ベトナムの病院訪問記 2000.10.14〜19
日本ベトナム友好協会の熱心な会員でもある兵庫民医連の職員有志の呼びかけ でカンパ活動を行い、ハノイにある国立小児科病院の医師(リエム医師、病院副 院長)と看護婦二人(バンさんとホワンさん、病院婦長)の医療研修の受け入れ を行いました。
小児外科医である医師の技術研修は、主に県立こども病院で行われましたが、 民医連の病院や診療所にも来られ、往診に同行するなど第一線の地域医療を見学 してもらいました。また、看護婦研修は、神戸協同病院と尼崎医療生協病院の二 つの院所で受け入れましたが、大きな言葉の壁(ベトナム語しか通じない)を乗 り越えて、心の通じ合う看護研修ができたと思っています。
彼女たちの送別会が神戸で開催されて私も参加したのですが、バンさんとホワ ンさんから「ぜひ私たちの病院にも見学に来て下さい」と言われて、私も少しア ルコールの入った軽い乗りで「私も、あなた達の病院に行きたいです」と言って しまいました。この発言が、今回のベトナムの病院訪問ツアーを企画することに なった契機になっているように思います。
今年の10月14日〜19日まで貴重な休暇をもらって、ベトナムの病院交流 ツアーに飛び立ちました。余談ですが、私は飛行機嫌いが多い(?)中高年男性 の一人であり、今回は4回(関空〜ホーチミン市とホーチミン市〜ハノイの往復 )も飛行機に乗らなければならないことが正直言ってストレスでした。

 ハノイでは、まずリエム医師やバンさんホワンさんの勤めている国立小児科 病院(400床)を訪問しました。約20年前に外国資本(スイス)で建てられ た病院は、かなり老朽化しており、医療設備の更新もなく20年前の医療器具を 今も使用していると言っておられました。入院患者は多い時には600人にもな るそうで、1ベッドに2人が寝ていることもあるそうです。各病棟を案内しても らいましたが、血液学の病棟では、白血病などの重症の血液疾患の乳幼児達が4 人部屋で母親に付き添われて入院していました。小児外科の病棟では、先天性の 小腸閉鎖や鎖肛、ヒルシュスプルング氏病などの消化管の重症の奇形や先天異常 を持つ乳幼児が多数入院していました。その中には、1〜2カ月くらいの乳児で 、人工肛門の手術を受けた子もいました。 小児外科の病棟では、リエム医師の 他にも兵庫県立こども病院で技術研修を受けた若手の医師もいて、医療設備や手 術器具は不十分すぎますが、そのような中で努力している医師の医療技術は決し て低くはないという印象を持ちました。 新生児病棟では、1000g台の低体 重児の沢山入院していましたが、保育器が10個程度、人工呼吸器は1台しかな くて、呼吸の障害をもつベビーに対して、バギング(手で蘇生バッグをもむ)す るしかない場合が多いと言っておられました。

 その次に訪れたバクマイ病院では、日本政府の全面的な資金援助の基に新病 院が建てられており、最新の日本製の医療機器が整備されていましたが、最初に 訪問した国立小児科病院との大きな格差に矛盾を感じずにはおれませんでした。  また、その病院の玄関ホールの壁には日本の子供たちが描いた絵画をタイルに して貼ってあるのが印象的でした。

ハノイでまる3日間過ごしました後、飛行機でホーチミン市へ行きました。余 談ですが、ベトナムはインドシナ半島の細長い国で、ハノイからホーチミン市ま で飛行機に乗れば約2時間ですが、バスや鉄道だと2〜3日はかかるそうです。  ベトナムの庶民は貧しい人が多く、交通手段は自転車や原付(ものすごい数) 、遠方へはバスか鉄道を使っています。
ホーチミン市では、ベトちゃん、ドクちゃんがいるツズー病院を訪問しました 。この病院は910床もある産科小児科病院で、年間の出産32000人、1日 平均90人のお産があるとのこと(ちなみに当院では開院20年目で、もうすぐ 10000人目のベビーが誕生する予定ですが、あまりの桁違いの数にびっくり 仰天)。約30年前のベトナム戦争の時に米軍が散布した枯葉剤(猛毒のダイオ キシン)のために、孫の世代の子供達にも先天性の奇形が多く生まれているとい うショッキングな事実を目の当たりにしました。ドクちゃんは、19歳の凛々し い青年となり、元気に病院の一スタッフとして働いていますが、ベトちゃんは、 重い脳障害を併発したために寝たきりの状態で、経口摂取はできますが人工肛門 と持続導尿を行っています。そこで、人工肛門や持続導尿用の医療材料が非常に 不足しているという事を知り、早速、私たち有志でカンパを募って、日本から医 療材料を贈ろうということになりました。その他にも、枯葉剤の影響と考えられ る重症の奇形をもった子供達が約40人も入院をしているという悲惨な状況があ りましたが、病棟は明るい雰囲気で子供達の笑顔が印象的でした。
私たちが病院を後にする時、玄関まで見送りに来てくれたドクちゃんと握手を して別れましたが、医療設備や器具の不十分の中でも、明るく働いているベトナ ムの医療従事者の姿に新鮮な感動を覚えました。そして、また2〜3年後に再会 したい(?)という秘めたる思いを持ちつつ帰国の途につきました。




国立小児科病院にて リエム医師と記念撮影


ホーチミン公園にて


ギロチンを初めて見た(ベトナム解放戦線の兵士が虐殺された)


ツズー病院でドクちゃんを囲んで記念撮影


ツズー病院に入院している障害児(枯葉剤による先天性の奇形が多かった)


ベトちゃんは重症の脳障害があり、人工肛門と導尿をしている(医療材料が不 足)


ベトちゃんは経口摂取ができている




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