<エウロパ水域の夏>
巨大ホテルのロビー
吹き抜けのクリスタルグラスから射し込む
疑似太陽の寒々とした光の中
旅人達のざわめきが
潮騒のように高い天井にこだまする。
片隅のソファー
少年は浅いまどろみの中
夏のエウロパ水域を 一瞬 幻視する。
河藻の群落は アルカイド系の毒を含み
緑の血を吐きながら ゆるゆると移動し
溶け始めたコンクリートの堤防には
置き忘れの釣り竿が1本 突きささり
岸辺のヒマワリは ひたすらに黄
川面をわたる風は 重い熱病にある少年の吐息
腐敗した橋の下には 新鮮なブタが ぽうわり浮かび
柔らかなうぶ毛に 泥水を吸い込ませ
白痴のブタの顔が いびつに微笑み
アゲハチョウが 一羽
みずみずしくて食欲をそそる ブタの腹の上で
熱い翅を冷やし
岸辺のヒマワリは ひたすらに黄
疑似太陽が赤色雲渦に隠れ
ロビーのざわめきが 瞬間 途切れるとき
少年は夢から醒める。
<茉莉花(まりか)追憶>
乾いた冬の陽光が張りつめた白い障子から射し込んでくる午後には、
こまやかな光と落ち着いた固い不安の中に、
黒髪を尼そぎにした12歳の少女がいる。
茉莉花。
この懐かしい淫靡に満ちた部屋には、
西方の魔法宮に棲むという駱駝(らくだ)もいて、
強靱な顎の筋肉で鈍重にガムを噛んでいる。
駱駝の濃い影の下にあるのは、茉莉花の穿き忘れた白いソックス。
どこからか笙の音が聞こえてくる。
その音に合わせて、茉莉花は紅い唇で口笛を吹いてみる。
ぴいぽうぴい。
凍りついた畳と駱駝と蒼空。
天蓋の下にある銀時計。
針は12時を指したまま。
茉莉花。
爪の奥に鮮やかな血を滲ませて時計のゼンマイを捲く。
ぎりぎりごりぎりぴいん。
ちゃったちゃったと動き始める時計に熱い耳朶(みみたぼ)押しつけて、
微笑む、茉莉花。ひとり。
<遍 路>
西に傾いている蒼い月に向けて魂をとばしながら
夜明け近くの海辺を歩いているのは
白装束のひとりの遍路である。
うち寄せる波の遙か彼方には
昔に沈んだ超高層ビルが半分だけ姿を見せていて
発光虫の繁茂する壁面が、薔薇星雲の密やかさで光っている。
海辺に沿って伸びる防砂林は
吹きつける海風にざわざわと不気味な声をあげ
星々は、ひとつ、またひとつと消えていく。
月に向けて放たれた魂は
過去に死んだ(殺した)少年の魂と戯れ
ゆがみつつ交わり
歓喜にふるえて月面を縦横に飛ぶのである。
やがて
遠くからひぐらしの声が聞こえ始めるとき
ひとりの遍路は黙々と歩み去り
有明の月だけが残る。
「しけんきゅう」142号(2004年6月1日発行)に掲載
<かくれんぼ> −「田園に死す」より−
かくれんぼ
鬼になったら
みな逃げて
隠れて隠れる
大きな木の祠、茂った藪の中、古い神社の縁の下、
積み上げられた稲束の中、人混みの中
鬼は一人、また一人
見つけて見つける。
でも、
一人だけどうしても見つからない。
見つからないまま
鬼は解かれず
少年はいつしか大人になり
年老いる。
そして、
55年後の村祭りに
年老いた鬼は
誰かを探す
誰を探すのか
大きな貯水塔、茂ったWEBの中、通勤電車の座席の下
積み上げられた契約書の中、
そして、人混みの中に
<基礎科学研究所の傍の公園で>
たそがれどき
基礎科学研究所の傍の公園を
ふたり、歩きながら
ためらいがちに口ずさむ歌は
懐かしく不思議な精霊歌
君を思う気持ちに
連騰車のように胸をわくわくさせ
紫靄に煙る6月の空気を
思いっきり吸い込んだり
夜になり
カシオペア流星群が空を滑り
また、きらめきながら流れ
私たちの心も ためいきとさざめきで
碧薔薇のように泣いたり笑ったり
信じたい。
私たちは1日だけ(そして永遠に)
生きていた。
夜明け前の薄明かり
朝露の中で夢は覚め
君は
唇から絶対零度の呼気を私に吹き込み
基礎科学研究所の磁気扉の内奥に
ひっそりと消え
公園からは
白鳥の歌が遠く遠くかすかに聞こえ
そして、いつしか、とだえ
< 水 域 > −「田園に死す」より−
夜更けに
私の蛾廊船は
エウロパ水域を流れてすべる。
紅蓮の花を
口いっぱいに(苦しみの多さだけ)詰めながら
水死体が
舳先をかすめて駈けぬける。
(死んだ老人たちの呟きが
私の心を鎮め、癒すのだ。)
木星表面を駈ける雷(いかずち)を見るために
剃刀の刃で
自分の両瞼を
ふかくふかく(悲しみの深さだけ)裂きながら
私の蛾廊船は
エウロパ水域を流れてすべる。
(雷が巨大惑星を包み込むときに
私は安らかな眠りに就けるのだ。)
夜更けに
私の蛾廊船は
エウロパ水域を流れてすべる。
< M U >
耳鳴りの音を超えて響く 聖なる声明の中
遣いの船は今、白い帆に陽光眩しく出航する
老婆の群はただひたすらに紫薬を噛み
ゆがみつつある宮殿の中で帝旗は晴れやかに舞う
(密やかな蜩の声は、永遠に)
たおやかな嶺々 雲は雲をよび
震える馬の背に蒼い風が吹く中を
少女たちは雪解け水の冷たさで駆け抜け
磁気テープ草の繁茂する庭園で巨大黒岩が結晶する
(全てを許す神々は、私の中に)
< 曼 陀 羅 >
1
宏大な沙漠の果てには
巨大な寺院があると云う
黄色に染めた袈裟を
ヒマラヤ山脈から吹き下ろす
氷河時代の冷風に
ひらりひらりと靡かせて
苦行僧達は
哀しげな声明を
澄み切った蒼穹に向けて
張り上げる
2
静謐な夜
選ばれたる高僧は
月面にかかるオーロラの下に
蝶や蛾の群の
眩しき乱舞を見る
心の隅々にへばりつく液状金属の
悲痛な叫びに耳を澄ませば
一粒ひとつぶの沙の意思が
有機物のように動き出す
突然、高僧は
輝く円光を感受する
それは、
精鋭な騎兵大隊の頭上に
痩せ細った騾馬の群の上に
ユレシア山頂の上空に輝く
3
円光はE=MC自乗の白さに輝く曼陀羅
銀河の回転は曼陀羅の無限慈悲
四頭立ての阿修羅馬車が
沙漠の真ん中を駆け抜ける
4
砂漠がむっくり起上がる
< 無 明 >
あさ
おそいころ
ちょうこうそうびるでぃんぐ
の
たにまに
ひとり
ねころび
たばこ
ふかして
いっぱいの
あおぞらに
こていしている
ぎんはくしょくの
ましかくの
おぶじぇが
ぽっかり
ちほうの
くち
あけて
おきしだんとの
りゅうしを
すいこむのを
みる
わたしは
ごおせいごむの
ふうせん
だ
「しけんきゅう」136号(2001年6月1日発行)掲載
< 梵天の夜の茉莉花(まりか)>
1
花精妙(はなぐわし)桜の森の静けさに
射干玉(ぬばたま)の夜の不可思議さに
玉藻刈(たまもか)る少女 茉莉花 ひかる
(子猫の紅き眼光)
2
氷雨 石走(いわばし)る滝に吹き上げ
敷妙(しきたへ)の黒髪しきて
マネキン人形の夢の中にて
樫の実のひとり 眠る 茉莉花
3
電波望遠鏡のハミングにつつまれて
畳(たた)なづく柔肌の 茉莉花の頬は
ペテルギウスの紅(くれなゐ)の色よりも
陽炎(かぎろひ)の春に燃ゆ
(中性子星(ぱるさー)の回転音が横笛(おうてき)のようにひびく)
4
プランク定数による点滅は
百云(ももづた)ふ八十(やそ)の茉莉花の真澄鏡(まそかがみ)面影
少女の幼き胸にある時計はN次元の慣性系
(鳴る神の音は 細(さざ)れ波やむ時もなし)
5
二百億光年の空間を隔ててある足引(あしひき)の山上にて
絶対零度の降る雪の白き指にて
千早振(ちはやぶ)る神とともに
茉莉花は 七つ緒の琴を鳴らす
(茜さす紫の香炉より 春花の匂ひ栄ゆ)
<旗と蓮のしるしを探す>
−− 茉莉花の居ない部屋 −−
茉莉花の居ない部屋
で
私は
閉塞感
のあまりに
二億年前の地層に
化石となって生きていた
恐竜たちの
苦しみで
石化する。
額から脂汗
流し
ブルー・ブラックのインクを
ひとびん
飲み込んでしまった
私の
い
ぶくろ
下痢は止まること知らず
私は
スクリーンに映し出される
自分の
思わず
いとおしい
白黒像を
見ている。
指先だけ
が絶え間なく
震え
甲殻虫の幻影に
眼の奥が
痛む。
全てが
私の
石化した躰から
逃
げていく
よそよそしい物体
だらげの
茉莉花の居ない部屋。