インドネシア総選挙報告会1999.7.3. 見市 建(神戸大学大学院)
「イスラーム政党」の動向
1.インドネシアのイスラーム
サントリ/アバンガン
伝統主義(NU)/近代主義(ムハマディア、マシュミ党)
1955年選挙;インドネシア国民党22.3%、マシュミ20.9%、NU18.4%、インドネシア共産党16.4%(6つのイスラーム政党で43.9%)
2.非政治化と取り込みの過程
1960年 インドネシア共和国革命政府に参加によりマシュミ非合法化
→以後マシュミ復活が近代主義者の悲願
1973年 イスラーム政党が開発統一党に統合
「イスラームYes, イスラーム政党No!」;ネオ近代主義(柔軟なコーラン解釈、他宗教への寛容さ、非政治的活動)の登場
1984年 NUが開発統一党を脱退
1985年 開発統一党のシンボルマークがカーバ宮殿からパンチャシラの星に変更
すべての大衆団体はパンチャシラを「唯一原則」とする
1990年 インドネシア・ムスリム知識人協会(ICMI)設立、ハビビが会長に
ゴルカルのイスラーム化
3.ポスト・スハルト期の「イスラーム勢力」
スハルト前期;強硬派イスラーム=反政府勢力
↓
スハルト後期のイスラーム取り込み政策、ハビビが大統領になったことでややこしくなった
パソ・コミュニケ(民族覚醒党、国民信託党、闘争民主党)による「改革派」結集
-ポスト・スハルト体制に動員される急進派イスラーム勢力
-イスラーム化されたゴルカルに近そうだが、どちらかよく分からない勢力
4.有力「イスラーム政党」のプロフィール
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(PKB) |
(PPP) |
(PAN) |
(PBB) |
(PK) |
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理念(asas partai) |
パンチャシラとスンナ派原理 |
イスラーム |
パンチャシラ |
イスラーム |
イスラーム |
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党首とその経歴 |
Matori Abdul Jalil 元PPP議員 *Gus Durが実権 |
Hamza Haz NU反主流派 |
Amien Rais
ムハマディア前会長・政治学者 |
Yusril Ihza Mahendra
憲法学者 |
Nur Mahmudi Ismail
技術評価応用庁 |
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主な組織的基盤 |
NU主流派 |
NU反主流派、その他諸組織 |
ムハマディア、旧マシュミ |
旧マシュミ |
キャンパス中心のモスク |
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得票率 |
12.2% |
10.7% |
7.5% |
2.0% |
1.4% |
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州別選挙結果 |
東ジャワ・中ジャワで2位、得票の50%以上 |
DKIで2位、スマトラ・スラウェシの2州で2位以上10州で3位 |
DIY, アチェ、西スマトラで2位、DKIで3位 |
スマトラ3州で5位 |
DKIで5位 |
その他、ウンマ覚醒党(PKU)、ナフダトゥル・ウンマ党(PNU)、SUNI→NUが割れた
マシュミ党、新マシュミ党、ウンマ・イスラーム党→旧マシュミが割れた インドネシア・イスラーム同盟党(PSII)、PSII-1905、統一党→PPPからの分離
新インドネシア党など→わけが分からない(ゴルカルの道具?)
5.対立軸
伝統主義← →近代主義
ナショナリスト← →イスラーム主義
ジャワ← →非ジャワ
PKB PPP ←PAN PBB PK
(PDI-P) (Golkar)
*アミエン・ライスはもともとイスラーム強硬派に近かったのに国民信託党の設立に際してナショナリスト方向にシフト
*伝統主義/近代主義というのは政党の支持基盤である宗教組織の問題、どれだけ分裂するか。*小さなイスラーム組織やモスク/プサントレンのネットワークの支持をいかに惹きつけるか
社会階層、都市←→農村
(ジャワでは)都市下層;PPP、都市中間層以上;PAN, PK、農村;PKB, PPP
*開発統一党が特に都市部の小組織や小ネットワークをどれだけ惹きつけられるのか。
*イスラーム学生と大衆の乖離
6.「イスラーム政党」の選挙戦績 〜中・東ジャワを中心に〜
中ジャワPDI-P 6606370, PKB2577371, G 2047591, PPP 1673355, PAN 1087414
東ジャワPDI-P 5550339, PKB5495689, G 2058487, PAN 805279, PPP 766494
(いづれもKPU非公式記録)
-民族覚醒党は中ジャワで健闘、東ジャワでは闘争民主党に迫る。
-開発統一党はスマトラ、スラウェシ、カリマンタンなどで大健闘。
*大組織だけでは捉えにくいムスリム票
-PANは予想を下回る
*中間層の絶対数が少ない。ナショナリスト・シフトの失敗?