
2005年1月〜12月 目次
初めての子犬 1 わん子の気持ちが分からんワン 1月12日
初めての子犬 2 フワフワ・コロコロ 2月1日
泡であわてた石鹸物語 2月21日
松山報告 1 スコップにストップ 3月22日
松山報告 2 ジャーン!! 発表しまあす 4月12日
私の三種の神器 1 楽々機械編 5月9日
私の三種の神器 2 リラックス・瞑想編 6月2日
私の三種の神器 3 旅空編 6月28日
世界の中心で季語を叫ぶ 7月20日
都会のオアシス 8月27日
お風呂場コオロギ 9月27日
私の出会った小さな奇跡 上 キリスト教編 10月31日
私の出会った奇跡 2 仏教編 12月2日
2009年1月〜
2008年1月〜12月
2007年1月〜12月
2006年1月〜12月
2005年1月〜12月
2004年1月〜12月
2003年7月〜12月
2003年1月〜6月
2002年
私の出会った奇跡 2 仏教編 12月2日
みなさんは奇跡をどう思われますか? 多くの日本人は、奇跡を偶然と考えているようです。私もそれには概ね賛成ですが、前回にも書いたように、このごろ、本当にそうなのかなあ、という気持ちが少しずつ生まれてきています。
前回の小さな奇跡はキリスト教に纏わるものでしたが、今回は弘法大師様が、突然不思議な出会いをプレゼントしてくださったお話です。それは、落語家の柳家さん喬師匠にお会いできたことでした。
師匠とは、NHK出版の本を書くための取材を通してお会いしました。この本は来年刊行予定で、いま一所懸命原稿を書いているところです。師匠は、編集者とともに突然独演会に現れた私を快く迎えてくださったうえ、直々に大変なお時間を割いて落語の所作を教えたり、様々な所を案内してくださいました。そればかりか、私には未知の領域の落語界への窓口として細々骨を折ってくださったり、取材の後に私が機関銃のように発射する質問を、大海原のようなしなやかさとハヤブサのような迅速さで受け止めてくださっているのです。
繊細ながら淡白とお見受けする師匠は、ご自分についてけっして多くは語られません。そんななかで、私の心を雷のように打ったお話しがありました。それは、師匠が四国遍路を思い立たれたときのことです。そしてこの話をうかがったことで、私は奇跡はやはり起きるのかも、と思いはじめたのです。
最愛の兄上を亡くされた空ろな時期、師匠は出し抜けに四国に行こうと決心しました。宿泊先も参詣先も分からないけれど、師匠はとにかく飛行機に飛び乗ってしまいました。
「何かがほしかったんだと思いますよ。でもそんな理屈はどうでもよかった。お遍路に四国へ行くことしか考えなかったんです」
こうして、師匠は憑かれたように四国の空港に降り立ったものの、さて、どうしよう。そこで、まず書店に入り、遍路についての本を手にとったのでした。
「歩いて回る四国遍路? ・・・」
師匠は迷わずその本を買い求め、そのまま遍路の道をたどり始めました。こうして終日、師匠は夢中で歩いて田圃の真ん中のお寺に到着しました。
ところが、そこで日が傾きかけ、師匠は帰りの飛行機に乗らなければいけないことにはたと気付きました。困ったなあ・・・、するとそこに忽然とタクシーが現れたのです。
「車なら間に合いますよ。空港に行きがてらもう少し廻りましょう」
運転手さんに言われるまま、師匠は参詣を続けたのだそうです。
不思議な出会いはまだありました。別の場所で見知らぬ巡礼者とタクシーに相乗りしたとき、代金を支払おうとしたら、「そのお金を困っている方のために使ってください」と言われ、その言葉を胸に師匠は帰郷したそうです。そしてその年のクリスマス、道で困っていた障害のある方に手を貸し、
サンタさんの長靴に入ったお菓子をプレゼントなさったということでした。
「偶然なんでしょうけれど、ぼくにとっては弘法様のお導きのように思えてしまいました」
それから何年もかけて、師匠は四国八十八カ所をすべて廻り、巡礼を完成させました。その間には、こんな不思議な出会いを数多く経験されたということです。
「ぼくは信心はしてないけれど、あれは兄と弘法様のお導きだったような気がしましたね」
師匠はもう一度「お導き」という言葉を噛み締めてから、淡々と話を結ばれました。
奇跡を信じるかと人はよく問います。けれど師匠のお話しを聞いて、私は奇跡そのものを信じるかどうかよりも、むしろ一見偶然と思える出来事を奇跡や導きと受け止められる心があるかどうかのほうがカギではないのか、と思いました。物理的には偶然にすぎないはずの出来事が、ある人の心に運命の大きな力として働きかける。奇跡とはそういうものではないのかと。だから奇跡は、それを奇跡だと信じられる人にだけ起きるのでしょう。
師匠は最初、兄上との別れを何とか克服しようとなさったのでしょう。けれどその気持ちは、いつかもっとずっと高貴で普遍的な心へと進化していったのではないでしょうか。そしてそのことを、師匠はいみじくも「お導き」という言葉を通して素直に受け入れ、運命の神秘として認識されたのです。私はそのことに強く打たれました。そしてその発見は、絶望の中に灯った一筋の光を見逃さなかった師匠ご自身の力の賜でもあったでしょう。
生涯には何度か、心の奥深くに永遠の灯火が灯される瞬間がある気がします。それに気づける人は、その瞬間から心にもう一つの生命を授かるのでしょう。私はそれを小鳥たちから教わりました。そして師匠は、兄上のラストレッスンとしてそれを感得されたのだと思います。
2005年、私は純粋な魂や奇跡について思いをめぐらす機会を何度か得ました。それはけっして、いわゆる霊体験とか神秘体験に属するものではありません。すべては小さな出会いや不思議な巡り合わせでした。ですから、それらは全部偶然です。でも私には、それを偶然としてドライに片付けることができませんでした。何百人に一人いるかどうかという綺麗な心をもった友人たちとのつき合い、師匠との出会い、音楽を通して深まった友情、それらのすべてが私に何かを語っているような気がしたのです。
こうした方々はみな、私の大切な「ソールメイト」(魂の友人)です。その感覚は、恋愛のようなものでも友情でも身内意識でもない、魂の通い合いです。宗教も信心も関係ありません。だから、たとえば師匠にとっては、あのタクシーの中の巡礼者もソールメイトの一人だったかもしれません。
私についていえば、師匠とは落語以外の接点はなく、前回書いたさやかさんとはほとんど音楽だけのおつき合いです。さらに以前、青森県の白神山地でお会いした元またぎの吉川さんにいたっては、もしかしたら二度とお会いする機会はないかもしれません。けれども、どなたも大切なソールメイトです。ソールメイトにとって、言葉の多さや出会った回数は問題ではないのです。なぜなら、ソールメイトは時空を超えて、同じ祈りを心にもっているからです。
思い込みが強すぎることはとても危険です。でもときには、私たち自身に必要なメッセージを事物から読みとる力を養うことも、また必要なのかもしれません。ソールメイトとは、そのメッセージを伝えてくれる大切な存在なのです。
今年も皆様の暖かい応援のおかげで、無事に終えることができました。本当にありがとうございます。これからもたくさん勉強して、皆様に「良いメッセージ」をお届けできるようがんばります。来年も相変わりませず、どうぞ宜しくお願い申しあげます。
2006年が素晴らしい年となりますように。良いクリスマスと新年をお迎えくださいませ。
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私の出会った小さな奇跡 上 キリスト教編 10月31日
いつの間にか、日本にもハロウィンなる行事が定着してきたようで、私としてはクリスマスの次ぐらいに妙な感じがしています。クリスマスについては「日本はキリシタン国家じゃないのに」という昔からの素朴な疑問があるわけですが、ハロウィンにいたっては、そもそもケルト人の収穫祭なわけで、元々はキリスト教とも関係がないのです。まあ、それを言えば、クリスマスだって冬至とキリストの降誕を一緒にして祝っちゃおうっていうことですから同じようなものなんですけれどね。
話題になったついでに、ハロウィン("Halloween, Hallowe'en")は、元々"all hallow's even"が縮まった言葉なのだとか。ケルト歴の一年が終わる十月三十一日に、死者の霊が家族のところに戻ってきたり、悪霊が収穫を待つ作物に悪さをするので、ご先祖をお祭りしながら悪霊も退散してもらおうということで始まりました。それが、カトリックの「諸聖人の日」である十一月一日と一緒になって、西洋のお盆となったのです。日本ではお盆にナスとキュウリで馬を作ってご先祖をお迎えするように、西洋ではカボチャをくり貫いたなかに蝋燭を燃やしたりして「お迎え火」を焚くわけですね。
筆が、いやキーボードが滑らかになってきたのでさらについでに書いてしまうと、このハロウィンの夜、アメリカで子供たちが"Trick or treat"(お菓子をくれなきゃいたずらするよ)と言いながらご近所を回る風習はいまや有名ですね。私も留学していたとき、子供たちに引っ張られて、いい年してやりました。土地によって言い方も違うのでしょうが、あのフレーズのフルバージョンは、"Trick or treat, we want something good to eat"(お菓子をくれなきゃいたずらするよ、美味しいものを頂戴な)でした。これ、ちゃんとポエムの脚韻を踏んでいるんですよ。もうお気づきですよね。
さて、翌日の諸聖人にちなんでは、こんなお話しを一つ。聖人はカトリック教会が神様から見て優秀だと判断した人を特別に祭った方々で、有名なところでは、チョコレートでお馴染みの聖バレンタインや、小鳥に説教したと言われるアッシジの聖フランシスコがいます。じっとかしこまって説教を聞いた鳥の群が、説教が終わると十字架の形を作って飛んでいったといいますから大したもの。このほかに、失くし物を見つけてくれるパドバの聖アントワーヌ(この方も魚に説教したとかしなかったとか)、喉に魚の骨が刺さった子供を助けたので喉の病気から守ってくれる聖ブラジオ(前ローマ法王ヨハネ・パウロ二世が死の床で喉を痛められたときには世界の信者さんがこの方に祈ったそうです)など、たくさんの聖人がいるようです。
さて、前置きが長くなりましたが、実はその聖人をめぐって、つい先日ちょっと素敵なことがあったので、ご報告することにしました。でも、さらに実は、今年私は偶然の不思議に何度か出くわしてもいるのです。そこで今回と次回の二回にわたり、今年私が出会った嬉しい偶然にスポットを当ててみたいと思います。
10月23日、私はレッスンを受けているピアノの先生の門下で行われた演奏会で、2曲の演目を弾きました。『きっとあなたを励ます勇気の練習帳』にも書いたように、私は武蔵野音楽大学の霧生雅江先生にレッスンを受けていて、先生と門下の皆様のご厚意で、つたない演奏にもかかわらず音大卒業生の演奏会に混ぜて頂いています。
演目は、ショパンのソナタ、ロ短調と、連弾でチャイコフスキーの「クルミ割り人形」の中からいくつか弾きました。ちなみに昨年は、フォーレのワルツ第一番、一昨年はリストの「波の上を渡るパウラの聖フランチェスコ」とまあ、そんな感じです。何年か前には、先生とラベルの「ラ・バルス」を連弾させて頂いたりもして、私にとっては年間最大の行事の一つとなっています。
何しろ聞き手が全員専門の演奏家なのですから、発表会と言っても生半可なものではありません。みなさんがその勢いで弾くなかで、音大とは縁のなかった私がとにかく何かやろうってんですから、それはもう、富士山にでも登るような騒ぎなのです。しかも、たいていは私の誕生月の十一月にこの会があるので、霧生門下に入ってからは誕生月が「大変月」になっているのでした。それが今年だけは、10月になったのです。
連弾は、オペラの伴奏などを中心に演奏活動をしている松浦さやかさんが誘ってくださって実現しました。我が家から歩いて数分のところに住むさやかさんは、可愛らしい物腰のなかに、どっしりと肝の据わったところのある女性です。その音楽も実にゆったりと流れ、ドウドウとしています。そのさやかさんが、「麻由子さん、クルミ割り人形やりましょうよ」と誘ってくださったのでした。
もう少しお話しすると、実はさやかさんは、私の霧生門下入りと深く関係があるのです。それまで二十年以上師事していた先生が引退されたことから(この先生はロベール・カサドシュの愛弟子でした)、路頭に迷っていたとき、さやかさんのおばあさまとお母さまが、『鳥が教えてくれた空』を読んだのをきっかけに、迷える子羊(ほど可愛くはありませんが)と化していた私を霧生先生にご紹介くださったのでした。
突然大きな羊を預けられた霧生先生はえらかった。「それでは見てあげましょう」とおっしゃってくださいました。ということで、私は天にも昇るような気持ちで先生のレッスンに飛び込んだのでありました。
連弾の練習を進めるうちに、さやかさんが「私ね、”波の上を渡るパウラの聖フランチェスコ”を弾くことになっちゃったの、もう大変」と話し始めたのです。その曲は、先ほども書いたように一昨年私が弾いた曲でした。さやかさんがどんな風に弾くのか楽しみになりました。
そしてそんな折りも折り、私は今月末に出す本のなかで、この曲について少し書くことにしたのです。そして第一校正のゲラを出したその日が、霧生門下の会となりました。
「私ね、あのフランチェスコの曲のこと、本に書いたの。でもいくつか確認できないことがあってね」
「へえ、そうなんだあ。私もちょっと勉強したんだよ」
驚いたことに、そう言ってさやかさんが何気なく読んでくれた資料には、私が最後までどうしても調べきれなかった事柄が、あっけないほど整然と、詳細に書かれていたのでした。それらは年号や場所といった小さな情報でしたが、私の原稿にしっかりした裏付けを与えてくれました。
その原稿は、この十一月末に大和出版から刊行される新刊に書いてありますので、皆様お楽しみに。と、ちょっと宣伝モードになってしまいましたが、それはともかく、私は驚かずにはいられませんでした。さやかさんがあの曲を弾いて、それを勉強して、しかもいつもは十一月にある門下会が今年だけ十月になり、そのおかげでゲラ出稿のその日に、一番困っていたポイントの情報が与えられたのです。偶然には違いないにしても、これはもしや・・・。
かくしてゲラは無事整い、現在最終の準備へと向かっています。私はさやかさんに心からお礼を申したのでした。とともに、はるか東洋の地で一所懸命コンピューターに名前を打ち込んで四苦八苦しているしがない物書きを見かねて、「日本は守護圏外なんだけどなあ」などと言わずに助けの手を差し伸べてくださったフランチェスコ様に、柄にもなくお礼のお祈りをしてみたのでした。
次回は仏教編。素敵なお話し、しかも「???」の登場です。ご期待ください。
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お風呂場コオロギ 9月27日
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