風の前奏曲
日本では余り知られてない、というより、多分、この楽器の名前は初耳…という方も多いのではないでしょうか?もちろん、私もその一人なのですが、木の温かさからくる柔らかさと、澄んだ音が印象的な楽器です。西洋楽器であるマリンバと異なり、音の広がりを楽しむというより、音色そのものの美しさを楽しむ楽器かな?基本的な演奏方法は、木琴と同じく、2本のバチで叩いて音を奏でます。
映画そのものの出来に関して言えば、可もなく不可もなし、という作品ですが、この演奏を聴くだけでも価値がある(^^; 特に、ライバル・クンインとの競演場面の演奏は聴かせどころ♪(あ!映画だから観せどころですね^^;) 実際に、このライバルを演じた俳優さんは、ラナート奏者が本業で、タイ国内及び海外でも高い評価を受けているそうです…滑らかな動きは、さすがで、片や主役は素人の俳優さんなので、相当に練習はしたのでしょうが、やっぱり見比べちゃうと、全然、動きの自然さが違います(爆) また、ラナートの音色が、タイの美しい自然とマッチして、まさに「アジアの風」を感じる、という作品です。
以前は、米国もしくは欧州中心だった海外作品も、近年になって、ようやくアジア映画が輸入され一般公開されるようになりました…タイ映画というと『マッハ!』を思い出す方も多い思います。『マッハ!』がハリウッド進出映画なら、本作品はタイ国内のナショナリズムを大いに高揚させ、庶民は当然ですが、在タイ大使館大使などを招いたほどの大ヒット作だそうです。その背景には、第2次大戦後の混乱があり、また、92年の軍事政権の打倒による民主化が進行したことも大きいと考えられます。同じアジアの仲間であり、日本企業の海外進出の拠点の一つとして、深い経済的関わりがあるわりに、あまり具体的にタイのことは知りません(^^; せいぜい、アユタヤを初めとする世界遺産があることや、タイ料理の『トムヤンクン』や『レッド・カリー』が好物である、という程度のお粗末さで、本作品における民族楽器もその一例ですが、大戦後に、戦後の日本と同じように国民性のアイデンティティが崩れかけた時代があった、ということを初めて知りました。
20世紀前半にラマ王8世(現在は9世が君主)の宮廷に仕え、タイ文化のルーツ=“ラナート”を芸術の高みにまで引き上げたソーンですが、大戦半ばから続いた軍事独裁政権下では、統治者が民衆に新しい価値観を植え付けるために新しい法規を発行することが出来、その新しい価値観というのは、欧米文化こそが文明であり、タイ文化は未開で遅れているという内容…何だか明治時代初期の日本の一面を見るようですが、これは度重なる侵略の危機に立たされたタイが、西欧並みな文化国家であることを誇示すれば、対等になれるに違いない、という発想から出来た法規。実際に音楽家達への抑圧や禁止事項に、一時は衰退したかのように思えた伝統音楽ですが、現在は新たな解釈も加わり立ち直っているとのこと。映画の後半部で、将校が家を出た途端、ラナートを奏でるソーン…その静かな反抗は、統制で自分達の音楽に飢えていた民衆の力に救われます。自分達のルーツを忘れて、その上に成り立つ文化など本物ではない、というソーンの堅い信念…将校も、実はソーンの奏でる穏やかなラナートの音に魂を呼び起こされたのではないでしょうか。
その一方、ソーンは、海外留学でピアノを学んだ息子の弾くジャズに、ラナートを即興で合わせるシーンが登場します。このエピソードは、西洋音楽も、為政者が古臭いと思っている民族音楽との融合を象徴を表す大切なシーンとなっています。現在の日本の邦楽でも、クラシックの曲を箏曲で演奏したり、ピアノやヴァイオリンを伴奏に尺八で新曲が作曲されていたりしますが、まさに「音楽に国境はない」ということの体現でしょう♪ タイでは、この映画の後、ラナートを学ぶ若者が増えたそうですが、改めて自分達の音楽の良さに気付いた結果なのでしょうね(*^^*) 日本でも、子供の頃にピアノやヴァイオリンを学ぶことは多くても、三味線・琴・尺八を学んだ…という方は、比較するとかなり少ないハズです。邦楽と聞くと長唄や謡などの辛気くささを思い起こす人も多いと思いますが、日本独特の旋律も、また捨てがたい良さを、もっと多くの方に知って貰いたいな、と思っています。現在の邦楽のCDは、古典的なものも多いのですが、新しく作曲されたり、ポップにアレンジされたりして、素晴らしい演奏も多いんですよ☆
長く、その風土に根ざした文化は、一朝一夕で成り立たないのと同じく、心の何処かで民族の記憶として受け継がれていくもの…一人の伝説的な奏者の人生を通して、映画の大事な場面で登場する、風のように舞い踊る一羽の蝶は、美しく、そして儚く、尚かつ希望をもたらすシンボルとして、ラストシーンで、ラナートの華麗だけど素朴な音色に飛翔していくのが、何とも心憎い演出でエンディングを迎える、印象的なアジア映画でした(*^^*)♪
