02/1/5 No.529
トシオトコ
トシオトコだ。俺は午年ヒノエウマ。今年は俺の年じゃないか!すーっかり忘れてたよ。
なんでもこじつけて盛り上がってしまおう(笑)。考えてみれば12年に一回しかこの年男というタイミングは来ない。
この前は23歳の時だった。路上を始めた年だよ。
LIVEハウスだけで歌っていて迷ってた時期だったな。
自分の力がどれくらいあるのか、やる気がどのくらいあるのか、それをどうしても試したくてしかたなくて路上で歌う様になったんだ。
時はバンドブーム全盛の時期でホコテンではバンドがガンガンやってた。
俺は原宿の橋の上で弾き語りならぬ弾き叫びをやってた(笑)。このころレコード会社から声をかけられたんだ。
それからデビューまで4年かかったけどね。
毎日が最高にエキサイティングだった。一人暮らしを始めたのもこの時だったな。
バイト先とリハーサルスタジオの間にアパートを借りてね。坂の上だった。
ものスゴク急な坂と階段をのぼらなくちゃ自分のアパートにたどりつけない(笑)。
Four Rosesを飲んで酔っぱらって坂の上からよく街を見下ろした。
本当に高いところにあったんだ。だから街全体が見渡せる。きらきら光っててキレイだった。
そこは6畳に3畳くらいのキッチンの間取りだったんだけど、デジタルピアノを買った。
スタジオだけじゃガマンできなくてね。気が向いたときにいつでも弾けるように買ったんだ。
夜中はヘッドホンをして弾いた。部屋は急に狭くなったけど(笑)。
友達もよく遊びに来てくれた。大晦日、狭い部屋に10人くらい入ってみんなで飲んだ。出しそびれたゴミと一緒に年を越したこともある。
本当に不思議だが、あの時の友人とは今だに付き合いがある。Light
manもその一人だ。
いつか風邪をひいてぶっ倒れたとき、坂の上までスーパーのビニール袋2ついっぱいに野菜や肉や飲み物をたくさんいれて急な坂を登ってお見舞いに来てくれた人がいる。今のマネージャーだ。
申し訳ないやら嬉しいやらでなんとも言えない気持でいっぱいになった。
毎日スタジオに入ってた。その帰りにCD屋による。もちろん買えないけどいずれ買うだろうと思うCDを何度も手にとってながめた。
それらのCDやビデオは今も俺の部屋にちゃんとある。身銭をきって買ったものはコヤシになる。
このCDとビデオのおかげで部屋が狭い(笑)。
バイトは弁当配達だ。何故弁当配達にしたか?今のマネージャーに当時薦められたからだ。
「杉山清貴も弁当配達やってたらしいぞ。カーラジオで音楽聴きまくれるからな。ラジカセも持込んじゃえばいいんだよ。いいフレーズが浮かんだらすぐ録っちゃえばいいんだ。給料ももらえて弁当も食えてラジオも聴ける一石三鳥だろ!」
本当にそうだった(笑)。言うとおりだった。気に入ったメロディーがあればすぐ録音した。もちろんノートも置いてね。
そのころ2週間かけてやっとこさっとこできたのが「裸足のままで」だ。あのノートどこにいったかなぁ?
人生はいつでも輝いている。その時はお金もなかった。今もあるとは言えないが(笑)。
「このまま俺はどうなってしまうんだろう?」という不安と「夢を絶対つかみ取ってやる」という希望の狭間で揺れていた。
未来が恐くなった夜も何度もあるし、明日が待ち遠しい夜もたくさんあった。
あれから12年たった。相変わらずの自分に驚いてる。まわりの環境は確かに変わったがマインドは変わらない。
落ち込む日も前に進めてないと思ってる日も全ては未来の自分にプラスにはたらいている。
人生にムダな時間なんてないと思う。晴れの日ばっかじゃトマトもリンゴもトウモロコシも食べ頃にはなんないもんね(笑)。
今年は俺の年だ!なんでもこじつけて盛り上がってやろう(笑)!