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プロフィール

しし座。О型。現在、マンションで夫と2人暮らし。
手編が出来なくたって、何も困らない。
・・・でも、出来ると、なかなか面白い!
既製品の方が格好良いかもしれない。
・・・でも、自分が編んだものは、ちょっといとおしい!
手作りに暑苦しさを感じる人もいる。
・・・でも、誰かの事を考えながら編むのは、やっぱり楽しい!
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| 夏休みをとって、インド旅行に行ってきました♪ 絶対に、「待ち時間」があるはず・・・と思って、ちゃんと(?) 編む物を、用意していきました。用意していってよかったです。いや〜、待つ、待つ。用心深いガイドさんだったので、午前11時発の列車のために、午前9時半頃には駅に到着。その上、列車の到着は遅れ、乗ってのは、午後3時過ぎ・・・ 棒針だと、編む時に場所をとって、周囲の人の迷惑になるかも知らないので・・・鉤針編みを。ただでさえ珍しい「東洋人」が、暑いさなかに「編物」をしているので、結構、珍しがられて、じろじろ見られました。(←) ガイドさんの話によると、インドでも編物はするそうです。彼の奥さんは、赤ちゃん用の「おくるみ」を編んだらしい。 時間があったら、本屋で編物の本でも探してみたかったです。 左の写真は、ツンドラ駅(タージ・マハールの近く)で、編物をする私。 |
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中学時代
家庭科の授業で、鈎針編でマフラーを編む。
糸はグリーンのモヘア。自分では「長編」のつもりだったが、今思うと「すじ長編」だったかも?
高校時代![]()
私服の高校だったので、母が編んでくれた、編込みのベストを着て、学校に行く。
自分では編物はやらず(家庭科でも習わなかった)、たまに通学用のバッグ等を縫っていた。
大学時代
妹に、表目と裏目を習った。そのあとは、本を見て、自己流でセーターを編み始めた。
印象に残っているのは、「ミッキ−」のセーター。
前身頃に「Mickey」(本の通りに編んだが、スペルが間違っていた!本当は、Micky)、
後身頃にミッキ−の顔。
本当は、「縦に糸を渡す編込み」にしなくてはいけないのだが、
当時はその辺は理解していなかったので、「適当に」編んで、「平気で」着ていた。
会社勤め時代![]()
本の通りに、丸ヨークのセーターを編んで、初めて挫折。
何か間違えたに違いない!と、もう一度ヨーク部分だけ編み直したが、やっぱりダメ!
何度編み直しても、まっすぐ続くはずの、レース模様が、らせん状に続く!?
初めて、「編物習いに行こうかな?」と思った。
今にして思うと、左上の二目一度ばかりしていたのが、いけなかったのじゃないかしら・・・
手編教室時代
会社の近くの手編教室に通い始める。先生の勧めるものを、どんどん編む教室。
編み終わらないうちに、次を編み始め、納得しないままに進むペースが、私には「?」だった。
そこで、新宿のヴォーグ学園にも通い始めた。まず基礎編からで、とにかく面倒。
その基礎編で、「あなたの中長編は、間違っている!」と言われビックリ!
(もう一つの教室で、鈎針編の作品を編んだ時には、何も気づいてもらえなかったのに・・・)
「ヴォーグの教室って、スゴイ!」と俄然、ヴォーグのファンになる。
この頃、中細とモヘアの引き揃えが好きで、勝手にセーターを編んでは、友達にプレゼント。
会社勤めに挫折して、「好きな事を仕事にしよう!」と突然思い立つ。
編物学校時代![]()
会社を辞めて、「ヴォーグ編物指導者養成校」に入学。
週5日2年制の教室だったので、専門学校のようだった。
手編や機械編の他に、デザイン画・刺繍・服飾史、とにかく忙しかった。
ここで、日本編物文化協会の手編と機械編の「指導員」資格を取得。
「グラデーション」の課題の時(左の写真)、
13色の縦に糸を渡す編込みにしてしまい、一時間で六段しか編めず・・・
泣いた。
今思うと、ちょっと「アイディア倒れ」(?)だったかも・・・
↑ これが「グラデーション」のセーター。後ろ身頃は、黄色一色にしたので、前の六分の一位の時間で編めちゃいました。
再び会社勤め時代
編物関係の会社に就職。
色々な仕事をやらせてもらって、
今ニットの仕事をやっていられるのも、
この会社のおかげと感謝している。
毛糸工場見学の時に、
「ホルスタイン柄のセーター」(右の写真)を着ようと思い立つ。
工場に向かう列車の中で、糸始末を社長にまで手伝ってもらって、
やっと完成!
車内で着替えたのも、楽しい思い出。
同僚にも恵まれ、楽しい会社生活だったけれど、
「いつまでも、こういう忙しいペースででは仕事は出来ない」と思って退社。
これが、「ホルスタイン柄のセーター」。実物大の型紙の上に、適当に柄を書いて編みました。↑
「ニットスタジオ104」を始める![]()
グループで活動したり、職業訓練校で教えたいと考えたり、
いろいろ試行錯誤のすえ、
手編教室&個人でのデザイン製作というスタイルに落ち着く。
1997年に、「ニットスタジオ104」を始める。
地元横浜の皆様に愛される編物教室を、目指しています!
自分のものも沢山編みたいけれど、どうしても、仕事で編むのと、
旦那さんのものを編むのが優先してしまう日々です。
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