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![]() 2010年1月〜 目次 スイーツを少々 2010年3月22日 色の手触り!? 2010年2月12日 赤外線の力 2010年1月24日 2009年1月〜12月 2008年1月〜12月 2007年1月〜12月 2006年1月〜12月 2005年1月〜12月 2004年1月〜12月 2003年7月〜12月 2003年1月〜6月 2002年 スイーツを少々 2010年3月22日 今年は杉花粉の飛散量が少ないと言われていますね。たしかにそんな気はしますが、やっぱり飛んでいるものは飛んでいるわけで、マスクが手放せない昨今です。そんなムズムズな私ですが、負けずにリトルエッセイをお届けしましょう。 今回はアマーイ話題。みなさんは、アニメ番組の「夢色パティシエール」をご存知でしょうか。私の住む東京では日曜日の朝七時から、日本テレビで放送しています。 おばあちゃんに作ってもらったスイーツを食べて幸せな気持ちになれた主人公の少女”あまのいちご”が、自分もスイーツで人を幸せにしたいと希望に燃え、パティシエール(洋菓子職人)になるため、全寮制の製菓学校の中学部に入学します。そこには、スイーツの妖精たちが住んでいて、生徒たちとパートナーを作ってスイーツライフを織り成していきます。妖精たちのふるさとはスイーツの国で、これまた別の世界があるのですが、彼らはそこからこの学校に「視察」にきているらしいのです。 ちょっと「ハリー・ポッター」を思わせる雰囲気がなきにしもあらずですが、設定がまったく違うので、説明から感じるほどの類似感はないと思います。 青春ドラマからお菓子をめぐるさまざまな出来事まで、三十分の番組はあっという間に終わってしまいます。そして最後に”、パティシエールの渡辺さん”という女性が、テンパリングやロールケーキの作り方など、実地にワンポイント講座のようなことをしてくれるのです。 子供向けのアニメと言ってしまうには、あまりに本格的で、とてもよく作られたストーリーなので、私は大好きです。仕事にかまけてスイーツ作りはしばらくご無沙汰でしたが、これを見ていてまたケーキでも焼いてみたい気分になっています。 ちなみにご存知の通り、パティシエールはフランス語で「女性の菓子職人」のこと。男性ではパティシエとなります。 そんな折から、私にも気になるスイーツが現れました。ワッフルです。 手元の資料で調べたところなので正確ではないかもしれませんが、何でもワッフルは、ゴーフルと同じ語源で、紀元前後のギリシャ時代から食べられていたのだとか。ワッフルは英語で、ゴーフルはフランス語という説明もありました。祭の屋台でクレープのような感覚で楽しまれていたそうです。それがヨーロッパでいろんなバージョンとなって発達し、明治時代にご維新の日本にもやってきたというわけです。 ワッフルには、日本でも最近定着してきたベルギー・ワッフルのほかに、アメリカン・ワッフル、ウィーン式ワッフルもあるそうです。ベルギー・ワッフルにも、生地の柔らかさや口当たりによってブリュッセル式、リエージュ式などあるようです。そのほか、ベーキングパウダーや重曹で膨らませたアメリカン・ワッフル、北欧や香港のワッフルもあるそうです。中に挟むものも、クリームやジャムだけでなく、チーズや野菜など、軽食風のものもあるようです。 さて、日本のワッフルは、アメリカン・ワッフルがベースという説があるようですが、ジャパニーズ・ワッフルとも言われているようです。これは、楕円形のフワフワしたワッフル生地を二つ折りにして中にクリームなどを挟む「柏餅風」と、楕円形の生地を二枚重ねて「サンドイッチ風」にしたものの両方を指しているらしいのですが、正確な分類はいまひとつよく分かりませんでした。 ワッフルのことがちょっと分かったところで、私もワッフルを求めて小さな旅に出てみました。といっても、職場や家の近くの専門店で何種類か買い求めただけなのですが。コンビニやスーパーでおやつに売っていてもおいしいものがたくさんあります。もちろん、その辺もばっちりチェック。ですからお値段は、一個百円前後から二百円以上とさまざまでした。 でも結論は、どれもおいしい。そりゃそうですよね。フワフワのも、モチモチのも、それぞれに味わいがあって、さすがギリシャ時代からのロングセラーのお菓子だけあって、東洋の私たちにも嬉しいひと時を作ってくれました。お値段によって、たしかにクリームや生地の味は違いましたが、考えてみればこれは基本的には庶民のお菓子ですから、もともとそんなに高級である必要はないのです。だから、手軽に買えるものでも美味しさに大きな差はないというのが私の印象でした。なあんだ、と思われた方、ごめんなさい。 フランス革命前夜、王妃マリー・アントワネットが「庶民には食べるパンがありません」と進言した家臣に「パンがなければお菓子を食べたら?」と言ったという逸話はよく知られています。そのように、お菓子は贅沢品でもありましたが、一方で、広場でワイワイ遊んでいる子供たちのおやつとして庶民に楽しまれるものでもあったのです。その意味では、パティシエールを目指す”いちごちゃん”が夢見るように、スイーツは高級かどうかにかかわらず、人を幸せにできるのでしょう。そして、スイーツが自由に食べられて、女の子が材料の心配をせず、普通にスイーツ職人を目指すことができるというのは、砂糖が専売だった時代から見たらそれこそ夢色の時代といえるのでしょうね。 そう考えると、急にいまの時代のよさを感じてしまったりして。みなさんのハマりスイーツは、どんなものでしょうか。 Page top 色の手触り!? 2010年2月12日 ある理由から、このところいろんなインテリアに触れる機会にめぐまれているのですが、先日、カーテンが大量に展示されているインテリアフェアに行って不思議な体験をしました。それは、もしかしたら、色にも手触りがあるのかもしれないと思わせる奇妙な感覚で、こうしてエッセイにしようとしても、どこまでうまく表現できるか分かりません。でも、記憶が鮮明なうちに少しでも文字にしておこうと、がんばってみることにしました。 よく、私が洋服をどうやって選んでいるのかと尋ねられることがあります。まずは着心地や材質など、服の質やブランドで選ぶのはみなさんと同じです。店員さんや家族、友人など一緒にいる人の意見を聞くのも同じです。もちろん、自分では色柄が分からないので、意見を聞くときにみなさんより細かく教えてもらいます。 ひとつ違うとすれば、私は服を手触りでイメージすることです。服ですからもちろん、みなさんも手触りを大切にしておられると思います。ただ触れる前に色柄が視覚から入ってくるので、イメージの順序はおそらく反対になるのではないでしょうか。というか、私が目の見えるみなさんと反対なのですね。視覚からのイメージをもったうえで手触りを大切にするという順番ではなく、色柄はともかく、まず手触りでその服が華やかなのかシックなのかを感じ、その印象に教えてもらった色柄を重ねて視覚的なイメージを作り上げるわけです。 カーテンを見るときも、同じ方法を使いました。何千枚とあるカーテンの列に分け入りながら、布地はもとより、織り方、厚み、刺繍、材質、織り柄、堅さ、表面の手触り(フワフワ、ゴワゴワ、ポッテリ、ツルツルなど)、広げたときの質感などを指で比べていくのです。 それにしても、同じように見えるカーテンでも、一枚一枚がこんなに個性豊かとは、頭では分かっていながらもあらためて驚きました。似たものはたくさんありましたが、どれひとつとして、同じではなかったのです。同じ手触りでも厚みが違うとか、光沢が違うとか、何かが違っているのです。そこに色が入り、模様が入るのですから、カーテンの個性は無限大でしょう。 そのうちに、不思議な感覚に気が付いたのです。いろいろ触りながら、私はいつしか、服のときと同じように、カーテンにも明るいイメージや落ち着いたイメージを感じはじめていました。それは、厚みや刺繍、材質によって決まるイメージだと思うのですが、奇妙だったのは、私が明るいと思ったカーテンは、かなりの確率で色柄も明るいものだったのです。 もちろん、見えているわけではないので「はずれ」もあります。でも触れたイメージを作ってから「これはどんな色ですか」と訊いてみると、明るい色のカーテンに施された刺繍は、花だったり美しい幾何学模様だったりして、触れても明るく華やかな表情をしているようでした。反対に、地味な色のカーテンは、地も厚めでテキスチャー(手触り)もザラザラに近く、触った瞬間に落ち着いた気分になりました。その色を尋ねると、茶色や濃いブルーなど、寝室に合いそうな色合いの答えが返ってきました。 レースのカーテンでも、チューリップやユリの花が散りばめられたものはパノラマウインドウにピッタリの華やかさと軽やかさを湛えており、寝室向きのものはレースでも質量があり、手触りは多くがシットリしていました。 さらに驚いたのは、カーテンに触れた瞬間、そのカーテンがたとえば私に合うかどうかが、なかば直感的に伝わってきました。これは理屈ではないので「本当か???」と言われそうだし、私自身も鵜呑みにしているわけではありません。ただ、触れたものと私の体との相性が、体質的に合っているかどうかが分かるのでしょう。それは私の感覚というよりは、体が本能的に出しているメッセージなのかもしれません。 それで思い出しましたが、ある方が「オーリング」というテストを教えてくれたことがありました。何かを手に握り(握れない大きなものなら触れて)親指と人差し指で輪を作り、それを誰かに「せえの」で引き離してもらうのです。握った物が体質に合っていると、不思議なことに引っ張られても指に力が入って解けません。合っていないと、どんなにがんばっても呆気なく離れてしまいます。これで、食べ物や材質が体に合っているかを簡単にテストできるのだそうです。 考えてみると、服を手触りで選んでいるときも、このオーリングテストのように、自分に似合うかどうかは本能的に分かることがよくあります。着たいと思う服でも「似合わないな」と思うと、やはり似合わないのです。カーテンにも同じ本能が作用したのかもしれません。 腕を組んだ人の服に触れたとき、直感的に明るい色だと思って尋ねてみると、当たっていたという経験もよくあります。私の場合はまぐれも多いと思いますが、実はこの経験は、割合多くのシーンレスがもっているようなのです。 私が聞いた話だけでも、先天性のシーンレスの人のなかには、誰かが部屋に入ってきただけで服の色の明るさが分かる方がいるといいます。歌手の長谷川清さんもその一人らしく、永六補さんが長谷川さんに「ずいぶん明るい色の服をきてますね」と言われて驚いたと話してくださったことがあります。「当てずっぽうに言ってみたらたまたま当たっただけじゃない?」と疑問視する方もおられるでしょう。そうでないという保証は誰にもできません。でも、そうした出来事が、複数の人に、複数回起きているのを私は何度も聞いているし、信頼できる人からそういう友達がいるという話も聞いているので、やたらに疑うことはしたくないと思います。 特に、服やカーテンで凡人の私でさえあのような不思議な感覚を味わった後では、視覚経験をもたないシーンレスの方がある種の波長感知能力をもっていたとしても、おかしくはないように思うのです。たとえば携帯電話で話していても何でもない人と、私も含めてある時間以上使うと頭痛を感じる人がいるのと同じで、ものの波長を感じるアンテナが少し強いのではないかと思えるのです。逆にいえば、それだけのことで、超能力やスピリチュアルなことではないのです。 話が広がりましたが、この「似合うかを感じる本能」は、家具や照明器具を見たときにもありました。手触りで美術的な美しさを実感するのは難しい面がある気がしますが、少なくとも「かわいい」「華やか」「シック」「おしゃれ」など、直感的な観賞は触覚からも可能だからです。私には、絵画の美しさは想像しかできませんが、彫刻や織物の美しさは分かります。おそらく、それと同じ本能が「似合うかどうか」を判断しているのではないかと思うのです。 ちょっと不思議なお話で戸惑っておられる方もおられるでしょう。もちろん、信じる必要も、疑う必要もありません。あくまで、私が素朴に感じたある一齣のお話としてお読みくださいますよう。 でも、もしも機会があったらぜひ、目を閉じて手触りからイメージを膨らませる遊びを楽しんでいただければ嬉しいです。イメージが「当たる」かどうかはともかく、けっこう楽しいことでしょう。 Page top 赤外線の力 2010年1月24日 遅ればせながら新年明けましておめでとうございます。そして寒中お見舞い申し上げます。 暖冬に甘やかされた体にとって、今年の冬はけっこうまじめに「寒さ」をやっているような気がします。冬将軍というぐらいで、冬にあまり生暖かいと年間を通じた季節感がくるってしまいますね。もちろん、急な大寒波や大雪は困りますが。 季節といえば、トップページにも乗せましたが、今月発売された新刊「空が香る」は、季節を真正面から見つめ、感じたエッセイ集です。ちょうど、いまごろの季節から始まる仕掛けになっています。皆様、どうぞご一読ください。 さて宣伝はともかく、本題の赤外線です。 私は寒がりなので、赤外線ヒーターや赤外線入りの衣類などはかなり前から愛用していました。でも、この冬、久々に新しいヒーターや最新のハイテク衣類を買って、技術革新のすごさにひたすら感服してしまったのでした。今回は、そんなあったかーいお話で温まってくださいませ。 まず、秋葉原の大手電気店に行ったときのこと。年末近い秋葉では、アニメのフィギュア60%オフなどという、素敵なキャンペーンの放送など流れていましたが、電気店のなかはいたって落ち着いた雰囲気。ここで私は照明器具のリサーチをする予定だったのですが、実際に買ったのは赤外線搭載のかわいらしいファンヒーターでした。 イタリア生まれのこのヒーターの大きさはミニコンポのスピーカー1つ分くらい。タイマーもリモコンもないシンプルな造りで、あるのは風速と消費電力の調整スイッチと首振り切り替えのボタンだけ。ただし、機械の底面が全部床に着いていないと稼動しないという安全装置はばっちり付いています。フローリングにおくと若干ファンの音が大きいけれど、ひざの下においてパソコンを打つにはちょうどよい感じでした。 クリスマスの日に届けてもらい、早速試運転。最初は、少し暖かい風が出てくるなというぐらいの感じで、本当に寒いときにはやっぱり小さいから暖めには限界があるかも、と思いました。ところがです。5分ほど経つ間に、私の周りがポカポカと温まっていることに気が付いたのです。 エアコンと違って、気温が上がるのではないのです。何だか分からないけれど、ポカポカしているのです。そしてそのうちに、じんわり汗が出てきたではありませんか。温風が出ているのでもちろん多少は暖かくなっていますが、部屋全体の気温はやっぱりさほど上がっていません。やや、不思議! しばらくして、所用で部屋を出て、戻ってきてまたびっくり。気温はさほど上がっていない、部屋のなかはポッカポカなのです。 「これは赤外線ですから、体を直接温めます。だから傍にいて温まる機械なんです。部屋全体が温まるには時間がかかりますが、体はすぐに温まる仕組みです」 と、お店の人はおっしゃっていました。そのときにはあまり深く考えませんでしたが、あれはこういうことを言っていたのかと、急に合点がいきました。小さなヒーターは、がんばってファンを回しています。でも、もう体が温まったので消すことができました。気温はもちろん下がりましたが、体が芯から温まっているので、ずいぶん長い時間、寒くはならなかったのです。 続いて、ある大手衣料メーカーで爆発的に売れている保温シャツを買いました。水着のように薄いのに、いつの間にか体中がホカホカしているのです。 でも、無理に暖めるのではなく体の熱を利用しているので、とても自然に温かいのです。薄いので、一枚余分に着ていてもまったく気になりません。これを着た人は、口を揃えて絶賛していました。 それにしても、自然な温かさを再現するために技術革新が生きるというのは、まさに科学を生かす醍醐味ではないでしょうか。こういうことになら、科学をどんどん生かしてほしい気がします。 今年も、お互いに暖かな気持ちで一年を過ごせますように。 Page top この文章の無断転載を禁じます。 |
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