Chichiko Papalog 「気になる下落合」オルタネイト・テイク

 

E邸とその屋敷森

十三間通り

十三間通り(新目白通り)から見ると、下落合の鼠山南斜面に建っているE邸は、木立に隠れて屋敷の姿は見えない。だが、屋敷の東側にある原生の巨大なクスノキが、山麓からでも容易に確認できる。こうやって、改めて下落合の丘を眺めると、このE邸から野鳥の森公園、そして西端の薬王院にかけて、濃いグリーンベルトが連続して残っているのがよくわかる。この森の下を、数匹のタヌキが往来している。

空中写真

上の写真は、敗戦直後のE邸とその周辺の空中写真だ。1947(昭和22)に、米軍のB-29から撮影されている。(飛行コースM372-A-Point55) 目白通り沿い、あるいは神田川・西武電気鉄道(西武新宿線)の沿線は空襲でことごとく焼けているが、下落合の南斜面は住宅や屋敷森が火災の延焼からまぬがれ、よく残っているのがわかる。

内がE邸、現状とほとんど同じ姿をしている。こんもり繁ったクスノキの姿も確認できる。また、当時の七曲坂を見ると、両側が濃い樹木で覆われていたのがよくわかる。目白文化村の空襲でも顕著だが、このような濃い緑に囲まれた地域、あるいは屋敷は、類焼をまぬがれているケースが多い。災害対策にも、きわめて参考になる資料だと思う。

では、実際にE邸とその屋敷森を仔細に観てみよう。今年の129日に、ご好意により邸内をくまなく撮影させていただいた。

見取図

 

E邸への入口は、北側の門(方向1)と西側の門(方向9)2ヶ所ある。西門の外側は、すぐに野鳥の森公園へとつづき、北門側はきれいに手入れされた庭木やバラ園が拡がっている。北門から入ると、原生のケヤキの巨木が連なり、夏はうっそうとしたたたずまいを見せる。

 

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北門を入った、バラ園の横手から撮影したE邸の遠景。 (方向1)

下は、入ってすぐのところにある茶室と玄関の戸。木の皮を編んだめずらしい戸袋。(方向2) また玄関も、壁塗りにいたるまで非常にていねいな造りになっている。玄関は式台が2段で、畳敷きなのがいまとなってはめずらしい。(方向3)

 

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上の写真は、正面玄関の全景。(方向4/5) この玄関前を右方向へ行くと、野鳥の森公園側の西門に突き当たる。

左写真は、その手前にある屋敷蔵。(方向6) この蔵前には国土地理院(旧・地理調査所)が設置した、花崗岩製の三角点がある。鼠山の山頂をあらわす測量ポイントだ。ここを頂点に、わずかな南傾斜の上にE邸は建築されている。ただし、南側の庭園からすぐ先は、急峻な崖線となており、いわゆる中落合・中井と同様の「バッケ」、または小金井・国分寺界隈でいう「ハケ」の地形だ。

 

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左写真が、野鳥の森公園と斜向かいに隣接する瀟洒な西門。(方向9)

この西門へ向かう両側にも、古いお屋敷が並んでいる。(方向10/11) やはり大正期か、昭和初期の建築が美しく、下落合の原風景だ。この一画全体を、戦前に葛ヶ谷一帯(西落合)がそうであったように、「風致地区」として指定・保存したいぐらいだ。

 

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左上の写真が、庭にそびえる巨大クスノキの全景。このぐらい離れないと、樹木全体をカメラに収めることができない。(方向12)

独特な屋根の反り具合が美しい。細かなところにまで、当時の高度な大工の仕事が息づいている。(方向13) いま、同様の家屋を建てようとしても、もはや当時の技術自体が存在しないという。

 

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何層にも重なった屋根や庇が、独特な趣きを生み出している。(方向14/15)

 

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南に面した日本庭園へ出ると、急に視界が開ける。同時に、庭木や原生の木々が目に飛びこんでくる。(方向17)

クスノキを下から見あげたところ。(方向18)

縁側と庭の間には、巨大な敷石が置かれている。式石にするため、わざわざ京都から切り出して運んだそうだが、あまりの重たさに中をくりぬいて運搬したそうだ。(方向20)

 

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写真左は、いまとなっては貴重な水琴窟(すいきんくつ)。雨が降ったり、軒から水がしたたると、空洞になった石の中を水が伝わり落ちて、まるで琴のような音色を響かせる。(方向22)

写真下は、どこか洋風なガラス張りの台所。ガラス面が滑らかではなくゆがんでおり、いわゆる“大正硝子”のまま、窓枠にパテでとめられている。採光を考慮した南向きの明るい台所は、同時期の建物としてはめずらしい。中に見えている、比較的新しいシステムキッチンとの対比が、なんともいえず面白い風情だ。(方向23/24)

 

 

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左上の写真は、玄関横の蔵を裏側から見たところ。(方向25) 隣接する家も、ほぼ同時期の建築と思われ、屋根のカーブが美しい。ひょっとすると、同じ大工の仕事かもしれない。(方向26)

E邸に残る井戸。いまでも水がたまっている。下落合はもともと、都内でも有数の湧水地帯だった。無数の小さな流れが、神田川や妙正寺川へと流れこんでいた。きっと泉質もよかったのだろう。この井戸も整備すれば、現役で使えるに違いない。消毒設備さえしっかりすれば、緊急災害時には水道の代わりに大きな役割を果たすだろう。(方向27)

 

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この角度から見ても、屋根の反り具合が映える。他のデザインや造りといい、宮大工の仕事だろうか。大正建築と、最新のパラボラアンテナとの対比が面白い。(方向28)

クスノキを庭から眺めたところ。野鳥が多く、餌台も設置されている。(方向29)

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庭から眺めると、冬でも家屋がすっかり隠れてしまうほど緑が濃い。(方向31/32/33/35) ぜひ、夏にも撮影してみたいものだ。

 

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上の写真2点が、以前に「下落合、タヌキの通い路Click!でも紹介した庭園南辺の小径。(方向38/39) タヌキが食べた、柿の皮が残されていたところだ。

左写真は、蔵前に残る三角点。山頂や見晴らしの良い場所に、国土地理院が設置する三角測量の指標だが、このポイントは鼠山山頂を意味するものと思われる。

 

 

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