化石と共に

日本列島は小さな島国であるのにもかかわらず、地学的には非常に変化に富んでおり、景
勝地や天然記念物なども多い。また、化石産地も諸外国と比較して多く、特に東海地方は
顕著で、だれでも身近に化石を感じることができる。
 世の中には、化石が好きで好きでたまらないという人たちがいるが、私もその一人である。
かつて友人たちに「化石をやっている」と言うと、「そんなの集めて何になる?」とか「そんな
暇があったら勉強したら」という返答が返ってきたものである。
当時学生だった私は、親からも「化石をやっていたら成績が下がるのでは……」と心配され、
これをつづけて行くには学業もおろそかにできない、と悟ることになる。
 何も化石収集に限らず、趣味を持つ者、だれしもこんな経験があるわけで、学業との両立
に苦慮していると思われる。
 私の化石採取歴も今年で二十年を迎え、化石狂いを通りこし、周囲からは冷たく見られ非
難すら受けるという一幕もあった。しかし、長年にわたって培ってきた"化石への情熱"が周
囲に通じ、私の"化石の世界"へ周りの人々をぐいぐいと引っ張って行くほどにすらなった。
 化石は地球創造のロマンを秘め、壮大な時の流れを伝え、人類誕生のル−ツを物語るす
ばらしいもの。単なる趣味の収集物としての範囲を超えて、われわれに何かを語りかけよう
とする不思議な魅力を秘めたものである。こんな魔力が人々の心をとらえ、二十年にわた
る私のアピ−ルと相まって人々の共感を呼ぶようになった。
 私の化石との出会いは、小学生時代までさかのぼる。野外教室の一環として、岐阜県瑞浪
市に行ったのが最初だった。出会いは実に感動的であった。もともと化石など見たことも
なかったし、ましてや自分でハンマーをふるって探すなど、考えてもいなかったからであ る。
だから化石といえば、三葉虫やアンモナイトしか知らず、しかもそれは写真であった。
 それ以来、化石のとりことなった私はリュックサックを背負い、全国各地の山々を行脚す
ることになる。さまざまな思いが脳裏をかすめる。ダイナマイト発破のすき間をついて、
金生山であの「オキナエビス(長者貝)」を採ったときの感動は、何物にも増して熱かった。
タガネとハンマーを駆使して二時間がかりで掘り出したオキナエビスは、今や家宝的存在
となってわが標本室に鎮座している。
 時は移り変わり、私は歯科の開業医となった。化石とともに歩んだ二十年間の思い出は、
走馬灯となって私の頭の中をかけめぐり、治療室にまで進出した化石を眺めながら過ごし
ている。
今、私にとって趣味とは、人生にとって、大げさにいえば人間形成に大きな影響を与える
ほど、大切なものだと考えている。
 化石を愛し、化石を友とする人たちが一人でも多くなることを、私は心ひそかに願っている。

  名古屋市 横井隆幸  (1983年12月8日中日新聞・回転いす掲載)