Saturday In The Park

〜football weekend〜


ナビスコ杯決勝 FC東京 0−0(PK 4 - 2) 浦和レッズ at 国立競技場


No.56 戴冠式の途中で


「神さん神さんっていうけれどさ、姿も見えなけりゃ声も聞こえねえ、
それでも大事な事があるときは、どこにいらっしゃるかはわからないけど、
とりあえずお天道様に向かって祈ったもんだよ。神さん。お願いしますよ。
最近、とんと冷たいじゃないですか。そりゃ日頃の行いのことまでいわれちゃったら、
あたしだって弱いけれどもさ、それでもね、今日だけは、今日だけは、どうかおねげえしますよってさ」
〜江戸古典落語の一遍より〜




ゲームの要になるであろうジャーンが退場したときには、
本人は元よりスタンドでヒリヒリしながらゲームを見守っていた僕らこそ、泣きたくなったものだった。
それでも、それでもひょっとしたらこのあまりにも痛すぎる「怪我」が、
90分後の歓喜へと到達する大切な大切な条件となるのではないのかと、
これは負け惜しみでもなんでもなく感じていたのも事実だ。
仲間が涙を流してピッチを去った。これ以上のモチベーションが他にあるだろうか。

そしてその通りに東京は恐ろしいほどの集中力を持ってしてサッカーを続けた。
予想外だったのはそれが30分ハーフの延長を超えて、PKまで結果を持ち越したことだ。
秋晴れの空の下始まったゲームは、日が傾き、スタジアムの照明に灯が入っても決着を見なかった。

ゴール裏から見上げるメインスタンドの白階段。
あのステップを軽やかに駆け上がる、青と赤のシャツのイメージ。
5番手加地がスポットにボールを据えた瞬間も、その階段だけを見つめていた。
勝負事の結果を神頼みするなんて、後にも先にもこれっきりにする。でも、今日は。どうか今日だけは。
僕らに味方する神様がもしこの場にいるならば、それは赤く染まる対面のスタンドではなく、
我々が陣取るこのゴール裏でもなく、一喜一憂のPK合戦で加熱する眼下のゴールマウスでもない。
あの、安っぽくて頼りなくてちょっとわざとらしい、
白い白い階段の上にこそ、今日限りの神様が座っている。
ただなんの根拠もなく、自信も確信もなく、階段を見つめる。

そして祈る。

山岸が手を拡げる。ああどうか。加地が短い助走を始める。今日だけは。右足を軽く振り抜く。
「勝たせてください。僕らの選手たちはそれだけのことをやってきたんです。勝たせてください」

その瞬間から涙で視界がぼやけた。誰も彼もが抱き合っている姿がうっすらと目に映る。
勝ったんだ、と感じる。次に正気にかえったときに、見えた。青と赤のシャツを着た選手たちが、
あの、安っぽくて頼りなくてちょっとわざとらしい、白い白い階段を登っている。
カップを掲げる。笑顔がこぼれる。初めての戴冠式が始まった。
待ちに待った興奮がピッチとスタンドに渦巻く。誰もが手をちぎれるほど振り続ける。
声にならない声がフィールドに降り注ぐ。枯れきってしまった声でそれでもなお歌う。

ようやく焦点が合い始めた目で、歓喜の渦が立ち去った後のあの階段を見つめた。
戴冠式の熱狂が続く中、なぜか視線が離れない、あの階段。安っぽくて。白くて。頼りない階段。
FC東京は生まれたてのチャンピオンとしてそのステップに脚をかけた。
この先、何十年と続いて行く歴史のはじめの一歩の証が、その白い板に刻まれる。
ピッチから削って来た芝、スパイクでこそげ取った土が型取るその足跡が、
これからの僕らの誇りになる。

そんなことをひとり思っている。戴冠式の途中で。



「奇跡は毎日起きる。嘘じゃない、ホントだよ」
〜映画フォレスト・ガンプより〜



2004.11.4 thu



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