者側を救済するというのが、本来の姿とされています。しかし、石原慎太郎のファッショ都政の下で、経営側に急傾斜している都労委は、裁判所の結論をなぞり、そのうえさらに、反リストラ産経労や松沢くん側に理不尽な追い討ちをかけるなど、その任務を放棄したものといわざるを得ません。
『週刊金曜日』なども都労委を糾弾!
都労委の命令書交付の場には、元・読売新聞記者の山口正紀さんや、様々なメディアの記者も取材にかけつけてくれました。山口さんは、『週刊金曜日』06年12月22日発売号のコラム「人権とメディア」に「反リストラ産経労 13年目の都労委『棄却』決定」と題する記事を掲載、大きな反響を巻き起こしています。
04年12月2日(木)午前11時ー12時、
都労委で、最終準備書面の提出などを中心とした審問が行われます。
いよいよ、都労委での審問もこれが最後となります。
フジテレビ=産経新聞の組合潰しの実態が赤裸々に暴露されます。
傍聴をお願いします。
7月22日の都労委は満席の盛況となりました。ありがとうございました。
7月22日の都労委(東京都地方労働委員会)での
反リストラ産経労・松沢弘委員長証言の傍聴、
まことにありがとうございました。
おかげさまで、満席の盛況となり、
フジテレビ=産経新聞側に痛撃を与えることができました。
松沢委員長は、フジテレビ=産経新聞側弁護士・倉地康孝、熊谷信太郎の
反対尋問と対決して、その悪辣な意図をことごとく粉砕しました。
松沢委員長に、尋問の前提となる事実関係の誤りを指摘されて
謝らざるを得なかった倉地康孝は、
意味不明の泣き言を並べ、日本語としての文脈さえ覚束なくなる体たらくでした。
熊谷信太郎は、松沢委員長の反撃にあって、
手がブルブルと震え、書証の束を机に叩きつけて悔しがる有様で、
倉地、熊谷ともども都労委側の顰蹙を買っていました。
松沢委員長は、フジテレビ=産経新聞の
組合潰しの実態を赤裸々に暴露し、
松沢委員長の懲戒解雇が不当労働行為そのものであった事実を明確に証言しました。
フジテレビ=産経新聞側が、
反リストラ産経労潰し・松沢委員長不当解雇策動の主犯である
元・産経新聞社・役員待遇・総務局長である村島正敏の証人尋問を、
フジテレビ=産経新聞グループの不当労働行為意思が
白日の下にさらされることを恐れて、
かたくなに拒否したため、
証人尋問は、今回で終了となりました。
村島正敏は、産経新聞グループの労組対策の責任者で、
反リストラ産経労の件では、団交拒否の先頭に立って、
産経新聞のお仲間である「公安警察を呼ぶぞ!」と叫んだり、
松沢委員長の不当な懲戒解雇処分を決めた賞罰委員会を主導、
懲戒解雇の手続きも自ら担当しました。
村島正敏は、東京地裁で、松沢委員長の懲戒解雇無効の判決が出た後も、
松沢委員長の就労請求を、大勢のガードマンを並べて暴力的に拒否し、
地裁判決後にフジテレビ=産経新聞側が強行した違法・無効な
松沢委員長の二次懲戒解雇も主導しました。
村島正敏は、都労委、東京地裁、東京高裁の全ての調査・審問・裁判の場に、
フジテレビ・産経新聞側の「最高責任者」(弁護士・倉地康孝が地裁で、こう発言した)
として100%出席し、経営側の不当労働行為意思を体現する人物として活動してきました。
村島正敏は、文字通り、反リストラ産経労潰し、
松沢委員長不当解雇事件の主犯中の主犯でした。
村島正敏は、自分の証人採用問題が協議される場となる、
7月22日の都労委には、姿をみせず、
卑怯千万にもトンズラをこいてしまいました。
村島正敏が、都労委・裁判の場を欠席したのは、これが初めてでした。
フジテレビ=産経新聞の経営者とは、一片の度胸さえない、
この程度の卑怯者だという事実を、
自分が現場から逃亡することで明証したわけです。
次回は、12月2日(木)午前11時ー12時、
最終準備書面の提出などを中心とした審問が行われます。
皆様の傍聴をお願いします。
フジテレビ=産経新聞側の経営者ご一行様も揃ってお出ましになりますので、
これらの方々のコワーイご面相も拝観(笑)できます。
どんな面つきのお方たちが、ああいった凄い紙面を作っているのかを
観察する絶好の機会ともなります。
都労委は、JR新宿駅西口から徒歩10分の都庁・第1本庁舎南棟の34階にあります。
Hエレベータで直行できます。
34階のエレベータホールの端にかかっている「本日の事件」と題する掲示板を見て、
「日本工業新聞事件」と表示されている事件の審問室にお越しください。
審問室の扉が閉まっていても出入りは自由です。
どなたでも傍聴できます。
6月1日の都労委(東京都地方労働委員会)での
反リストラ産経労・松沢弘委員長証言の傍聴、
まことにありがとうございました。
おかげさまで、満席の盛況となり、
フジテレビ=産経新聞側に痛撃を与えることができました。
松沢委員長は、フジテレビ=産経新聞側の腐敗した実情や、
組合潰しの実態を赤裸々に暴露し、
松沢委員長の懲戒解雇が不当労働行為そのものであった事実を明確に証言しました。
次回は、7月22日(木)午前10時ー11時30分、
松沢委員長が、フジテレビ=産経新聞側の反対尋問と対決します。
皆様の傍聴をお願いします。
フジテレビ=産経新聞側の経営者ご一行様も揃ってお出ましになりますので、
これらの方々のコワーイご面相も拝観(笑)できます。
どんな面つきのお方たちが、ああいった凄い紙面を作っているのかを
観察する絶好の機会ともなります。
都労委は、JR新宿駅西口から徒歩10分の都庁・第1本庁舎南棟の34階にあります。
Hエレベータで直行できます。
34階のエレベータホールの端にかかっている「本日の事件」と題する掲示板を見て、「日本工業新聞事件」と表示されている事件の審問室にお越しください。
審問室の扉が閉まっていても出入りは自由です。
どなたでも傍聴できます。
都労委では、公益委員の指導のもとに、いったん審問を中断して、02年1月31日から「あっせん」に移行し、和解の可能性を模索してきました。計10回の「あっせん」が行われましたが、フジテレビ=産経新聞側が、和解そのものを拒否したため、和解の具体案も示されることなく、徒らに回数を重ねるばかりの結果となっていました。
結局、11月18日で「あっせん」は打ち切りとなり、04年2月12日(木)午後1時30分に調査期日を入れることで、審問が再開されることになりました。公益、労働者、使用者の3人の委員も全員交代しました。皆様の傍聴参加をお願いします。
都労委は、JR新宿駅西口から徒歩10分の都庁・第1本庁舎南棟の34階にあります。Hエレベータで直行できます。事件名は「日本工業新聞社」。扉が閉まっていても出入りは自由です。
02年9月13日(金)午前10時、都労委(東京都地方労働委員会)で「あっせん交渉」が行われます。多くの方の参加をお願いします。
都労委は、JR新宿駅西口下車、徒歩10分の都庁・本庁舎南棟34階にあります。Hエレベータで直行できます。事件名は「日本工業新聞社」となっています。
9月3日(月)、都労委で松沢委員長が最後の証言、傍聴をお願いします!
9月3日(月)午前10時ー12時、東京都地方労働委員会(都労委)の第44回審問で、松沢弘委員長が最後の証言にたちます。
松沢委員長は前半の1時間で、組合側弁護士の主尋問に答えて、反リストラ産経労結成の真意や、組合潰しを狙いとした千葉への配転、そこでの不当労働行為の数々、産経新聞側の団交拒否の実態などを証言します。
後半の1時間で、産経新聞側代理人の反対尋問と対決し、産経側の不当労働行為意思をあますところなく立証します。
94年2月の提訴から7年半にも及んだ都労委での審理は、今回で終了します。来春早々にも予想される都労委の勝利命令をめざし、傍聴席を埋め尽くして、産経新聞側の憲法・労組法を踏みにじった組合潰し策動をハネ返しましょう!
都労委は、JR新宿駅西口から徒歩約10分、都庁の第一本庁舎南棟34階、Hエレベータで直行できます。事件名は「日本工業新聞」、扉が閉まっていても出入りは自由です。
6月26日(火)都労委で、山口書記長が産経新聞側の反対尋問と再度対決、傍聴に来て下さい!
6月26日(火)午前10-12時、反リストラ産経労の山口俊明書記長が、東京都地方労働委員会(都労委)の第43回審問の場に証人として再登場し、産経新聞側代理人の反対尋問と再度対決します。山口書記長は、この証言で、産経新聞社=フジテレビの組合潰しの不当労働行為の意思をあますところなく立証します。
山口書記長は、松沢弘委員らとともに、産経新聞社グループ全体のリストラ・首切り攻撃と闘うため、企業の壁を越えて94年1月、マスコミ界初の合同労組である反リストラ産経労を結成。スト権、団交権もない超御用組合の産経労組に代わる「真っ当な労働運動」を展開しようとしました。
しかし、産経新聞と、その親会社のフジテレビは、すぐさま松沢委員長を、産経新聞社の経済紙部門の日本工業新聞の論説委員から、千葉支局に配転して本社の仲間から引き離したあげく、同年9月、理由も示さずに懲戒解雇するという弾圧を加えてきました。松沢委員長の不当配転問題を都労委で審査している最中の暴挙でした。
松沢委員長と反リストラ産経労は、不当解雇撤回を求めて都労委に追加提訴するとともに、東京地方裁判所でも解雇無効の訴えを起こしました。都労委では、これまでに、42回の審問(証言)が行われ、産経新聞=フジテレビの悪辣な組合潰しの実態が暴露されてきました。
今回は、山口書記長が証人として再登場し、産経新聞側代理人の反対尋問と対決するなかで、産経新聞側の組合潰しの目論見を白日のもとに暴き出します。
傍聴席からの熱い御支援をお願いします。
◇都労委は、JR新宿駅西口から徒歩10分、都庁第一本庁舎南棟34階、Hエレベータで直行。事件名は松沢委員長が不当解雇された時点で配属されていた産経新聞の子会社「日本工業新聞」。審問室の扉が閉まっていても出入りは自由です。
5月22日、山口書記長が都労委で産経側反対尋問と対決
4月18日の都労委の傍聴ありがとうございました。
広い第一審問室は、新規参加の方々を含めてほぼ満席となりました。
皆様の熱いご支援に支えられて山口書記長は、フジテレビ=産経新聞グループの
不当労働行為をあますところなく立証しました。
次回は、5月22日(火)午前10時ー12時です。
山口書記長が、フジテレビ=産経新聞側の反対尋問と対決します。
傍聴をよろしくお願いします。
フジテレビ・産経新聞が強行した、松沢弘委員長の不当解雇撤回を求める都労委の審問も、いよいよ最終局面を迎えました。
次回の2001年1月18日(木)午前10時ー12時の審問で、39回目となります。
この日は、元産経労組中央委員で元編集局長の神谷喜三が、産経側の最後の証人として、産経側代理人から再主尋問を受け、これに対して、反リストラ産経労も再反対尋問を行います。
神谷喜三は、2000年11月29日の第38回審問で、反リストラ産経労側の反対尋問によって、不当労働行為の意思を白状する結果となり、それを取り繕うために、産経側代理人の再主尋問が設定されているわけです。
反リストラ産経労は、同日の再反対尋問で、こうした産経側の思惑を完膚無きまで打ち砕きます。神谷は、松沢委員長らとともに、産経労組の超御用路線に反対する活動に参加、産経労組の中央委員となりましたが、仲間を裏切って出世する道を選び、元執行委員の大竹晃一(元・管理本部長)と結託して、松沢委員長の首切りの下手人となった輩です。
傍聴席を埋め尽くして、産経の不当労働行為の実態を暴き出しましょう。
◇都労委(東京都地方労働委員会)は、JR新宿駅西口から徒歩10分、都庁第一本庁舎
南棟34階、Hエレベータで直行。
事件名は「日本工業新聞」。扉が閉まっていても出入りは自由です。
フジテレビ・産経新聞社が強行した、松沢弘委員長の不当解雇撤回を求める都労委の第38回審問で、11月29日(水)午後1時30分ー3時30分に、元産経労組中央委員で元編集局長の神谷喜三に対する、組合側の反対尋問が行われます。
神谷は、松沢委員長らとともに、産経労組の超御用路線に反対する活動に参加、産経労組の中央委員となりましたが、仲間を裏切って出世する道を選び、元執行委員の大竹晃一(元・管理本部長)と結託して、松沢委員長の首切りの下手人となった輩です。
産経側証人は、神谷が最後となります。傍聴席を埋め尽くして、産経の不当労働行為の実態を暴き出しましょう。
◇都労委(東京都地方労働委員会)は、JR新宿駅西口から徒歩10分、都庁第一本庁舎南棟34階、Hエレベータで直行。事件名は「日本工業新聞」。扉が閉まっていても出入りは自由です。
都労委と並行して東京地裁での本訴も、「弁論準備」という非公開(傍聴はできない)形で審理が進行しています。
その中で、高世三郎裁判長から「論点整理」が示され、産経新聞社側に「懲戒解雇に該当する行為を絞って明示するよう」求めました。しかし、会社側は、それを明示することができず、裁判長が求めた決定的な証拠も提出できませんでした。
裁判長は山口幸雄氏に交代しましたが、会社側は、これまでの主張を繰りかえすばかりで、新裁判長の指示にも対応できない有り様です。
近々、証人申請の段階に入ると思われますが、その際は、傍聴をよろしくお願いいたします。