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2004年1月〜10月
10月5日 人質解放
イラクで人質に取られていたインドネシア人女性二人が解放された。誘拐犯はテロ容疑などで逮捕されているアブ・バカル・バアシルの釈放を要求していた。バアシルは2002年のバリ島爆弾テロ事件などの首謀者であったとの容疑をかけられている。釈放を要求されたバアシルは「女性を誘拐するのはイスラーム法に反するので釈放されたくない」との声明をだし、人質は釈放された。誘拐犯はインドネシアのイスラーム急進派に便乗してみたものの、インドネシア側は乗ってこなかった。人質となった女性たちは家政婦だったのか、労働者としてイラクで働いていた。インドネシア政府が禁止していたにも関わらず人材派遣会社が送り込んでいたという。
あえて分析を加えないが、いろいろネタになる事件だった。
10月2日 地方首長の直接選挙導入
地方分権化が急速に進んだインドネシアで、地方自治法22・25号の改正が9月29日国会で可決された。一番のポイントは地方首長(州知事・県知事)の直接選挙が2005年6月から導入されることである。これまでは地方議会が選出しており、エリート間の合意が最も重要であった。裏では札束も飛び交った。したがって今回の改正は大統領の直接選挙に続いてさらに民主化の進展、との肯定的な評価も可能だろう。
しかしこの決定は大きな問題をはらんでいる。7月と9月の大統領選挙は平穏に行われたが、地方首長となると身近な利害関係を持つ人が多く、選挙が「熱く」なる可能性が非常に高い。集票のためにやはり金は飛び交うし、何より暴力沙汰が頻発する危険性がある。特に宗教やエスニシティが二分されているような地域は危険である。実はこれはかなり恐いな決定であるというのが研究者の大方の見解であろう。
9月26日 ユドヨノ新政権誕生へ
大統領選挙はほぼ開票を終えた。速報値からほとんど変わらず、ユドヨノ組が60.9%を獲得して圧勝した。任期は5年、2009年までである。10月5日に内閣の顔ぶれを発表するとのこと。現時点で注目なのは、官僚組織とは別におそらく大統領直轄で安全保障委員会(Dewan Keamanan Nasional)、経済委員会(Dewan Ekonomi Nasional)を置くという話がでているということだろう。国会内で少数派の政党しか持たないユドヨノ新大統領が各党に気を遣って大臣ポストを配分し、その利害調整ばかりを気にすると動きが取れなくなる。直轄の委員会においてある程度集権的に政策決定をするのは重要だろう。
9月12日 ジャカルタの爆弾テロについて
9日にジャカルタのオーストラリア大使館前で車が爆発、9人が死亡した。私には報道されている以上の情報はない。したがって報道されていることからいくつか整理してみたい。
1)テロの性質について:大使館の「前」で爆発であり、オーストラリア人の死亡者はなし。非常にシンボリックに大使館を狙ったものの、1年前のマリオットホテル事件同様に被害者のほとんどはインドネシア人である。爆薬は前回と同じTNTなどであるという。破壊力の大きい爆薬の入手にどの程度の難易度があるのかよく分からないが、爆薬さえ手に入れば、道路上で爆発させる車によるテロには実行犯の人数はそれほどいらないはずである。
2)犯行声明について:アラビア語のよる犯行声明がウェブサイトにあり、オーストラリア軍のイラクからの撤退を要求していたという。またオーストリア政府の発表によれば、事件の45分前にジャマーア・イスラミヤの代表であったアブ・バカル・バアシルの解放を要求する携帯メールがインドネシア警察に届いたという。これまでのテロから考えるとどちらも矛盾した情報である。アラビア語の犯行声明は「便乗」ではないか。ジャマーア・イスラミヤが犯行を行ったとして、これまで犯行声明を出したことはなく、またバリ事件などの実行犯はバアシルとは袂を分かったといわれている。
3)犯行の目的について:今回の実行犯がジャマーア・イスラミヤであったと仮定した場合、これまでの経緯をふまえて考えられることは以下のようなことではないだろうか。オーストラリア大使館を狙ったのは建物が(例えばアメリカ大使館より)道路に近かったこと。またインドネシア社会にある隣国のオーストラリアに対する反感を踏まえている。日本が標的にならないなどと断言することはできないが、「白人の国」オーストラリアを標的にした方が西洋への攻撃というイメージが強くなる。
9.11と近い日にちであったことはこれまでのバリ事件(2001年10月12日)とマリオットホテル爆破事件(2002年8月5日)とも共通している。9.11を思い出せ、というイスラームテロリストからのメッセージがあったのではないだろうか。
なお、インドネシアは9月20日に大統領選挙決選投票を控えている。治安維持ができなかったとして現政権に対するダメージにはなる。かといってユドヨノ陣営が起こしたというのは考えすぎだろう。
大統領選挙特集
(1)基本情報
ようやく、本職、インドネシアのことを書き始める。
今日が大統領選挙準備記念日(私にとっての)。7月5日にインドネシアの大統領選挙があり、私は2日から選挙についての調査のためにインドネシア入りする。これから数日の間にリハビリを兼ねて、各正副大統領候補の紹介をイスラームとの関係を踏まえて書いてみたい。
まず初日は基本情報の確認。
- 今年4月に議会選挙が行われた。99年にそれまで第一党であった闘争民主党が得票率を半減させ第二党に転落、代わりにスハルト時代の与党ゴルカルが第一党になった。ゴルカルも得票を減らしており、複数の政党が横並びに分裂する状況がより明確になった。
- 大統領選挙は初めての直接選挙。主要政党のみが候補擁立を許されるので、一応4月の選挙結果が参考になる。
- 選挙は正副大統領5組で争われる。
- 7月5日の投票ではおそらく過半数を得る候補はおらず、また当選には過半数以外にも高いハードルがあり、決選投票になることは間違いない。7月の投票で上位2組が残り、9月が本当の修羅場となる。
(6/23)
(2)メガワティ+ハシム・ムザディ組
正副大統領候補について順に解説していこう。
まず現職のメガワティ大統領は現副大統領のハムザ・ハズではなく、ハシム・ムザディを副大統領候補に選んだ。この理由はメガワティの闘争民主党が4月の選挙で得票を半減させたことに危機感を募らせ、より集票力の期待できる候補を選んだためだ。
- 闘争民主党は99年選挙で民主化の熱気の中、「改革(レフォルマシ)」を合い言葉に33.7%を獲得、他政党を10%以上引き離して第一党となった。
- メガワティはスハルト体制下における非抑圧のシンボルであった。
- 2004年4月の選挙では18.5%に急落、第二党になった。「改革」に対する失望が顕わとなった。
副大統領候補のハシム・ムザディはナフダトゥル・ウラマー(NU)という最大のイスラーム教育社会団体の議長を務める。
- 他の政党もNU票の取り込みに躍起になっており、NU票は大きく分裂するだろう。
- 特に、前大統領でNUのカリスマ的な指導者であるアブドゥルラフマン・ワヒドが、ハシム・ムザディを批判し、ライバルのウィラントを支持していることがNU票確保にかなり大きな阻害要因となっている。ニュースを拾っている限りではNU最大の基盤である東ジャワ州ではウィラント支持がかなり固まっているように見える。
メガワティには熱烈な支持者が依然として数多く存在するが、再選にはかなりシビアな戦いが予想される。下手をすると7月5日の第一ラウンドで消えるかもしれない。(6/24)
(3)ウィラント+サラフディン・ワヒド組
大方の予想を裏切って元国軍司令官のウィラントがゴルカル党選出の大統領候補になった。ウィラントは東チモール独立の前に首都ディリの街を破壊するなど、あらゆる人権侵害の嫌疑がかかっている国際的に悪名高い人物だ。アメリカ政府はウィラントを入国拒否にしている。それでもウィラントが選ばれたのには訳がある。対立候補だったアクバル・タンジュンは汚職で裁判にかかっていたことに加え(無罪確定)、
- ゴルカル党の支部長たちは本選で勝てる「強い」候補としてウィラントを支持した。経済も治安もなかなかうまくいかないインドネシアで元軍人の強い大統領を求められたのだ。テレビCMでは次回紹介するユドヨノ候補の元上官であったことがアピールされている。
- 金がある。スハルト元大統領が背後におり、潤沢な資金を流しているというのがもっぱらの噂だ。
- 演説がうまく、歌もうまい。人権侵害の悪いイメージを持たない庶民ならばウィラントの演説を聞いて好感を持つだろう。
副大統領候補のサラフディン・ワヒドは最大のイスラーム団体ナフダトゥル・ウラマーの副議長の一人である。前大統領のアブドゥルラフマン・ワヒドの弟にあたる。この兄弟はあまり仲が良くなく、どちらかというと何かと政治的に対立しがちであった。実際サラフディンは「アブドゥルラフマンのために大統領候補になったのではない、ゴルカルから頼まれたからだ」と発言している。おかしなことに、国家人権委員会副委員長でもある。
- しかし、結局、民族覚醒党はゴルカル党と連携を約束、サラフディン支持を打ち出した。アブドゥルラフマンは「ウィラントの正直さを支持する」と表明。トホホ。
- 有力なウラマー(イスラーム法学者)Abdullah Faqihなどは(メガワティを指して)「女性大統領はイスラーム法に反する」と声明をだした。
- 民族覚醒党の支持母体ナフダトゥル・ウラマーの東ジャワ支部長はメガワティ支持で大きく分裂。
ゴルカル党の支部長たちは本選で勝てる「強い」候補としてウィラントを支持した。経済も治安もなかなかうまくいかないインドネシアで元軍人の強い大統領を求められたのだ。テレビCMでは次回紹介するユドヨノ候補の元上官であったことがアピールされている。
ウィラントが大統領に選ばれると、
- 人権の問題からアメリカとの外交関係が悪化するのは間違いない。日本としては難しい立場になる。
- 本人以外にも悪いヤツがまわりにたくさんいる。イスラーム急進派の「やくざ」みたいな連中が多数ウィラントの保護を受けているという話もある。
- しかし、現候補者のなかで一番実行力があるのは彼かもしれない。何を実行するかが問題なのだが。。。
(6/26)
(4)スシロ・バンバン・ユドヨノ+ユスフ・カラ組
ようやく本命登場。方々の世論調査で40%前後の支持をうけているのがスシロ・バンバン・ユドヨノとユスフ・カラのコンビだ。ユドヨノは元軍人、カラはゴルカル党の大統領候補選考に見切りをつけてユドヨノ陣営についた。2人ともメガワティ政権の調整大臣。現状の人気では7月5日の投票で2位以内、おそらく1位になることは間違いない。
- ユドヨノは4月の議会選挙に際して民主党という新党を立ち上げ、これが得票率7.5%、55議席を国会に得た。民主党の候補者は無名の人ばかりで、ほとんどユドヨノ一人の人気であった。
- 特に、大臣を辞職するタイミングが抜群だった。ユドヨノは総選挙の一ヶ月前に、メガワティ大統領の夫による公然の非難によって「いぢめられている」ような印象を残して辞任した。実際はとっくの昔に大統領と決裂していたらしい。
- ユドヨノは軍人ではあったが、知性派として知られ、英語も堪能、顔もいい。
- カラは南スラウェシ州出身で、東部インドネシアのビジネスには深く関わっており、この地域からの得票を期待できる。ユドヨノを含め大半の候補がジャワ島出身なので、カラの存在感は大きい。
- 過去の人権侵害など恐いウィラントと何もできないメガワティよりはやっぱりいいんじゃないか、とインドネシア人ならずとも思ってしまう。これは私個人だけでなく、外国の政府やメディア、そしてインドネシア人の都市中間層もそういう印象を持っているはず。
不安点もないではない。
- 選挙運動には退役軍人が動いているというが、メガワティ・ウィラント陣営に比べると資金力で劣る。
- ユドヨノの人気はテレビのイメージのよさが一番。田舎でどの程度認識されているのか、ウィラントとメガワティが票を取り合っているナフダトゥル・ウラマーの地盤でどの程度支持を集めることができるのか。
- 人気がいつまで続くのか。1997年にメガワティの党事務所が襲われた事件に関わっていたなどのネガティブ・キャンペーンも激化している。
- ユドヨノは遠目にはいいが、実行力はないとの評価もある。
ちなみに名前が長いのでユドヨノ+カラ、と書いたが実はこう呼ぶには抵抗がある。インドネシア人の名前は欧米や東アジアみたいに姓+名ではない。どこぞの回転寿司みたいにスシロか略称でSBYと呼ぶ方が一般的だ。ユスフ・カラはそのままフルネームで呼ぶ。(6/28)
(6)第一回投票結果について
最終結果は以下のとおり。スシロ・バンバン・ユドヨノが広範な人気を得た。バリのホテルであったミュージシャンが「彼になったら何かが変わるよね?」と私に聞いてきた。そういう新しい風への期待がユドヨノの人気を支えている。彼が男前だから、という揶揄する声もある。確かに上にも書いたようにイメージ先行ではあるが、他の候補はそうした期待を有権者に抱かせることができなかったことは明らかだ。
スシロ・バンバン・ユドヨノと現職メガワティとの間で9月20日に決選投票が行われる。
すでにゴルカルと開発統一党はメガワティ陣営につくことを表明した。単純に足し算をすればユドヨノの票を上回ることができるが、第一回投票と同様、政党のマシーンがどこまで機能するかは疑問だ。イスラーム系諸政党は民族覚醒党をのぞきメガワティ支持にまわることはないだろう。かといってこれまで「キリスト教徒の疑いがある」などとネガティブキャンペーンをしていたユドヨノへ簡単に支持を転換するのも不自然だろう。
順位
候補者(正・副)
票数
得票率
1
スシロ・バンバン・ユドヨノ
ユスフ・カラ36.068.683
33.58 %
2
メガワティ
ハシム・ムザディ28.184.501
26.24 %
3
ウィラント
サラフディン・ワヒド23.826.218
22.19 %
4
アミン・ライス
シスウォノ・ユドフソド16.041.778
14.94 %
5
ハムザ・ハズ
アグム・グムラール3.275.895
3.05 %
(7)ユドヨノブームとその裏側
第一回目の投票の後に行われた世論調査によれば、決戦投票では7割近くがユドヨノに投票するとの結果がでている。回答者が投票日にそのままユドヨノに投票するかどうかは確かではないが、ユドヨノが有利であることは間違いない。
スハルト体制崩壊後初の総選挙であった1999年にはスカルノ初代大統領の娘メガワティのブームが起こった。都市でも村落部でもあちこちにメガワティの闘争民主党のシンボルマークが描かれた「ポスコ」(Posko)が自発的に作られた。ポスコはだいたい高床式の休憩所みたいなもので、支援所とでも訳せばいいだろうか。この選挙で闘争民主党は30%以上を獲得して第一党になった。議会の力学でメガワティは副大統領に甘んじたが、その後ワヒドが解任されメガワティは大統領に昇格した。
今回はユドヨノブームだ。村レベルまで「ファンクラブ」(Fans Club)ができているという。いわゆる勝手連のようなものだが英語の名称が付くあたりにこのユドヨノブームがメガワティのときよりも「進んだ」「都会的」であるかのような印象を与えている。
そうした社会現象とともに、相変わらずの大衆動員の政治も展開されている。メガワティは陸軍出身のユドヨノの復帰を恐れる警察や海軍の支援を受けている他、決戦投票に際してなるべく多くの政党の支持を取り付けようとしている。4月の総選挙で第一党になったゴルカル党はメガワティが大統領になった暁には8つの大臣ポストを約束されているという。ユドヨノは政党関係者と会談しているが、自信があるのか大臣職は大統領が決まってから、と取引きはしていない。ただし、退役軍人を中心とした怪しげな連中のネットワークがユドヨノへの底辺の支持拡大に暗躍しているという。
第一回投票でメガワティが残れた最大の理由はイスラーム団体ナフダトゥル・ウラマーの議長を副大統領候補に立てたからである。決選投票は9月20日。組織票、動員政治がどの程度まで効くのか注目である。 (8/14)
(8)政党地図
9月20日の決選投票へ向けて、世論調査で人気がないメガワティが大臣ポストを餌に政党の支持を取り付けようとしていることは前回述べた。主要政党の態度は出そろったので、メモ代わりにまとめておく。
メガワティ支持:闘争民主党、ゴルカル党、開発統一党*、福祉平和党、改革の星党*
ユドヨノ支持 :民主党、福祉正義党*、月星党*
中立 :民族覚醒党*、国民信託党*
- *が付いているのはイスラーム系政党。一目瞭然、イスラームか否かは争点になっていない。強いて言えば、若い都市的なイスラーム(福祉正義党と国民信託党)がメガワティ支持にまわる可能性は非常に低かった。彼らにとってメガワティはしばしば反イスラーム的なシンボルであるからだ。かといってユドヨノがイスラーム的なシンボルというわけではない。
- メガワティは三大政党を押さえた。単純に計算すればメガワティが上回るが、机上の計算通りにはいかないのは明白。それでも、どの位政党支持を固められるかが勝敗の鍵を握る。
- 福祉正義党は中立を保つかと思ったのだが、ユドヨノへの全面支持を決定。8月に現地支部で話して分かったのだが、この政党は必ず党の方針を決める。棄権(golput)はしない。極めて「近代的」な民主主義原則を貫くイスラーム主義政党であることを再確認。
(9/8)
(9)決選投票結果
すでに報道されている通り、インドネシアの大統領選挙決戦投票はスシロ・バンバン・ユドヨノ候補の圧勝になりそうだ。得票率は約60%、何より32州のうち30州でユドヨノがリードしている。選挙はほぼ平穏に終わり、投票率も8割を超えそうで意外と棄権は少なかったようだ。事前にはメガワティ陣営から票の操作などが行われるとの噂が多数あったが、これだけの大差ではどうしようもない。また開票の方法が洗練され、スピードも高まり、不正の余地が小さくなった。ひとまず結果報告まで。
(9/21)
4月20日 スンナ派とシーア派 〜「週刊こどもニュース」から〜
先週末のNHK「週刊こどもニュース」を見ていて、書かねばならぬと思ったこの話題。こどもニュースはなかなかいい番組で好きなのだけど。
ちょうどイラクで2人のジャーナリストが解放された臨時ニュースが入った直後にイラクの話題だった(関係ないけど、こどもニュースって生放送なのにびっくり)。イラクの政治勢力を、スンナ派とシーア派とクルド人の三勢力に分けて説明していた。スンナ派とシーア派はイスラーム(宗教)の、クルド人は民族(エスニシティー)の区分だ。違う区分法を一緒に用いていているのがまず一点。クルド人だってイスラーム教徒ならばスンナ派かシーア派に分けられるわけだから。まあそれでも、クルド人以外の、つまりはアラブ人の間でスンナ派とシーア派という区分が成立しているのだろう。だからこの説明は間違っているわけではないだろう。
思わず、これは説明が必要だ、とここに書くことになったきっかけは「サダム・フセインもスンナ派でした」と司会の「お父さん」が付け加えたことだった。
その1、フセインはバース党という「ナショナリスト政党」を基盤としていて、同じイスラーム教徒(スンナ派)であっても宗教的な権威が政治力を持つことには反対の立場だった。それでもシーア派はフセイン体制下で抑圧されていたから、フセインを「スンナ派の人間」と考えていたかもしれない。
その2、スンナ派といえば、世界のイスラームの大多数を占める。東南アジアのイスラームはほとんどスンナ派であること。
その3、東南アジアはほとんどすべてがスンナ派なのでシーア派との区分が問題にならない。ただし、イスラーム教徒同士が政治的に分かれることは普通にあること。つまりインドネシアなんかだと別の区分によって分かれるというわけ。
以上、イラクについては私はまったく素人なので、詳しくは酒井啓子さんの本を読んで下さい。インドネシア研究者が気になったことをメモしたまでです。
ちなみに、細かい説明は止めますが、シーア派は少数派で、スンナ派から見たら異端。
スンナ派は、シーア派を始めとした異端の分派に対して自分たちこそが「預言者ムハンマドの慣習(スンナ)に従う正統な共同体」である、と形成された自己認識。スンナ派とスンニー派は同義。
4月11日 二つの新政党の躍進
5日に行われた選挙の結果もずいぶん固まってきた。今日現在で開票率はまだ半分程度だが、ジャカルタはすでにほぼ終わり。詳細はまだ動くにしろ全体的な傾向についてはすでに書いてもいいころだと思う。
前回1999年選挙で「改革の旗手」として33.7%以上を獲得、第一党になった闘争民主党の凋落は明らかで、今日の速報でついにスハルト時代の与党ゴルカルに抜かれてしまった。両者とも約20%の得票。第三位はジャワに地盤をもつイスラーム団体を中心とした民族覚醒党、第四位はスハルト体制時代からあるイスラーム政党の開発統一党。この政党は分裂して得票を減らした。
注目は第五位と六位である。五位の民主主義者党は新党で前調整大臣のスシロ・バンバン・ユドヨノを大統領候補に推す。ほとんどスシロの個人的人気であり、候補者が誰かなどはまったく知られていない(私も知らない)。スシロは元軍人なのだが、知性派で知られ非常にイメージがいい人物。しかしスシロが大統領選への出馬を明らかにしたのは選挙の直前で、今年に入るまで政党名もほとんど知られていなかった。軍が支援しているにしろ、スシロがここまで人気があり、個人の人気でここまで票が動くのが驚き。
六位の福祉正義党も新党なのだが、実際は前回99年の得票が3%に満たなかった正義党が名前を変えただけ。1980年代から大学キャンパスで拡大してきたイスラーム主義運動家たちが設立した政党であり、指導者も40歳前後と非常に若い。清廉潔白、汚職に反対し、とにかくインドネシアをイスラーム的にすることが彼らの目的だ。前回は1.4%に過ぎなかったのが、5倍増ぐらいの勢い。ジャカルタではなんと第一党だった。既存の地盤に甘えていた他の政党とは違って着々と組織作りをしてきた結果が出た。おそらくそれだけでなく、一般的に「清廉潔白」なイメージを売ることに成功した。他方で、彼らは「狂信的」なイメージを与えないように十分に注意を払ってきた。
なによりも、両党ともに、有権者の腐敗した大政党への失望感を背景としている。その失望の深さはこれまで割と固定的に考えられてきた各政党の地盤を堀り崩した。さらに両党の高い支持はジャカルタなどの大都市部に限らず全国的なものであり、都市と農村の境目がどんどん曖昧になっていること。おそらくテレビによる選挙キャンペーンは非常に有効であった。
ちなみに前回「守旧派」として紹介した民族憂慮職能党は10位、2.1%とそこそこ健闘している。
開票速報(2004.4.11現在)
政党名 得票率 メモ 前回得票 1 ゴルカル党 20.5 スハルト時代の与党。党首が汚職で無罪になったばかり 22.4 2 闘争民主党 20.3 メガワティ大統領への失望 33.7 3 民族覚醒党 12.8 ワヒド前大統領の政党、東ジャワで強い 12.6 4 開発統一党 8.3 スハルト時代からのイスラーム政党、ジャワ以外で強いが分裂 10.7 5 民主主義者党 7.5 大統領候補のダークホース、スシロ・バンバン・ユドヨノの新党 - 6 福祉正義党 7.0 若い大卒者、中東留学も多いイスラーム主義政党 * 1.4 7 国民信託党 6.4 アミン・ライスの「イスラーム系」政党。都市部 7.1 8 月星党 2.4 古い世代のイスラーム政党。スマトラ島中心 1.9
* 前回は正義党としての得票。
4月5日 スハルト派の復権?
選挙当日を迎えた。夜になって開票も始まっているようで、まだ数千票とはいえ速報も出始めている。
前回のコラムで「守旧派」ないし「改革派」が誰かを決めつけられないと書いたが、明らかな「守旧派」の政党が一つだけある。それは(変な訳だが)民族憂慮職能党であり、スハルト元大統領の娘を大統領候補に掲げている。スハルトの娘のトゥトゥット自身や元軍人のハルトノが選挙運動に参加している。豊富な資金を背景に多くの人を動員、他の政党よりさらに露骨に食料やらTシャツやらを配布していた。相当買収もしているだろう。
選挙運動では、1998年以降のインドネシアの経済的政治的混迷をあげつらって、スハルト時代への回帰を訴えている。ハルトノは「みんなでスハルトの家臣になろう」などと平然と述べてヒンシュクを買っている。
こんな政党が勝つわけはないのだが、それでも「家臣」になりたい人がどの程度いるのか注目ではある。このノスタルジックな訴えと金だけで人々がどのくらい動くのだろうか。3%も取ったらたいへんなことである。
4月1日 選挙をどう伝えるか
ぼやぼやしてたら選挙まであと数日ではないか。99年と違って選挙運動も比較的穏当に進んでいる。死人が少ないのはもちろんいいことなのだが、今回の選挙には熱気がないようだ。30年以上続いたスハルト体制が終わった5年前は「改革」と欲望のエネルギーが充満していた。今回だってそれなりに欲望が渦巻いているのだが、まあ「改革」は遠のいてしまったし、いまひとつ乗り切れない感じなのだ。政党の集会も歌手が来たりTシャツを配ったりする単なるお祭りになっているようだ。
ここ数ヶ月、何人か日本のマスコミの人にあったが、彼らも伝え方に苦慮しているようだった。というのも、99年は「改革派」を持ち上げればよかったのだが、今回はそういう明確な「お話」を作れない。ましては、4月5日に迫った総選挙のあと、7月には大統領選挙があり、総選挙の結果がでないとどの政党が連立を組んで大統領選挙に臨むのかが分からない。今回の選挙には「守旧派」vs.「改革派」などという構図を当てはめることができないのだ。
99年の「改革派」は実際には退役軍人などスハルト体制の権力者を多く含んでいた。だからこういう構図は疑ってかかった方がよい。それにしても大統領選挙を含め、どうも夢のない選挙であることは確かだ。
3月24日 選挙名物といえば
4月5日の総選挙まで2週間を切った。各党の選挙運動が活発化しているが、インドネシア名物といえばTシャツである。Tシャツを始めとした政党のロゴマーク入りグッズを無料で配布するのである。
選挙では政党のロゴマークを釘で突き刺して投票するので、このマークを覚えてもらうことが重要になる。かくしてどこの町でも村でも政党印のTシャツを着ている人が溢れることになる。もちろんその政党への支持を示すために身につける人もいるのだが、なにしろ無料なのであちこちの政党のを集める人もいる。
Tシャツに限らず、選挙が近づくと色んな種類の金が下りてくる。とても勝ち目がなさそうな新しい政党が毎回作られ、お金がつぎ込まれるのはとても合理的には納得できない。Tシャツなどのグッズを作るメーカーやグッズを販売する人が一時的に儲けたり、その他の便益に与る貧しい人もいる。選挙があってこそ、そういうお金が下りてくるわけで、悪くないことかもしれないと思ったりもする。
選挙にお金を使うのがなぜいけないかといえば、例えば選挙の後にそれまでの「投資」を回収すべく政府の予算や公共事業を自分のために使うことだ。当たり前のことだが、たまに思い出しておかないと。
3月10日 「おまえの宗教は何だ」
インドネシアへ行くとまず聞かれる質問が「結婚しているか」「恋人がいるか」だ。独身だと答えるとほぼ100%、インドネシア人を探せと言われる。おそらくそれについで多いのが「おまえの宗教は何だ」という質問だ。日本みたいな国ではこういう質問はプライベートに属することだと考えられており、あまり聞かないわけだが、インドネシアではそういう感覚はほとんどない。
私はインドネシアでは仏教徒と答える。細かい説明は抜きにするが「無神論者」というのは「共産主義者」の代名詞のようなものでインドネシアでは非常に厄介だ。もっとも、日本人の多くが無神論者がというわけでもないだろう。誰もいない部屋で「いただきます」とか「ごちそうさま」などというのは結構宗教的な営みであるように思う。多くの人が、それほど強く意識しなくても何となく霊的な存在は否定せず、仏像を見ると心が安らぐのではないだろうか。まあ私もそんな類だ。宗教(と政治)の研究をしているし、個人的にも興味があって仏教の入門書を手に取ったりするあたりが「一般」の人よりちょっと宗教に近いところかもしれないぐらいだ。
さて、インドネシアで仏教徒と答えるのには、@無宗教と答えると厄介だから、Aまあそれなりに仏教徒ともいえなくもないので、という理由の他にもう一つある。インドネシアで仏教徒というとほとんど存在感がないが、「公認宗教」の一つなので異端ではなく、要はBどこにいっても非常に中立的でよい。もちろんイスラームと答えた方が彼らは喜ぶが嘘はつけないので仏教と答えている。私はイスラームの研究をしているから自然とそういう問いを投げかけてくるのはムスリムだ。中には急進的なイスラーム主義者とか「テロリスト」のお友だち(あるいは「テロリスト」自身かも)もいて、「おまえの宗教は何だ」というのは結構怖い質問なのだ。
カンボジアとタイにやってくると仏像があちらこちらにあり、たいへんありがたい感じだ。「ありがたい」というのは最も適切な言葉で、自然と手を合わせたくなる。いやあ、仏教国なかなかいいぞ、と少し嬉しくなる。
ところが、とくに南タイに行って感じたのだが、ここのムスリムは少数者で、しかも多数派の仏教徒に疎んじられている。今日最後に行った、ナコン・シ・タマラートという町の博物館の展示でもイスラームは完全に無視されていた。また「おまえの宗教は何だ」と聞かれて、急に仏教徒と答えるのがちょっと嫌になってしまった。
イスラーム研究者としてはそんな状況に少し憤りを感じてしまう。政治学徒としては、もう少しイスラームの歴史と文化も尊重してあげないとタイの国民統合にかえって不利益をもたらすぞ、という感想をもった。少なくともこのケースに関して「仏教徒としての意見」は思いつかなかった。
2月18日 都市交通の大切さ
ジャカルタは移動しにくい街だ。タクシーはだいたいメーターどおりに行くのだが、渋滞が多い。バンコクやシンガポール、クアラルンプール、それにソウルや東京にあってジャカルタにないもの、それは都市交通機関だ。上に挙げた都市にはそれぞれ渋滞に関係なく、また安全面でも快適に利用できる地下鉄やモノレールなどの移動手段がある。
ジャカルタにも地下鉄建設計画があったのだが、97年の経済危機でどこかに行ってしまった。苦肉の策でジャカルタ特別州知事は最近2つのことを始めた。一つは3 in 1。ラッシュの時間帯、オフィス街の一番混む道路は1台に3人乗車していないと通ることができなくなった。二つ目はバスレーンの新設。メインの道路の一車線をバス専用にして、そこに最新のバスを投入した。
3 in 1はその時間帯以外、指定の道路以外はかえって混雑してしまうとの悪評。バスレーンも絶対失敗するだろうとみんな言っている。一般車が途中からバスレーンに出入りできないようにブロックで囲んであるのだが、もしバスが故障したり事故をおこしたら、その動かなくなった車をバスレーンから出すのはほとんど不可能なのだ。。。新しいバスを投入したので今のところ故障の例はないようだがそのうち壊れるだろう。
どちらもそれほど悪い案だとは思わないのだが、根本的な解決にはほど遠い。やはりモノレールが欲しい。乱立するショッピングモールへの投資を新交通に充てられないものか。
2月6日 選挙と世論調査
4月5日の選挙まで2ヶ月を切った。今回の選挙に名前を付けるとしたら、現時点では「世論調査選挙」というのが適当かもしれない。インドネシア世論調査機関(LSI)を始め、マスコミ各社も盛んに世論調査で選挙予測を行っている。大方の調査によると、スハルト時代の与党であるゴルカルが躍進し、現与党の闘争民主党が支持を低下させている。ゴルカルと闘争民主党のどちらかが第一党になるにしろ僅差であろう、ということである。
LSIはおそらく初めての本格的な世論調査で、全国2200人あまりにインタビュー調査をしている。年齢や教育、所得水準でもサンプリングをしっかりやっているようだ。これまででも電話による世論調査はさかんに行われていたが、インドネシアで電話がある家庭はおそらく10%にも満たないので、明らかに偏った結果になる。
LSIのスタッフは引っ張りだこであちこちの政党に呼ばれては講演をしている。昨日もたまたまゴルカルの東ジャワ事務所でインタビューをしていたら、党員集会の日で、LSIの講演があった。このスタッフは旧知の友人で、偶然にも3年ぶりの再会となった。講演は結構みんな真剣に聞いている様子だった。講演では政党へのアドバイスまでしてしまう。ちょっと踏み込み過ぎの感もあるが、アドバイスは貧困層の選挙民を大切にしなければならない、といったことなので相手(政党)に利益がある情報を提供しながら選挙教育にもなっている。効果的な「啓蒙」の手段になっているように思う。
実はこのLSI、日本の援助で設立された。日本のマスコミがやる選挙予想は外れることも多い。LSIの調査は大体の傾向は捉えているように思うが、東ジャワに見る限り、この州で重要な地域的区分を反映していないので分析に甘さが見られた。実際の選挙結果にどこまで近づくか見物である。
1月4日 あけましておめでとうございます
2004年のインドネシアは選挙一色になるはずだ。4月に国会議員選挙があり、6月以降に大統領選が予定されている。国会はスハルト体制崩壊の一年後に行われた99年選挙以来、予定通り任期満了5年後の選挙となる。しかし、以前にも書いたが、99年にあった熱気はすでに去ってしまった。政治への失望は明らかだ。
大統領選挙の方は、まったく初めての試みがなされる。それは直接選挙である。30年以上にわたったスハルト体制下では候補者はスハルトだけで国民協議会(国会+任命議員)で必ず全員賛成であった。
スハルトが学生のデモなどによって98年に辞任に追い込まれると、副大統領のハビビが昇格。ハビビは一年後の国民協議会で事実上の不信任を受け、大勢の予想に反してワヒドが選出される。ワヒドの基盤となる政党は国会内で4番目の議席しかなく、不安定な連立は2年ともたなかった。そして臨時国民協議会でワヒドが解任され、副大統領のメガワティが昇格し、現在に至っている。
このように大統領の地位が弱くては国政が安定しないので、制度が変えられた。国民が直接選出し、大統領の解任は難しくなった。しかし大統領候補は政党によって擁立されるので、まず4月の選挙結果を待たなければならない。大統領は副大統領とのコンビで立候補することになっており、選挙結果次第でどのように連立を組むかも変わってくる。99年選挙では第一党(メガワティの闘争民主党)でも30%程度の得票だった。大統領が過半数を得ないと決選投票になる。日本企業や政府にとっては、誰が勝つにしろ早めに決着をつけて経済への影響が少ないことを願うばかりだろう。
選挙が始まると、多くの報道があるはずである。日々のニュースだけではよく分からなるだろうから、このホームページでは簡単な解説を提供していきたい。今年もどうぞおつき合いください。
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