三宮麻由子の箸休め
麻由子のリトルエッセイズ 著作案内 活動報告 プロフィール リンク Home
麻由子のリトルエッセイズ

2004年1月〜12月 目次
白杖めぐり  12月26日
一度やってみたいこと  12月3日
緊急特集 新潟県中越地震に寄せて  10月28日
国語と日本語 2 復活させたい言葉  10月26日
国語と日本語 1 不思議な敬語  9月22日
夏を乗り切る飲み物シリーズ 3 アジアのお茶を  8月31日
夏を乗り切る飲み物シリーズ 2 南の島の魔法の飲み物  7月28日
夏を乗り切る飲み物シリーズ 1 −ジンジャーエールを作ろう−  7月2日
楽しい誤植あれこれ『幸福の羽音』出版記念企画  6月7日
文字のないメッセージ 3 オリジナル栞を作ってみよう 5月10日
文字のないメッセージ 2 栞失敗談  4月21日
文字のないメッセージ 1 さみしい栞  4月4日
増殖語  3月9日
私にもコーヒーを!  2月2日
包みの魔力 1月13日


2009年1月〜
2008年1月〜12月
2007年1月〜12月
2006年1月〜12月
2005年1月〜12月
2004年1月〜12月
2003年7月〜12月
2003年1月〜6月
2002年


白杖めぐり  12月26日

 いつだったか、電車の中で突然中年の女性が近づいてきて、「あの」と私に小冊子を手渡したのです。
 こんなふうに話しかけられるときは、誰でも一瞬用心するものです。私などは、よく「あなたの幸せのために祈らせてください」とおでこの前に手をかざそうとする方がいたり、「必ず幸せになれますから、こちらの例会にどうぞ」と宗教的な集まりの案内をしようとする方がいたり。あるいは「目によい薬を通販で売っています。いますぐ説明会にいきましょう」と手をとられることもあります。
 ところが、このおば様は、こう言うのです。
「これは、杖供養のご案内です。白杖をおもちなのでお渡しします。どなたかに読んでもらってください」
 最初はちょっと驚きましたが、とても穏やかで真摯な印象でしたので、自然にお話しを聞くことができました。
 針供養とか筆供養は聞いたことがありましたが、杖供養というのは初めてでした。どの教派がやっておられるものか、いまは記憶が薄れましたが、もしかしたら白杖だけでなく、松葉杖なども供養していらっしゃるのかもしれません。
 たしかに、我が家にも古い白杖がたくさんあります。命を守ってくれる杖なので、何となく捨ててしまうのが申し訳ないようでもあり、また何かのときには使えるかもしれないなどとも思ったりして、折れたり壊れたりしたもの以外は捨てずにいるのです。そんな方がけっこうおられて、実際に供養なさるのかもしれません。
 小学校に入り、初めて学校から貸してもらった白杖は、直径3センチぐらいのグラスファイバーの杖でした。直杖(ちょくじょう)といって、折り畳みのできない真っ直ぐな杖です。頭のところは指人形の先っぽぐらいの丸いゴムの帽子で押さえてあり、その2センチぐらい下のところに穴が開けられ、そこにキーホルダー用の輪が通してありました。紐を通して腕や杖かけにかけておくためです。
 あのころは、折り畳みの杖もありましたが、技術が進んでいなくて実用的でないものが大半でした。人に蹴られるといった横からの衝撃が少しでも加わるとジョイントからバキッと折れてしまったり、折れないまでも放物線のようにグニャリと曲がって使い物にならなくなったりといった具合で、とても命を託す気にはなれませんでした。だから当時、折り畳みの杖は弱視(少し見える視覚障害者)の方が危険防止として念のためもつことが多かったように思います。
 ちなみに、折り畳みの方法は、パイプ状の杖の中にゴムを通して頭と先の部分で固定し、そのゴムによってパイプのジョイントをつなげて一本にするものと、スライド式といって、ラジカセのアンテナのように太い棒の中に細い棒を次々と差し込んでいくものがあります。小さいころはスライド式に憧れたのですが、これはついているうちにどんどん縮んでしまい、しょっちゅう伸ばしながら歩かなければなりません。歩いているのか杖の世話をしているのか分からないといった感じで、どうにも忙しい杖でした。
 お父さんが器用だったある先輩は、父上特性の木の杖をもっていました。太くて頑丈で、柄のところに何か手触りのよい滑りどめみたいなものが巻いてあって、先輩の成長に合わせていつでも作ってもらえるのでした。子供心に愛情と温もりが満ちた杖だなと思ったものでした。日曜大工の分野がからっきしの我が両親にはとても作れない杖で、ちょっと羨ましいのでした。
 中学に入ったころに、アメリカやイギリスから輸入される杖の種類がぐっと増え、完全な"sceneless"(全盲)の過酷な使用にも十分耐えられる折り畳みの杖が少しずつ出てきました。中学二年生ぐらいから、私もイギリス製の金属でできた折り畳み杖を使いはじめたような気がします。
 この杖は、柄のところが赤いプラスチックになっていて、そこから下は白の蛍光テープが巻いてあり、それまでのものに比べれば衝撃にもやや強いのでした。何よりも、おしゃれに目覚める年頃の女の子(一応は)にとっては、ゴルフクラブみたいな黒の柄がいかにも「盲人的」に思えたものですから、赤い柄の杖がもてるのはルンルンに嬉しかった。級友に、「これは私のルンルン気分の杖なんだ」とわけの分からない自慢をしまくっておりました。
 大学のとき、一度折り畳み杖を支えていたゴムが切れて、フランス語会話の授業が開始したとたんに杖がカラン・キリン・パシパシ、と景気のよい音をたてて見事にバラバラになったことがありました。フランス貴族の神父様である上品な先生が、「オー、ノンノン」とあわて、「誰か拾ってあげてください」と、授業中は禁止の日本語を思わず発してしまわれました。「す、すみません」と言いそうになりましたが、学生も日本語は禁止ですから、「エクスキュゼモア」とちゃんとフランス語で謝ったものです。
 ルンルン気分の赤い柄の杖は「オートケイン」という名前で、折り畳んでいる状態でパーツをまとめているゴムを放すとワンタッチで一本に広がりました。これを友達は仕込み杖と言っていまして、『そっと耳を澄ませば』にも登場します。でもある年からそれが輸入されなくなってしまい、私は再び杖遍歴をすることになりました。
 私の小さな手に握り切れる柄で、折り畳みができて、しかも人混みの艱難辛苦にも耐えられる万能杖は、なかなか見つかりません。太いものは重たいし、細いと曲がりやすいし、まいったなあ、と思案すること一年あまり、そしてとうとう、2種類の優れ物に出くわすことができたのです。
 それは、グラスファイバーを折り畳み杖のパーツに使う技術が届けてくれた、細くて丈夫で畳める杖たちです。太いが手に馴染みやすく、比較的軽いのが「グラスファイバーケイン」で、大阪の会社で作ってくれています。もう一つの新製品はアメリカ生まれで、その名もずばり「スリムケイン」。
 この杖は、パーツがたくさんあって折り畳むのに手間が要りますが(私のものでは七つ折りなので六回畳みます)、小さくなるのでハンドバッグにもスルリと入るうえ、スキーのストックのように細くて丈夫で軽いので、一度もったら離せません。細かな操作がいるので、腕が疲れている日には少し重めのグラスファイバーケインを使って小休止。こうしていまは、日本の杖に囲まれて楽しいウォーキングライフを味わうことができています。
 白杖は私たちの体の一部です。どうか踏んだり蹴ったりしないように気を付けてやってくださいませ。来年私を導いてくれる運命の杖は、どんな姿で現れるのか楽しみです。
 今年もご愛読ありがとうございました。来年が皆様にとって素晴らしい年となりますように。
Page top

一度やってみたいこと  12月3日

 一度はやってみたかった、というテーマで何かやってしまうというテレビのバラエティ番組が登場していますね。たとえば、河川敷で土手に上がって「三年B組」と叫んでみるとか。けっこう何人かが「キンパチセンセー」と返事していたのが嬉しかった。
 私が一度でいいからやってみたいこと、それは、刑事ドラマに出ることです。それも、何でもよいわけではなく、出てみたい番組がいくつかあります。刑事さんが好きなので、この人に質問されながら証言してみたい、と思うのでしょう。
 候補はいくつかありますが、いま何といっても憧れるのは、テレビ朝日でやっている「相棒」です。
 ご存じの通り、輿水康弘さんの脚本で、水谷豊さん扮する変人の敏腕警部、杉下右京と、寺脇泰文さん扮する熱血の若手刑事、亀山薫が、絶妙のコンビ力を発揮して難事件を解決していく筋立て。
 このドラマでは、よく言われるように、事件の面白さや人間関係の微妙な動きのほかに、対話の巧みさが見る人を捕らえて放しません。右京が落語好きというのは、その象徴でしょうか。言葉の隅々にまで配慮された表現はもちろんですが、気持ちやニュアンスに関係なく、一種のリズム感が不思議な言葉の波となって、音楽のように流れてくる場面があります。感情にもおぼれず、無理に引っ張るような間に頼ることもなく、丁度よい速度で会話が進む。まるで晩餐会やお茶会でおしゃべりそのものを楽しむように、音楽的に聞くことができるのです。
 実は、このドラマが好きな理由がもう一つあります。それは、テレビ朝日のホームページでドラマの粗筋が読めることです。粗筋といっても、もちろん実際に番組を見ているので、見逃したとき以外は純粋に粗筋を追うためにページを開くのではありません。
 私の場合、ドラマの中で分からなかった画面のヒントが、このページに書かれていないかなと思って開くのです。ちなみに、私がテレビを「見る」と書くと、「見えない人がどうやって見るの?」と訊かれることがありますが、これは単に言葉の問題と考えて頂ければと思います。ラジオやコンサートでは見える人も「聴く」と言いますね。それと同じで、私もテレビをいちいち「聴く」とは言い換えず、自然な言葉として「見る」と言うだけのことなのです。まあ、耳で見ていると考えてもよいと思いますが、ややこしいことには踏み込まず、普通に読み飛ばしてくださいませ。
 で、話を戻しますと、最近のテレビドラマには、言葉でなく沈黙や音楽に乗って流れる映像でとても大事なことを表現するものがすごい勢いで増えています。特に刑事物だと、犯人の顔とか現場に残された重要な証拠とか、あるいは何かキーポイントになる人の言動とか、そういうものが言葉のフォローなしに、いわば漫画のように直接表現されていくのです。ですから私としては、その場は沈黙や音楽を聴いて、後の展開から「あそこはあれが映っていたのね」と想像するしかありません。でもときには、必要以上にあられもないものを想像してしまったりして。「え、そんなあ」なんて思っていたら、実はただ単に誰かが走っているだけだったとか。
 さてそんなとき、ホームページの粗筋が大きな助けになってくれるのです。
 ライターさんによっては、この画面のヒントが書かれていない回もありますが、実に想像しやすい形で書いてくださる方もいます。筋も展開もしっかり掴めたときでも、私はいつもホームページを開き、見落とした画面がないかをチェックして、少しでも「相棒」愛好家のみなさんに近づかんと頑張るわけです。
 このドラマは、私の言葉でいうとすべてがグレーゾーンでできています。でもそれでいて、いわゆるトワイライトみたいな漠然とした倦怠感がなく、グレーゾーンが一つの独立世界としてはっきり見えるところに魅力がある気がします。
 たとえば右京には、離婚したけど未だに仲良しという女性がいます。小料理屋のお上で、彼女のお店には右京や薫がきて、いつも事件について話し合う。お上の微妙な相槌で、突然右京が閃くことも。
 右京と薫の関係も、まっすぐな美しい男の友情で結ばれているといったものではありません。右京一流のドライさと、薫なりの突っ張りが微妙に引き合った不思議な間柄です。でもそれでいて、いざというときには、二人のどちらが欠けてもいけない。ここにもまた、ある種のグレーゾーンが存在するのでした。
 右京が「変人」といううわさも、またグレーゾーンです。たしかに、表情や話し方は個性的で、性格もけっして一筋縄では理解できない。でもあるタイプの人たちとはとても強い信頼関係で結ばれていて、彼らが人知れず事件解決のヒントをくれたりします。鑑識さんとか級友とか。昔の事件で敬遠している小野田官房長までが、右京に嫌われているのを自覚しながら何くれとなく助けてくれる。これがまた、微妙に心地よいグレーゾーンなのです。
 さて、そんな「相棒」のなかで私が何をしてみたいかというと、それは「目撃証言」です。といっても、一言「あの人です、ほらほら」みたいなものではありません。最初は曖昧な記憶で始まるけれど、右京たちと何度も話すうち、次第に事態が整理されてきて、ある瞬間に一緒に閃く、といった証言がしてみたいのです。
 私の場合は、たぶん「盲目の目撃者」的な存在になるのでしょうが、そのことより、目が見えていても気付くことのできる、でも普段はなかなか気付かない匂いや音や雰囲気、あるいは言葉とか抑揚といったもので「目撃」を成立させてみたい。これが私の夢なのです。
 あのグレーゾーンにいる右京からの、優しく鋭い語りかけに困惑してみたい。でも頭が悪く気の小さい私は、犯人として追求されるのはこわい。ドンと机を叩かれて「おまえだろう」、いえ、右京さんふうにいえば「あなたではないのですか?」などと言われて、「は、はいはい、ワタシ、ワタシ」なんてすぐに落とされてしまうに違いありません。ですから、犯人じゃなく目撃者がいいなあ、と何だかよく分からないことを考えております。
 右京が落語ファンというのも、同じ趣味をもつ私の憧れをくすぐります。これから彼らはどんな人に遭っていくのでしょう。この冬も、水曜の夜はホットになりそうです。
 もし万が一私が右京に目撃証言する日が来たら、ぜったい見てくださいね!! って、そんなわけないからご安心を!!お後が宜しいようで。
Page top

緊急特集 新潟県中越地震に寄せて  10月28日

 まず、被災者とご家族の皆様に心よりお見舞い申し上げます。そして、1日も速く、少しでも事態が改善されることを、強くお祈り申し上げます。
 さて、時事問題はあまり得意でない私ですが、どうしても書かずにいられないことがありましたので、ここで取り上げることにしました。皆様の心中を思う気持ちから、今回はユーモアなしの原稿となりますことを、あらかじめご了承ください。
 気になったことというのは、地震をめぐる報道陣の質問のあり方です。私自身が何度となくインタビューを受けた経験や、番組製作の中で信じられない質問に直面したことからも、質問というものについていま一度考える必要があるのではないか、と痛切に思ったのです。先進国と言われるこの国の記者さんたち、ひいては社会をリードする大人たちみんなで、人に質問し、現実をともに見つめるとはいったいどういうことなのか、考えてみたいのです。
 このテーマを書こうと思うきっかけとなったのは、あるテレビ局の女性記者の質問でした。
 彼女は、この中越地震で建物の下敷きになって亡くなった少女を同級生にもつ小学生の女の子にマイクを向け、「お友達を亡くしてどうだった? 悲しい?」と訊いたのです。女の子は「うん」と小さくささやき、あとは言葉になりません。質問するのがお仕事ですから、そこまでは百歩譲って我慢することにしましょう。しかしその後、記者はたたみかけるように、「お友達に会いたいねえ、悲しいねえ」と言いたてたのです。女の子は堪えきれず、黙って涙を流しはじめました。インタビューの映像はここで終わり、それをスタジオで引き継いだ男性アナウンサーが、「このように被災者の心には大きな傷が・・・」などと続けたのでした。
 そのやりとりを見て、私はもう一つ、大変心が痛んだインタビューの場面を思い出しました。それは、北海道の利尻島に大きな津波が押し寄せてたくさんの尊い命が失われた惨事をめぐるものでした。災害から一年が経過したある日、地元の小学校では写生大会が開かれ、子供たちはようやく悲しい思い出から少しずつ立ち直りはじめています、というのが番組で伝えられるべきテーマでした。
 ところがそこでも、女性記者が絵を描いていた子供の一人にマイクを向け、「今でも地震のときのこと、思い出す?」と執拗に尋ねたのです。それまで笑顔で筆を握っていた子供の表情はにわかに曇り、笑い声が重苦しい沈黙に変わりました。
 子供たちはつらい思い出を忘れられるはずがないのに、無理にでも力を振り絞り、必死に明るく振る舞っているのです。それを一番よく知っているのは、家族と、現場に密着して取材を続けた記者のはずです。その記者が、せっかく一瞬だけ忘れていた思い出を「思い出す?」と訊くことでグズリとえぐり出す。たとえ「現実の姿」を伝えるための取材であったとしても、あの女性記者は、結果的にそういう残酷な仕打ちを子供にしたことになるのです。
 ドキュメンタリーや現場取材は、たしかにありのままの映像を伝えるものです。それによって、私たちは自分の力では知り得ない情報をもらい、それを元に正しい判断を下そうと考えをめぐらすことができるのです。
 しかしその一方で、映像や言葉は編集されています。何の変哲もない場面を意図的にドラマチックに作り替えることさえできてしまうのです。もちろん、テレビ局がそんなことをしていると言っているのではありません。日本から素晴らしいドキュメンタリー番組が発信され、世界に大きな波紋を投げかけたこともたくさんあります。
 そうした素晴らしい実績を踏まえたうえで、私はあえて、番組が編集されることと、製作者の意図が過度に番組に反映されてしまうことのこわさを忘れるべきではない、と申し上げたいのです。作る側に立てば、少しでも今までになかった「リアルな」姿を引き出して伝えたい。これは人情であり、大事な仕事です。
 でも、それが行きすぎたらどうなるでしょう。ドキュメンタリーはその範疇を越え、ドラマ仕立てのロケになってしまうかもしれません。子供が泣くであろうことが分かっていながら、わざと傷つくような、あるいは古傷をえぐり出すような質問をして彼らの涙を映すことは、ドキュメンタリーなのか、それともドラマなのか、どちらになると皆様は思われるでしょうか。
 新潟では、地震によって命を奪われなかったにもかかわらず、その後の心労やストレスで命を落とす方が多いと聞きました。このようにストレスは、致命傷にもなる深い傷を心身に負わせる可能性があるのです。そんなストレスを伴う涙を視聴者が求めるから引き出すのだというのなら、それを求める人も凶器のような質問で人を傷つけるインタビュアーと同罪ではないでしょうか。もっとも、そもそもそんなものを求める人が本当にいるかも疑問ですが。もしも、印象深い質問を追い求めるあまり、子供や傷ついた方々をさらに追いつめるような質問をするとしたら、それは犯罪行為とも言えるのではないかと私は思います。
 暴力には色々な種類があります。殴打のような物理的なものもありますが、嫌がらせのような心理的暴力、そして言葉の暴力などがあります。この「言葉の暴力」として、罵声を浴びせたり意地悪を言うことはよく取り上げられますが、相手を傷つける誘導尋問について取り上げたものを、私はあまり見聞きしたことがありません。勉強不足なのでそうしたものに触れる機会が少なかっただけなのでしょうが、それにしても、質問が凶器になり得ることは、もっと意識してもよいのではないかという気がしています。
 もしもこの記者さんが、あのような質問の代わりに愛情ある言葉をかけていたら、子供は悲しみでなく嬉しさから涙を流したことでしょう。私はむしろ、そういう映像のほうがずっと見たいと思います。
 ところで、今までに私が驚いた質問には、「失明の病名を放送したいので教えてください」「耳で景色が分かるのなら、分かった景色を言葉で説明してくださいますか。映像とどこが違うか比べて映します」などなど。私の場合はただの炎症が元で失明したので、秘密にしたいような病名ではないけれど、これはやはりプライバシーの範疇といえるでしょう。いずれにせよ、新潟のケースとはぜんぜん次元が違って、これといった実害はないからよいようなものの、こうした質問をした方々がもし自分で同じ質問に答えるとしたら、いったいどうやって話されるのか、興味深いところです。
 豪雪地帯を含む新潟は、これから冬に入ります。仕事をしていても友達と話していても、私はいつも、皆様の心身の環境が少しでも良くなるようお祈りしています。そして、いまできることとして、記者さんや大人たちに心ある発言をお願いしようと思ったのでした。
 極限状態で受け取る言葉の贈り物は、ある意味で空しく響いてしまうかもしれません。しかし、皆様に直接届かなくても、多くの人々が心から皆様のことを思い、改善を願っているという「心の力」が働いていることだけは、どうか忘れないでください。この状況で希望をもつのは難しいかもしれませんが、どうか諦めずに日々を過ごしてくださいますように。
Page top

国語と日本語 2 復活させたい言葉  10月26日

 それでは、今度は私が気になって仕方ないお店の言葉を書いてみましょう。
「いらっしゃいませ、今日は」「ご注文は以上で宜しかったでしょうか」「ようこそ○○へ(または○○へようこそ)」「(部屋などに案内して歩きながら)こちらになります」
 一時新聞で話題になっていたものもありますね。文法的なことはさておき、私が一番困惑するのが「いらっしゃいませ、今日は」です。ついでですが、夜になると挨拶は「今晩は」になります。でもなぜか、朝だけは「いらっしゃいませ」が無くなって、ただの「おはようございます」となるらしい。これまた不可思議です。
 お客様を迎えるなら、いらっしゃいませだけで十分だったのに、どうして「今日は」が付くようになったのでしょう。詳しくは分かりませんが、一時この「いらっしゃいませ」が消えて、「今日は」だけになったことがあったように思います。ところがしばらくして、「今日は」が生き残ったままで、上に「いらっしゃいませ」が付いた。
 察するところ、お客様に親しみをもってもらうために「今日は」にしてみたけど、「店員からなれなれしくされる覚えはない」とか、「失礼だ」といった苦情が出て、それで間をとって両方言うことにしちゃいました、といったところではないかと思っています。違っていたらごめんなさい。
 鉄道の放送や看板にも、確かにすごい文言があります。
 「ドアを閉めさせて頂きます」「お下がりください」「電車とホームの間に広く空いているところがあります」
 一番衝撃的だったのは、「黄色い線の内側にお下がりください。前へ出ますと危のうございます」というもの。丁寧なのか脅迫しているのか分からない。ただし、「黄色い線まで」と言わずに「黄色い線の内側に」と言ってくれたところは買いましょう。あの黄色い線はただの危険ラインではなく、私たち"sceneless"がたどって歩く目印なのですから。本当は、危険ラインが私たちの安全を示す道標というのもよく分かりませんけれどね。
 もう一つ気になるのは、禁止と指示の放送が、情報の放送より多いこと。今目の前に止まっている電車のことはおいといて、次に来る電車に乗るための整列位置を細々説明したり、駆け込むな、携帯電話は使うな、マナーモードにしろと、電話の状態まで詳しく指定する。通話は控えろ、くらいまでは常識的でしょう。しかし着メロを楽しみたい人がわざわざマナーモードにしたり、優先席付近かどうかをいちいち気にして、わざわざ電話を取り出して電源を切るよう全員に期待することが、はたして現実的なのでしょうか。私など、自分がどこに乗ったか分からず、知らない間に「マナー違反」をやらかしていないとも限りません。みなさん、どう思われますでしょうか。
 では、どんな風に言えばよいのだろう、と考えてみました。私が小さかったころ、鉄道の放送はとても綺麗な言葉で話されていて、子供ながらに素敵な言い方だなと思うことがたくさんありました。思い出したものを書いてみますと
 「閉まるドアにご注意ください」「電車が参ります。お後へ願います」「車内が蒸し暑いようでしたら窓を開け、五月の爽やかな風をお入れください」「押し合わず、一声かけ合ってお降りください」
 これは私の主観ですが、どうもこのごろ、「良かれ」と思ってとんでもないサービスをしたり、危険な介助をしてしまうケースが目立ってきたように思います。いくら良かれと思ってくれても、私などは、店内に大音響のラップ音楽を流し、食事をしている側で、お客さんが入ってくるたびに店中の店員さんが総立ちになって、大声で「いらっしゃいませ、○○へようこそ!」と怒鳴ったりすると、ゆっくり食べていられない気がします。なんだかベルトコンベアに乗せられて、食べたらさっさとお帰りと発破をかけられているみたい。あるいはまた、良かれと思ったといって、階段の降り口や電車の出入り口で「どうぞ」と突然両肩を押されたりすると、「辞めて、何すんのー」と叫びそうになるのです。
 そんな誤解や一方的な「理解」の原因は何か!? 前回も書きましたが、私は日本語を使いこなす力が全体に失われつつあるからではないか、と秘かに思っています。
 でもね、若者の「超驚きー」とか「マジ信じらんない」なんていうのをどうこう言っているのではありません。それはそれで一つの言語文化だと思います。問題は、第一線で仕事をするディレクターや先生、お役所のみなさん、公共施設の説明文を作るみなさんの日本語が、前回書いた「拝見して頂いて」のレベルになっていたらどうしよう、ということです。
 人の上に立つ人ほど、言葉は丁寧に、しっかり使ってほしいのです。決して「ご返答ください」とか、「○○先生の輸送はどうしますか」なんて言わないでほしいのです。これ、私が直接言われた言葉なんです。さて、野暮を承知で正解を書いておきますが、「ご返答」は「お返事」(返答はだいたい目下の人もしくは敵対者に対して使います)。「輸送」は物に使う言葉ですから、正解は「送迎」、できれば「ご送迎」です。
 さてさて、色々書きましたが、みなさんはいくつ正解を「ヒット」しましたか? 賢明なみなさんは、まさかそんな言葉、「お使い頂いていなかった」ですよね!!
 ヤッパ日本語は正確に使わナキャ、ご先祖様ッテイウカー、私たちもマジヤバインジャン? 井上先生の言われるミタイニー、国語ッツー科目で終わらせないで、英語とかフランス語みたいに「日本語」って呼んだホウガー、イイカンジカモネー。
 え? そういってる物書きの私はどうなんだって? (^.^)
Page top

国語と日本語 1 不思議な敬語  9月22日

 あるテレビ番組のディレクターが打ち合わせ用のメールを送ってくれたのですが、それを知らせる電話でこう言いました。
「進行内容のメールのほう、送らさせて頂きましたんで、拝見していただいて、また後日ご相談してください」
 彼は、こんなことも言いました。
「それではですね、来週の水曜日に電話を差し上げるということで、ご予定させて頂きますので、宜しくお願いします」
 ここで問題。彼の発言のなかで、間違った日本語はいくつあったでしょう??
 自分のことを棚に上げて人のあら探しをするのは趣味ではありませんが、あまりに完璧にすべて間違っているので、思わずチェックを入れてしまいました。
 まず最初の言葉。「進行内容のメールのほう」、これは間違いではないが、「・・のほう」というのがちょっと好きになれませんね。「送らさせて頂きましたんで」は、正確には「お送り致しましたんで」、または「送らせて頂きましたんで」になるはずです。「送らさせて」とは言いませんね。
 すみません。意地悪姉さんの追求はまだ続きます。「拝見していただいて」、お読みになればもうお分かりでしょう。正解は「ごらん頂いて」です。ついでですが、「拝見(拝読)させて頂く」も駄目。「拝見」でもう敬語になっているので、「拝見しました」または「拝読致しました」でOKです。「また後日ご相談してください」は、「ご相談させてください」です。この場合、文法的には「ご相談ください」と私に相談するよう持ちかける使い方もありですが、場面設定では相談するのはこのディレクター氏ですから、答えは一つになるでしょう。
 「来週の水曜日に電話を差し上げるということで、ご予定させて頂きます」と、ここまでくるともう気の毒としか言いようがありません。重量挙げでもあるまいし、「電話を差し上げる」はないでしょう。やっぱり「お電話(またはご連絡)申し上げます」というべきではないかと思います。「差し上げる」は、相手に何かをしてあげるという優位の使役ですから、目下の人の立場を尊重して使うケースを含んだ敬語にもなり得ます。相手を全面的に尊重する場合、つまり同等以上に扱う場合には「申し上げる」といわなければ失礼にあたると思うのです。
 だめ押しに、「ご予定させて頂く」の「ご」は要りません。「させて頂く」で尊敬の意味が伝わるので、「予定」で十分です。
 ちなみに、中学時代の国語の先生は、この「させて頂く」が大嫌いとおっしゃっていました。「あなたがどう思おうと、私は”させて頂きます”という意味あいが入って、図々しく聞こえる」とのことでした。なるほど、そういう聞き方もありますね。そのことが授業で話題になってからしばらく、我がクラスでは「させて頂きます」が大ブレークしておりましたが。
 この不思議な言葉を聞いたちょうどその晩、私は井上ひさしさんと平田おりざさんの対談を読みました。敬語には色々ありますが、今は商業敬語というのがあるのだそうです。井上さんたちは、これを肴にワイワイやっておられました。
 そのなかで思わず拍手したのが、飲食店の店員さんたちの不自然な敬語についての指摘です。対談が行われた時期が少し古いので、最新の言葉は盛り込まれていませんが、「(注文を受けた店員が)はい、喜んで」というのがどうにもひっかかる、と言われていました。
 しかも、飲食店では外国人留学生が多く働いている。その人たちが、注文を受けたら「かしこまりました」ではなく「喜んで」というものだ、とおぼえてしまったらどうなるのでしょう。これは「居酒屋問題」なのだそうです。よく思いつかれた、と思わずニコッ。
 井上さんと平田さんは、こういう言葉のずれをサービス業全体の問題としてとらえ、とくにJRは敬語崩しの総本山みたいに、名指ししておられます。私は名指しはしませんが、たしかに何処でも敬語の氾濫は明らかでしょう。そしてそこには、言葉をうまく使って正確に情報を伝えられない人が増えたという問題もあると思うのです。
Page top

夏を乗り切る飲み物シリーズ 3 アジアのお茶を  8月31日

 もう少し考えてタイトルを付けるべきでした。何しろ「夏を乗り切る飲み物シリーズ」なのに、最終回は立秋をとっくにすぎた初秋の候。これはしたり。反省しきりのちちろ虫。
 今年は猛暑が早くから力を発揮していたので、夏が長くなるのかなと思っていました。しかしその実、今年ほど秋がたしかにやってきたと感じられた年は、近年希だったような気がします。あの猛暑の最中の七月、ホオヅキ市が終わったころから、風が心なしか北向きになり、朝夕には「新涼」という季語がピッタリの優しい空気が流れるようになったのです。そして立秋の前夜、まるで測ったように「第一コオロギ」が鳴き始めました。野暮な説明ですが、その年最初のコオロギという意味です。
 例年は電車の線路で鳴くコオロギ、これを私は線路コオロギと呼んでいますが、それが鳴くのが秋一番のサインと思っていました。それが、今年聞いた第一声は、線路でなく家の庭でした。これもまた特別な出来事でした。ちなみに、線路コオロギはおそらく、ツヅレサセコオロギか、オカメコオロギではないかと思います。
 それはさておき、コオロギと言えば、何といっても静かなリビングでお茶を飲みたい雰囲気? って、やや無理があるかもしれませんが、コオロギが聞こえるということは、セミの喧噪が終わって秋の静けさがやってきていることなのです。まずはそれを味わってみようではありませんか。
 正確な効能は分かりませんが、私は疲れると、簡単なチャイティーを作ります。といっても、あまりに簡単なので作り方は後回しにして、まずは本式の作り方から。
 チャイティーは、東・南アジアとアフリカの広い地域で飲まれているミルクティーです。ミルクで直接沸かした紅茶に、シナモンなどのスパイスを入れて飲みます。たいていはシナモンだけですが、砂糖や生姜を入れるところもあるそうです。アフリカでは、砂糖をたっぷり入れるのが最高のおもてなしなのだとか。ミルクを入れる前にお湯で軽く出す方法もあるらしいけれど、たいていはミルクで沸かすようです。
 元々は粗悪な茶葉から、できるだけ味を煮出して飲もうという、庶民的な飲み物なので、紅茶の種類は選びません。ただし、通の日本人に言わせると、やはり香りのよいものに越したことはなく、その場合には煮てから少し蒸らして入れるのがこつだとか。
 チャイというのは、お茶を意味する「チャ」とか「チー」というアジアの言葉に似ていますね。きっと語源は同じなのでしょう。とすると、チャイティーというのはちょっと間違い? だってそうなると、チャイ茶、つまり茶茶ってことになってしまいますから。
 しかし、仕事場で徐に鍋を取り出し、ミルクやシナモンを調合しながらフツフツやるわけにはいきません。そこで横着なジャパン流チャイティーを編み出した次第です。
 シナモンやジンジャーも好きですが、私の場合、一種類で飲めるスパイスとして、ウコン(ターメリック)を使います。春ウコンと秋ウコンがありますが、秋ウコンのほうがやや味が鋭角で、チャイティーには合っているかなという気がしています。でもこれは感覚的なものなので、春ウコンでももちろんOK。それぞれ効能が違うので上手に使い分けるのもよいでしょう。
 入れ方は簡単。お湯で出した紅茶をミルクで割り、適量のウコン(耳かきいっぱいくらい)を入れて黒砂糖の塊をポチャン。これでおしまいです。お湯で出した紅茶とミルクの量を1対1くらいにして、ミルクをできるだけ多く入れると美味しいです。
 さて、いくらなんでもこれだけではお話しにならないので、「もう少し丁寧にできるときには電子レンジを使ってミルクだけで入れます」、とつけ加えておきましょう。冷たいミルクにティーバッグを入れ、そのままレンジでチン。茶葉を取り出して、あとは先ほどと同じように調合して出来上がりです。こつは丁寧にかき混ぜること。これを端折るとウコンが下に澱んで、最後の一口がえらい味になります。それと、言わずもがなですが、紙コップなんかでチンしないでくださいね。
 甘いミルクティーに少しだけ鋭いウコンの香りが混ざると、ちょっぴり魅惑的な気持ちになります。体がリラックスして疲れはとれるのに、眠くはならず集中力が戻る、不思議な飲み物です。 そういえば、ウコンは二日酔いにも効くらしいので、頭の痛い朝などにはおつかも。
 蛇足ですが、ウコンを机の引き出しに忍ばせておきたいときは、蓋付きのチューブ容器が便利です。いまは100円ショップなんていうビューティフルなお店もありますから。
 ただし、私は蓋ごととってしまい、それとは気付かずに小匙一杯ほどもウコンを入れて、大変な代物を作ったことがあります。真っ黄ッ黄でピーリピリのチャイティーは、さすがに飲めなかった。これがほんとの滅茶苦茶。仏様を拝むおばあさんではないけれど、もったいない、もったいない。
 失敗談をもう一つ。あるとき喫茶店でレモンティーを注文したのですが、私は友だちとのおしゃべりに夢中になり、気が付いたら砂糖とミルクとレモンをぜーんぶ入れていました。どれも紅茶に入れるものだから飲めないことはないだろう、と試しに飲んでみたら、アリャリャ。コップの中の液体が2層に分かれて、でき損ないのヨーグルトみたいになっていました。ヨロレリホー。みなさんはくれぐれもご注意を。
 夏の疲れが出てくる季節。がんばりましょう。えい、えい、おーーー!!!
Page top

夏を乗り切る飲み物シリーズ 2 南の島の魔法の飲み物  7月28日

 告白すると、私はつい最近まで、パイナップルとバナナ以外、南国の食べ物があまり得意ではありませんでした。小さいころ初めて食べたパパイアが「はずれ」だったせいもあるかもしれませんが、パパイアもマンゴーもアボカドも、どうにも相性が合わないのでした。アメリカに住んでいたときも、メキシコ料理が振る舞われる度に、どうしてもアボカドが食べられずに往生しました。
 シンガポールでドリアンを食べたときには、真面目に意識が遠のき、本当に気絶するかと思いました。その後、友人がインドネシアみやげにドリアン味のガムを買ってきてくれましたが、開封もせず、南国物の好きな友人に即刻パスしました。これは、ハリー・ポッターたちが食べている「百味ビーンズ」の「鼻くそ味」に匹敵する衝撃ではないかと思います。しかし、愛好家にはたまらない味だそうで、その境地に至った暁にはまたご報告する所存であります。
 さてさて、そんなわけですから、南国の飲み物にはとても手が出ない。いくら体にいいと言われても、飲まず嫌いを決め込んで断固拒絶しておりました。
 ところが、ドリアンで気絶しそうになったあのシンガポール旅行のとき、初めてヤシの実のジュースというものを飲み、すっかり考えが変わってしまったのです。ペリカンが大きな羽を振るわせて水浴びする音を聞きながら、私たちはテラスで、ヤシの実にストローを挿したジュースを飲みました。冷たいジュースは甘酸っぱくて濃厚で、飲むほどに喉の乾きが癒されていきました。
 日本では、夏に緑陰で浴びる涼風を「極楽の余り風」などと言いますが、灼熱の国では、この木ノ実の恵みは極楽の飲み物のように思えました。
 それからしばらくして、宮崎を訪れたとき、マンゴーのジュースに初めて挑戦しました。輸入状態の悪かった時代以来口にしていなかったマンゴー、ところがどうでしょう。その澄んだ酸味と清々しい甘みといったら。氷の揺れる音とともに喉にやってきた採りたてマンゴーのジュースは、これまた極楽の味だったのです。なんだか、それまでの飲まず嫌いで大損をしたような気がしたものです。
 その後はすっかり改心し、パッションフルーツやグアバ、アセロラと、まあ次々と色々な南の飲み物を好きになりました。地球温暖化で本州でも亜熱帯のような夏が続いているせいもあるかもしれません。そういえば、激辛のアジア料理が人気を呼んでいるのも、温暖化と無縁ではないかもしれませんね。
 ところで、ヤシの実ジュースですが、このごろは日本でも普通に手に入るようになりました。そこであちこちで買って飲んでみるのですが、不思議なことに、シンガポールで飲んだのと同じ味のものには一度も出会っていないのです。もしかして、あれは特別な種類だったのでしょうか。それとも日本に入ってこないだけなのでしょうか。
 そのなかで、特に気に入ったのが、フィリピンの小さなココヤシのジュースです。両手にやっと納まるくらいの可愛らしい硬い実です。冷蔵庫から取り出すとき、冷たくずっしりした円い実の中で、重いジュースがタホン、タホンと揺れると、まるで天から授かった泉を汲みにきたような気持ちになります。
 そういえば、旧約聖書に天から降ったパンというのが出てきます。たしかマナと言いましたが、天から降った飲み物というのはあったでしょうか。マナはカイガラムシが分泌する何かの成分だったという説を耳にしたことがあります。もし天から飲み物が降ったとしたら、どんなものになるのでしょう。
 フィリピンのココナツジュースは、ココナツミルクに近い甘く芳醇な味でした。もしかして、これをココナツミルクというのかと思ってしまうくらいです。
 でも、これはあくまでもココナツジュース。ココナツミルクは、このジュースの時期を終えて、実の中身がゆで卵状に固まったころ、それを取り出して搾ったエキスのことをいうのだそうです。ココナツジュースは実を割れば飲めるけれど、ココナツミルクは作らないといけないわけですね。南の国では、ヤシの実の中身の状態によって、それぞれ呼び名が違うのだそうです。
 炭酸飲料もスポーツドリンクもよいですが、たまには自然の恵みをそのままいただくのも素敵ではないでしょうか。ただし、輸入した実は、ときどき中のジュースが発酵?していて、酸っぱみのある味になってしまっていることがあります。買うときはいくつか買うようにすることをお勧めします。
 暑いからこそ南の島。いいですね。プチ夏休みがさっさと終わってしまった私には、心から憧れの南国旅行なのでした。

おまけ
パイナップル パイナップル科 別名アナナス
バナナ バショウ科
パパイア パパイア科
マンゴー ウルシ科
アボカド クスノキ科 別名ワニナシ
ドリアン パンヤ科 果物の王様
ヤシ ヤシ科またはシュロ科
パッションフルーツ トケイソウ科
グアバ フトモモ科(ユーカリと同じ仲間) 別名バンザクロ
アセロラ トラノオ科
 以上、大地の恵み一覧でした。

Page top

夏を乗り切る飲み物シリーズ 1 −ジンジャーエールを作ろう− 7月2日

 今年は六月からいきなり猛暑になったり台風がきたりで、地球が壊れそうな気さえしてきます。
 私の住んでいる東京の西側では、今年はツバメが多く、シジュウカラやスズメの雛がやや少な目です。理由はよく分かりませんが、先日富士山の裾野を歩いたら夏鳥が順調にやってきていたところをみると、風向きと気温はそれなりに良好なのかもしれません。ただ雛が少ないのは、都内ではハシブトガラスの影響と、それからあまりに暑いこと、それにたぶん、巣を作れる場所が減ったことなどが考えられるかなと思っています。
 さて、そんな気の早い猛暑を乗り切るために、今回から3回シリーズで、今年私がはまっている飲み物をご紹介します。
 今回はジンジャーエール。元々は、イギリスで生姜から作った軽いビールのようなものをこう呼んでいたそうですが、いまではノンアルコールの清涼飲料もたくさんあります。それにはまったのは、「辛口ジンジャーエール」を飲んでからでした。口の中にしびれるような生姜の辛さと炭酸の清涼感が広がって、それまで飲み付けていた甘い物とはぜんぜん違います。衝撃でした。数年前には韓国行きに備えてキムチを食べる練習までしていたほど辛い物が苦手だった私が、いまや辛口のジンジャーエールにこんなに魅かれるとはこれいかに。しかしとにかく作ってみたい。というわけで、早速インターネットで検索してみました。
すると、あるある。とにかくたくさんの作り方があって、どれにすればよいのやら。ま、要するにお好みで適当に作ればいいんだよね、とも考えられるんですが。
 いくつかつまみ飲みしてみましょう。一番楽チンなのは、卸ろし生姜に蜂蜜とレモン汁を加えて茶漉しで綺麗にした原液を炭酸水で割るやり方。もう少し手が込んだものとしては、スライスした、または卸した生姜と蜂蜜を鍋で煮込む方法です。
 量はだいたい、カップ2−3杯に生姜100グラム、蜂蜜は大匙3−6杯くらい。これはまったくのお好みです。味見して調整してください。でもどこかの誰かさんが、アメリカで原液と炭酸水がほぼ半々になっている超しびれタイプのジンジャーエールを飲まされ、「舌が死んでしまった」そうです。気を付けましょう。煮込むときは、一度沸騰させて荒熱を取ってから、レモン汁を加えて生姜を漉せば出来上がり。これを炭酸水で割ってめでたしめでたし。
 ところで、生姜100グラムってどれくらい? という初歩的な無知に前途を遮られた私は、主婦の友だちの携帯にメールしてみました。するとしばらくして、「いま測ってみた。拳よりちょっと小さいくらいです」という明快なご神託を頂き、ようやく仕事にかかることができたのでした。
 煮込むのはちょっと暑かったですが、せっかくなのでやってみました。あるサイトで見つけたのですが、シナモンスティックを入れて煮込むと宜しいとか。早速買ってきました。2カップだと、シナモンスティック2本ぐらいがよさそうです。スティックがないときは、粉のシナモンをあとから足しても大丈夫でした。
 インターネットには原液の保管方法があまり書いてなくて、冷蔵庫で数日というのがいくつかあるぐらいでした。でもこういう手間のかかるものは、まとめて作っておかないとなかなか続けて飲めません。そこで私は、原液を作ってからすぐに、小さな冷凍用の袋に小分けして、冷凍庫に運び込みました。これでかなり作り置きができるようです(ちょっと得意)
 さてお味は?? ンーン、淡泊で薫り高く、涼しさ満点。シンプルな味の中に無限のコスモスが、と何だかよく分かりませんが、とにかくこの自然な味は手作りでないと楽しめないかもしれません。
 生姜は血行を良くするので、冬は体を温め、夏は新陳代謝を促して汗を出させ、体温を整えてくれるのだそうです。ただし、効き目は数時間なのでチョイチョイ飲みましょう、ってそんな、水筒に入れてもって歩くわけにもいきませんしねえ。ま、血行がよくなるならけっこう、ということで一応チェックしてみました。
 ちなみに、ジンジャーは英語で生姜を意味しますが、日本語ではハナシュクシャという、同じ生姜科の花を指します。さらにちなみに、日本語のジンジャーを育てても、生姜にはなりません。しょうがない、しょうもない。
 暑さでやけっぱちの駄洒落を連発してしまいました。反省して今回はこの辺で辞めにします。続きは次回に。

Page top

楽しい誤植あれこれ『幸福の羽音』出版記念企画 6月7日

 『幸福の羽音』を手にしてくださった皆様、まず心から御礼申し上げます。そしてまだ手にとっておられない皆様も、ぜひこの日記を読んでみてくださいませ。
ところで、もうお気づきでしょうか。実はこの本には、可愛い誤植があります。でも、誤植というよりけがの巧妙とでも言おうか、誤植のままでもなかなか斬新な感じで宜しいのです。実は、「さてどこでしょう」と何人かの方に聞いてみたのですが、いまのところ誰も当たっていません。そして正解を明かすと、「このままでも自然でOKでは」とみなさん言われるのです。
 さて、その誤植はいったいどれでしょう。ヒントは俳句。季語を注意深く見つめてください。重版では直ってしまいますので、この誤植を見つけるなら一刷りしかありません。これはプレミアム物です。どうぞお早めに、お見のがしなく・・・。
 とまあ、宣伝はともかく、そんなことできょうは誤植と誤読のお話しです。
 デビュー作『鳥が教えてくれた空』の初版の誤植は、「墨字」の読みでした。ただしくは「スミジ」なのですが、「ボクジ」とルビが振ってありました。これが私の作品最初の誤植でしたが、やはり重版で直ってしまったので、デビュー作の初版ということも加わって、かなりのプレミアム物といえましょう。
 ところで、こうした誤植とはちょっと趣が違いますが、点字の本を読んでいると色々な愛らしい間違いに直面します。書き間違いもありますが、きょうの話題は誤読です。点訳している方はつい夢中で、誤読に気付かれないのでしょう。漢字の知識さえあれば解読は簡単なので、私などはたいてい、そうした間違いを点訳者の情熱の証と考えて楽しく拝読しています。
 ご存じの通り、点字は表音文字ですから、漢字がありません。ひらがな+カタカナという感じです。ですから、漢字かな混じりの墨字を点訳するということは、音読するのと同じですべての文字を音に読み起こすことになります。黙読なら漢字の意味だけつかんで読み方は適当ということもありなのですが、点訳・音訳ではそれができない。つまり点字や音に直す人は、まず最初に漢字の読みを押さえなければならないわけです。誤読が発生するのは、この読み下しのときなのです。
 そんな愛すべき誤読をいくつか。左を読んで正解を声に出してみてから右をごらんください。

わざをにやす(誤)    業を煮やす(正)ごうをにやす
しゃざになる(誤)    車座になる(正)くるまざになる
みやこみやこいつ(誤)  都々逸(正)どどいつ

 なかなか難易度が高いものもありますね。文章のなかにいきなり「ワザヲニヤス」などと出てくると一瞬時が止まります。でもこういうものを判じているうちに漢字の知識が少しずつ深まっていったりもして、案外得することもあるのです。
 最近判明したところでは、高浜虚子の俳句の読み方があります。

白牡丹と言うと言へども紅ほのか
ハクボタントイフトイヘドモコウホノカ

 この「紅」を「べに」と読むのか「こう」と読むのか、点字の本には両方ありました。国語の授業か何かで聞いていればともかく、本で読んだだけではどちらが正解かは分かりません。ましてやそれを資料にして何か書こうと思うと、これがチョイチョイ難問になります。結局、正解は「こう」でした。
 このほかにも、鳥の雛の「付け子」を「つけご」、正解は「つけこ」、「日本野鳥の会」を「にっぽんやちょうのかい」、正解は「にほん」などなど、気の毒になるような例がたくさんあります。点訳者や朗読者のみなさんは、本当に大変な苦労をしてくださっているのですね。

 私たちの場合、人間だけでなく機械にも朗読してもらいます。ホームページやメールの内容、自分で書いた原稿などなど。すべてパソコンに組み込んだ音声ソフトに読んでもらうのです。で、ここでも色々な誤読が起こります。先ほどと同じように、左を見て正解を言ってみましょう。

りゅうかん(誤)流感でけが?      竜巻(正)りゅうかん
よなごがいしゃ(誤)鳥取県米子市の会社?    米子会社(正)べいこがいしゃ
ほとけだいとうりょう(誤)優しそうな大統領? 仏大統領(正)ふつだいとうりょう
 最近びっくりしたのは、「し」でした。普通佐藤しとか鈴木しと言うと「氏」の字が思い浮かぶのではないでしょうか。ところが、周知の通り、昨今イスラム教の聖職者が指導者になると、「○○師」と書くことが出てきました。音で聞いていると最初は区別がつきません。何も知らずに「氏」と書いていたら、チェック担当の方が優しい声で、「あのね、これ氏と師で書き分けているんだよ。ちょっと気を付けて見てくれるかな」と教えてくれました。顔から火が出そうになりながら注意していると、なるほどそんな書き分けがありました。いまでは肩書きや名前の書き方などでだいたい見当がつくようになり、新しい人が就任すると必ずチェックするようになりました。やれやれです。
 そういえばある人が、「私ね、母が紐のことをずっと”ヒボ”って言っていたものだから、小学校に入るまで紐はヒボだと思っててすごく恥ずかしかったわ」と話してくれたことがあります。かく言う私も、レバノンの首都ベイルートを地図と元つづりで確認するまでは、湾岸にある街道を意味する言葉、つまり"Bay Route"が地名になったのかと思っていました。英語が分かればそんな読み方をしないのはすぐに分かるのですが。ちなみに本当のつづりは"Beirut"。
 失敗は成功の源、とか申します。私など、失敗や間違いで顔から火を噴きながらおぼえた漢字の知識が一番たしかで、記憶も長持ちしております。誤植や誤読を「間違い」と切り捨ててしまわずに、楽しく味わおうではありませんか。

 さて、ここで皆様にあらためてクイズです。『幸福の羽音』の誤植は何だったでしょう。
 出版記念企画として、正解者には粗品を差し上げます。どしどしメールください。
 メールには、お名前、宛先、お電話番号、メールアドレスを必ずお書き添えのうえ、できればコメントなども頂ければ嬉しいです。正解者が多数の場合は抽選となるかもしれません。そのぐらいたくさんメールが来れば嬉しいです。
 面白かった誤読、驚いた読み方などの情報もお待ちしております。これからも楽しく読書しましょう。

Page top

文字のないメッセージ 3 オリジナル栞を作ってみよう 5月10日

 そんなとき、再び井上さんが救世主となってくださいました。といっても、ご本人のまったく預かり知らないところでですが。
 ある本で、凧糸を10本ほどまとめただけの、シンプルな栞を愛用していると書かれていたのです。ただし、あまり糸を増やすとひっ絡まってしまうのでご注意、というような但し書きがありました。太めの糸がよいのだそうです。
 そこで凧糸を買いにいったら、いまどきのスーパーにはそう簡単に売っていないらしいことが分かったので、家にごっそりまとまっている綴り紐で代用してみることにしました。エノキダケみたいにまとまった紐を5本ばかり取り出して、片方の先をまとめて切りそろえ、傘の先のように紙でくるくると束ねます。切りそろえた断面には別の紙で帽子をかぶせ、糊付けしたら出来上がり。
 これがすこぶる付きの重宝物になりました。紐が円いので点字に傷がつかないばかりか、絡まっても太いのですぐにほどけます。紙の縁で手を切りながら紐の先を探す憂いもないし、挟んだページも適度にしっかり閉じてくれます。それに何といっても、凧糸よりもずっと手に入れやすい。たいていは駅前の文具屋さんなんかで売っているのです。そして丈夫。もう一年以上使っているものでも、最初と同じく元気に、しかも逃げ出さずにページに挟まっています。
 "Simple is best"とは本当によく言ったもの。結局いまでは、この一番簡素な栞君が、私の読書を支えてくれています。今度は、もう少し綺麗な紙で止めてみましょうか。そうそう、ギザギザ挟みなんかも使って。
 ときどき、私は何も書いていないはずの栞が、本の文字をすべて暗記しているような気がします。「前に読んだあの本に、何て書いてあったっけ?」と聞きながら栞を耳元に近付けたら、「やだよお、ほんとに。これこれこうじゃないか。そうポンポン忘れてたんじゃあしょうがないねえ」となぜだか江戸の姉さん言葉で教えてくれたりして。もしかしたら、それぞれの本で栞を変えてみると、栞自体が文字のないメッセージとなって、その本その本の思い出を蘇らせてくれるかもしれませんね。
 みなさんは、オリジナルの栞を作られていますか? 実験、名案、失敗談、よかったらメールください。

Page top

文字のないメッセージ 2 栞失敗談  4月21日

 みなさんは本を読むとき、栞をどんな風に使っておられるでしょうか。「そりゃ、ページに鋏むに決まってるよ」と言われそうですが、それでは何枚鋏みますか??
 栞は普通、読書の途中で本を閉じるときにページが分からなくならないように鋏むもの。あるいは付箋のように後から読み返したいところに鋏んでおくものではないでしょうか。和紙の栞など作るとき、私もだいたいはそんな使い方を想像していました。
 ところが、作家の井上ひさしさんの本を読んでいて、私の感覚がガラガラストンと変わってしまったのです。
 超ヘビーな読書家で知られる井上さんは、月に数十万円もの本を買われるとか。一度などご自宅の床が抜け、抜けた勢い?で山形県の川西町に「遅筆堂文庫」なる図書館まで作ってしまわれました。ちなみに、当初7万冊で始まった遅筆堂文庫は、いまでは十数万冊に膨らんで、町内のフレンドリー・プラザに移転しているそうです。  井上さんは、「本は借りるものではなく買って手元におくもの」という信念のもと独特の読書法を編みだし、そのなかでいろいろな栞を考案されているのです。
 これがとても参考になりました。本を借りることの多い私には、栞が不可欠だからです。ちょっと説明させて頂くと、実は私のような点字使用者にとって、ほしい本をすべて手元におくことはまず無理なのです。文庫本一冊を点訳すると、電話帳みたいな厚い点字本が5・6冊軽く出来上がります。中型の英和辞典は18冊、ちゃんとした辞典は簡単に「全100冊」などと言われます。辞書だけでこの騒ぎですから、井上さんのような読書をしなくても、あるペースで本を買い続ければ数カ月で床が抜けること間違いなし。だからどうしても、図書館から借りなくてはならないことが多いのです。
 ただし、点字で読まずに済む方には、やはり本は買って頂きたい。特に著者の方に面と向かって「図書館で借りた」なんて言わないようにご注意ください。ましてや「近所中に貸して回し読みしたのよ」などと言われると、読んで頂いたことに厚く感謝しながらも、心のどこかで「買ってもらえたらもっと嬉しいんだけどなあ」とついついつぶやいてしまいます。文筆はお金じゃない、と言いつつも、これで生活しているのですから、借りるよりは買って頂けたほうが嬉しい、とはたくさんの作家先生たちもおっしゃっているところです。せめて本人には貸し借りのお話しをしないのがエチケットではないかと、私は思っています。
 閑話休題、井上さんが提唱された栞を、私も試してみました。一つは、郵便物の封筒の角を切り取って作った「三角帽子」です。ダイレクトメールや旧い封書は、どこの家にも溢れているでしょう。その角を色々な大きさに切り取って作った帽子を、チョンチョンとページの角にかぶせていきます。井上さんのように、本の後ろに印象深かった箇所を書き移す「索引」をつける場合、これはとても重宝なのだそうです。点字本には書き込みができないので、私は井上さんにあやかって別冊のノートに書き移しを始めました。そのときに、この「△帽子」を試してみたのです。

 ところがこれがちっともうまくいかないのです。一晩立つと、三角帽子たちはどこへともなく消えていき、せっかくマークしたページはすっかり目印を失っているのです。しばらくすると、部屋のあちこちに見覚えのある三角帽子が点々と散らばっている。まるで森から帰ってきたヘンゼルとグレーテルを尾行してみた魔女みたいな心境です。つらつら考えてみるに、点字の本はページとページの間に微妙な隙間があって、帽子たちはどうもその隙間を縫って脱走しているらしいのです。付箋も同じでした。隙間があると、貼ってはがせる付箋は、本当に貼られたら自分からはがれてしまうのでした。栞たちも、ときには本から逃げ出したいのかもしれません。
 そこで今度は、自分で作った栞をかまわずどんどん挟んでみました。でもこれは、ますます駄目でした。栞の厚みがありすぎて、4枚も挟んだら本がまともに閉じなくなってしまう。借り物の本を痛めてもいけないし、この実験は1日で失敗に終わりました。
 それならページをメモしておけばいい、と今度はメモ用紙を傍らにおいてページを書き込みながら読書してみました。ところがこれも駄目。書き込んだメモが風で飛んでしまったり、何枚か重ねておいたらどの本のメモか分からなくなったり、挙げ句の果てには本に挟んでおいたメモがこれまた隙間から遁走。いったい私には、似合った栞はないものなのでしょうか。

Page top

文字のないメッセージ 1 さみしい栞  4月4日

 本好きな方のなかには、一度や二度は栞のコレクションに挑戦したという向きも少なくないでしょう。私もその一人でした。でした、と書いたのは、いまでも素敵な栞があれば迷わず買わせて頂くけれど、ちょっと違った栞とのつき合いが始まったからなのです。
 栞にはまったのはもちろん本が好きだから、でも色々な観光地を訪れて栞を探すにつれ、だんだんさみしくなってきました。というのは、最近の栞はどんどんビジュアル化され、手で触れただけではただの紙というものが増えてきたのです。もちろん、紙には一つとして同じ手触りのものはありません。和紙やパピルスのような外国の紙で作った栞には、言うまでもなく暖かい味わいがあります。そこには、作った人の手の温もりが残っています。
 でも、そうしたものを除けば、いまや観光地で売られている栞の多くは、絵はがきと同じような写真や地元の画家さんたちの作品を印刷した「カード」みたいな作りのものが主流。いくら紙好きな私でも、さすがにこうなると手触りだけで栞を楽しむことはできません。押し花や木の葉が閉じこめられている栞もよいけれど、これも手で触るとどれも似たりよったり。紙の真ん中がちょっぴり膨らんだ、ってなもんで、その膨らみがサクラソウだろうがバナナの葉っぱだろうが(そんな大きなものは無理でしょうが)、ほとんどどうにでも料理してくれえ、という状態です。
 ちなみに私のお気に入りは、高校生のときにどこかの文具屋さんでみつけた透かし彫りの薄い金属の栞と、友人がイギリスから買ってきてくれた皮の栞。川越の喜多院で手に入れた織物の栞は、塔の形が指で触れるのでこれも好きです。木の皮でできたのもよいですね。つい最近知ったところでは、本物の真珠のついた栞や、ヨーロッパの高級ブランドから出ている「すごい」栞なんかもあるらしい。これは頑張って貯金して、ぜひ手に入れてみたいです。
 さて本題ですが、絵や写真の栞が増えたのに悔しがった私は、自分で栞を作ってみることにしました。最初は、綺麗な厚紙を「ギザギザ鋏み」で切って「穴開けパンチ」でうまいこと穴を開け、そこにリボンを通して「栞結び」をするといった、ごくシンプルなものでした。それでも、リボンをうまく結ぶのは、不器用な私にはかなりのチャレンジでした。結べたときは、小さいころ砂場の山を崩さずにトンネルを掘ったときみたいに、「やったね」と胸を叩いてみちゃったりして。
 それにしても、この鋏やパンチの呼び名って、考えたらけっこうすごいですよね。「穴開け」と「パンチ」が一緒になってるんですから、一回で二つ三つ開いてしまいそう。
 次にはまったのは、厚紙を和紙でコーティングして、同じく穴を開けてリボンや紐を結ぶ栞。これは、和紙を選ぶ楽しみがたまらなかった。『鳥が教えてくれた空』に和紙遊びのことなど書いていますが、和紙の栞を大量生産したのは丁度そのころでした。現在はその楽しみがさらに高じて、自分で漉いた和紙に点字を打ったりリボン加工を施したりしています。「謹呈」の栞とともに、この栞を差し上げて喜んで頂けると、勇気百倍元気千倍となり、またもや紙漉きおじさんのところに通ってしまうのでした。


Page top

増殖語  3月9日

 いつぞやの絶滅危惧語に続き、きょうはただいま増殖中と思われる移入種の言葉たちに登場してもらおうと思います。まずは、最近私のところに来たメールを読んでみてください。

件名: Re: 先ほどの件

 レファレンスのあったマターですが、私のRPTしているスーパーバイザーのapprovalをゲットしてから、週明けにres申し上げます。
 なお、もしもメールが届かないようでしたら、念のためremindしてください。permanentな形でセットされましたら、リコンファームのコンタクトを取らせて頂きます。

 次は、最近廊下で耳にして、ん?と思った会話を一つ。
「彼に頼んでトレーニングしてもらおうと思ったらね、彼もニューカマーだからインフォメーションがぜんぜんないんだってさ」
「それってホープレスなシチュエーションてやつ?」
 英語を公用語としている会社の中では、ごく当たり前の会話です。いわゆるドメドメ(こてこて)の日本企業でも、ここまでとは行かぬまでもかなりのカタカナ言葉が増殖しているのではないでしょうか。ビジネスが欧米風になれば、欧米の言葉がそのまま入ってくるのは自然な流れと言えましょう。それに正直なところ、いちいち翻訳するより、こんな風にカタカナの「フレキシビリティ(柔軟性)」を「フル」に生かすほうが、当事者にとってはずっと楽ちんでもあると思います。
 情報技術(IT)部門の言葉も、目を見張るものがありますね。お気づきのように、もはやパソコンは死語。たいがいはPCと言います。そのほか、いくつか思い当たる増殖語群としては、CDR(W)、CPU、DRAM、SRAM、BPS、DL、HP(会社の略称じゃないほうです)、GPS・・・。さあ、翻訳をすらすらと言えたのはどれくらいありましたでしょうか。全部言えたらすごい、と言いたいところですが、これぐらいは言えないと「デジタル・デバイド」のこっち側にいるってことになってしまうご時世らしいのです。恐ろしや、情けなや。
 フランスでも、英語の乱用が問題になりました。同じアルファベットなので、英語を無理やりフランス語読みしてしまうのです。で、政府はこれを「フラングレ(Francais、フランス語とAnglais、英語の混合)」といって、一掃作戦に乗り出しました。ある程度は効果があったようですね。
 でも私は、近頃の日本語は崩壊しているとか、もっと日本語の美しさを教育しようとか、ましてや日本人は日本語を失った、なんてことを書くつもりはありません。はっきり言うと、英語さえ分かればこうした単語のほうが、いちいち誰かが決めた日本語を思い出すよりずっと簡単だとも言えるのですから。考えてもみてください。DRAMの翻訳は、「記憶保持操作が必要な随時書き込み読み出しメモリー」というんです。追い込みの受験生じゃあるまいし、こんな一息で言えないような怪物の単語を、日本語なんだから「さあ、言え」とこわい顔してにらめるものでしょうか。だいたい、このなかのメモリーはカタカナのまんまじゃないですか。
 じゃあどうすればいいんだ? と考えた結果、私は「入れる時点で日本語にしといたらどうかな」という提案をしたいと思います。一度入ってしまった言葉をカタカナから翻訳して頑張って定着させるよりも、入ってきたところでさっさと日本語にするか、あるいはもってきた人が(って誰なんでしょう)責任をもって?ちゃんとした大和言葉と一緒に持ち込むのです。
 よく中国の人たちが外来語をうまく翻訳することが話題になりますね。パソコンを電脳(または個人計算机)、ノートパソコンを筆記本型電脳などなど。電脳という言葉は、いまや日本語としても定着してきているような。
 ついでですが、映画のスターウォーズの中国語は星球大戦、サウンド・オブ・ミュージックは音楽之声。まさかここまでやらなくてもよいとは思いますが、その姿勢に学ぶところは多いと私も思います。
 そこで、冒頭のメールを私なりに翻訳してみました。

 お問い合わせの件ですが、直属の上司に許可をもらってから、週明けにお返事申し上げます。もしもメールが届かないようでしたら催促してください。確定しましたら、再確認のご連絡を取らせて頂きます。

 って、これ、普通ですね。つまりその気になれば普通に言えるってこと。やっぱり、ちゃんとした日本語があるときには、カタカナの乱用にも気を付けましょう。
 と、かなり「テンパって」みましたが、いかがでしたか? ちなみにこの語源はtemper、ドメドメの語源はdomestic。子供のころ、そんな言葉、知らなかったぞ。学力がどうのといっても、英語の知識は確実に深まっているんでしょうね。こういう英和語になると、もうどうしていいか分からない。さてさて、日本語の固有種生態系の未来やいかに。

Page top

私にもコーヒーを!  2月2日

 「子供がコーヒーなんか呑んではいけません」という時代に育った私とコーヒーの最初の出会いは、「コーヒー・ルンバ」という神秘的な音楽でした。私が生まれる前、昭和36年に西田佐知子さんが歌っていたものだそうです。

昔アラブの 偉いお坊さんが
恋を忘れた あわれな男に
しびれるような 香りいっぱいの
琥珀色した 飲み物を
教えて あげました
やがて 心うきうき
とっても不思議 このムード
たちまち男は 若い娘に恋をした
楽しいルンバのリズム
南の国の情熱のアロマ
それは素敵な飲み物
コーヒー・モカマタリ
みんな陽気に飲んで踊ろう
愛のコーヒー・ルンバ(以下略)

 そんなに素敵な飲み物なら、早く飲んでみたいと思いました。
 初めてのコーヒーは、中学に入ってからでした。ある専門店で呑んだ「月の滴」という一品。甘くてほろ苦い、水だしのドリップコーヒー。その濃厚で芳醇な味が、ほのかに冷たい液体のなかに凝縮されていて、思わず最後の一滴まで頂いていました。そして、無粋なお話しですが、そのあと胃薬も呑んだのでした。
 数年後、すぐにでも飲める美味しいインスタントコーヒー、つまりドリップ式コーヒーという新製品を手にした私は、まず友人に封の切り方から教育してもらいました。
 封を切って紙包みを取り出し、上部を破き、左右の翼を広げてカップにかける。それからお湯を少しずつ注いで、適当な量でストップ。これだけの作業ですが、実はこのドリップ式コーヒーの作りが一つ一つ微妙に違っていて、それを把握していないととんでもない事態に陥ることが分かってきました。
 あるとき、知り合いからドリップ式のコーヒー詰め合わせが届き、私は昼休みにコーヒータイムを楽しもうと、何袋かを会社にもっていきました。
 いざ、と封を切り、真ん中の膨らんだ紙包みを取り出したところまではよかったのですが、以前練習したときのように左右の翼を引っ張ってエイッと包みを開いたら、包みが開く代わりに、フィルターの薄紙がビリリと破れてしまったのでした。流し台の上にサラサラと何かがこぼれる音。それと同時に、手の中の包みがフッと軽くなりました。
「あの、残念ですけど、全部こぼれちゃいましたよ」
 いつのまにか背後に立って私の大失敗を見守っていた男性が、気の毒そうに言いました。このフィルターには、前回の製品にはついていなかったミシン目がついていて、それを切り取ってから翼を広げないと全体が崩壊する仕掛けになっていたのでした。し、知らなかったー!
 翌日、二袋目に挑戦です。今度は、まず包みをよく観察してみました。ミシン目があります。なるほど、気が付かなかった。で、これをどうするのかな? と観察してみると、ミシン目の反対側の紙に隙間があって、そこから漏斗型のフィルターの底がのぞいています。
 ふむふむ、そうかそうか、と上のミシン目を、今回は丁寧に破りとって包みを開き、両側の翼を注意深く広げて紙コップにかけ、給茶機にセットしました。完璧です。
 が、給湯ボタンを押したとたん、熱湯がフィルターの外壁をかすめ、直接紙コップになだれ込んでしまいました。一瞬の差で、危なかった。そうです。給湯口とフィルターの位置を合わせていなかったのでした。
 仕方ない、しきり直しです。時折熱い滴の垂れる給湯口を指で確かめて、今度こそしっかりとフィルターに合わせました。そっとお湯のボタンを探し、いざ・・・。
 が、ところがなんです。ボタンから手を離してもお湯が止まりません。ん? アッ、エエーー・・・。
 緊張のあまり手が震えたものか、給湯ボタンを押すつもりで、すぐ隣の給茶ボタンを押してしまったらしいのでした。カップ一杯分のお茶が、ばっちりと照準を合わせたコーヒーフィルターから空しく滴り落ちています。Oh, my gosh!!
 しかし、と私は考えました。お茶なら何とか飲めるかもしれない。コーヒーの味は濃いのだから、お茶の味は消えてくれるかも・・・。
 そう思ったのには理由がありました。以前、この給湯器に慣れていなかったころ、インスタントのスープを作ってみようと給湯ボタンを押したのです。そのとき、こちらは純粋に間違えてお湯の変わりにお茶を注いでしまいました。お茶がスープに・・・ウヒョオー。悔しいが捨てようか、しかしまあ、呑んで毒というわけでもないでしょうから、どんな味の代物ができたのか、捨てる前に試しに飲んでみたのです。すると、何とお茶の味も香りもせず、濃厚なポテトスープのままでした。アミノ酸だかうまみ成分だかがたくさんあるので、お茶の味は見事に影を潜めていたのでした。
 けれども、世の中そんなに甘くない。今度の「お茶配合コーヒー」は、どこかに玄米の香りが紛れ込んでいるのでした。炭焼きコーヒーが香ばしいのか、玄米茶が香ばしいのか、『がまの油』の口上ではないけれど、鐘が鳴るやら神木が鳴るやら、とんとこれが分らん道理だ、お立会い、とまあ、どうにもはっきりしない香ばしさです。そこで、止せばいいのにミルクを入れてまた飲んでみました。が、結果は同じでありました。
 それ以来、私は夢のドリップ式インスタントコーヒーには近づいておりません。
 ああ、神様、私にも早く美味しいコーヒーを飲ませてくださりまあせー。(歌舞伎の女形風に)
 わちきには、苦い苦い思い出でありんした(こちらは花魁風に)。

Page top

包みの魔力 1月13日

 皆様、新年明けましておめでとうございます。本年も、昨年と相変わらず、どうぞ宜しくお願い申しあげます。
 さて、お正月なので縁起物のお話しから始めましょう。福袋を買いにいったお話です。
 明治40年ごろに、神田今岸橋松屋呉服店(現銀座松屋)が売り出したのが起源とかで、思ったより新しいルーツをもつ福袋。いったい、全国で何袋作られるのでしょうか。作られるというよりは、何だか「正月に生まれる」という感じさえします。福袋は、突然現れて数日の間に飛んでいってしまう彗星のように日本中を沸かせ、バリッという音とともに消えていく。正月彗星とでも呼びたいような不思議な存在なのです。
 実は私、今までに一度も福袋というものを買ったことがありませんでした。ただし、そう言い切ってしまうと厳密にはうそになります。たった一度だけ、浅草で勢いに任せて買ったことがあるからです。
 でもやっぱり、これを数に入れるわけにはいきません。なぜって、これを売っていたおばさんが、「ほらほら、買うならちゃんと中身を見てから買いなさいよ。どんどん見てってちょうだい」と威勢良い声を上げながら、まだ何も頼まないうちからバリバリと派手な音で袋を開けて中を残らず披露していたからです。これではどこにでもあるバーゲンセールと変わらない。だから、これを福袋と呼ぶにはいささかはばかられたのです。
 「福袋を買う三大楽しみ」として、1.中身が楽しみ、2.値段以上のものが入っている、3.縁起ものを買うときのお祭り気分が味わえる、の3つを挙げた人がいます。なるほど気が付かなかった。最近では、福袋に気に入らないものが入っていたときには、ネットオークションにかけて一儲け、なんていう賢い方々まで現れて、福袋は一大マーケットの様相を呈しているようです。
 でも、ちょっと待ってください。大量生産、大量消費の時代ですから、福袋がマーケットになるのも分からなくはありませんが、元々福袋は正月の縁起をお店で楽しめるように、かなりお得な買い物ができる喜び、つまり嬉しいおまけに似た喜びを売るのが目的だったのではないでしょうか。中身はともかく、ちょっと嬉しいものが山盛り入っていていっぱい嬉しい、というのが福袋の醍醐味と言えたでしょう。
 とはいえ、やはり買いもしないで福袋をうんぬんするのはいかがなものかと思い、今年の初売りに、思いきって「都心のデパートに福袋を買いに行ってみよう」ツアーを実行しました。もっとも、午前中の争奪戦に参戦する勇気はなく、午後にのんびりと「残り物の福」にあやかろうというツアーでしたけれど。
 大枚?をはたいて衣類と化粧品の福袋を合わせて5つほど、いくつかのデパートで買ってみました。そしてびっくり。福袋って、ほん・とおーーに嬉しい「福」袋なんですね!! 経験豊富な方にはいまさらと笑われそうですが、掛け値なしに確かな品が天こ盛りに入っている。しかもサイズやメーカーごとに区別してあるので、どれを買っても看板通りに「ご損はない」。「こんなん入ってますー」といった風に、一つだけ袋を全開したり、「入っている可能性のある商品リスト」を張り出している売り場もありました。でも、もちろんすべての中身が分かるわけではないので、「三大楽しみ」の一つ、「中身が分からない」楽しみもしっかり残っています。
 しかし、人間の悲しい性で、誰かが半分だけ開けてのぞいた福袋には、やっぱり手を入れてみてしまう。私もしっかり入れてしまいました。しかも、もしかしたら目でのぞくよりもはっきりと、包みの外から品物を触り当ててしまっていたかもしれません(苦笑)。
 面白かったのは、福袋の影も形もないフォーマル用品の売り場で、店員さんが、「これ、2万円だったんですが5000円でいいですよ。もうばらしてしまったので」と言ったことです。つまり、先ほどまでは福袋に詰めて売っていたのですが、売れ残ったのでばらしたから安くしておきます、というわけです。思わず、60ヘーーーー。
     家に帰って分からなかった中身もすべて分かったとき、私は現代の福袋のすばらしさに改めて嘆息しました。顧客のニーズと楽しみを、何と巧みに満たしていることか。明治から100年あまりの間に、福袋は根本の楽しみを残しながらこんなに進化していたのでした。
 私にとって、福袋はずっと憧れの的でした。あの手触りと質感がたまらないのです。お店の人の売り声も去ることながら、袋自身が、「この中には良いものをたくさんご用意してありますよ。さあどうぞ」と言いながら、差し出すようにピンと張りつめて立っている。中身に支えてもらってようやく立っているなんていうやわな袋とはわけが違います。気骨溢れてピッと背筋を伸ばし、たとえ一人ぼっち(空っぽ)になっても同じようにしっかりと立つことのできる気概をもっています。そしてその気骨の懐に、いくつでも素敵なものを入れてやるぞ、と意気込んでいる。祝気溢れる街にすっくと立って幸せを差し出してくれるそんな福袋の凛とした張りつめ方に、私は毎年強く憧れていたのです。
 日本人は、物を包むのが得意と言われます。包み紙やふろしきがその典型で、そのほかにも、日本のお店ではたくさんのラッピング方法を習うそうです。福袋は袋なのだから、本当はその中に色々なものをボンボン放り込んでおけば良さそうなものですが、中身も一つ一つ丁寧に包まれています。外から触っただけでは何だか分からない。でも、これまたピンと張っていい匂いのする包み紙から伝わるずっしりとした、あるいは紙束や箱のような手触りは、「ほら、こんなにいいものなんですよ」とそれぞれに胸を張っているかのようです。なんと愛らしい。押しつけたり売り込んだりしなくても、美しく包まれた品物がそこにあるだけで、あるいは「さあどうぞ」と誇らしげに差し出してもらえるだけで、良いものというメッセージは品物に宿るのです。誇らしい気持ちを添えて売ってもらった品物は、たとえ何カ月か前に無造作に買ったのと同じ様なものであったとしても、特別なものになるのです。
 それは、包みの魔力ではないかと私は思います。
 新しい本を開くとき、「おみやげだよ」と中身を知らされずにツヤツヤした包みを受け取ったとき、大好きな人から届いた封書を開くとき・・・。福袋を開く喜びは、もしかしたら包まれたものと出会うために紙を開く瞬間の至福なのかもしれません。
 今年が皆様にとって素敵な年となりますように。

Page top


この文章の無断転載を禁じます。

Copy right (C) 2002 Mayuko Sannomiya All rights reserved.