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『D坂の殺人事件』 '98 東映・東北新社

監督:実相寺昭雄
脚色:薩川昭夫
原作:江戸川乱歩
出演:真田広之・嶋田久作・吉行由実・大家由祐子・三輪ひとみ・岸部一徳


 何故だか解らないが、フェティシズムには芸術的な美しさが与えられ、単純行為としてのセックスは卑しいものとして扱われてしまう。それは例えば、まるで犯罪における窃盗と殺人の扱いの違いの様に。より重度な犯罪、性行為においては、より変質的な行為の方にこそ、美しさを見い出してしまうのは何故なのだろうか。単に、その非現実的な雰囲気が芸術の対象となり易いだけなのだろうか。

 殺人に至る心理を理解出来ないのは、性的な倒錯を理解出来ない事と似ている。それは先天的な理由によるものかも知れないし、何か重大な出来事を切っ掛けとするものなのかも知れない。しかし、そのような要素を持たない人間にとって、殺人もSMもトランスセクシャリズムも同列に理解出来ないものなのだ。選ばれない人間は一生選ばれない。選ばれた事が正しい事なのか、或いは、喜ぶべき事なのかは解らない。
 江戸川乱歩の世界観はその選ばれた人間と選ばれなかった人間との境界線上に位置するものであろう。この世界観が絶対的に美しいものかどうかは解らないのだが、少なくとも接点としての役割は持っている。選ばれなかった人間でもなんとなくこの世界観に魅力を感じるかも知れない。もちろん、それがそのまま選ばれる事を意味するとは思えないが。
 この『D坂の殺人事件』における美しき倒錯の世界は、決してエロティックなものではなかった。直接的な性描写も勿論あるのだが、まるで人形劇を見ているかの様な寓話的な映像世界の中では、人間的な性を感じ取る事が出来なかった。とは言うものの、全く欲情的でなかった訳でもなく、子供の世界(人形劇)と大人の世界(倒錯した性)の融合と、その融合を象徴するかの様な三輪ひとみ演じる小林少年の存在には、過剰なまでのエロスを感じた。なんとも禁忌的なエロスである。

 三輪ひとみについては、本当に何の文句もないのだが、全体としてのストーリーについては正直言って納得できる様なものではなかった。余りにあっさりとした後半の謎解きの部分や、監督の嗜好を押し付けられるかの様に責められる中年女性には、何の面白みも感じられなかった。
 最後に全てを持っていった小林少年こそが見どころであり、あのシーンがあったからこそこの作品が成立する。