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■ 訳者:足利光彦氏 ■ 富士見ロマン文庫(1977年発行) どんなに眩しく輝いている太陽でも、いずれは沈んでいく。夕焼け雲と紫色に染まった空。子 供達は沈んでいく夕日を見つめている。もう夕飯の時間だというのに、それでも子供達は夕日か ら目が離せない。 落日を迎えたオーストリア帝国。その沈み行く最後の輝きを見つめていたのは、一人の少女、 ペピだったかも知れない。ペピ。優しい少女。衰退した帝国の男達が夢見た魅惑の少女。『ロ リータ』が書かれる50年以上も前に、ペピはウィーンの貧しい下町の片隅に、間違いなく存在 した。 『ペピの体験』は、幼い少女を主人公としたポルノグラフィの傑作だ(1908年ウィーンで 出版)。ある意味で、黄昏れていく国の男達の夢見るエロティックな童話ともいえるだろう。 そう、ペピは7歳にして性的な魅力を持っていた。「私の顔つき、私の口、私の歩き方までが 抱きすくめて地面に押し伏せてやりたい衝動を男達に呼び起こした。……初めてあったばかり の、しかも一見思慮深そうに見える男達に最初の出会いですべて慎重さを失わせ、全てを賭けさ せるにいたる魅力」 幼いペピの相手は、兵士、実の兄、兄の友達、50歳の下宿人、30歳のビール売りなど ……12歳になるまでにさまざまな性交渉を体験している。それもペピは自分から進んで男達と セックスを楽しんでいるのだ。そして、母親の死と初潮(!)をきっかけに身持ちの堅い少女に なろうと決心したのもつかの間、13歳のペピは信頼する神父に身を清めてもらうどころか、逆 に汚されてしまう。 神父はまだまだ幼い身体のペピを自分の机の上に乗せて、むき出しにした彼女の両脚の間に頭 を入れてくる。神父はペピの可愛らしい貝殻を吸いつくしてしまう激しさで攻めてきた。 「何もかも……。ああ、もうだめ……」 ペピは最高のフェーゲルンよりももっとすてきな悦びを得る。 「ああ、まるで天国にいるみたい!神父様。こんないいこと、こんな素敵なこと、あたし初めて でございます。」 ペピはより深い悦びを知ってしまう。その後のペピは実の父親を始めとして、数多くの男性と 関係を持つ。それは男性に無理矢理犯されるというよりは、自分からもセックスの悦びを追い求 めるといった感じだ。ペピは常に積極的だ。 それは、男が妄想の中で思い描いた理想の少女であるかもしれない。しかし同時に、ペピとい う希有なキャラクターはとても魅力的である。私はペピの中に、現代的なイノセントを感じてし まう。どんな男であってもペピは心を込めて応対し、セックスを楽しんでいる。その母性的な優 しさと淫蕩さ。吹っ切れた感じの存在。「もっと自分を大切にしなさい」という助言からは一番 離れた位置にいる自由奔放な少女だ。 ところで、解説の中で足利氏は原作作者と推測されるものの一人として、ザルテンの名をあげ ている。『子鹿のバンビ』の作者だ。ディズニーのアニメが有名であるが、私は子供の頃にこの 物語を読んで感動したことがある。もし本当にザルテンが原作者なら嬉しい。子供の描写にかけ ては、彼は天才だと再確認したい気持ちだ。 小さなペピ。もし私が自分の妄想の中でこんな少女に出会っていたら、すぐさま地獄に(天国 に?)落ちているだろう。男にとっては危険で魅惑的な少女だけれど、彼女自身はあくまでも純 粋で無垢ともいえる心を持っていた。男の身体を抱きしめながら、ペピが見ていたのはウィーン の街の彼方に沈んでいく夕日だったかも知れない。 生きることの哀しみさえ感じさせる『ペピの体験』は、間違いなく上質のポルノ小説であると いえるだろう。この小説を読むと何だかホッとするのは、ペピが道徳に縛られていない分、ペピ 自身を肯定的にとらえているからだろう。客観的に見れば貧しい境遇の中で悲惨ともいえる体験 をしてきたのに、突き抜けた明るさがある。その明るさは黄昏の薄暗さに縁取られているが、あ くまでも少女(女性)が本来持っている明るさと優しさなんだろう。 私が『ペピの体験』の文庫本を古本屋で見つけたのは、もうだいぶ前のことだ。20代の半ば ごろか。少女愛に目覚めたばかりの頃だった。この本の内容に性的な刺激を受けながらも、ペピ は私にとって妄想の世界に住むおとぎ話の少女でもあった。妄想の世界の中で私は何度ペピを抱 きしめたことだろう。現実社会との危ういバランスの中で、ペピはいつも私の秘められた欲望を そっと受け止め、鎮めてくれたものだ。 ペピ……君はいつでも幼い少女のままで、ずっと私の傍にいてくれたね。そして、これからも ずっと一緒だ。 |
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