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『チャカ THE LONELY HITMAN』 '98 ビジョンスギモト

監督:渡辺武
脚本:森岡利行
原作:山之内幸夫
出演:竹内力・吉村美紀・菅田俊・木下ほうか・相生恵美・山口祥行


 入院中のヤクザと看護婦とのロマンスというものは、最早お約束になっており、そのような設定が出てくる度に「ああ、またか」と感じてしまう。この作品でも予定調和的に、ヤクザがレイプをする振りなどをして、「これが俺だ! これがヤクザだ!」などと言いながらも、ヤクザと看護婦が結ばれる。
 ヤクザは子供だ。大きな子供だ。全てを自分の思うようにしなければ気が済まない。力にものを言わせる。究極の我が儘。子供以外の何者でもない。一方、看護婦は母親である。全ての患者を平等に扱い、愛情を与える。
 つまり、ヤクザが看護婦に惹かれるというのは、エディプス・コンプレックスそのものなのだ。子供が母親の愛情を求めるかの様に、母親の愛情を独占しようとする様に、ヤクザは看護婦に惚れるのである。また、物語に登場するヤクザの多くが、幼少期において家庭に問題を抱えている。この作品の主人公・島(竹内力)も、子供の頃に母親が男を作って出て行った、という話をしている。あからさまなエディプス・コンプレックスである。
 正直、ここまで解り易いと特に面白味を感じる事も出来ないのだが、この『チャカ』では、物語の主題をヤクザの生き様ではなく、寧ろラブロマンスに置いた事で、ヤクザとエディプスの関連性が薄れているのが面白い。
 ヤクザ映画というものは、女なくして成立しないものだが、恋愛は必ずしも必要という訳ではない。ヤクザの受け口、つまり、癒しの機能としての母性という存在は必要なのだが、そこに男からの明確な愛情は必要ないのだ。もし、男からの愛情がここに存在してしまうと、ヤクザとしての男としての強さが揺らいでしまう。勿論、この状況に葛藤するヤクザもいる訳なのだが、彼等を待ち受けているものは「死」である、という過酷な現実もあるのだ。
 この作品はヤクザの戦いそのものよりも、男と女の描写に重きを置く事によって、ステレオタイプなヤクザというものを捨て去った。いや、実際にはここに登場するヤクザはとんでもなくステレオタイプではあるのだが、彼等が生きる場所を戦いの中にではなく、女の傍らに設定したという点で異なるのだ。これによって、「ヤクザ=エディプス・コンプレックス」という安直な図式が「島=エディプス・コンプレックス」という個人に依存したものに置き換えられた。ヤクザと看護婦という在り来たりな関係も、一個人と一個人の特異的な関係になったのである。
 勿論、ヤクザ映画としても面白い作品であるが、恋愛映画として観た方がもっと楽しめる作品だ。