| 『極道戦国志 不動』 '96 GAGA コミュニケーションズ 監督:三池崇史 脚本:森岡利行 原作:谷村ひとし 出演:谷原章介・竹内力・高野挙磁・野本美穂・シーザー武志・新妻聡・峰岸徹 三池崇史にとっての転機となる作品。この残酷でいて躍動感溢れる成人指定の劇場作品によって、三池崇史が映画界に、更には、世界に認められる事となった。 やはり、この作品は善くも悪くも残虐描写に目が行ってしまう。生首サッカー、小学生のヒットマン、キムチ、ワレメ吹き矢。どれもこれも確かに衝撃的なシーンばかりで、そこに主題が置かれている様な気になって観入ってしまう。それだけ物凄い描写の数々なのだから、抗いようが無い。致し方ない。 しかし、それだけのとんでもない描写を続けていれば、物語そのものまでもが、破綻してしまいそうなものなのだが、この作品ではその破綻がない。否、ないと言うよりも、元々物語そのものがとんでもないのだ。だからこそ、あの残酷な描写が成立するのだ。全てが同じフィールドにあるので、決して破綻する事はない。全てが理に適っている。 全国制覇を目指す高校生ヤクザが、極道界に流れる古き血を粛正する、という内容のこの作品。はっきり言って、有り得ない。少年ジャンプ級のお話で、生身の人間を使っての実写化は、ほぼ不可能であろうものだ。でも、そこに挑んだのが三池崇史であり、そして、その実写化を、完璧なまでに実現した。 実際問題として、実写(映画)と劇画では、表現出来る範囲が違う。映画では人間が動いて表現するのであるから、必ず制限がかかるのだ。また、生身の人間に怪我を負わす事など出来やしない訳であり、大量に流れる血も吹っ飛ぶ生首も言わば、単なる作り物だ。一方、劇画はと言うと、全てが虚構であるが為に、どんな表現でも許される。たとえ、生首が喋ろうとも、それは劇画の中の現実となるのだ。映画の悩みは、ここなのである。現実感と虚構の間に産まれるジレンマ、そして、現実という制限に悩まされ続けるのが映画なのだ。 しかし、この作品は、そんな悩みを全く気にしていないかの様に思いっきり虚構が描かれている。もはや現実感があるとかないとか、そんな事は全然関係ない。とにかく、何でもありで、全てが突き抜けている。人間が人間に見えてこない程に突き抜けている。多分、この作品は映画ではないのであろう。ジャンルやらメディアやらを超越してしまった作品なのであろう。もし、敢えてメディアを特定させるのであれば、劇画だと思う。しかも、原作以上に劇画的な劇画だ。 この映画を舐め腐ったような演出こそが三池崇史の魅力だ。などと言い切ってしまうのは気が引けるのであるが、この側面が強い事も確かである。“有り得ない”映画を作ってしまう三池崇史を最も如実に表すのがこの『極道戦国志 不動』であろう。そして、なにより、この作品の素晴らしい点は、その三池的な有り得なさだけが浮き彫りになっているのではなく、単純にヤクザ映画として、アクション映画として、最高級に面白いという点だ。本当に素晴らしい。 |