「黒猫の手も借りたい」
 私はへろへろしながら、ひとり、公園のベンチでアイスクリームを食べていた。
 あまりの暑さに、猩々の面がびっしりと貼りついた空。敷地内の木々は、ギリム シ弾の照射で奇形になったとはいえ、前よりもいっそうぐんぐん生い茂り、植物た ちが吐き出す水蒸気と二酸化炭素に昆虫の群も身をすくめている。
 半分ほど食べ終わったところで、黒猫が私のすわっているベンチに飛びのって きた。私の隣、黒猫は無心そうな顔で自分の顔や腹をなめ回し、毛繕いを始め た。しかし、時おり、私の食べているアイスクリームをちろちろと窺っているのが、 はっきりと見て取れた。(一瞬見せる物欲しそうな目。この猫はアイスクリームが 好きなんだ。)
 猫かぶりの下手なデブ猫だ。私はアイスクリームを舐めさせてやるふりをして、 左の指を出した。猫は簡単にだまされて、私の指をちゃぷちゃぷ舐め始めた。
「わほ」
 私は、突然やけどでもしたみたいに手をひっこめた。舐められた指の爪が溶け だしたのだ。幸いなことに、爪はぺらぺらの紙のように薄くなっただけで、消えて なくなりはしなかった。猫の唾液がこんなに強い消化力を持つなんて、誰も教え てくれなかった。
 私は、自分の爪が紙爪になってしまった仕返しに、黒猫を思い切り蹴ってやっ た。猫は空気の抜けていく風船さながらに飛んでいった。顔を見ると意外にも落 ち着いた様子なので、きっと地球を一周して元の所へ戻って来るつもりなのだろ う。
 アイスクリームを食べ終えて、ふとベンチの上を見ると、今まで黒猫がいたとこ ろに一枚の紙切れが落ちていた。手に取ってみると、こんなことが書かれてい た。

 怒犬が私の気違いめいた緑の左指に噛みついたとき、同時対称性の美少年は乾板の上で透明になる。一躍有名になったローマ法学者は思わず古代史を保守的な純粋詩に書き改める。嘘つきの出は明朝3時だが、厳密にいえばこの不愉快な歌声は君の無言歌だ。浄瑠璃の底なし沼に君一人、異質な牛丼玉子丼レバニラ炒め食いたくて、余白に書き込む注釈者月桂詩人は多けれど、私は逆立ちしたライオン。
 年をとったねおじいさん、目を開けてみれば土鍋に影ひとつ。あと5年の月日が あれば、この特権的な地位も迂回ぐすりでがらがらと喉をうるおす冗長なんはこ の家を継ぐ。
 整理整とんまなやつ程憎まれっ子世にはばかりを貸してください。トランプ遊び の印象主義は、それこそアリスの真骨頂、おお、私のハムレットイットビー。病例 を解明すれば不思議の国のアリストテレスの論理学症候群。流動する変化化合 物の展開にひそんでいるのは現在のこの任意の点をXとします。
 鬼が出る。
 交渉を持つ海亀のスープを吸うときは音をたてないように静かにしてくださいよ 深夜には近所迷惑になりますから、ご承知のように原体験は私の職業です。
 はるかに凌駕して翔ぶ鳥を落とす勢いの天皇はこの前人間だった。黒先でこ の白は死です。この場合、白地に赤く日の丸そめてああ美しい日本のはたと膝を たたき、誰に嘆かむこのかっけ。もっけのさいわい、この世のなりわい、遠きイギ リス、ジャンボで行こか、円高ドル安スダグフレーション、ひょんなことから伊勢参 り、まいりましたは勝負のおしまい、では、さよなら。

我酔欲眠卿且去
明朝有意抱琴来



 あの黒猫は、狂っていないのであれば、なかなか文才がある。そう思いながら、 私はベンチから立ち上がると、アイスクリームの棒と紙切れをゴミ箱に捨て、公園 の出口に向かって歩き始めた。
 あいかわらず、暑かった。

「しけんきゅう」138号(2002年6月1日発行)掲載