第3回八丁平展について
前号で開催予定をお知らせしましたが、第3回八丁平展の期日が決まりました。
会期:2002年7月9日(火曜)〜7月14日(日)
会場:堺町画廊(京都市中京区堺町御池下ル 075-221-5370)
今回の企画の動機
作年秋、八丁平を歩いておりましたら、森林植生の調査をしている京大の学生の一行に出会いました。少し話をしましたが、間違いなく彼らが、こんな山の中へ連れてこられているのは、八丁平の林道問題があったからなのです。我々にとって、20年数年前のことも”ついこの間”のことのように感じますが彼らには随分昔、生まれる前のハナシであります。何故君たちが、ここにいて、私と出会ったか。何故毎週八丁平に通ってくる写真家のKさんはゲートで車をとめ君たちは林道終点まで車を乗り入れることが許されているのか。そういうことも詳しく説明しなければいけないと思いました。同様のことは行政にもマスコミにも市会にも言える時期にさしかかっているのではないでしょうか。八丁平のことが遠い昔の事になりつつあります。
八丁平通信の創刊号(1988年5月)のサブタイトルに−美しい自然を後生に−とあります。
何が美しいかは人それぞれですが、後生に-に続く文言は何なのか? 残そう、ならば辛うじて残すことが出来たのか?
後生に伝えよう、ならば、何をどの様にして? 果たして伝える事はできているか? 八丁平展はそういう試みの一環ということになります。
私たちの活動スタイル
私たちの活動は一部に自然科学、博物への造詣の深い人間もいますが、総じて私たちが確固とした知識やデータをもって行政などに対応しているわけでなく、問題点を提示して、広く市民の意見や考えを問い、それをそれぞれ適当な所へ(行政、市会、学識者、マスコミ等)へフィードバックしてゆく、というのが活動のスタイルでしょう。昨今の言葉ではオンブズマンという考えに近いでしょうか。従って何かの形で、広く市民の意見を参考にしていくことが不可欠なのです。
今までの経緯
1、第一回八丁平写真展(1981年2月26日〜3月2日)左京出町柳月堂にて。
状況:1978年秋に再開された大黒谷線林道(八丁平林道)が八丁平へ向かって進んでいた。
市行政は前年1980年末に今まで久多貫通まで一体だった大黒谷線線計画をオグロ谷林道、と大黒谷線林道(旧大黒谷線線林道)の2本に変更、これを契機として南側からの八丁平侵入を阻止するべく、広く市民に知らせる目的で開催。会員の写真の他、地域振興でこの頃売り出された久多の佃煮なども紹介販売。新聞などで紹介される。尾瀬長蔵小屋から花と祝電をいただく。
2、第2回八丁平写真展-文化祭 (1991年7月2日〜7日)堺町画廊にて
状況:南側からの八丁平への進展は伊賀谷左俣上流で止まっていた。オグロ谷線に変わり八丁平での合流を目指すとしてルートとして新たに久多コクンド谷林道が峰床山、八丁平
を目指して着々と進んでいた。私たちは長期に渡る活動を維持するため1986年から八丁平自然観察ハイク、1988年から八丁平通信を発行してきたが、より広く市民にアピールするために企画。
地団研からは八丁平の生い立ちにかかわる解説やチャート(岩石)の顕微鏡の映像。会場で体験)、野鳥写真家の加藤忠夫さんの八丁平の野鳥写真の他、写真以外にも八丁平に縁のある方々から、ネマガリタケによる竹かご、木工、染色作品など展示。
コンセプトは「守るべきは、単に自然そのもの、のみならず、自然に働きかけ、またこれに触発される人間の文化活動全ても含めての八丁平保全。」
新聞で大きく紹介される。翌年、八丁平への林道敷設は中止。迂回路線が決まった。
第3回八丁平展(文化祭)について
展覧会のコンセプト。
基本的には前回と一緒で、「守るべきは、単に自然そのもの、のみならず、自然に働きかけ、またこれに触発される人間の文化も含めての八丁平保全。」を広く市民へのアピールします。
状況:1992年八丁平への林道敷設中止が決まってから10年。1993年には迂回路が開通し、1969年着工以来25年かかって久多と尾越間の林道が開通した。しかし厳しい山岳林道を作業道で結んだもので、一般車の乗り入れは禁止されている。八丁平については定期的に調査が継続されているが、最近は内容の公開、報告もなく、実態がわからない。外部からの観察では湿原内への樹木の生長も著しく、シカ、イノシシの食害も年々激しくなっている。1,2年カキツバタも観察されていない。
八丁平の自然の変遷の主たる要因が自然自身によるものなのか、過去に人間が手をいれた結果なのか、そのいずれかとして、八丁平湿原の保全はどうあるべきなのか。もっとも基本的な問題点について。(当然複合の問題としての獣害対策なども)
利用者は中高年の登山ブームなどで増加傾向とみられバス会社などのツアーコースなどに組み入れられることもあるがオーバーユース回避のため会では自粛を要請。理解を得られている。
林道、登山路、作業道などの管理について。砂防堰堤など市有林内の施設について
展示計画(案)
1、壁面
A 八丁平の林道を巡る活動の経緯を年表にし、記載の活動の内、主なものを紹介する写真や資料を年表周辺に配置する。
*副案:年表を拡張し、八丁平の地史、歴史的経緯も含めるか。
B かってクラガリ谷にあった同志社大学新心荘とその移転の経緯の写真展示
八丁平保全の中で山小屋移転は一大画期的な事件であった。小屋の湿原への悪影響が指摘される中、一時期糞尿を八丁平外まで運び出す努力までしたこともあった。彼らの活動をここ提示しておきたい。簡単な年表と写真
C
八丁平の自然、その季節と変遷の写真展示。私たちが”登山者”という形でかかわり始めてから撮ってきた素人写真の寄せ集めから何かが読みとれるか。場所、季節などを対比しながら八丁平の自然を紹介する。地図を貼りどの地点かを明示する。
副案:あるいは全く別な観点での展示とするか。例。個人がこれと思ったものを個人の選択で提示する。あるいは、担当者に送り担当者の判断でまとめる。(前回はこれに近い?)
D 八丁平の野鳥 野鳥写真家、加藤忠夫さんの入魂の写真の数々を紹介。
E 八丁平の地史、地質 地学団体研究会京都支部による展示。(一部床面、テーブル展示もあるか。
F 水と緑
参加団体、その他関連団体からのアピール展示。緊急かつ運動を継続する上での一助となれば幸いである。スペース的には限定されると思うがぜひ実現したい。一部テーブルで資料配付署名なども
主担当:
その他 趣旨、挨拶文の作成 担当者
2、床面、立体
G 八丁平の立体地図、前回田淵氏制作になる力作の再展示及び、その後の八丁平周辺の様子なども加えて修正したもの。
H 木工作品など 。前回出品者などに今回もお願いしたい。またできれば新しい方にも。
3、音響、音楽 映像 関係
I フロアコンサート (企画中)会期最終日(14日)に木村文三さんと所属する千里バロック楽団の有志によるミニコンサート。実現すれば素敵です。
J
野鳥の声の録音を聞く会(企画中)八丁平の野鳥の声を長く録音されている方がおられます。日帰り登山ではなかなか聞くことができない八丁平の素晴らしい野鳥の囀りなどを良好な録音でご紹介できれば幸いです。(交渉中)
又野鳥の会、堀尾岳行さん、からもテープ提供、中川も一部ありこれらは会期中随時紹介
したい。
K 会員が協力、出演したテレビ番組ビデオテープの鑑賞会
ちょっといい旅、野鳥百景、等
L 八丁平林道問題関係ニュース、等録音テープやスライド映像の会
M 個人研究の展示 (例)八丁平の積雪傾向 八丁平の気温 地形図に表れる八丁平の変遷
4、インターネットへの配信と展示
できれば会期中の随時更新で配信。もしくは記録をとって後日の配信。
5、物品販売、配布
N
絵はがきの作成販売。原画スケッチ提供の申し出が会報に表紙スケッチでおなじみの石田万介氏からあり、ぜひ実現したく思います。その他適当なものがあれば作成できるか。
O リサイクルバザー 運動へのカンパ、協力として。会員の協力を得て。
P その他収益(活動費)を目的とする物品販売 。何かありますか?
Q 関係の本の紹介及び販売。水と緑記念誌。弁護士会の本 故小松誠、出村信吉氏追悼誌
R 八丁平通信バックナンバー、および観察ハイク資料等の展示と配布(残部のあるもの)販売。
6、活動資金について
堺町画廊借り料1週間(うち搬入半日)11万の半額を画廊企画として減免(深謝)
残り分は八丁平を守る会、八丁平通信の会から。
その他写真等展示諸費用とその分担
後援、スポンサーの検討。 個人負担
活動スケジュール 上記以外の仕事(前回資料を基に)
展示内容と場所の決定→3月3日
案内ポスターの作成 サイズ 枚 月 頃まで。案内ハガキの作成 枚 月 頃まで。
自前で作成するか画廊の印刷を頼むか。
案内ビラの作成 サイズ 枚 月 頃まで
(*上記は八丁平通信48号を事前に作成、郵送に併せて経費と手間を削減したい。)
7月9日の初日から逆算して。 月 日に発行
マスコミ等への案内 新聞 テレビ インターネット 自然保護協会 野鳥の会
画廊ルート。事務局ルート(通信配布)インターネットルート)
水と緑ルート 。個人レベルのルート。
それぞれ期日 と担当者
テレビ、ビデオデッキ、テープレコーダー(ラジカセ)の手配。パソコン
記録、(文書、映像、録音等)
会場準備7月8日午後 堺町画廊にて
会期中担当各日毎
会場撤収7月14日終了後。残務処理、反省会。
1991年7月2日〜7日第2回八丁平展記事
