| 『赤目四十八瀧心中未遂』 '03 赤目製作所 監督:荒戸源次郎 脚本:鈴木棟也 原作:車谷長吉 出演:大西滝次郎・寺島しのぶ・新井浩文・大楽源太・大森南朋・榎田貴斗・麿赤兒・赤井英和・大楠道代・内田裕也 なんだかスゲエ沢山漢字が並んでいて、いかにもな雰囲気マンマンで面白そうなタイトルではあるんだけど、あまりにもタイトルが丁寧すぎてオチが読めてしまう。赤目も瀧も全く登場しないまま物語は進んで行く。でもって、「どうせ赤目瀧とかいうところに行って心中するんでしょ? でも『未遂』っつうくらいだから死なないんでしょ?」なんて思ってると、案の定その通りの展開に。良いタイトルなのか、そうじゃないのかよく解りません。 オチをタイトルで宣言しちゃっているせいなのかどうかはよく解らないけど、オチは物凄く弱い。予想できうるオチのなかで、もっともショボいものが選ばれている。でも、そのオチの弱さってやつは、この映画よりも原作の方が顕著だったりもする。 物語は、尼崎のオンボロアパートが舞台となる前半と、アパートから赤目瀧へと逃避行する後半とに分かれている。前半での軸となるのは、主人公(放浪の末、尼崎に漂着。死んだ家畜の内臓を串に刺すのが仕事)とオンボロアパートの住人たちとの奇妙な交わり。例えるならば「被差別的状況下における『めぞん一刻』」みたいな感じ。この作品のいちばん面白い部分。 後半はタイトルを体現するためだけにあるような時間で、はっきり言って面白くはない。原作にはない幻想めいたシーンでお客様の御機嫌を伺ってはいるものの、それが効果的かと言ったら、決してそういうわけでもなく、むしろ原作の投げやりなくらいに申し訳程度にしか登場しない赤目瀧の場面の方が潔くて気持ち良かったりもして、なんだか瀧にこだわりすぎちゃったんじゃないの…、なんて思う。 個人的には原作の小説がけっこう好きなので、なんとなくこの映像化にはなっとく行かない部分が多くて、残念な印象が強かった。 例えば、主人公は坊主頭であって欲しかったし、冒頭で瀧をスクリーンに映し出して欲しくもなかった。あと時代設定も、原作ではおそらく昭和50年代の前半くらいであるはずなのに、映画では完全に平成以降で、自動改札とかアメリカンタトゥーだとかそういうものが余裕で登場してしまう。 そして、なんといっても主人公の設定が明らかに違う。原作だと、主人公は流浪していることになっている。尼崎での出来事はあくまでのその流浪のなかの一幕でしかない。なのに、この映画ではこの出来事だけが全てであるかのように描かれてしまっている。あと、原作では主人公はドロップアウトした会社員。映画では小説家? 映画化するにあたって、いろいろと手を加えるのは良いとは思うのだけど、手を加えるんだったら、それを良い方向へと転換して欲しい。この作品ではそれが失敗しちゃってると思うんだよねえ…。 作品全体を覆う“彼岸”な雰囲気を表現するにあたって、“シュールな映像”なんていう陳腐なものに頼りたくないが為に、設定そのものを“シュール”に持って行って、“シュールな映像”に必然性を与えているのではないだろうか。ってな感じで解釈してみたんだけど、どうでしょう。「ギリギリアート系には入らない映画ですよ!」ってアッピールしてる、みたいな。 まあガッツリアート系だとは思わなかったけど、原作よりはアート系だと思った。あと、寺島しのぶはお腹いっぱいだと思った。原作のアヤちゃんはもっと可愛いはずだと思った。 |