シドニー・オリンピック日本対アメリカ相変わらずの「惜敗」の文字。確かに結果だけを見れば惜しい負け、だったかもしれない。しかしすべてを見て思うことは決して負ける試合ではなかったということと、なぜ勝つための策を講じなかったのか、ということだ。正直言って決勝トーナメント初戦の相手が、カメルーンではなくアメリカであると聞いて一抹の不安はあった。「似たタイプのチームだからやりやすい」などというコメントも紙面に見られた。だからこそ油断してはならないのだと、予選南アフリカに対して持っていた気持ちと同じ気持ちで臨まなくてはならないのだと選手たちにしっかり言い聞かせておきたかったくらいだ。 彼らはまだ若く、自分たちの中にある気持ちにプレイが揺れ動いてしまうことを、油断してなどいなくても無意識にどこか違ったプレイをしてしまうことに気づかない。それは罪ではない。だが誰かが注意してやらなければならないのだ。 アメリカ戦、点を取ったのは日本が先であった。それも過去3戦、FWとしての働きを充分にできないまま途中交代を余儀なくされてきた柳沢のヘッドで先制。柳沢自身にも大きな1点であったろう。これで日本が勢いづいてくれれば…と思っていたのだが。相変わらずつまらないボール回しをしたり、長く持ちすぎたりしている。効果的なパスはあまりなく、またヒデの調子はあまりよくない。 対するアメリカは、ほぼワンタッチでボールをつなぎ、綺麗なパス回しを見せる。時折ゴール前に1人飛び出し、そこにボールが出るという形も作ってはいた。だが決定的なボールが来ない。センタリングの精度、セットプレイでのFK、CKの精度がまだまだ悪い。見ていてもセットプレイから点が入るような気はほとんどしなかった。 ピッチにいる選手たちもきっとそう思っただろう。恐れることはない、これなら勝てる、と。 それが油断となったか、それが慢心を呼んだか… 審判のジャッジに対する不満があったようだ。もちろん私も見ていて非常に不愉快になった笛は何度もあったが、それでも、ジャッジとはそういうものなのだ、と思ってかかるしかないのだ、その時点では。審判が気に入らないから替えろ、とはどんなスポーツでも言えない。前日の柔道の誤審騒動で、日本的にはジャッジというものに神経質になっていたところはあるだろう。だがしばらくゲームを進めてきて、この審判はこのプレイでは笛を吹かない、という「判断」はつく。その判断をしたらそれに従ってプレイをするべきなのだ。審判への苦言や文句は勝ってから言うものである。 同点にされた後すぐ、高原による追加点が入った。同点に追いついたアメリカにとってこの1点は痛い。これで日本は勝てるはずだった。そのまま押し切ることができれば、勝つことはさほど難しいことではなかっただろう。だが何だろう、この予感めいた嫌な感じは…。このまま勝てる、とそう確信できない。確かにオリンピックという大舞台での戦いである。勝つ、ということが簡単ではないことは理解できるのだが。 先制して同点に追いつかれる。相手の勢いが乗りきらないうちに突き放すべく追加点を入れる。それもすでに後半も終盤にさしかかろうという時間にだ。いつもで言えば勝ちパターンと言える状況なのに、なぜもう勝った、とあのとき思えなかったのか…。 伏線… それが張り巡らされた状態だったから、ではなかったか。 サッカーの得点、というものは突然入るものでは決してない。その性質上、何となく運が良かったように見えたり、偶然決まってしまったように見えたりするゴールだが、実はその前にいくつもの前触れめいたプレイが行われているものなのだ。 このときも日本はいくつか危ないプレイをしていたように思う。最終ライン、ギリギリでのインターセプト。中盤での不注意なパス・ミス。ボールを持ちすぎたがための展開不利…。 ピッチにいる彼らにはわからないことでも、外からピッチ全体を見ていると感じることができるものだ。そして…ペナルティ・エリアで白いユニフォームが倒れる。笛が吹かれた。 後半終了間際に同点。そして長いロスタイム。同点にされて、目の前の勝利を手の届くところまで来て、もぎ取られた選手たちは目に見えてモチベーションが落ちていった。体力も落ち、さらに気力まで萎えそうになる。それを立て直すだけの力はまだ彼らにはない。結局Vゴール方式の延長戦へ。 私は2年後のために、今のオリンピック代表を見ていて応援している、と書いた。それがまさかトルシエ監督と同じ気持ちであったとは思わなかったが…。言いすぎかもしれない。しかし私にはそう見えた。引き分けでの気持ちの持ち方を、大舞台での延長戦、そしてPK戦の戦い方を、2年後のために、このオリンピックの舞台で練習させた、そう見えた。 確かに願ってもいないチャンスだったろう。後半ぎりぎりで同点に追いつかれる。延長戦に入る。なかなかお膳立てしようとしてもできない条件だ。そして舞台はオリンピックの決勝トーナメント。30何年ぶりかで予選を突破。その結果があれば監督としては合格だろう。2年後のワールドカップでの采配も任せられている状況で、この舞台、使ってみたいと思うのはわからないではない。 選手たちはまだ若く、これからさまざまな経験を経て、そして2年後ワールドカップのピッチに立つことができるだろう。しかしオリンピックの舞台はもう踏めない。オリンピックの出場選手に年齢制限がある限り、ほとんどの選手は、このシドニーが最後のオリンピックになるのだ。彼らにとってオリンピックとはメダルも望める大会であった。これは私個人の見方でなく、彼ら選手も実感していた手ごたえだったのだ。 悲しいかな、オリンピックとワールドカップは違う。ヨーロッパ各国のオリンピックへの取り組み方がワールドカップとは全く違うのだ。強豪国はその参加に消極的で、出場が決まっても各クラブの主力選手は出してこない。そんな状態のオリンピックなのだが、それならそれでチャンスなのだと逆に開き直ればいい。ヨーロッパがどうだろうが、金メダルは金メダル。ブラジルが喉から手が出るほど欲しがった金メダルである。 そんな彼らの気持ちを察してくれたのだろうか。延長戦が始まった瞬間、やはりまたゴールとは逆にボールを廻す青いユニフォームを見ながら思った。1点取れば勝てるのだ。それを本当に理解しているか。なぜ点を取りに行かないのか。時間が経つにつれ、選手の動きが目に見えて遅くなる。ボールが出ても追いつけない。ボールを出すスペースを作れない。 予選最終ブラジル戦。自分たちがどうやって失点したのかを、ブラジルがどうやって点を取りに来たのかを覚えていないのか。 足がつり、思うように動けない選手たち。1点取れば勝てるのに、なぜ誰も交代しないのか。平瀬、本山は、なぜ出てこないのか。交代枠は2人残っていた。アメリカはフルに使った。当然である。こんな場合のためにサブの選手はいるのだから。いつも試合に出られなくても、ベンチでいつも出番を待っているのだから。 平瀬はどんな気持ちでベンチに座っていただろう。本山は何を思って見ていただろう。足が動かない青いユニフォームを見て、何を感じただろうか。自分が出たい、自分なら動ける、走れる、点を取れる。そう思ったのではなかったか。得点する絶対的な自信がなくとも目の前の酷い試合を見ながら、出たい、と心から思っただろう。このまま負けたくない。このまま日本に帰りたくない。まだ続けたい。これを勝てばメダルも見える、とそう思ったのではなかったか。 PK戦のことを考えて彼らを入れなかった、としたらそれこそ点を取るつもりがなかったことになる。相手も疲れていた。平瀬なら大丈夫だったと思う。本山ならやれたと思う。もうそういうレベルの子たちなのだ。それもできないだろう、と思ったのなら彼らの何を見てここまで連れてきたのか問いたい。 2年後、ワールドカップの舞台に立つ選手たちの中で、今日ここで涙を流した選手が何人いるだろう。サッカーは逃げない。サッカーというスポーツはなくならない。だが、1人の選手にとって1試合1試合は本当に大切なものなのだ。 明日、怪我をしてもうピッチに立つことができなくなるかもしれない。うまい選手が出てきて、自分の代わりに代表に選ばれてしまうかもしれない。そんな選手たちがいるかもしれない。日本代表の成長ではなく、選手たち1人1人のための勝利を私は願った。 勝利というものは一番の宝物なのだ。彼らにとって何物にも代え難い、本当の宝物。スロバキア戦、ゴールを決めたヒデの笑顔を思い出す。いつも仏頂面をして愛想の悪い彼(HPではまた別の表情を見せるが)が、あんなにも嬉しそうに笑っていた。彼らにとって勝つことは絶対のことなのだ、と、今さら思い知らされた。 だからこそ、勝つための策を講じない監督には怒りを覚えた。同点にされても、延長戦に入っても、これといった指示が出たとは思えない試合ぶり。自ら気づけ、何をすべきかを…と、試練を与えたつもりになっているのなら監督などいらない。サッカーはスポーツであり、修行ではない。ましてや試合中に為すべきことではないだろう。 本当に勝たしてやりたかった。私に何ができたわけではなかったが、心からそう思う。PK戦になったとき、すでに敗戦は覚悟した。勝てないだろう、とそう思った。ヒデが外して確信に至った。おかしなものだが、PKを外してしまう選手というのは決まっている。チームになくてはならない選手が外して負けることで、誰もそれを責めないのだ。そういう風になっている。 最後に、楢崎は本当によくやった。彼の身内は最後、見るに耐えなかったことと思う。GKの家族にとってPK戦はつらいものだ。彼の黄色いユニフォームに付いた赤い点を見ながら、何度檄を飛ばしただろう。楢崎のために、お前らはもっと動け、と。彼の一日も早い完治を望む。 ここで負けたら帰ってこなくていい、とまで試合中は思っていた。だが、一日置いて何となく気持ちも落ち着いた。私にとっても結構なショックだった。言いたくはないが、負けてしまったものは仕方ない。何故負けたのか、どこがいけなかったのか、よく考えて次へ繋げてほしい。まだ若い彼らである。彼らに数多いチャンスが与えられんことを。そしてそのチャンスを活かすことができるように、そういう選手になれるように。 |