インドネシア総選挙見学記

さる5月27日から6月10日までジャワ島に選挙を見に行ってきました。なにしろスハルト政権30余年、3つの政党しかなかったのが一気に48。多少混乱もあったけど(大方の予想に反して?)割と平穏に済みました。ぼくはジャワ島のある村に入って選挙をみました。楽しかったことがいろいろ。

まじめな報告はこちらレジュメ形式ですが。「99年総選挙における『イスラーム政党』の動向」(インドネシア総選挙報告会、於京都大学1999.7.3)

Image

JAKARTA

5月27日(木)

せっかくJALで行ったのに、大阪の悪天候で約3時間遅れで夜10時にジャカルタに到着。実は11月に移民局からもらった再入国許可が切れていて、いきなりパスポート没収。危うし。

5月28日(金)

朝から移民局、すんなりパスポートが返ってきた。以前からお世話になっているイスラーム系NGOを訪れる。ここは民主化や大衆・女性の権利のための活動をしている。代表のM氏は選挙における政治教育よりより長期的な大衆の政治意識の自覚が大切と、とりあえず選挙の話が聞きたい私に説く。そこを出るとメガワティの闘争民主党の選挙キャンペーンがジャカルタ中心部を賑やかに行進。沿道の見学者も多いが、とにかく子どもが多い。選挙権ないのに。お祭りだねこれは。でも勢いを感じた。

5月29日(土)

なじみの政治学者H氏に会う。彼とは昨年大阪でもあっている。陽気なお茶の水博士といった感じの人。授業をもっている大学のビルに約束より15分早く行ったのに、授業が30分前に終わったとかでもう帰りかけていてあやうく会えないところだった。なんだかしょうもない話をしているうちに時間が来てしまった。何しにジャカルタくんだりまで来たんだ!? それにしても乾季のはずなのによく雨が降る。

Image

YOGYAKARTA

5月30日(日)

タクシーで空港へ、昼のフライトでジョグジャカルタ入り。今日は仏教の休日(Waisak)なので選挙キャンペーンがなく閑散。タクシーの運転手はメダン(スマトラ島北部)出身のバタック人キリスト教徒。ナショナリストなのでメガワティの闘争民主党支持、だという。「ゴルカルは?」と振ると「知らない」とのそっけない答え。夜、名古屋大学のK先生、院生仲間の2人と会い中華にビールで快食、快談。K先生はゴルカルの惨敗を予想。彼らは朝ボルブドゥール遺跡でWaisakの式典を見学してきたのだが、警察はほとんどいず警備はほとんど闘争民主党の部隊だったという。政党のイベントを自分の警備部隊が仕切るのは去年からそうだったけど、大統領が出席する国家行事まで軍・警察が独自で守れないとは相当深刻だ。

5月31日(月)

午前中、「パギイ」を通じて5年来交流のあるディディット氏を訪ねる。彼はストリートチルドレンのための組織を長年このジョグジャカルタで運営している。いつもながら興味深い話をいろいろ聞く。彼はキリスト教徒だが、イスラーム教徒も組織にいるしイスラーム組織との関係も良好で、インドネシアの将来について非常に楽観的な気分になる。午後はそういったイスラーム系NGOのひとつを訪ねる。ここは選挙に関する啓蒙活動の情報センターになっている。イスラームの癖に日本酒を見せると喜んで飲んでいた。いわくドリアンの方がアルコール分が高いとか、同じく米を発酵させたタペと同じだとか。これをいい加減ととるか、合理的で寛容ととるか?前者かな。

Image

SURAKARTA(SOLO)

6月1日(火)

昨日の夕方バスでマイ・ホームタウン、ソロに到着。各政党の旗があちこちにある他はほとんど変わっていない。大半の学生はメガワティの闘争民主党を支持していない。メガワティには能力もないし党の政策もない、あれは貧しくて教育のない人たちの政党だ、というような言い方をする。夜に会ったガムランを習うドイツ人の友人もそういったことをいっていた。知識人の賢い政党は結構だが、この「大衆」が参加したという意識をもった選挙をして、広く受け入れられる政府を作ることの方が大切だとぼくは思うんだが、これまた彼らと反対の勢力に肩入れしすぎかな。

6月2日(水)

バイクが使えることになり活動範囲が多いに広がる。ソロから1時間強、内陸の山地に入った人口9万人のサラティガに行く。関学と姉妹校のサティヤ・ワチャナ・キリスト教大学がある。今回はここの人脈を通して以前から知り合いのキアイ(イスラーム教師)の村で選挙を見せてもらうことにする。キアイに頼むと快諾してくれ、選挙前日に再び来ることを約束する。キアイはこの村での国民覚醒党の圧勝を予測。後で彼の影響力の大きさをまざまざと知ることになる。とにかく選挙の日が楽しみになってきた。

6月3日(木)

サラティガからソロに帰ってくる途中でイミグレに行きパスポートを返してもらう。1日で済んでよかった。午後2時過ぎにはホテルに帰ってきたが今日は闘争民主党の最後の選挙キャンペーンでまるで町中暴走族だらけ。とてもバイクで外にでかける気になれない半日ホテルで寝てた。

Image

SALATIGA

6月5日(土)

午後サラティガに来た。関学からの交換留学生ジュン、ノンに会う。ノンのすばらしく眺めの良い下宿のテラスでその友人達とナシゴレンを食いながらビールを飲む。来週帰国するというオーストラリア人の留学生もいた。ノン曰く「外人」同志だからと初めてその下宿でビールを飲んだという。たしかにぼくも留学中一年間で下宿でビールを飲んだというのは2、3回しかなかったような気がする。夜10時半頃、別のプログラムでサラティガに半年NGOの調査にこられている東大大学院のAさんにあった。またビールを勧められ(冷えててうまかった)、気分良く政治の話など。Aさんの調査の話も興味深く伺った。ちょっとヒントになることもあり。

6月6日(日)

選挙前日。村に入る。お世話になるイスラームの先生のまず会いに行って、その弟子に村長のところに連れていってもらう。気さくな兄やんって感じの人。選挙をみたいというと「今は自由だから勝手にどうぞ」とのこと。学生主体の選挙監視団もあちこち入っている様子。とりあえずいくつかの投票所を見に行く。「投票所」とかマジックで書いて準備をしている。雰囲気としては中学の生徒会の選挙みたい。

6月7日(月)

いよいよ選挙当日。午前8時からこの村にある6つの投票所をまわる。第一投票所は村長事務所の前にある小学校。責任者は20歳代大卒の男性でしっかりと手順通りにやっている。しかし他の所は自治会長のじいさんで、投票する人も気のせいか老人が目立つ。名前を呼ばれるとゆっくりゆっくり歩いて投票ブースに入っていく。48ある政党のマークのひとつに釘で穴をあけるやり方。間違って投票用紙を4枚もらって戸惑うばあちゃん(本当は3枚、国・県・郡のレベル)、ブースから用紙を折り畳まずにでてきて中に戻されるじいちゃん、名前を呼ばれると冷やかされて照れながら登場するにいちゃん、必ずしも厳密にやっているとはいえないがいい空気ではあった。

開票作業

投票は午後2時には締め切られるはずだったが、のろのろやっているところは5時ぐらいまで終わらず。それでもすぐに開票作業が始まった。どの政党のマークに穴が空いているか確認して、政党名を読み上げる。政党からの監視人が「有効」と確認し、委員が壁に張ってある用紙に数を記入していく。たくさんの人が見に来ていて、さらにマイクを通して外にも聞こえるのだが、この村で人気の政党の名前が呼ばれると歓声があがり、旧与党のゴルカルが呼ばれるとブーイングやからかうような声がしたりする。開票作業は夜まで続いたがみんな結構飽きずにまわりで見ている。この選挙、買収などももちろんあったが全体的には非常にうまくいったのではないか。一言でいうと「民主化っていいなあ」という感想。

Image